急襲
「……っていうことだけど、ごめんねステラちゃん。勝手に話を進めちゃって」
今後の方針を決めたアレスは、ずっと静かに座っていたステラに両手を合わせ丁寧に謝ったのだ。
「……エルフさんの所に行くの?」
「そうだよ。エルフさんが住む森ならさっきの怖いおじさんたちは入って来れないからね」
「……」
「大丈夫だよ。エルフさんは人間相手には厳しいけどステラちゃんならきっと優しくしてくれるから」
「……わかった」
「えらいねステラちゃん~!お姉ちゃんはソシアって言うの。よろしくね」
「僕はジョージです。さっきシスターと一緒に部屋の外に出て行った綺麗なお姉さんはティナさんです」
「うん……」
「ふふっ、ステラちゃんおりこうさんだね。ステラちゃんは今何歳なの?」
議論が熱くなりステラは置いてけぼりで話を進めてしまったことを謝りつつ、これからしばらく一緒に行動する彼女にソシアたちは挨拶をする。
少し人見知り気味なステラだったが、ソシアはそんな彼女と仲良くなるべく積極的に話しかけていった。
ステラの傍に移動して前かがみになり、年齢を聞くソシア。
そんなソシアにステラは少し戸惑いを見せていたが、少し間をおいて両手を前に差し出し指を6本立てた。
「へぇ~。ステラちゃん6歳なんだ~」
「60」
「うん?え……あ、え?」
「60歳くらい」
「ろっ……60!?私より3倍年上!?ス、ステラ……さん……」
「まあ竜人族は相当長命って聞くからな」
「ええ。人間で言うと4~5歳くらいの認識で大丈夫だと思いますよ」
「そ、そうなんだ~……年上なのに年下みたいって頭がおかしくなりそうかも……」
「皆待たせた!何とか屋敷に連絡が付いたぞ!」
「この子のことは話してないよな?」
「何度も聞かないでくれ。私が話すと思うか?」
ソシアがステラとの種族の差を思い知っていた所に、フォルワイル家との連絡を終えたティナが部屋に戻ってきた。
「シスターは?」
「あの人なら子供たちに話があると言っていたよ。悪の組織に狙われるとなれば不用意に外に出ないよう注意が必要だからな」
「それなら私も子供たちに挨拶に行ったほうが良いかな。バタバタしたおかげで忘れかけていたが私はここでお世話になるわけだから」
「ここのちび共の相手はいくら体力があっても苦労するから覚悟しておいてくださいね~」
「ああ。忠告ありがとう」
「さてと。それでティナ、フォルワイル家からは誰が来るんだ?」
「屋敷から来るのは私専属のメイド5人。全員護衛の技術もあるし、特にメイド長のリグラス・ドドルネは相当強いから戦闘面は安心してもいい。それとメイドたちには馬車2台で来るように言ってあるから彼女たちがここについたら片方の馬車を使って移動できるようにしてある」
「流石ティナだな、ありがとう。一応そのメイドたちにもステラちゃんの姿は見られたくないから教会の表口に来て貰って、メイドたちが中に入ったのを確認して俺たちは裏口から出るようにしよう」
ティナが戻り、シャムザロールまでの移動手段を確保したアレスたちはこれからどう行動するかを細かく決めていくことにしたのだ。
ステラは羽が大きすぎてマントを羽織るなどして竜人族であることを隠すことができない。
一般人にもその姿をみられれば王国軍に通報されかねないのでシャムザロールまでの移動も隠密が必須であった。
「よし!そんな感じにまずはシャムザロールとの国境まで行くぞ」
「アレス、ちょっといいかしら」
「うん?どうしたのシスター」
話し合いを終え、立ち上がって気合を入れるようにめいっぱい伸びをするアレス。
そこに少し浮かない表情のシスターが応接室に戻ってきたのだ。
シスターは部屋にやってくるとアレスの目の前にやってくる。
「アレス。長旅になるでしょうから重くならない程度に荷物をまとめておいたから。それを持っていきなさい」
「ありがとうシスター……シスター?」
「アレス。私本当はね、アレスが危ない目に遭うんじゃないかって心配なの。もちろんステラちゃんを助けるためだって言うことは分かってる。それでもあなたを行かせたくないって思ってしまうの」
「シスター……ふっ、大丈夫だよシスター」
シスターは悪の組織の人間に狙われることになるアレスを心配し、本当は行かせたくはないという胸中をアレスに明かしたのだ。
だがそんなシスターにアレスは不安を一切感じさせないような笑顔を見せ、シスターを強く抱きしめたのだ。
「ステラちゃんを無事に送り届けて、全員無事に帰ってくるから。心配しないでシスター」
「アレス……ごめんなさい。私にとってあなたは本当の息子のような存在だから。不安で仕方がなかったの」
「うん……俺にとってもシスターは本当の母親だよ」
「ありがとうアレス。絶対に無事に帰って来てね」
「ああ」
「ステラちゃんも。短い間だったけれどあなたも大切な存在なのよ。遠くに行っても元気にね」
「シスター……うん」
「それにみんなも。旅の無事を願っているわ」
「ありがとうございますシスターさん」
「先程は済みませんでした。我々の考えがあまりに未熟でした」
「何かあったら遠慮なくメイドたちに言ってください」
