元王太子セドリックの心の叫び〜ヴァーミリオン家とはもう関わりたくありません!〜
読んでいただき、ありがとうございます!
本作は『ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!』短編シリーズの第5作です。
本作品単体でもお楽しみいただけますが、シリーズ第1作からお読みいただけると、より深く本作の世界を楽しんでいただけるかと思います。興味のある方は下記よりURLをコピペしてご一読ください(*´∇`*)
★『【連載版】ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!』スタート★
脳筋ぞろいのヴァーミリオン家(もちろん爺ちゃん筆頭!)のドタバタを添えて、リリアの新しい恋と日常をお届けします。こちらも是非ご一読ください!
▶︎【連載版URL】https://ncode.syosetu.com/n8667li/
☆『ワシ孫』短編シリーズ☆
▶︎1作目:『ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!』
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▶︎2作目:『「女王様って素敵」と呟いたら、脳筋爺ちゃんが王国を乗っ取った件』
https://ncode.syosetu.com/n0664li/
▶︎3作目:『紅蓮の女帝の帰還〜脳筋爺ちゃんズが正座させられた日〜』
https://ncode.syosetu.com/n1531li/
▶︎4作目:『辺境伯夫人エレオノーラの優雅な交渉 〜脳筋爺ちゃんの尻拭い〜』
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誤字報告をありがとうございました╰(*´︶`*)╯
「ワシの可愛い孫娘を虐めたのはどいつだ!」
「セドリック殿下です!!」
「そうか、そいつか。では、お返しだ」
ズガアアアアーーン!!
「うわあああーーー」
*
*
*
「ハッ――!」
目を見開いた瞬間、セドリックは自分が書斎にいることに気づいた。
机に突っ伏していた体を起こすと、心臓が早鐘を打っていることに気づく。
無意識に首筋に手を当てた。温かい。脈打ってる。ちゃんと、繋がっている。
「……夢」
そう呟いた瞬間、全身から力が抜けた。
冷や汗が背中を伝う。額にも、汗がにじんでいる。
「またあの夢か……」
何度目だろう。あの日以来、この悪夢を見ない日はない。
***
婚約破棄の後始末に臣籍降下の手続き、バタバタと月日は流れ、気づけば冬の足音が聞こえていた。
「……いい加減、向き合わなくてはな」
伸ばし伸ばしにしてきたリリアへの謝罪の手紙。
いや、正確には――。
ヴァーミリオン前辺境伯ガルド・ヴァーミリオンを宥めるために必要な懺悔のリストを。
しっかり書かないと、また「歩く災害」がやってくる。
そんな事態になれば、今度こそ間違いなく無事ではすまない。
再び居住まいを正して便箋に向かった。
恐怖が、僕を動かしていた。
***
【あの日の悪夢】
卒業パーティの夜。
セドリックは、衆目の前でリリアとの婚約を破棄した。
その後両親に呼び出され、厳しい叱責を受けた。
それで終わりだと思っていた。
だが――。
数日後、ガルド・ヴァーミリオンが、単騎で王宮に乗り込んできた。
「ワシの可愛い孫娘を虐めたのは、どいつだ?」
怒気を含んだ低い声。
その気配だけで衛兵は気絶し、結界は砕け散った。
セドリックは、初めて知った。
本物の恐怖を。かつて「王国最強」「歩く災害」と呼ばれたドラゴンスレイヤーの本気を。
あの時の記憶は、今でも鮮明に残っている。
ガルドの眼光。
玉座が軋む音。
シャンデリアが揺れる感覚。
そして――。
「証拠もなく、ワシの孫娘を辱めたと。そういうことか」
あの、静かな怒り。
あれから夜が怖くなり、浅い眠りを繰り返しては、幾度となく悪夢を見る。
部屋の灯りを消すことができなくなり、とうの昔に封印したテディベアを再び手放せなくなっていた。
***
セドリックは羽根ペンを置き、深く溜息をついた。
「……確かに、僕が悪かった」
証拠もなく、碌な裏付けを取らぬまま、ただミレーヌの言葉を鵜呑みにした。
リリアの話も聞かずに、公の場で婚約破棄を宣言した。
「本当に、愚かだった……」
でも――。
「でも!」
セドリックは立ち上がった。
「でも、リリアと一生付き合っていくのはもう無理だったんだ!」
***
【回想:十二歳・初デートの悪夢】
「リリア、今度の休日、一緒に散歩にでも行かないか?」
緊張しながら誘った、初めてのデート。
返ってきた答えは――。
「まあ! それでしたら、魔物狩りに参りましょう!」
「……え?」
「今の季節ですとワイルドボアがおすすめなんですって!」
「いや、僕が言ったのは普通の散歩で……」
「普通の……? ああ、魔の森の方がお好みですか? ただ、王都からは少し距離があるのですよね……」
(違う! そうじゃない!!)
心の中で叫んだが、声には出せなかった。
「あ! そうですわ! 代わりに城下にお買い物に行くのはいかがでしょう? ちょうど行きつけのお店から、新作が入荷したと知らせがありましたの。ご一緒にいかがですか?」
「いいね! そうしよう!!」
やった、やっと普通のデートだ!
