動き出す巨悪
人間の住む領域に迷い込んでしまった竜人族の少女ステラ。
彼女を親の元に返すことが叶わないと知ったアレスは、次なる目的としてエルフの住む森を目指すことを宣言したのだった。
「アレスさん!ちゃんと説明してください!」
「ああ、もちろんさ。だがその前に……」
「え……?」
「お前らいつまでいるんだよ。早く消え失せろ!」
唐突過ぎる提案にアレスの意図が分からず混乱するジョージ達。
彼らに説明を求められたアレスたちだったが、なんとその前にステラを狙って現れた男たちをこの場から逃がすと言い出したのだ。
「アレスさん正気ですか!?」
「そうだよアレス君!王国軍に引き渡すべきだよ!」
「どうせこいつらは下っ端だ。それに王国軍にあの子のことを話されるとこっちも都合が悪いからな」
「いいんだな!?それじゃあ遠慮なく逃げさせてもらうぜ!?」
「ああ。だが今度おれの前に姿を表したら……その時は命の保証はしないぜ?」
「っ!!」
こうしてアレスは明らかに犯罪組織に関わっていた男たちを逃がしてしまった。
見逃された男たちは次にあったら容赦はしないというアレスの警告に怯えながら急いで教会から姿を消してしまう。
それを見送るアレスの背をソシアたちは少し不安そうな表情で眺めていた。
「よし、んじゃあ説明するぞ。と言ってもなにから話せばいいか」
「それじゃあアレスさん。先ほどあなたが彼女を見てヤバいと言った理由から話してくれませんか?」
「ん?」
「それは私も気になってたの。アレス、あれはどういう意味なの?」
「ああ、そういえばそうだったな。これは奴らがステラちゃんを狙ってた理由でもあるんだが……」
「アレス!戻ったぞ!」
「おおティナ!ちょうどいいタイミング!」
男たちがいなくなり、一息ついたアレスはジョージ達の疑問に答えることにした。
まずジョージとシスターが疑問に思ったのはアレスがステラを初めて見た時に口にした言葉の意味。
アレスが彼女がここに居るのがヤバイ言った時にシスターはその発言を叱りつけたが、アレスはそれをそういう意味ではない……つまり伝承で竜人族が危険な存在だから人間の住む領域に居ることがまずいと言った訳ではないと否定したのだ。
その疑問に答えるべくアレスが話しを始めると、ちょうどそこに教会の子供たちを連れたティナが戻ってきた。
「皆!大丈夫だった?」
「うん!変な人たちが来たけどこのお姉ちゃんが追い払ってくれたの!」
「やっぱりあいつらだけじゃなかったのか」
「ああ。どうやらこの周辺を捜索していたらしいからまだ奴らの仲間がうろついてるかもしれない」
「そうか。シスター、しばらく子供たちに不用意に外に出ないよう言ってくれ」
「わかった。皆、アレスお兄ちゃんのお願いを聞いて中に入りましょう」
「はーい!」
「じゃあ俺たちも中に行こうか。ずっと立ちながら話すのも疲れるだろ」
こうしてアレスたちは子供たちと共に教会の中に入ることとなったのだ。
「それじゃあ私は少しアレスたちとお話をするから、みんなは良い子で待っていてね」
落ち着いて話をするために、シスターは子供たちを応接室から遠ざける。
そこにはアレスたちはもちろんシスターに当事者であるステラ、そしてヴィルハートが話し合いに参加することとなった。
「昔は水くらいしかお出しできなかったけれど、今は騎士団団長様のおかげで皆さんにお茶をお出しできるわ。皆麦茶でいいかしら?それともジュース?」
「ねえシスター紅茶ある?あるなら俺は紅茶で」
「ええ、あるわよ。他の皆も紅茶にする?」
「あっ、僕は麦茶でお願いします」
「私も」
「私はよろしければ紅茶をお願いします」
「私は麦茶でお願いしたいです」
「ステラちゃんはジュースがいいわよね?」
ボロボロな教会の中でも比較的マシな応接室にやってきたアレスたちは腰を据えて話をするため飲み物をお願いする。
アレスとティナが紅茶で、その他の全員が麦茶。
