第八話 水の精霊
水の精霊
昨日、なんと俺はもう一人の能力者に会いました!
まあ全然嬉しくないけどね!
昨日から麻耶は少し機嫌が悪いし、父さんは……帰ってこない。
それでも日常は進むわけで……。
「さあ、早く起きないと私の美しいかかと落としが――」
「うわぁぁぁあああ!! 起きる! 起きるよ!」
俺の上でかかと落としの準備をする麻耶。
俺は飛び起き、荒い息を整える。
「んもう! なんで起きるのよ」
「んもう! じゃない! そのまま寝てたら俺は天国で起きちゃうよ!」
「それのどこが悪いのよ!」
「どこが悪くないか是非とも聞きたいね!」
朝から機嫌が悪いのかいいのかわからない麻耶の態度に命の危険を感じながらも俺は起床する。
時は午前十時
俺は授業中にもかかわらず寝ていた。
寝るといっても熟睡ではなく机に突っ伏して考え事なのだが……。
昨日のあの子、確かウンディーネとかいう子。嫌な感じがした。
麻耶曰く、人を殺す遊びをするようだがそれよりも遥かに危ないもの。
これはきっと悪寒だ。あの子がきっと人を殺すことを本当に遊びだと思っている。だから、何の躊躇もなく人を殺せるし、苦しませられる。
あの子と戦ったとき俺は満足に戦えるのだろうか。
相手がまだ子供というのも確かにある。だが、それ以前に前に会った時、俺は言い逃れのできない恐怖が走った。
あんな子供に近づかれただけで俺は後退したんだ。
そんな俺が満足に戦えるのだろうか。
『我を抜け』
まただ。また聞こえる。
『我を抜け』
死神と戦った時にも聞こえたこの声。誰の心でもない。誰も声でもない声。
『我を抜け』
お前は一体誰なんだ?
俺が困惑していると横っ腹を小突かれた。
「起きなさい。先生にバレたらまた怒られるわよ?」
麻耶だった。
麻耶は優しい顔で俺を起こしてくれた。
つい、聞いてしまいそうになる。
なんで、お前はそんなに俺に優しんだ? と。
答えは前に聞いた。俺が麻耶を助けたかららしい。
でも、それでもおかしい。麻耶は俺をもう十分に助けてくれた。もう、お返しはできているはずなのに麻耶は俺を守ってくれる。
「なあ、麻耶」
「何かしら?」
「なんで、お前は俺を守ってくれるんだ?」
「……前にも言ったでしょう? 私はあなたに救われた。それだけよ」
「だって――」
「それに私はあなたに興味が沸いてるの。平和主義者を装うあなたが平穏を崩されることで最強の剣を抜く。面白いわ。十分に」
言い方は怖いが言っている顔は笑っていた。
能力を持ったものは普通もっと壊れているらしい。
表情豊かな能力者は珍しいと麻耶が前に言っていた。
なら、麻耶。お前は一体……。
「磯崎くん。彼女とのおしゃべりもいいですが私の話を聞かないとはね。そうだ。重りを付けて海で三千メートル泳いできてもらましょうか」
トンッと肩を叩かれそんな恐怖心を掻き立てるような言葉を受ける。
「せ、先生。それは死にます」
「大丈夫、死んでも悲しむ人は……ねぇ?」
「ねぇって何!? ねぇってなんですか、先生!?」
「はは♪」
こ、怖い。この先生、ある意味溝坂を超越していやがる。
そんな話をしているといきなり何の前触れもないまま、
――学校中の水道管が破裂した。
「な、なんだ!?」
教室中がざわめき出す。
俺も動揺を隠せない。
ただ一人、麻耶を抜いて教室は騒ぎ出す。
「み、みんな! 早く外に!」
先生がみんなを誘導していく。
俺は麻耶に腕を掴まれその場に待機した。
みんながいなくなり静かになった教室のなか俺たち二人は元凶であるウンディーネを探す。
「で、でも、本当にウンディーネなのか?」
「もちろんよ。ここまでの事、ウンディーネにしかできないわ」
確信を持った返事。俺はただ、黙るしかなかった。
本当にあの子が攻めてきたのか? だけど、今は午前中だぞ? こんな人騒ぎになることを……。
そこで俺は気付く。
さっきも自分で言っていたじゃないか。
――能力者はどこか壊れている。
ウンディーネも例外ではないということか。
俺は苦虫を噛み潰したように顔を顰める。
戦わないと、いけないのか?
「あなたは今回何もしなくていいわ」
「な、なぜ?」
「私が全てするから。それに今日はきっと両者怪我だけじゃ済まないと思うし、ね」
怪我だけじゃすまない。
それはお前も傷つくってことなのだろう?
俺は困惑する。
俺はコイツを傷つけてまで助かりたいのか? 平穏が欲しいのか?
平穏は欲しい。でも、それで誰かを傷つけたくない。
それが身内なら尚更だ。
「お、俺も戦うよ」
「え?」
「剣が抜けるかは今でもわからない。でも、俺も戦う。確かに俺はお前に俺を助けろって言った。でも、それでお前が傷つくのなら俺はお前を守る。だから、お前はいつものように俺を守ってくれないか?」
俺の言葉を聞いて麻耶が少し笑う。
馬鹿にしているわけではなさそうだ。
「……いいわ。私はあなたを守る。あなたは私を守る。ギブアンドテイクな関係、面白いわ」
どうやら、了承が出たらしい。
水浸しになっている廊下を走る。
あいつ、ウンディーネはどこにいる?
そんな時、背後から声が聞こえる。
「へへっ、お兄ちゃん。遊びに来たよ」
可愛らしい子供の声。昨日会ったばかりのウンディーネの声のそれだった。
俺は振り向き身構える。
麻耶の方もシャーペンを剣に変え、構える。
「お、おい。これは遊びの範疇じゃないだろ? どう考えても攻撃だ」
俺の逃げ腰の一言を聞いてウンディーネは笑う。
「ははっ。お兄ちゃん面白いこと言うんだね。これは遊びだよ。楽しい楽しい遊び」
笑顔で言うウンディーネ。正直、俺は遊びとか興味なかった。
だが、今まさに命がかかった遊びが勃発しそうです。
麻耶が一歩前に出る。
「あなたの遊びは趣味が悪いのよ。ねぇ、ウンディーネ?」
引きつった顔で小突く麻耶。
それに対しウンディーネはまだ笑っていた。
「ははっ。鉄のお姉ちゃんはただ弱いからだよ。こんなの普通だよ? 王様だってそう言ってたし」
王様?
ウンディーネの言葉の中に登場した人物に疑問を抱く。
「まさか、キングと会っていたなんてね。正直、びっくりだわ。彼は頭のネジが特別吹き飛んでるやつよ? そんなのに褒められても嬉しくないわ」
キング?
う~ん。何か、話について行けてないのは俺だけっぽい。
「さあ、私と遊ぼうよ。お兄ちゃん?」
悪寒と再び戦いになりそうな残念さからこみ上げる平穏を崩す音。
それが今この瞬間からじわじわとかつ確実になり始めた。