セドリックは心の中で喜んだ。
しかし結局その日、セドリックが連れて行かれたのは城下の武器屋だった。リリアは手馴れた様子で店内を物色し、最新の武器防具について店主との話に花を咲かせた。
「やはり最新の武器は違いますわね、セドリック様?」
目を輝かせるリリア。
「……ああ、うん」
(僕が想像してたデートと違う……!)
***
【回想:十四歳・誕生日の悪夢】
誕生日に、リリアからプレゼントを貰った。
「セドリック様、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう、リリア――」
箱を開けた瞬間、セドリックは固まった。
中には、虹色に光る巨大な虫の抜け殻。
「魔蟲の抜け殻ですわ! とても希少な素材で――」
(なんで虫の抜け殻!?)
(それが嬉しかったお年頃はもう卒業したのだが!?)
「……あ、ありがとう」
引きつった笑顔で受け取るしかなかった。
後から聞いたところによると、あれはただの虫の抜け殻ではなく、希少素材で、防具として加工するのに最適な逸品だったらしい。騎士の訓練も始まり、郊外へ討伐に行く機会も増えてきた僕へのリリアなりの気遣いだったそうだ。
そんなこと、普通は思い至らないだろう。
まして婚約者から贈られるなどと誰が予想できるんだ。
別の年には、ゴールデンバードの羽根ペン。
「魔力を込めて書くと、文字が消えない魔法のインクを使えるんですって」
(せめて色が綺麗だとかの普通のペンでよかったんだけど……)
さらに別の年には、ドラゴンの鱗を加工して作られたというカフスボタン。
「お爺さまが昔討伐したドラゴンの鱗を使っているんですよ」
(ドラゴンの鱗を身につけるとか、怖すぎる……!)
どれも希少な素材、高価な品。それは分かる。
だが、どこの世界に婚約者に高価な魔物素材ばかり用意する貴族令嬢がいるって言うんだ!!!
毎年毎年、これでもかというほど意表をつかれ、驚きの声を口から出さずに笑顔で乗り切ってきた僕を誰か全力で褒めてほしい。
やがて僕は、だんだんと自分の誕生日を迎えるのが恐ろしくなっていった。
***
思い起こせば、リリアとは普段の会話も、噛み合わなかった。
「好きな食べ物は何?」と聞けば「ビッグビーの蜜を使ったスイーツですわ」と答えるリリア。
いったい誰が貴族令嬢に好きな食べ物を尋ねて魔物の蜜との返事が来るなんて予想できただろう。
まして、リリアは「いつもお父様とお母様が、デートのついでに巣ごと持って帰ってくださるのよ」なんて。まるで「近所に素敵なお店があってね」みたいな調子で調達方法を楽しそうに教えてくれる。
(デートで魔バチの巣を持って帰る夫婦って……!)
僕は一度、両親に尋ねてみた。
これが世間では普通なのか、と。両親にもそんな経験があるのか、と。
答えは「NO」だった。
もっと昔、子供の頃に一緒に寝ていたぬいぐるみの話をしたときもそうだ。
僕が「両親にもらったテディベアが好きで、幼い頃一緒に寝ていた」と話せば、「まあ、奇遇ですわね! 私もクマちゃんと一緒に寝ていたのですよ」というので、「一緒だね」と笑い合っていたはずなのに、後々聞いたところによると、それはレッドベアの毛皮だった。
レッドベア。魔の森に生息する、体長三メートルを超える凶暴な魔物。
僕は、今度は騎士団長に聞いてみた。
これが世間では普通なのか、と。騎士団長の家でもレッドベアの毛皮と寝ているのか、と。
またしても答えは「NO」だった。
もう僕には「普通」が何だか分からなくなっていた。
***
セドリックは書斎を歩き回りながら、呟いた。
「そう、確かに僕が悪かった。婚約破棄のやり方は、最悪だった」
「でも!」
「でも、リリアは明らかに普通じゃない!」
「普通の貴族令嬢は、デートで魔物狩りを提案しない!」
「普通の貴族令嬢は、プレゼントに虫の抜け殻を贈らない!」
「普通の貴族令嬢は、魔物の蜜を美味しいと言わない!」
「普通の貴族令嬢は、魔物の毛皮をぬいぐるみ替わりに一緒に寝ない!」
「僕は、僕は、カフェに行ったり、お祭りに行ったり、普通のデートがしたかったんだ! 一緒に美しいドレスや宝石を選んだり、かわいい花や動物を愛でたかったんだ! 普通の、ごく普通の婚約者同士の交流がしたかっただけなんだ!!!」
***
コンコン。
ノックの音で我に返る。
「セドリック様、お手紙が届いております」
一礼の後入ってきた侍従が、銀の盆の上に置かれた手紙を差し出す。
「……ミレーヌ?」
手紙を受け取り、侍従が扉を出るのを確認すると、早速封を切って手紙を読んだ。
「そうか、無事隣国の親戚の元に到着したか……」
ミレーヌ・バロア。
かつて、セドリックが惹かれた金の髪が美しい男爵令嬢。
僕に「普通の令嬢ってそうだよね」「普通の男女交際ってこうだよね」ということを教えてくれた少女。
