人の心を取り戻して
「ブォオオオオオ!!!」
「うっし!じゃあドラゴン退治、行きますか!」
テスクトーラの街の上空を我が物顔で飛び回るドラゴンゾンビ。
不死身に近い肉体に驚異的な反射神経を持つドラゴンゾンビに空を飛ぶことができないアレスは苦戦を強いられていたが、ティナとジョージの力を借りてこの戦いにけりを付けることにしたのだ。
「ティナ!あいつに攻撃は届くな?」
「ああ、当たり前だ!」
「仕留める必要はない。奴の余裕を奪ってくれ!」
「任せてくれ!顕現せよ、氷の刃!!」
「グゥ!?」
「切り刻め……ブリザード・ラッシュ!!」
アレスの指示で、広場に面した3階建ての建物の屋上に居たティナが全身に強力な冷気を纏い始める。
するとすぐに彼女の背後に無数の氷が生成され、まるで刃物のように鋭く尖ったその氷塊はティナの合図により一斉にドラゴンゾンビへと襲い掛かったのだ。
「グォオオ!!」
「ぜ、全部躱されてる!?」
「ああ。だがそれは想定通りだ。ティナの攻撃を避けりゃ……その軌道は読みやすい」
「グゥル!?」
「ふぅー……紫電一刀。朧斬り!!」
「グゥッ!?」
ティナが放つ無数の氷の刃を不規則な動きで回避するドラゴンゾンビ。
だがアレスはティナの氷塊の弾道を見極め、不規則に動き回るドラゴンゾンビの回避軌道を読み切ったのだ。
剣を鞘に納め、完全集中したアレスが放ったのは高速の斬撃。
それがドラゴンゾンビの腹から右羽の付け根あたりを切り裂き大ダメージを与えた。
「ジョージ!!俺を奴の所まで!!」
「えぇ!?一応忠告しておきますが僕の技は人を安全に打ち出すものじゃ……」
「ふっ!もう飛んでるよ!」
「っ!?……もう、あなたって人は……!」
アレスの攻撃はドラゴンゾンビに命中したが、その威力は十分でなくドラゴンゾンビに深手を与えることが出来ていない。
一時的に飛行能力を失うも地上へ落ちる前にその傷を治し再び上空へ逃げようとするドラゴンゾンビ。
だがドラゴンゾンビが体勢を立て直すよりも早くにアレスは広場に立つジョージに指示を出していたのだ。
(集中しろ!角度を正確に合わせるんだ!)
「インパクトシールド!!」
アレスがジョージに要求したのは自分を上空に居るドラゴンゾンビの所まで送ること。
可能ではあるものの安全性は保障できないと忠告するジョージだったが、アレスはジョージのことを信頼しきっておりジョージが忠告を言い終わるよりも前に3階の屋根の上から飛び降りていたのだ。
そんなアレスの行動に呆れながらもジョージは飛び降りて来るアレスに向かって盾を構える。
ジョージが繰り出したのは受けた衝撃を反射する盾魔法。
3階から飛び降りた衝撃に加え、アレスは打ち出されるのと同時に強靭な足腰で飛び上がり勢いよくドラゴンゾンビの元まで射出されていったのだ。
「ちょこまかと飛び回りやがって。おしまいだドラゴンゾンビさんよぉ」
「グォォオオオオオ!!!」
(狙うは呪いの核……一撃で仕留める!)
