~第二章~
六年前の光景が甦る。
セラフィナイトはあの時のシェルのように男の子を抱きとめて谷底に着地した。
まさに、その直後!
またもや六年前の再現のように、岩場が崩れ始めたのだ。
崩れ落ちる岩を紙一重で避けながら男の子を抱いて岩壁を跳躍する等という、神業的な事は自分には出来ない。
セラフィナイトは岩を避けながら崩れが収まるのを待とうと思っていた。
岩の不規則な動きもある程度は予想していた筈だった。
……が、その岩の動きは想定外だった。
男の子を護るのが精一杯!
岩はセラフィナイトの左顳かみを掠めていった。
傷自体は深くはなかったが、その衝撃は凄まじかった。
「セラフィナイトーーーっ!!」
自分を呼ぶシェルの声が聞こえる……。
(シェル……タイト……さ、ま……)
応えようとしたが声にはならなかった。
意識が遠のいていく――
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
(此処は、何処だ……?)
気がつくとセラフィナイトはベッドに寝かされていた。
額には包帯が巻かれている。
「良かった……セラフィナイト、気がついたんだな」
「シェル……タイト様……っ?」
「軽い脳震盪を起こしただけだって! 傷は思ったよりも浅かったから、傷痕も残らないだろうって医者も言ってた。……でも、頭をあんな大きな岩が掠めて行ったんだからな。もう少し横になってた方がいい」
「シェルタイト様……。まさか、ずっと此処にいらっしゃったんですか?」
「あ、ああ。お前が心配だったから……」
「貴方は、ご自分のお立場を分かってらっしゃるんですか? 貴方は“国王陛下”なのですよ! こんな処にいらっしゃっては……」
「臣下の心配をして何が悪い!? お前こそ、もうあんな無茶な事はするな!!」
そう言うとシェルは部屋を飛び出して行った。
(シェルタイト様……)
セラフィナイトはその立場上、シェルを諌めない訳にはいかなかった。
しかし、内心は嬉しかった。
だが、自惚れてはいけない。
シェルが心配しているのは自分だから……ではない。
シェルは他人の苦しみを自分のものとして感じてしまう。
一族の誰であっても危険な目に合っていれば己の命さえ顧みずに助けようとする。
それは王としては致命的な弱点。
シェル自身も自覚はしているが、咄嗟の時には無意識に身体が動いてしまう。
一族全てを護ろうと決意したシェルの、それが唯一の誤算だった。
自分は特別ではないのだと。
決して“特別な存在”にはなれないのだ……と。
普段は心の奥に閉じ込めて忘れ去ろうとしている想い。
その想いが頭を擡げようとするのを、セラフィナイトはもう一度心の奥底に封じ込めた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「それにしても、セラフィナイト殿の傷が思ったよりも軽症で何よりでした」
「全くです! あの不規則な動きを咄嗟に躱せるとは、流石セラフィナイト殿ですね」
「しかし……あの沈着冷静なセラフィナイト殿が、あんな大胆な行動をされるとは思いませんでした」
四天王たちの会話が聞こえてくる。
セラフィナイトの意識が戻った事を伝えようと、シェルは四天王の談話室を訪れた。
「あの状況で、あの男の子を助けるなど無謀以外の何物でもない! 普段のセラフィナイト殿なら……」
「陛下がいらっしゃったからですよ」
ジェムシリカの言葉を遮るようにクリソコラが答えた。
(俺が居た、から?)
談話室に入ろうとしたシェルだったが、その会話を聞いて動きを止めた。
「セラフィナイト殿が行かなければ……多分、陛下があの男の子を助けようとされた。陛下にそんな危険な事をさせる訳にはいかない。それがセラフィナイト殿のあの場での判断だったのですよ」
「確かに! 陛下ならそうされるかもしれないな」
「だから、なんですね! 流石にセラフィナイト殿は陛下の事をよくお分かりだ」
クロサイトが感心したように言った。
「子供の頃からずっとお傍にお仕えしていた方ですからね。それにしても、セラフィナイト殿は陛下の御事となると周りが見えなくなる傾向がおありだ。私はそれが心配なのです」
「そうですね。あの場は、あの子を助けようとした陛下を御止めするのが最善策だった筈です。セラフィナイト殿があの程度の怪我で済み、男の子も無事だったから良かったものの、一つ間違えれば……」
「それが分からないセラフィナイト殿ではない筈。しかし、セラフィナイト殿はそれよりも陛下の御心を重視した。私の危惧は実はそこにあるのです」