ティナの父親
「父上……」
三つ巴の戦いを繰り広げていたアレスたちの元に、なんと王国軍総軍団長であるゼギン・フォルワイルが姿を現したのだ。
アレスを仕留めようとしていたダミアンと能面はゼギンの気配を感じ取りすぐに逃げ出してしまった。
そんな2人が逃亡を選択した理由をゼギンと向かい合ったアレスも痛感させられていた。
(なんちゅう殺気だ……前会った時はパーティー会場だったから。印象がまるで違う)
「というかティナ。おめぇが父ちゃん呼んだんじゃないだろうな?」
「そんな訳あるか!私だって驚いてる所だぞ!?」
「いいや信用ならないね!!炙るぞこの野郎!!」
「炙るってなんだ!?って痛い痛い!ギブギブ!」
ダミアンらの脅威から逃れることが出来たアレスだが、それ以上の殺気をゼギンに当てられ冷や汗を流していた。
アレスとティナを視界に捉えたゼギンはただならぬ圧を放っている。
その空気を和まそうとしたのか、アレスは少しコミカルな様子でティナに詰め寄る。
剣を鞘に収めたアレスはティナにヘッドロックをかました。
「ッ!!アレス、傷が……」
「しっ!小声で話せ」
「っ!」
「ステラのことを勘付かれちゃまずいのは言うまでもないが、俺の傷のことも悟られないようにしろ」
「だがしかし……」
「俺が離脱したらあいつを守り切れないだろうが」
「っ!!」
だがアレスはふざけたふりをしてティナの耳元に近づき、ゼギンに聞こえないよう小声でティナに話しかける。
ステラの存在を誤魔化すことに成功しても自分の傷がゼギンにバレれば治療のために離脱させられかねないため、背中の傷についてもゼギンに知られないようにしろと伝えたのだ。
「……貴様ら、こんな所で何をしてる」
「何をしてるって、長期休暇を利用して実家に帰っていたんですよ。この近くに俺の実家があるんで」
「実家、だと?貴様のか……?」
「通報を受けたって言ってたがステラを連れてるのが俺たちだとは知られてないらしいな……でもなんか殺気えぐくね?」
「……ああ。心なしかさっきより圧が増してるような」
「貴様ら2人だけでか?」
「見ての通りですよ。ただ急に盗賊団ゲビアと妙な殺し屋に襲われて大変だったんですよ。何か事件でもあったんですか?」
「……いや。貴様には関係ないことだ」
「そうですか。それで盗賊団ゲビアのリーダーはあっちの方に逃げていったんで、確保の方よろしくお願いします」
「情報提供感謝する。だが……アレスと言ったな。貴様、随分顔色が悪いぞ。出血も相当酷いようだが……」
「いえ、最近ちょっと風邪っぽくてですね。それにこの血はほとんどこいつらの返り血ですのでご心配なく」
「……」
「ほんとですって!じゃなきゃこんなふざけたりしないでしょう?な?ティナ」
「あ、ああ」
軽傷を装うために背中の傷を絶対にゼギンに見られないようにしながらティナとふざけてみせるアレス。
そんなアレスの背中の傷からは今も滝のような血が流れ出ていることに焦りが隠し切れず少しぎこちない表情となってしまっていた。
「……そうか。やはりそうか」
「ん?なんですか?」
「いやなんでもない。俺はゲビアの連中を追いかける。貴様らは無関係だというならこの件にはかかわらん事だ。それと、一応これを渡しておこう」
「これは……」
「回復ポーションだ。それを飲んで安静にしていろ」
アレスとティナをみて何か思うところがありそうな様子のゼギンだったが、逃げたゲビアの連中を追いかけるためそれ以上の追及はしなかった。
そしてゼギンはアレスたちの元を立ち去る前に懐から回復ポーションが入った瓶を2つ取り出しアレスたちに投げたのだ。
そうしてゼギンはアレスたちを残し森の中へと姿を消した。
「随分怪しまれていた様だが意外とあっさり見逃されたな」
「うっ……」
「ッ!!アレス!!」
「すまん……やっぱ、限界だ……危なかった……」
「私の分も飲んでくれ!!君の方がよっぽど深刻な状態だ!」
「ああ……助かる。断る余裕もねえわ……」
ゼギンの姿が見えなくなるのを見届けたアレスはついに限界を迎えその場に崩れ落ちてしまった。
ティナはそんなアレスの体を支えつつ自身が受け取った分の回復ポーションをアレスに差し出す。
そうしてティナからポーションを受け取ったアレスは余裕がなさそうな笑みを浮かべながらポーションを2つ飲み干すのだった。