「剣聖……飛龍城穿!!!」
「ッ!!??」
落花を始めていたドラゴンゾンビの元に飛びあがったアレス。
そんなアレスにドラゴンゾンビはブレスを吐き出して対抗しようとしたのだが、そんな間もなくアレスの閃光のような一刀がドラゴンゾンビの呪いの核を正確に貫いたのだった。
「ティナ!仕上げは任せた!」
「任された!」
腐り切ったドラゴンの肉体を動かしていた核が消え、制御を失った腐肉の塊が地面へ落ちる。
核を失ってもまだ強烈な呪いを宿すその肉が地上へ落ちればその衝撃で辺り一帯に呪いが飛び散り被害が拡大してしまう。
「最大出力……完全凍 結!!」
バキィィイイイン……
だがドラゴンの死体が地上へ落ちる寸前、冷気を全開にして放出したティナが生み出した巨大な氷が天に昇り、落下してきたドラゴンの死体を完全に包み込んだのだった。
巨大な氷の塊の中に完全に飲まれたドラゴンの死体。
それにより呪いを纏った肉片は周囲に飛び散らず被害を最小限で押さえることに成功したのだった。
「よーし。今回は剣も無事か。あの時と比べて進歩してるな」
「ソフトシールド!!」
「おっと!ははっ、ありがとジョージ!」
「まったく。あんな高さから落ちたら無事じゃすまないんですからもうちょっと焦ってくださいよ」
「焦ったって俺は飛べないんだからどうしようもないだろ。下にはお前がいるんだから何も心配することはないなって」
「本当にもう……」
「アレス!ジョージ!やったな!」
「ああ」
触れれば腐食が進行するであろう呪いの塊を斬って剣が無事だったことを確かめ、メーヴァレア遺跡の時と比べて自身の成長を実感するアレス。
そうして自由落下してきたアレスをジョージが受け止めた。
ドラゴンゾンビは完全に沈黙、呪いも分厚い氷に閉ざされて現状浸食の兆しもない。
目標の討伐を確認したティナも広場へ降り、3人の勝利を喜び駆け寄ってきた。
そんなティナとジョージにアレスは両手を差し出し、3人は先程のチームワークを喜ぶように景気よくハイタッチを交わしたのだった。
「ま、まさか本当にドラゴンの討伐を」
「彼らはエメルキア王国のハズヴァルド学園の生徒だろう?子供なのになんと……」
ドラゴンゾンビ討伐の直後、喜びを分かち合うアレスたちをシャムザロールの王国騎士団の団員たちは信じられないものを見るような様子で眺めていた。
シャムザロールは軍事に力を入れている訳ではないにしても、国の軍隊が歯が立たなかった魔物をたった3人で仕留めてしまったのだ。
その功績に誰もが息を呑む。
「さぁてと。喜ぶのは一旦おしまいだ。まだやるべきことが残ってるからな」
「ひぃ!!」
そんな中、アレスは気持ちを切り替えて再び真剣な表情に戻ると広場の端で座り込んでいた1人の男に鋭い視線を向けた。
そう、それは他でもない光芒神聖教会の大司教ヒーナッツェ。
先程アレスににらまれ腰を抜かして動くことが出来なかった彼に、アレスは再びその罪の清算を求めようとしたのだ。
「アレス君!!」
「っ!ソシア!」
だがその時、アレスたちがいた広場にただならぬ様子でソシアが姿を現したのだった。
ソシアの声を聞いて険しい表情でヒーナッツェを睨んでいたアレスの表情が普段通りの柔らかさを取り戻す。
「ソシア!無事だったか?」
「うん!私は大丈夫!」
「ソシアさん!何があったんですか!?」
「ジョージ君にティナさん!2人とも無事に街についてたんだね!」
「ああ。それよりもずいぶん慌てていたが一体どうしたんだ?」
「そうだ!実は大変なことになっちゃってて、エトナさんの姿が見当たらないの!」
「なんだと!?」
広場にやってきたソシアが告げたのは彼らと行動を共にしていた少女エトナの件。
待合掲示板に居る予定だったエトナを、ソシアはドラゴンゾンビの襲撃があってから迎えに行ったのだが、彼女の姿を一向に見つけることが出来なかったのだ。
「もしかしたら1人で逃げようとして建物の倒壊とかに巻き込まれちゃってるかも!」
「それはまずいな……しかももうそろそろ痛み止めポーションの効き目が切れててもおかしくないんじゃないか!?」
「確かに。これは一刻の猶予もないかもしれませんよ!?」
「ひとまず手分けして彼女を探そうか」
「ああ……いや、待て!あっちからあのドラゴンゾンビと同じ2つを感じる!!」
「え!?」
「ほら、ここからそう遠くないところに……たぶん1つはヴィルハートさんだろうけど、もう1つは誰だ……?」
「ほらと言われても僕らは何も感じませんが……」
「行ってみるしかなさそうだね!」
エトナの安否を心配するアレスたち。
しかしその時アレスはこの広場からそう離れていないところにあのドラゴンゾンビとほとんど同じ気配を2つ感じ取ったのだった。