自分のみを案じてくれるシスターに、アレスは温かいものを胸の奥に感じながら無事に帰ってくることを約束した。
そして再びステラを狙う者が襲撃してくることを警戒しながら待つこと5時間、ティナが呼び寄せたメイドたちが2台の馬車に乗りモルネ教会へとやってきた。
「ティナ様、遅くなってしまい申し訳ありませんでした」
馬車から降りてきた6人のメイド。
その中の一際目を引く赤黒い髪の色をした1人のメイドが到着が遅れたことをティナに深々と謝罪をしたのだった。
「いや、急に呼んでしまったからな。リグラス、お前たちには私がここに戻るまでこの教会を護衛してもらいたい」
「かしこまりました。ティナ様のご要望通りあまり目立つことのない馬車を用意いたしました。どうぞお使いください」
彼女の名前はリグラス・ドドルネ。
他のメイドたちが白を基調としたメイド服を着ている中、黒を基調とした特注のメイド服を身に纏うティナの専属メイドの中で1番立場がある人物。
色白なティナと比べても彼女の肌は一際白く、熱が感じられないその表情から彼女を見た人物は彼女がやる気のない人物か体調が悪いのではないかとよく想像するが、そんな人々の想像に反し彼女のメイドの腕は確かでティナのために身を尽くす模範的なメイドであった。
「助かる。それじゃあ中に行ってこの教会のシスターへの挨拶をしてくれ」
そんなリグラスたちを出迎えたティナが彼女たちに教会の中に行くよう促すと、その隙を見てアレスたちが裏口から回りステラの姿を見られることなく馬車に乗り込む。
メイドたちが用意したのは以前アレスたちが乗ったような豪華なものではなく、商人などがよく使用する馬2頭が引く幌馬車。
白い布で覆われているため外部から竜人族の子供が乗っていることは気付かれないようになっている。
「馬車は私が操作しよう。皆は中で休んでいてくれ」
「ありがとう。俺も普通に運転するくらいならできるからいつでも代わるからな」
「助かる。それじゃあもう出発しよう」
こうして馬車に乗り込んだアレスたちは早々にシャムザロールに向け出発することとなったのだ。
「しっかしすぐにまたシャムザロールに行くことになるとは思いもしなかったなぁ」
モルネ教会から出発し、森の中の小道を進むアレスたち。
そんな馬車の荷台ではアレスとジョージが荷台の右側、ソシアとステラが荷台の左側に座り向かい合いながら会話をしていた。
「そうだね……でもすぐにまた行くことになって検問で怪しまれないかな」
「怪しまれますね。というかそもそもステラさんが無事に検問を通過できませんよ。どうするんですかアレスさん?」
「そりゃ決まってんだろ。なあソシア」
「うーん。なんだか嫌な予感がするなぁ……」
「え、あの……」
「うん?どうしたのステラちゃん」
「えっと……その、ごめんなさい。私のせいで、迷惑かけちゃって……」
そんな会話の中で、ステラは少し言葉を詰まらせながら自分のせいで面倒ごとに巻き込まれてしまったアレスたちに謝ったのだ。
「何言ってるの。私たちは全然気にしてないよ」
「そうですよ。ステラさんが謝る必要はありません」
「ねえステラちゃん。答えたくなかったら答えなくてもいいけどステラちゃんがどこから来たのか教えてくれないかな?」
「……どこにいたのかはよくわからない。でもお母さんと一緒に山の中で暮らしてた」
(やっぱり竜人族の集落があるわけじゃないんだな……)
「でもいきなり悪い人たちがいっぱい山の中に入って来て、お母さんと一緒に逃げてきたの」
「悪い人たち……たぶんさっきの人たちだよね」
「ええ。そして恐らくまだステラさんのことを諦めずに狙っているんでしょう」
「……」
「大丈夫だステラちゃん。ステラちゃんのことはお兄ちゃんたちが絶対守ってあげるからね」
「……うん」
「そういえばステラさんの瞳は左右で色が違うんですよね」
「あっ!それは私も気になってた。どっちも綺麗な色だね」
馬車の中でステラと話をしていると、ジョージがふとステラの瞳が左右で色が違うことに触れたのだった。
ジョージが気になった通り、ステラの目は左の瞳がキラキラと輝く鮮やかな緑色で、右の瞳は深い海のような青色をしていた。
「竜人族は皆こんな感じに目の色が違うのかな?」
「いえ……竜人族にそのような特徴があるとは聞いたことがありませんが……」
「あと話は変わるんだけど、初めて俺がステラちゃんと会った時、ステラちゃん俺をみてずいぶん怖がってなかったか?」
「そういえば確かに!あの後すぐに変な奴らが来て忘れてましたが!」
「ねえステラちゃん。なんであの時アレス君のことを見て怖いなって思ったの?」
「……えっと、それはね……」
「ッ!!??すまんジョージ!!!」
「えっ……うわぁあああ!!??」
まだ教会を出発したばかりでステラについて知りたいことが多く、話に夢中になっていたアレスたち。
だがその時突如アレスは隣に座っていたジョージの腕をつかむと、向かいに座っていたソシアとステラの方向にジョージを投げ飛ばしたのだ。
「きゃあ!!」
「アレス君なにを……うわぁ!?」
「ティナも飛べぇ!!!」
「アレス!?くっ……!!」
ボガァァアアアン!!!