彼女が「僕の普通」を肯定してくれたことで、僕は次第にミレーヌを盲信していったのかもしれない。
「だからといって、リリアにしたことを許されるわけではない……か」
「フウ」とため息を一つ吐き、僕は再び机に向かった。
先ほど書いた謝罪の手紙を、もう一度読み返す。
『パーティでの軽率な行動を後悔している』
『調査をきちんとせず、リリアに話を聞くこともしなかった』
『十歳で婚約してから今まで、結局僕はリリアのことを理解できなかった』
『こんな僕に、リリアは相応しくない』
『どうか、自分に合った人と幸せになってほしい』
「……これでいい。僕には彼女を理解することも、幸せにすることもできなかったけれど、君のことを本当に分かってくれる人と、どうか幸せになってほしい」
セドリックは、手紙を封筒に入れた。
「これで、すべて終わりだ」
***
今でも思い出すのは、リリアと初めて出会った十歳のあの日。
「君が将来僕とずっと一緒にいてくれる子なんだね。リリア嬢、君のことを大切にするよ」
そう言って手を差し出した時、リリアは含羞んだような笑顔で「私も大切にします」と言ってくれた。
あの笑顔が、僕はとても好きだった。
贈り物も喜んでくれた。
城下のデートも、楽しそうだった。
王妃教育も頑張ってくれていた。
今なら分かる。
リリアは素直で控えめな、裏表のない、本当にいい子だった。
ただ、僕とは「普通」の感覚が少し異なっていただけ。
いや――違う。
本当は、もっと気づくべきことがあったんじゃないか。
リリアはワガママを言わなかった。
僕の失敗も、いつだって笑って許してくれた。
婚約期間中、リリアは一度も僕に文句を言わなかった。
ミレーヌとの距離が縮まった時も。
「忙しい」とエスコートを断った時も。
彼女は、ただ黙って受け入れていた。
「……もういい。悪いのは全部僕だ」
セドリックは首を振った。
「考えるのは、やめよう」
立ち上がり、窓の外を眺める。
王都の夜景。
かつて、自分が王太子として歩いた街。
今は、ただの元王族。
「これからは、静かに生きよう」
「何より――」
セドリックは、深く頷いた。
「ヴァーミリオン家と関わるのはもうこりごりだ!」
***
【数年後】
セドリックは新しく封じられた領地にいた。
そして、先日結婚した。
一般的な貴族令嬢と。
魔物を恐れ、宝石を喜び、普通のデートを楽しむ――そんな女性と。
ある日、妻が尋ねた。
「あなた、昔の婚約者のこと、後悔してる?」
「いや」
セドリックは、即答した。
「まったく後悔していない」
「本当に?」
「本当だ。僕には、君が一番合ってる」
妻は、嬉しそうに微笑んだ。
セドリックも、微笑み返した。
「これでよかった」
僕は、ヴァーミリオン家の『普通』には、ついていけなかった。
そんな僕に、リリアの夫になる資格はない。
セドリックは思った。
「僕の人生、もう二度と、ヴァーミリオン家とは関わらない」
「平穏が一番」
「普通が一番」
僕は今、とても幸せだった。
(完)
――あとがき的なもの――
こうして、セドリックは自分に合った相手と結ばれ、平穏な日々を送った。
なお、彼は晩年、孫たちにこう語ったという。
「いいか、お前たち。絶対にヴァーミリオン家とは関わるな」
「関わるとどうなるの?」
「爺ちゃんが来るぞ」
孫たちは、その言葉を不思議そうに聞いていた。
しかし――。
後に、孫の一人がヴァーミリオン家の者と出会うことになる。
その時、セドリックの警告の意味を深く理解することになったそうな。
ただし、それは「爺ちゃん」ではなく「婆ちゃん」だったとか――。
めでたし、めでたし?
【リリアのクマちゃんについて】
リリアが子供の頃に一緒に寝ていた「クマちゃん」は、爺ちゃんが狩ってきたレッドベアの毛皮を使って、メイドさんたちがカワイイぬいぐるみに仕上げた渾身の品です。
ヴァーミリオン家では伝統的に、子供が生まれるとレッドベアを狩り、贈り物とするのが慣わしとなっています。もちろん、兄弟も貰っています。
ちなみに、エレオノーラが子供の頃にも爺ちゃんは同様にレッドベアを贈ったのですが、エレオノーラは喜んで毛布がわりに毛皮を被って眠っていたそうです。
ぬいぐるみに加工する前の、生の毛皮を。
流石、紅蓮の女帝。幼少期から肝が座ってましたww
【作者より一言】
リリアの話をきちんと聞いていれば、クマちゃんの件も、その他の話も、ちゃんと理解できたはずなんですけどね。
「魔物素材」ということで、最初から否定していたんでしょうね。
そういうところだぞ、セドリック( ´Д`)y━・~~
☆『ワシ孫』短編シリーズ新第6作目を公開しました!☆
▶︎『紅蓮の女帝に捧ぐ十年〜弱小男爵家の脳筋が最強令嬢を射止めるまで〜』
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