ゼギンの介入により戦いを終えたアレスたちだったが、ソシアたちと冒険者ギルドの”星の舞”のメンバーたちは盗賊団ゲビアのメンバーたちと交戦を続けていた。
「レベッカ!今よ!!」
「鳳凰炎舞!!」
「ギャアアア!!」
「ありがとヌーレイ。これで全員かしら」
「うん。でもそこらから戦闘の気配がするね」
多少時間がかかりながらもレベッカたちは盗賊団ゲビアの別動隊を殲滅することに成功する。
しかしその周囲では今も断続的に戦闘音が響き渡っていた。
「ええ。こいつら恐らく本隊じゃないわ。たぶん竜人族のあの子を探すために分散してるんじゃないかしら」
「そうだね。ところでダイヤ。あなたが抑えてた男の子は?」
「あっ!!」
なんとか戦闘を終えたレベッカたちは呼吸を整える。
しかしレベッカたちが戦闘している隙を突き、ジョージは倒れていたソシアとステラを連れその場を離れていたのだ。
「大丈夫ですかソシアさん!しっかりしてください!」
「ジョージ君……私は置いて行って」
「そんなことできるわけないじゃないですか!」
ソシアはレベッカから受けた蹴りのダメージが重く足元がおぼつかない。
そんなソシアにジョージは肩を貸しつつステラの手を引き逃げていたのだが、当然その速度ではレベッカたちの追跡を振り切ることはできない。
「どこに行くの君たち?」
「ッ!?しまった!!」
「もうダイヤったら。しっかりしてるようで肝心なところでぬけてるね?」
「う、うるさい!」
(どうする……どうする!?戦っても勝ち目はない。逃げることもできない。一か八か事情を説明するしか……)
「ねえ君たち、1つ聞きたいんだけど。もしかしてあなたたちって……」
「大丈夫かお前らぁ!!」
「アレスさん!!」
「アレス君!?……って、やっぱり!?」
「え?アレスさん、この人たち知り合いなんですか……?」
「レベッカさん!なんで星の舞の皆さんがここに……」
ゆっくりと逃げるジョージ達に容易に追いつくレベッカたち。
今度こそ逃げられないと冷汗が止まらないジョージに対し、レベッカは先程抱いた疑問を解消すべくジョージにとある質問を投げかけようとしたのだが……
その時追いついてきたアレスとティナがジョージ達の前に姿を現したのだった。
「やっぱり。あなた達の名前をどこかで聞いたことがあったと思ったんだけど、アレス君の友達だったなんて」
アレスが現れたことでレベッカたちはジョージ達を捕らえることをやめ、王国軍やほかの冒険者に盗賊団に見つからないよう近くにあった洞窟に移っていた。
アレスたちはその洞窟には入らずその入り口の手前で傷の治療を行いながら状況確認を行う。
「本当にもうダメかと思いましたよ。でもまさかアレスさんのお知り合いの方だとは思わず……本当にもうダメかと……」
「手荒にしてごめんなさいね。ソシアさん……だったわね?怪我は大丈夫かしら?」
「はい。骨は折れてなかったのでもう大丈夫です」
「はい!アレス君回復できたよ」
「ありがとうございますダイヤさん。もう痛みも引きました」
「とんでもない傷だったわよアレス君。君がそんな深手を負うなんて相手は相当手強かったのね」
「ええ。戦闘能力もそうですが、不意打ちの精度がかなり高いです。あいつは自分のことを能面だと名乗っていたが……ゲビアの奴らは沼気の里と言っていたけど、何か心当たりはないか?」
「沼気の里?聞いたことありますね。確か……」
「ほんと。とりあえずお前に聞けば大体のこと分かるのマジ凄いな」
「里の全員が幼い頃から殺しの英才教育を受けているという暗殺者の里です。里の場所は住民しか知らないそうですが、底なし沼に囲まれた死の匂いが充満した里だとか」
能面に沼気の里というワードを聞いただけではあの暗殺者の正体にピンとこなかったアレスだが、ジョージと合流したことでその答えに辿り着くことが出来た。
能面と名乗った珍しい黒髪の剣士……それは暗殺者だけが住むという恐ろしい里の出身の殺し屋。
その里の所在は誰も知ることができないが、闇のルートで依頼を請け負い多くの人間を殺してきたという恐ろしい里の一員らしいのだ。
「厄介な奴を敵に回しちまったなぁ」
「ところでアレス君。王国軍と冒険者の捜索隊から身を隠すなら洞窟の中に入ったほうが見つかりにくいと思うんだけど、どうして入口の前にとどまるの?」
「どうしてって、それはもちろん……はッ!!」
ガキンッ!!