そしてシスターにジュースがいいかと聞かれたステラは小さく頷きジュースを貰うこととなった。
「それではアレスさん、早速ですが説明をお願いします」
「せっかちだな。まあわかった。んじゃあさっきの質問に答えるが……そもそもの話だが、竜人族が人間に危害を加えるような危険な種族だというのは真っ赤な嘘だ」
「なんですって!?」
「もちろんこっちから手を出して怒りを買うとかならともかく、基本的に竜人族は穏やかで争いを好まない種族らしい」
「そんな……」
「じゃあなぜ国は竜人族がそんなに危険な種族だと広めるんだ?」
「それはだな。国が亡ぶほどの危険な種族だと教えれば竜人族の目撃情報があった時に間違いなく国の上層部に伝わるからだ」
「それは……つまりどういうことなの?」
「竜人族の幼体の角は古くから不老不死や若返りの薬の原料になると信じられてる。だから竜人族が危険な種族だという情報を広めることで目撃者が国に報告するようにしてるってわけだ」
紅茶を一口飲んだアレスはジョージに促されて先程の質問に答える。
アレスが語ったのは一部の人間しか知らない竜人族の真実。
なんと竜人族の子供の角は古来より不老不死や若返りの薬の材料になると信じられているということを明かしたのだ。
「不老不死や若返りの薬!?本当なのかアレス!?」
「信じられてるだけだ。竜人族の希少さ故にどこからか生まれたデマだろうと俺は考えてる」
「知らなかった……ですがなぜアレスさんはそんなことを?」
「だって俺元王族だから。1度だけだけど竜人族についての話を聞いたことがあって」
「そうだったのね。じゃあアレスがさっきこの子がここに居るのはまずいと言った理由は……」
「そんな貴重な薬の材料となると信じられていればステラちゃんは人間の手が届く範囲に居る限りその命を狙われる。だからまずいと言ったんだ」
「それでさっきの人たちはステラちゃんを狙ってたんだね」
「そういうことだったのか。ではこの国の軍隊に彼女の身柄を引き渡せば……」
「間違いなくヤバい。なぜならこの国の国王、ガルドラン・シャハルーナはその薬の伝説を信じてるだろうし、自らがその薬を使うことを願ってるから」
アレスの話にジョージ達は全てに合点が言ったような表情を見せる。
竜人族が本当にただ危険なだけな種族ならあの男たちが必死になって彼女を攫おうとするには納得がいかないからだ。
「それならアレス君。先程君がエルフの森をめざすといったのは何故だ?」
「えっと……私はそもそもエルフの森がなんなのか詳しいことが分かってないかも。前にアレス君の口から名前くらいは聞いた気がするけど」
「確かにそうだったな。ヴィルハートさんの出身国、シャムザロールの北方にあるエルフの居住区。その森はレウスの森というんだが、人間の手が届かない場所でステラちゃんが安全に暮らせるのはこの近くだとそこしかないと思うんだ」
アレスがエルフが住まう森……レウスの森を目指すと言ったのは命を狙われる彼女を逃がす場所としてうってつけだと考えたからだ。
元よりレウスの森に棲むエルフたちは人間を激しく嫌い、その強力な戦闘能力により古くから人間の侵入を強く拒んできた。
そのエルフたちが嫌うのはあくまで人間だけであり、人間に狙われる身である竜人族の彼女なら同情を誘い受け入れてもらえるんじゃないかという算段だった。
「なるほど。確かにあそこなら迂闊に手は出せそうにないですね……ちょっと待ってください!?それならさっきの男たちを逃がしてしまったのはまずいのでは!?」
「そうだよアレス君!だってあの人たちに私たちがエルフの森に行くってこと聞かれちゃってるじゃん!」
「わざとに決まってるだろ。あいつらを王国軍に引き渡したらステラちゃんのこと喋るかもしれん。そうすると王国軍からも狙われて大変なことになるぞ」
「っ!そうですね……王国軍にバレれば最悪僕らは危険な竜人族を庇う犯罪者として指名手配されるかも」
