第三話 突然の訪問者
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突然の訪問者
家に到着し部屋で一服していた(ジュースを飲んでいた)俺はすることもなくベットの横にある竹刀に目をやった。
そういえば、この頃振ってないな。
剣道は辞めたがたまに、極たまに振ることがある。
未練とかそんなんじゃない。ただ、習慣を直すのが大変だからだ。
「よし、たまにはやるか」
俺は竹刀を取り、汚い部屋を簡単にきれいにすると竹刀を強く握る。
俺が十年間続けてきた剣道、それに常にお供してきた竹刀は最早俺の体の一部と言っても過言ではない。
重さ、握りやすさ。この二つが俺の手にみっちりと収まる。
「この感じだ。これこそ剣道だ」
剣の道と書いて剣道。その極意は明鏡止水。心を沈ませ相手の動きを最大限読むこと。
相手の息遣い、行動、考えをまるでお手玉のように手にすることで剣は反応してくれる。
俺は剣を静かに振りかぶる。
そして、一気に振り下ろす。
ブンっと音を上げながら竹刀は空を切る。
静かな部屋の中に人の声が入った。
「お見事、流石達人ね」
俺はドアの方に目をやるとそこには高校で別れたはずの麻耶がいた。
「な、なんでお前がここにいるんだよ!」
このセリフを言うの今日二度目な気がする。
「また逢いましょうって言ったでしょ?」
妖艶な笑みを浮かべながら麻耶は言い返す。
確かに言ったよ。でも、それって明日って意味じゃないの!?
「あれって、明日って意味じゃ――」
「ないわ」
即答だ。
ええええええ!? なんで!? しかも俺の家で!?
「ふふっ、驚いているあなたも可愛いわぁ」
そう言って外国人よろしくハグをしてきた。
俺は日本人、よっていきなりのハグには慣れてはいない。
ななな、何をするんだこいつはぁぁぁぁぁ!!
「お、おい! 何をするんだよ!」
俺は棒立ちになりながら裏返った声で言う。
そ、そうだ! 俺の能力でこいつが考えていることを読んでやろう!
そう思って俺はいつもみたいに声を探す。
だが、声は見つからない。いつもはうるさく感じるあの声が今に至っては何も聞こえないのだ。
どうしてだ? なんでコイツの声が聞こえないんだ?
俺が疑問に思っているとハグをやめて俺の体から離れる麻耶。
俺は新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込み、深呼吸する。
「ふふっ、私今日からここの住人になったのよ」
嬉しそうに笑う麻耶。
はて? 俺の家にホームステイでもしているのだろうか?
「よくわかっていないようね。私はここの家族になったのよ」
家族? はて、どういう意味だ?
そんな事を考えていると下から母親の声が聞こえる。
「ああ、あなた? 今ちょうどね、あなたの隠し子っていう子が来てるんだけど、身に覚えある? あるわよね? まさか、あんな可愛い子を隠し子にしてるなんてねぇ。相手は外国人? ねえ、聴いてるの?」
……こいつは何をしたんだぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!
「ふふっ、ようやくわかったよね」
「ふふっ、ようやくわかったようね……じゃ、ねぇぇぇぇ!! 何してんだよ! お前は俺を守りに来たんじゃないのか!?」
「ええ、そうよ?」
「ならなんで、家庭崩壊させてるんですか!? 分かってる!? 今、俺の親父が電話で罵倒されてたよ!? てか、どうやって隠し子って設定を作ったんだぁぁぁぁ!!」
俺の叫びの後、一枚の紙が渡される。
それを読むとそこには親父の字でこいつ宛に手紙が書かれていた。しかも、隠し子という設定で。
「ま、まさかこれは、お前が書いたのか?」
「ええ、汚かったから苦労はしたけど見事でしょう?」
俺はその場で頭を抱えてしゃがみこむ。
ダメだこいつ、早く何とかしないと。
「いいか? 俺を守るのはいい。だが、俺の平穏を崩すのはやめてくれないか?」
「嫌よ」
「即答!? まさかの即答!? なんで!? なんで俺のそれくらいのものをくれないの!?」
「だって、そのほうが面白いからよ」
呆れた。俺は今世紀最大に呆れていた。
こいつは、この女は面白いで俺の平穏を崩すのか?
