第二話 騎士(ランスロット)
騎士
今は授業中、だが、俺の心は未だに高ぶっていた。
これも全ては麻耶のせいだ。
数分前、俺たちは死神ないし、神の子というものと戦闘になった。
そのあと聞いた話だが、神の子というのは人の妄想を媒介とした偶像で、神話宜しくそれらの神を作り出したものと同じなようだ。
『神とは古代の人が妄想したものであって、実際はいないわ。ただ、神話として語り継がれて行く。妄想から有を創りだこと。そして、作られたものは神の子となり人の夢を食べる』
麻耶曰く、だそうだ。
意味はあまり通じてない。
ただ、あんな現象を目にしたのだから信用するしかないだろう。
あーもう、難しいこと考えたら頭が痛くなってきたよ!
俺は勢いよく机に突っ伏す。
生憎、今は数学。気持ちのいい語りは聞こえないので眠気は皆無だ。
仕方なく、俺は再び考える。
もし、もしもの話だが、あんなのが今度また俺の目の前に現れたら。俺は一体どうすればいいんだ?
流石の剣の達人と呼ばれた俺ですらあんな実在しないものと戦った経験はない。よって、対処法が思いつかないのだ。
そんな時、隣の席の麻耶から手紙が送られてきた。
「な、なんだよ」
俺はごく少量の声で麻耶に話しかける。
「開けなさい。説明は全部書いておいたわ」
それだけ言い残し麻耶は黒板に目を戻す。
全部書いておいたってどういうことだ?
俺は渡された手紙を開け中を見る。
『昼休み、屋上で話をしましょう。そこで全て話すわ』
うん。どこが全部なんだろう。
これって、どういう意味なんだ?
「な、なあ? これって――」
「いいなぁ、京介。転校生と初日からお話か? それほど俺の授業は面白くないか?」
俺の言葉を遮ったのは数学の教師の溝坂だった。
「え、いや、それは、その……」
「言ってみろ、なんでも聞いてやるぞ?」
「じゃあ、言わせてもらいます。すんごくつまらないです!」
そのあと、俺は今時珍しい『廊下にたってろ!』を実現させられてしまった。
約束の昼休み、俺は屋上にいた。
夏にしては涼しい風が吹いていた。しかし、カラっとした太陽が照らしていた。
「それで? 話ってなんだよ」
俺は今すぐここから立ち去りたい気持ちを押し殺し、麻耶に話しかける。
「言ったでしょう? 全て話すって。とりあえずはその警戒心を解いてくれないかしら?」
そうは言われましても、ねぇ?
麻耶と話してるとたまに怖いこと言われるんですもん。
「はあ、わかったわ。取り敢えず話しましょうか。神の子について」
俺は耳を塞ぎしゃがみこむ。
「な、何してるの?」
「あー、あー。何も聞こえないぞ! 俺は何も聞こえないぞ!!」
全力の拒否だった。
だって、これを聞いたら俺の平穏が消えるだろ!? 木っ端微塵だろ!?
そんなのいや! 俺にだって自由になる権利はあるはずだ!
「全く……私に剣を抜かせる前に立ちなさい」
俺はすっと立ち上がる。
怖ぇ! この人、俺を殺す気満々だよ!
「じゃあ、話すわよ。神の子っていうのは――」
「ままま、待て! 俺はそんなのは聞きたくない! てか、なんで俺がそんな事を聞かされなきゃならん!」
「あなたは既に神の子を見ている。これからは普通に生きることすら危ういからよ」
「いやぁぁぁぁぁあああああ!! なんでだ! なんで見たんだ、俺っェェェェ!!」
既に俺の平穏は消えかかってるのか!? なんて理不尽! なんて不合理!
俺はその場に膝を折り、地面に手をつく。
「そこまで落ち込まなくてもいいじゃない。神の子って意外に弱いからあなたでだって――」
「そうじゃない! 俺はただ普通に生きたいんだ! 平穏の中で普通にしていたいんだ!」
俺は半分泣き目で訴える。
「普通に生きたいなら戦いなさい。戦って勝利して平穏を勝ち取りなさい。大丈夫よ、そのために私が手伝ってあげるから」
見上げると風に靡く金髪を片手で押さえながら俺に手を差し伸べる麻耶がいた。
まただ、また俺は麻耶に見とれてしまった。
風に靡く金髪が、少し赤くなった頬が、俺を射抜くその目が、麻耶の全てが俺を虜にする。
そして、選択を誤らせる。
気づけば俺は麻耶の手を取っていた。
「ふふっ。いい子ね。さあ、立ちなさい。あなたは強いわ。だから大丈夫。いざとなったら私が全力で守ってあげるから」
なんでだ? なんで麻耶が俺にそこまでしないといけなんだ?
「なんでだよ」
「え?」
「なんでお前が俺にそこまでしなくちゃならないんだ? そもそも、俺たちは他人で関係なんてなくて、それなのに……」
「バカね。そんなこともわからないの? ……私を助けてくれたでしょう?」
助けた?
そこで三日前の記憶が思い返される。
死神の鎌に切り裂かれる麻耶、そのあと何事もなく立ち上がり麻耶はこう言った。
『あなたがこれをやったんでしょう?』
最初はそうでないと思った。だが、できるのは俺だけだったんだ。
麻耶を救ったのは俺、なのか?
「キッカケなんてそんなものでいいのよ。あなたはそうは思っていないかもしてないけど、少なくても今の私があるのはあなたのおかげだわ。だから、私があなたを守ってあげる」
そう言って抱きつく麻耶。
俺は動揺して固まっていた。
程よい柔らかさと、硬さ。その微妙な割合が俺の頬を紅潮させる。
気づけば風は止み、夏の暑さだけが残っていた。
「私の能力を言っておくわ。私の能力の固有名は『騎士』、効果は鉄を増幅、強化すること。そして、神話名は『ランスロット』よ」
鉄を増幅、強化。そこに俺は疑問を覚える。
「鉄を強化ってそんなことできるのか?」
「ええ、その他にも形状変化なんかもできるわ」
案外真面目に答える麻耶。
俺自身能力を持っているせいか、あまり驚いたりはしないが逆にそんなことができることに呆れていた。
「さて、もうすぐ昼休みも終わりね。今日はこのくらいにしておきましょうか」
そう言って、麻耶は屋上を出ようとする。
そこで俺は思い出した。
今日は教師の勉強会だとかで半日、つまり昼休みまでしか高校がないのだ。
「お、おい!」
「……何かしら?」
振り向いた麻耶に俺は問いかける。
「お、俺を守るみたいなこと言ってたけど、お前は俺の住所を知ってのんかよ?」
「ええ、知ってるわよ?」
「ゲッ、お前ストーカーか?」
「そうして欲しいのならそうするわよ?」
うん。女子って何を考えてるかわからないから怖いよね?
みんなは注意しよう!
「で、でも、俺はお前の家を知らないぞ?」
「ふふっ、大丈夫よ。また逢いましょう、京介」
俺はこの時、この言葉の意味をちゃんと理解していなかった。
この女は俺の理解が追いつく前に行動を起こす。
だからだろうか。俺がそんな麻耶に惹かれる理由は……。