「あとは俺たちがエルフの森を目指すと奴らの組織に伝われば奴らも悠長なことしてられなくなるだろうと思って」
「それは……つまり?」
「奴らこの教会のこと知っちまってるからな。俺からステラちゃんを奪うためにシスターや子供たちを人質にしようって選択肢を与えちまう」
「アレス……」
エルフの森を目指すと不用意に口にして、ステラを狙う男たちに情報を漏らしたのはもちろんアレスの作戦通りであった。
あの男たちが組織に戻れば、アレスがステラの護衛に付くであろうことは間違いなく伝わる。
そうなるとこの教会のことを知っている彼らはシスターや子供たちを人質にしようとこの教会を襲う可能性が高まってしまうのだ。
もしもアレスがエルフの森を目指すということを組織が知れば、ステラがエルフの森に辿り着くまでがタイムリミットであると強制できる。
ステラがエルフの森に入った後では人質を取ってもアレスには彼女を取り戻す術がないと考えられるからだ。
なのでアレスはシスターたちを守るためにエルフの森を目指すという情報を奴らに流し、教会を襲って人質を取る時間的余裕がないと思わせたかったのだ。
「だけどもちろん奴らが時間をかけてでもここを襲う選択をしても不思議じゃない。だからお前らにはここを守ってもらいたいんだ」
「ちょっと待てアレス!私たちにここを守れというのはどういうことだ!?」
「そのままの意味に決まってるだろ。ステラちゃんをエルフの森に送るのは俺1人でいい。お前らはここに残って欲しいんだ」
だがもちろん相手は武力でステラを攫おうと動いていた組織。
教会の守りをおろそかにすることはアレスにとってはあり得なかった。
「アレスさん1人でですか!?さすがに危険です!」
「言っただろ?シスターや子供たちを守ってもらうことも必要なんだ」
「嫌だよアレス君。私も一緒に行きたい」
「ソシアお前……自分で何言ってるのかわかってるのか!?」
「僕も、アレスさんに同行します」
「無論私もだ」
「ジョージにティナまで……はっきり言わせてもらうぞ?お前らが居ても邪魔なだけだ。守らなきゃいけない人数が増えるしそもそも隠密するなら人数は少ないほうが良い」
「邪魔だと!?アレス!そんな言い方はいくらなんでも……」
「待ってティナさん。アレス君、それは私たちのためを思って言ってるんだよね?」
「事実だ。何ならここで戦ってもいい。お前らと俺じゃ天地がひっくり返っても勝負にならん」
「竜人族が危険な存在だって常識として広まってる以上、ステラちゃんを庇えば王国軍から追われることになるかもしれないもんね。アレス君、私たちを巻き込まないように突き放そうとしてるんでしょ?」
ステラを連れて行くのは自分1人でいいというアレスに対し、ソシアたちは断固としてアレスに同行する意思を示したのだ。
それにアレスは眉間にしわを寄せ脅かすような口調でソシアたちの同行を拒もうとする。
だがそれでもソシアはアレスの真意を読み取り意見を曲げようとしなかった。
「俺を買いかぶり過ぎだ。俺はお前が思ってるような聖人なんかじゃない」
「確かにソシアの言う通りだ。アレスの言葉の裏を読み取れなかった私が恥ずかしい」
「おいティナ……」
「アレスさん。もうバレてますよ。国王が不老不死や若返りの薬の材料として強くステラさんを狙うなら、最悪彼女を逃がそうとする者は指名手配されるかもしれない。だからアレスさんはすべて自分で背負おうとしているんでしょう?」
「だから俺は……はぁ。わかったよ。俺の負けだ」
アレスのことを完全に信用し真っ直ぐな視線を送る3人に、とうとうアレスは折れることとなったのだ。
「でもここを守って欲しいのは本当だ。それは間違いない」
「それならばアレス君。この教会は私に守らせてくれないか?」
「ヴィルハートさん」
「君には大きな恩がある。例え命に代えてでも君の大切なものは傷つけさせない」