ダメだ。勝ち目がない。
俺は渋々立ち上がり部屋を出ようとする。
「どこに行くの?」
「……外だよ。竹刀を思いっきり振りに行く」
嫌なことがあるといつも竹刀を振りに近くの河川敷まで行く。
今日もそれだった。
辺りがオレンジに染まりつつある午後の河川敷。
人通りも少なく、かと言って狭くもない河川敷に俺は竹刀を持って立っていた。
ただ、いつもと違うのは麻耶がいることだろう。
「ここでいつも練習しているの?」
「いつもじゃない。たまにだ。そもそも俺は剣道はやめたんだ」
そう言いながら俺は竹刀を振るう。
昔はよくここで夜になるまで竹刀を振るった。
そんなことを思い出しながら俺は竹刀を振るう。
「いつ見ても美しいわね」
「いつもって、まだ二度目だろ?」
「竹刀を振るう目。危機に直面した時の目。どちらも一生懸命で美しいわ。案外、あなたって戦闘に向いているのかもね。勝者の目とでも言うのかしらね?」
勝者の目? なんだよそれ。
俺は会話の間ずっと竹刀を振るう。
竹刀を振っていると心が安らぐ。嫌なことが流されるような感覚に陥る。
「そういえば、なんで剣道を辞めたの? 剣道が嫌いになったわけじゃないのでしょう?」
「……」
俺は口ごもる。
確かに俺は剣道を嫌いになったわけじゃない。
理由はもっと重大で、呆気ないものだ。
俺は竹刀を置き、ベンチに腰掛ける。
「俺が剣道を辞めた理由、聞きたいか?」
「ええ、是非ともね」
俺は持参したミネラルウォーターを片手に話し始める。
「実はな。俺は負けることがなくなったんだ。強くなりすぎたっていうのかな。とにかく負けなくなったんだ」
不思議そうな顔をする麻耶。
まあ、それが普通だろう。だが、それが昔の俺には重大だったんだ。
「つまりな。俺の相手になるやつがいなくなったんだ。みんな俺より弱くって、全国に行っても俺を倒せるどころか、相手になるやつはいなかった」
そう、俺は俺と同じくらいの強さを持ったやつが欲しかった。
昔の俺は剣道を一種の遊びだと思ってたんだ。
だからだろう、俺の足元にも及ばないやつが対戦相手だとつまらなくなったんだ。
その時の俺は戦いを遊びと勘違いしていたんだから。
「ふふ」
ふと、麻耶から笑いが漏れる声がする。
「わ、笑うなよ!」
俺は今まで言っていたことが恥ずかしくなり大声を出す。
「ごめんなさい。でも、ホントにそうなのね」
ホントにそう? どういうことだ?
「あなたってホントに面白いわ。だって、対戦相手がいなくなっただけで剣道を辞めるなんて。普通だったら続けてもっと上を目指すのに」
確かにそうかもしれない。でも、俺は剣道を遊びだと思っていたからその考えは出ないだろう。
「決めたわ。やっぱりあなたには私のパートナーになってもらう。あなたといるとなんだか退屈しなさそうだもの」
そう言って微笑みながら麻耶は俺の竹刀に手を触れる。
「な、なんだよ」
「この竹刀、本当にいい手入れをしてあるのね。長く使ってるのでしょう?」
「よ、よくわかったな」
「だって、新しいものには見えないわよ? でも、新品に近づける努力をしている。これは手入れが行き届いてる証拠よ」
わかったような口ぶりで語る麻耶。
俺はそれを静かに見ていた。
「あなたの答えを聞かせて。私のパートナーになるかどうかの。無論、パートナーになったからといってあなたを戦闘に駆り出したりはしないわ。ただ、そばにいて欲しいのよ。私には家族とか、仲間はいないから」
家族や仲間がいない。
その言葉は軽く聞こえて重く伸し掛る。
こいつにはどう頑張っても平穏は訪れない。それを目の前で公言された気がした。
「……わかった。なるよ」
これは多分最終確認だろう。
俺がここでならないと言えばきっと麻耶はどこかに行く。
だが、断ることはできなかった。
なぜなら、目の前にいる少女がとても悲しそうに見えたから。
俺は平穏より目の前の少女の幸せを取ってしまった。
それが間違いかどうかはまだわからない。
でも、きっと正解だ。平穏は分かち合ってこそだろう?
俺は立ち上がり竹刀を持つ。
「さて、帰るか」
気づけば辺りは暗くなっており、朝のような暑さは消え去って夏特有の涼しさが俺たちを包む。
「ええ、そうしましょうか」
あどけない二つの人影が夏の河川敷を歩いて家へと帰って行った。