「ッ!?」
「えっ、何!?」
「洞窟に入ったら袋のネズミですからね」
アレスが洞窟の中に入らず入口の前で止まったことに疑問を覚えたレベッカがそのことについてアレスに質問したその時、薄暗い木々の合間を縫って短刀が勢いよく飛んできたのだ。
アレスはそれを冷静に剣で弾き返しながら話を続ける。
「アレス、今のはまさか……」
「ああ。能面だ。さっきからずっと俺たち……いや、俺を監視してる。隙を見せたら殺されるだろうな」
「そんな。じゃあ探知魔法で探らないと……」
「奴の隠密なら並の探知魔法には引っ掛からないと思いますよ。見つかったとしてもかなり距離がありそうなんで簡単に逃げられる」
「アレス君……君は敵の居場所がわかるのか?」
「ええ。一度手を出した人間は最後まで殺し切りたいらしくて、殺気が隠し切れてないんだ」
今まで標的にしてきた人間は必ず仕留めてきた能面。
そのプライド故に一度傷を与えたアレスが生き延びるのが許せないらしく、アレスは能面の並々ならない執念を見抜いていた。
「……それも大変だが、そろそろ説明して欲しいな」
「ん?何のことですか?」
「その竜人族の少女のことだ。竜人族を庇うのは重罪、君だから信用してこうしてついてきたがなぜその子を連れているのか話してほしいな」
「そうですね。実は……」
能面に狙われ続けているという事実に驚きつつも、レベッカはアレスたちが竜人族の少女を連れていたことに説明を求めたのだった。
アレスが知っていた竜人族に関する情報は王族でないと知りえない事実。
レベッカたちからすれば間違っているのはアレスたちの方で、なぜ罪を犯してまで竜人族の少女を庇うのか説明が欲しかったのだ。
それに対しアレスはレベッカたちなら話せば理解してもらえると考え、ジョージ達に話したようにすべてを打ち明けることにした。
アレスの話を最後まで聞いた星の舞のメンバーは驚きを隠しきれない。
「そんな……じゃあ国がその子を確保しようと軍や冒険者を動かしているのは不老不死の薬が目当てだからなのか!?」
「そうです。王と直接会ったことがある俺だからわかりますが、あいつは間違いなくそういうことをする人間だ」
「……正直信じがたい話だけど」
「わかった。君が言うなら信じよう。なんたって君は私たちのことを2度も救ってくれたんだから」
「すまないなジョージ君。先ほどは手荒な真似をしてしまって」
「いえ。皆さんに非はありませんよ!」
「ソシアさんも。もう肩は大丈夫か?」
「はい。骨は折れてなかったのでもう痛みもありません」
「そうか。それと……ステラちゃんと言ったな?君にも怖い思いをさせてしまった。ごめんね」
「……」
「……?どうしたステラちゃん?」
竜人族は人間にとって害をなす存在であると小さなころから教えられてきた彼女たちにとって、アレスの話はにわかには信じがたいものであった。
だがレベッカたちはかつてアレスに命を救われた経験がある。
その時の恩とアレスの人柄を知っておりそのような嘘を言うような人間ではないと考え、ステラを逃がすことに理解を示すことにしたのだった。
王国軍の要請で竜人族の少女を捕らえる作戦に参加している星の舞のメンバーの協力を得てこの森の脱出を図ろうとするアレスたち。
しかしその時アレスたちは静かに話を聞いていたステラが涙を浮かべながら小さく震えていることに気が付いたのだ。
「大丈夫だよステラちゃん。君のことはお兄ちゃんたちが絶対に守ってあげるから怖がらなくてもいいよ」
「わ、私の……」
「うん?どうしたの?」
「私の、せいで……お兄ちゃんたちがいっぱい怪我をして……私が、大人しく捕まった方がお兄ちゃんたちは嬉しいんじゃないかなって……」
「っ!!」
戦闘に巻き込まれたステラが怖い思いをしたのだと頭を撫でながら励まそうとしたアレスだったが、そんなアレスの予想と異なりステラは自分のせいでアレスたちが傷ついてしまうこの現状に心を痛めていたのだ。
ここまでアレスたちに馴染めずあまり口を開かなかったステラが勇気を振り絞って発した言葉に、アレスは強く心を打たれる。
「そんな事ステラちゃんが心配しなくても大丈夫だよ」
「でも……」
「俺たちは大丈夫。必ず君をレウスの森まで連れていくから!」
幼いながらアレスたちのために自らを犠牲にしようと考えるステラを励まそうと、アレスはシスターがそうしたように力強くステラを抱きしめた。
アレスの言葉を背後で聞いていたティナたちも改めて気を引き締め直す。
すでに時刻は夕方になり日は沈み夜が訪れようとしている。
それでもステラを狙う敵の動きは収まりそうになかった。