ジョージを投げ飛ばしたアレスはさらに向かいに座っていたソシアとステラを抱えるとそのままジョージを投げ飛ばした方向に飛び出す。
ティナがアレスの声に従いアレスと同じ方向に飛び出した直後、なんとアレスたちが乗っていた荷台が巨大な炎に包まれたのだ。
「ヒヒィイイイン!!」
爆発に巻き込まれた荷台は大破。
それにより解放された2頭の馬はパニックに陥りアレスたちの元から逃げ出してしまう。
「あっ馬が!」
「馬なんてどうでもいい!くそっ、もう襲ってきやがったのか……」
「ほう?竜人族のガキが死なねえように加減はしたが、全員無事とは恐れ入ったぜ」
「てめぇは……」
爆発から間一髪で逃れたアレスはソシアとステラを自身の後方に置くと剣に手をかけ臨戦態勢に入った。
そんなアレスの前には強烈なプレッシャーを放つ1人の男の姿があった。
「お前がさっきの報告で言ってたただ者じゃねえって言うガキか。確かにこれは手強そうだ」
「赤い大剣……茶髪に金メッシュ、そして眼帯……まさか奴は、盗賊団ゲビアの!!」
「盗賊団ゲビア!?」
「くっくっくっ。よくわかったな。貴様の言う通り俺様は盗賊団ゲビアの頭。魔剣のダミアンだ」
刀身が禍々しい赤色に染まった巨大な剣を持ち、右目を黒い眼帯で覆った荒々しい男。
その男は近年エメルキア王国で武闘派な盗賊集団として恐れられていた盗賊団ゲビアのトップだったのだ。
「すまないアレス!私がもっと早くに気が付くべきだった!」
「いや大丈夫だ。野郎シスターがくれた荷物を爆破しやがって……絶対泣かす」
「流石ですダミアン様!」
「情けないねあんた達。あんな数人のガキなんかにビビりやがって」
堂々と姿を現したダミアンに少し遅れ、男の背後から十数人の部下と思われる集団がぞろぞろと姿を現す。
全員がすでに武装しており待ち構えられていたのは明らかだった。
「馬鹿が。てめぇらが何人集まろうが無駄なんだよ……」
それを見たアレスは闘気を練り上げ一気に戦闘態勢に入る。
じっくりと戦闘をする理由もない。
アレスはすぐにダミアンらを片付けるべく剣に手を伸ばし前のめりになった……
その時だった。
ヌルゥン……
「ッ!?ソシアぁああああ!!!」
「えっ……」
ソシアの背後に突如、空中に墨汁が染み出したかのように不気味な影が現れたのだ。
突然現れたその影は音もなくソシアの背後に滑り込むとぬるりと細身の刃を振り上げた。
「がぁはぁ!!」
「アレス君!!!」
「へぇ。凄いね君」
ソシアに凶刃が振り下ろされるまさにその寸前、アレスは死に物狂いでソシアを助けるべく後方へ走り出す。
だがその時点で男が振るう刃はソシアの眼前に迫っていたのだ。
アレスは己のすべてを賭ける思いで手を伸ばし、ソシアを強く押し飛ばすことで男の間合いから逃がす。
しかしその直後、感情のない刃が無慈悲にもアレスの背中を深く切り裂いたのだった。




