~第三章~
セラフィナイトはクロサイトと共に城の西回廊を歩いていた。
あれから二週間が過ぎ、セラフィナイトの包帯も外れ、傷もすっかり癒えた……そんな時だった。
「セラフィナイト!」
「コスモクロア公エルンスタイト様っ! 何時こちらに?」
意外な人物に呼び止められて、セラフィナイトは内心面食らった。
エルンスタイト・エル・ビド・コスモクロア公爵は、ラピス女王の従姉弟に当たる人物で、王都レムリアン・シードから一番遠く離れた北の広大な領土を統治していた。
シェルが小さい頃は、父親のないシェルの親代わりにと公務の僅かの合間を惜しんで登城しては、我が子のようにシェルを可愛がっていたが、シェルが即位してからは「立派に御成りになった。もう、私の出る幕はない」そう言って、滅多に登城する事はなくなっていた。
かなりの高齢になった……という事もあるのだろう。
「先ほど陛下からお聞きしたのだが、嬉しい知らせなのでな。当事者である其方に知らせておこうと思って捜していたのだ。近々、陛下から直々に拝命する事になるとは思うが……」
「…………?」
「其方の長年に亘る王家……否、陛下への忠誠が認められたのだ。子孫が絶えて断絶状態になっていたシューレンベルグ家の家名を其方に継がせようという事になってな。其方はシューレンベルグ伯セラフィナイトとなるのだ!」
「……!?」
(私に、爵位を?)
予期しなかった意外な言葉にセラフィナイトは何と答えていいか分からなかった。
「なんと! それは真でございますか、コスモクロア公!? それはめでたい! 一族の誉れですよ!! 良かったですね~セラフィナイト殿!!」
呆然としているセラフィナイトを尻目に、一緒に居たクロサイトが我が事のように喜んだ。
「其方が陛下の側近でなくなる……というのは些か心許ないが、陛下ももう地上に赴かれる事もないし、其方の後任は必要ないと仰っておられた」
「シェルタイト様の側近ではなくな、る……?」
「それは勿論、そうなるだろう。両立は不可能だ。其方はシューレンベルグ家の領地を治めなければならないのだし」
「……っ!!」
信じられない言葉だった。
(シェルタイト様の側近の任を解かれる? 私はもう、シェルタイト様のお傍に居ることは出来ない……という事なの、か?)
「そ、そんな馬鹿なっ!」
そう叫ぶとセラフィナイトは一目散にその場を辞した。
「セラフィナイト殿!」
自分を呼び止めるクロサイトの声も耳には入らない。
エルンスタイトへの礼を欠いている事も頭にはなかった。
(シェルタイト様にお会いして、真実を確かめなければ……っ!)
セラフィナイトを突き動かしているのは、その一念だけだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「なら、話は早い。拝命は一週間後だ。それまでに領地に出立出来る準備をしておけ! 側近の任は今日限りで解く!」
「シェルタイト様! 何故、急にそんな事を? 本気で仰ってるんですか!? 私を貴方の側近から外すとっ!?」
「ああ、お前がシューレンベルグを継ぐ事は大臣たちも承認している。特にエルンスタイトは手放しで喜んでた。昔からお前に一目置いてたからな、エルンスタイトは!」
「まさか、貴方がエルンスタイト様を呼ばれたんですか!? 大臣方を納得させる為に!!」
「…………」
「何故、そこまでして? そんなに私がお嫌いですか? 私が何か、貴方のご不興を買うような事を致しましたか? 至らぬ点は努力致します。どうか貴方のお傍に……!」
「駄目だ! 決定は覆さない!! お前こそ、何でそんな事を言う!? シューレンベルグは名門だ! 平民出身のお前が伯爵位を得られるんだぞ! シャモス家にとってもこの上ない栄誉だろう?」
「私は爵位など欲しくはありません! 私が欲しいのは! 心の底から望んでいるのは……!!」
一瞬、セラフィナイトは次の言葉を躊躇った。
しかし……
「貴方です! ……シェルタイト様!!」
シェルには絶対的な命令権がありますが、セラフィナイトにシューレンベルグ家を継がせるについては、その後の事も考慮して(やっかむ者も居ますしね)色々と根回ししてました。
ほとんど隠居に近いエルンスタイトを呼んでセラフィナイトを推させたのも、伯爵位に就いた後のセラフィナイトの事を考えたからなんですね。
エルンスタイトは若い頃は大臣職も歴任してましたしね。
でも、まあ『特にエルンスタイトは手放しで喜んでた』というシェルの言葉で全てを悟るセラフィナイトはやっぱり鋭いですよね。