「それなら私のメイドもここに呼ぼう。フォルワイル家のメイドは有事の際に備えて訓練されているからな」
「それ大丈夫か?ステラちゃんのことがお前の家に知られれば国王まで情報が伝わるぞ?」
「安心しろ。彼女たちは私の専属メイドだ。詳しい事情は伏せながらでも動いてもらえる。シスターさん、ここに通信用魔石はありませんか?」
「ごめんなさい。ここにそんな貴重なものは……いえ!そういえば騎士団団長様が送ってくださった物資の中に騎士団への通信用魔石があったかもしれないわ」
「ミルエスタ騎士団かダーバルド騎士団か……どちらにせよ王国軍を経由して私の家には連絡できそうだ。申し訳ありませんがその魔石を私に譲っていただけませんか?」
「もちろんですわ。今すぐに用意しますのでついてきてください」
「ティナ。しつこいようだがステラちゃんのことは話すなよ」
「ああ。心配するな」
離れた場所でも声を届けることができる通信用魔石。
非常に貴重なその魔石をスフィアから受け取っていたシスターはティナにお願いされ譲ることとなった。
「それじゃあアレス君」
「わーったよ!もうそんな目で見るな。さっきはああ言ったが俺は結構お前らのこと信頼してるからな」
応接室に残ったソシアは再びアレスに同行の意志を強く示す。
そんなソシアの瞳に根負けしたアレスはすっかり冷めてしまった紅茶を一気に飲み干しソシアたちの同行を許可するのだった。
こうして目指すべき場所は緑聖国シャムザロールの北方、エルフが住まう領域レウスの森。
竜人族の少女ステラを安全な場所に逃がすためにアレスたち4人が動くことが決まったのだった。
しかし一方そのころモルネ教会から少し離れた森の中。
アレスが逃がした男たちもそれぞれ竜人族の少女を確保するために次の動きを決めていたのだ。
カンパニー・ネスターク……
「……という状況ですボス。すみません!竜人族のガキは見つけたんですけど確保は出来ませんでした!」
『そうか。だがエルフの森か……奴らなかなか考えたな。あそこに逃げられるとさすがに手が出せん』
「竜人族が絡んでる以上流石に王国軍は頼れねえでしょうから奴らだけでレウスの森を目指すものだと考えられます。どうしましょうか?」
『どうもこうもねえだろ!!!奴らがレウスの森に辿り着く前に竜人族のガキを奪う!それだけだ!!』
「りょ、了解しました!」
『他の奴らも竜人族のガキを狙って動いてるんだろう?ならこっちも全精力をかけて奴らを出し抜く。こっそり奴らを付けて現在位置を報告しろ』
「はっ!!」
盗賊団ゲビア……
『ガキに負けただぁ!!??てめえらゲビアの恥さらしがぁ!!』
「す、すいやせん!!でもあの男ただ者じゃねえですぜ!」
『黙れぇ!!相手はガキだけなんだろう!?じゃあすぐにでも奴らを皆殺しにして竜人族のガキを確保するぞ!!』
「えっと……1つ提案なんですが。さっき報告した教会のガキを何匹か攫って脅すってのはどうでしょう……』
『いい加減にしろゴミ野郎がぁ!!ガキ相手にビビッてそんなことできるか!!!』
「すみません!!」
『はんっ!てめえら後で覚悟しろよ。とりあえずその用心棒のガキは俺が潰す』
ブラックハンター・ハルカデア……
『なるほど。そんなに強い敵がいたのね?』
「はい……奴の色はビット様よりも強力に見えました。信じがたいかもしれませんが……」
『そう、それは厄介ね。それならばエルフの森に逃げ込まれる前に焦って追う……などというのは能無しがすること。急がば回れ。まずはその教会の子供を何人か攫い奴らと交渉するのです』
「わかりました」
『賢くいきましょう。どうせ奴らは王国軍からも隠れないといけませんから動きにくいでしょうし』
アレスたちの知らぬところでそれぞれの組織がステラを確保するために動き出していた。
その動きはアレスが想定するよりもずっと速く、力強く闇の中を蠢いていた。




