第2話 風を歩く者たち
魔法学校《セレフィア魔導学園》——それは七帝候補が集う、王都直属の魔法教育機関である。
広大な敷地、天空にまで届くかのような尖塔、そして幾何学的な魔導構築物が散りばめられた校舎群。そのすべてが、「選ばれた者」のためにあると言ってよかった。多くの若き魔導師たちが集う中で、銀髪の少年が静かに足を踏み入れる。
シノ=グリモワール。
彼の風貌はやはり目立っていた。整った顔立ち、銀の髪、どこか夢幻的な雰囲気をまとうが、彼の歩みは力強かった。
「やっぱり、来てたんだ」
その声に、シノは振り向く。そこにいたのは、かつての幼馴染、フレア=アストレアバーンだった。
以前よりもさらに長くなった赤い髪が揺れる。制服に袖を通したその姿は、幼い頃とは違い、どこか気品すら感じさせた。彼女は貴族の出身だったが、その事実を隠し続けている。それでも纏う雰囲気には隠しきれない芯の強さがあった。
「久しぶりね、シノ」
「……ああ。再会するの、これで何度目だろうな」
「三度目よ。前は湖のほとりで、あなたがひたすら風を切ってた」
フレアはくすりと笑い、シノの隣に立つ。
「ここの校舎、信じられないくらい広いわね。迷わずに辿り着けた?」
「案内板に魔導式が組まれてたから、どうにか……いや、ちょっとだけ迷った」
「ふふ、相変わらずね」
彼らの間に流れる空気は、幼き日からの信頼が自然に滲み出ていた。だが、そこに恋情はまだなかった。ただ、互いの存在が自然で、特別であるという確かな絆だけがあった。
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入学式
大講堂は、生徒たちの魔力の気配で満ちていた。
整列した新入生の中には、すでに名家の子弟や、各地の魔導士養成機関を首席で卒業した者も多くいた。その中心に立つ一人の青年が、壇上で話し始める。
「諸君、今日から君たちは《セレフィア魔導学園》の一員だ。魔力の強さは確かに力だ。しかし、この学園が真に求めるのは“技術”と“意志”である」
校長と呼ばれるその人物は、見た目こそ穏やかだが、放たれる魔力の質は桁違いだった。圧倒的な存在感。おそらく彼もかつて、七帝の座にいたのだろう。だが今は、教師として次代を育てる立場にある。
「目指す者は“七帝”になれ。世界の頂点を、己の力で掴め。——ただし、忘れるな。魔力は与えられし器ではなく、磨かれる意志だ」
壇上の言葉に、生徒たちはざわめいた。
「七帝って……あの、七属性の頂点?」
「まさか、本当にこの学園から……?」
シノは、静かに拳を握っていた。
(……俺も、絶対にその場所まで行く)
その想いは、誰にも知られないように、心の奥に深く沈められていた。
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初日の試験
入学初日から、生徒たちは「適性試験」という名の実技テストに臨むことになる。
魔法の基礎と応用力を測るため、学園内の“風の中庭”と呼ばれる空間でそれは行われた。人工的に風属性魔力が濃く設定されたその場所では、風の流れさえも術者の精神状態に呼応する。
「次、シノ=グリモワール!」
試験監の声に促され、シノは歩み出た。
「使用魔法:風属性。出力目標:Dランク以上」
試験台の前に立ち、呼吸を整える。足元の魔法陣に魔力を流し込む。ほんの少量の魔力が、彼の体内から絞り出されるように流れ、指先へと集まった。
風が鳴った。
薄刃のような風が形成され、そのまま音もなく一直線に標的を切り裂く。
——スパッ。
刃は、標的の中央を貫いた。
「……出力評価、Cランク」
一瞬、周囲に驚きの空気が走った。
「今の、魔力量少なすぎなかったか?」
「うそ……Cランクって、初等魔法の中じゃ優秀な部類だぞ」
「魔力量、どう見ても足りてなかったのに……」
試験監もまた、興味深げにシノを見つめていた。
「魔力操作技術、かなり高いな……」
シノは、表情を変えないまま静かに席に戻った。
フレアが待っていた。
「やるじゃない、シノ。ちょっと、びっくりしたわ」
「ふふん。俺、努力だけはしてきたからな」
フレアは微笑む。だが、その瞳の奥に、ほんの僅かだが緊張があった。
(この学園で、あの子がどこまで行けるのか……きっと、大変な道のりになる)
そう、彼女はもう知っていた。この場所が、ただの学び舎ではないことを。
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風に選ばれし少年
入学から数日。授業と実技演習が続く中、シノは誰よりも遅くまで残って訓練を続けていた。
「風は、お前の味方だ。だが、風を“斬る”には、お前が風を信じる必要がある」
その言葉をくれたのは、シノが幼い頃に出会った“ある人物”だった。
名も告げず、ただ風を操る術を彼に教えた男。彼こそ、かつての“風の帝”と呼ばれた存在だった——。
(あの人に言われたんだ。「魔力量の差を憎むな。憎しみじゃ、風は応えない」と)
この学園に来た理由は一つ。シノは“証明”したいのだ。
魔力量が少なくても、頂点に立てることを。風の帝という存在を、再びこの手で掴むことを。
「俺は、絶対に負けない」
風が再び、彼の周囲を包んだ。