第1話 風に舞う銀の羽根
春の陽光が穏やかに草原を照らしていた。空はどこまでも青く澄み渡り、風は優しく草を撫でて通り過ぎていく。そんな中、一人の少年が小さな丘の上に座っていた。
銀色の髪が風に揺れ、透き通るような青い瞳が空を見上げている。その瞳の奥には、年齢にそぐわぬ冷静さと、どこか遠くを見据える強い意志があった。
少年の名は、シノ=グリモワール。
彼の掌には、淡く輝く風の魔法陣が浮かんでいた。だが、その輝きは長くは続かず、数秒後には音もなく霧散する。
「……また、途中で消えたか」
彼が試みていたのは《エア・スライス》という風属性の基本魔法だった。だが、シノの魔力量は極端に少なく、魔法の完成には届かない。それでも彼は諦めなかった。
「魔力量がないなら、操作で補えばいい……」
小さくつぶやき、再び両手を合わせようとしたその時――
「シノ、また一人で練習してたの?」
穏やかな声が背後から響いた。
振り返れば、赤髪の少女が小走りで近づいてくる。彼女の髪は以前よりも長くなっており、風になびくたびに光を受けて美しく輝いていた。
フレア=アストレアバーン。
幼い頃からの友人であり、シノにとって唯一無二の存在でもある。
「フレアか……うん、また失敗したよ」
「ふふ、あなたらしいわね。でも、無理はしないで。ちゃんと休まなきゃ、魔力が枯れちゃうわ」
彼女の口調は柔らかく、どこか品のある落ち着いた響きを帯びていた。幼少期のボーイッシュさは今やすっかり影を潜め、成長した彼女の姿がそこにあった。
「でも、フレアは知ってるだろ? 俺には、魔力量がほとんどないって」
「ええ、知ってるわ。でも、あなたがどれだけ努力してきたかも知ってる。それに……あなたの“魔力操作”は、本当にすごいと思うの」
シノは少し照れくさそうに笑った。
「ありがとう。そう言ってもらえると、少しだけ自信が出てくる」
フレアは微笑みながら、彼の隣に腰を下ろした。しばらくの間、二人は風に吹かれながら、何も言わず空を見上げていた。
やがて、フレアがぽつりと呟く。
「ねぇ、シノ。私たち、来月から“セレフィア魔導学園”に入学するのよね」
「うん。あそこには、全国から選ばれた魔法使いたちが集まる。きっと、強い奴らばかりだ」
「でも、あなたなら大丈夫。私は、そう信じてる」
彼女の声は静かで、真っ直ぐだった。フレアの言葉には、余計な飾りも、慰めもなかった。ただ、心からそう思っているという確信だけがあった。
「……ありがとな、フレア」
少年は風に乗せるようにして、その言葉を口にした。
その日、小さな丘の上で、少年と少女は再び同じ空を見上げていた。まだ見ぬ未来、そしてその先にある“七帝”の座を得るために。