1つは昨夜光芒神聖教会の本部で出会ったヴィルハートであろうと予想する。
しかしもう1つのドラゴンゾンビに似た気配の正体がわからなかったアレスは、何やら良くないことが起きているんじゃないかという予感を感じ急いでその現場に急行することにしたのだ。
「ひ、ヒーナッツェ様……」
「あ、ああ……よくわからんが、あいつら急にどこか行きおった。今の内にどこかへ逃げればこっちのものだ……」
「のう、ヒーナッツェよ……これは一体何の騒ぎじゃ?」
「っ!!??貴方様は!!!」
アレスに完全に怯え切っていたヒーナッツェは、アレスたちが呪いの気配がする方向へ走っていったのを見て逃げ出す絶好の機会だと下卑た笑みを浮かべた。
だがそんなヒーナッツェが逃げ出そうとしたその時、彼の元に異様な雰囲気を纏った1人の女性が姿を現したのだった……
「ぐぉおおお!?」
『死ね!!死ね!!死ね!!アハハハ!!!!』
アレスたちがドラゴンゾンビを討伐するほんの少し前。
呪いに満ちたドラゴンの腐肉を口にしたノヴァは精神が崩壊し、潰れた喉で奇声を上げながらヴィルハートを殴り飛ばしていた。
その肉体はもう限界を迎えつつあり、ノヴァは全身から血を噴き出させながらそれでもなお狂気的に笑っていた。
「ふっ、はは!!面白い!!そうこなくては!!」
ノヴァに殴り飛ばされたヴィルハートは吹き飛ばされ、建物の壁を突き破り瓦礫の中で笑う。
ノヴァだけでなく彼もまた肉体をドラゴンゾンビの呪いに侵され精神が崩壊しかけていた。
次の瞬間、ヴィルハートは瓦礫の中から飛び出しノヴァへと突撃する。
ただの戦闘マシーンと化したノヴァに、ヴィルハートは正面から殴り合いをすることを選んだのだ。
「うぉおおおおお!!」
『アハハハハハハ!!!』
素の実力は完全にヴィルハートの方が上回っている。
しかしドラゴンゾンビの腐肉を食べるという常軌を逸した覚悟が、リスクの対価となりノヴァに恐ろしい力を与えていたのだ。
「ごほっ……はぁ……はぁ……素晴らし……ごッ!!」
『ぜぇ……ぜぇ……殺してやる……ふっ、っは、アハハハ!!!』
ヴィルハートは嵐のようなノヴァの拳を潜り抜け、ノヴァの顔面に強烈な右ストレートを捻じ込む。
だが痛覚が完全にマヒしたノヴァはそんなもの一切意に介さず、強引に前に出るとヴィルハートの腹に強引に爪を突き立てた。
もう勝負はほとんど決していた。
力を増していくノヴァの呪いに打ち消されるように、ヴィルハートの内に秘められていた呪いの力が消耗していったのだ。
ヴィルハートは腹に空いた傷を治すのがやっとで、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
『ア、アハハハ!!マダ、タリナイ!!モット、モット、モットダァァアア!!』
「ごふっ……はぁ……はぁ……もう、手遅れだな」
それはもう誰の目に見ても呪いそのもの。
ノヴァの自我は呪いに押しつぶされ、儚く消えようとしていた……
「ノヴァ!!自分を見失わないで!!」
『グゥ!?』
「ッ!?」
だがそんな時、離れたところで地面に倒れながら戦いを見ていたはずのエトナが、自我を失いかけていたノヴァに後ろから抱き着いたのだった。
「何をしているんだ!?今の彼に振れたら君まで呪いに……」
「ぎゃぁああああ!!ぐ、ああ……ノヴァ。私だよ……お姉ちゃんだよ!?私の声が聞こえないの!?」
『ウゥ……ガァ!!』
ノヴァに触れたエトナは焼けた石を押し付けられたかのような激痛に悲鳴をあげる。
今のノヴァの体は呪いで満ちている。
そんなノヴァに触れようものなら呪いが伝染し地獄のような苦しみを味わうことになるのだ。
「ノヴァ!……うぅ、お願い……私のために壊れちゃだめ!」
『ア……ァアア!!』
「あなたは……怖い魔物なんかじゃないから……思い出して、あなたの優しい心を……」
呪いに侵されながら血を吐くエトナだったが、それでもノヴァから離れようとはしなかったのだ。
必死にノヴァに抱き着き、彼の自我を取り戻そうとしていた。
そんなエトナの言葉を……ノヴァは闇に飲まれそうになりながら聞いていたのだ。
(あれ……なんだろう、この感じ……前にも、同じようなことが……)
その時、ノヴァの脳裏によみがえっていたのは初めてエトナと出会った時のことだった。
その時の自分も他人から食料を奪い、心が完全に魔物になりかけていた。
そんな自分を人の道に引き戻してくれたのがエトナだった。
彼女の渡してくれた食べ物の味が……彼女の温かな抱擁が、彼の心にぬくもりを取り戻させたのだ。
「おねがい……ノヴァ……ぅ……ああ……」
『……姉ちゃん』
「……驚いた」
奴隷の刻印の激痛と呪いの苦痛に、エトナはついに限界を迎え地面に倒れてしまった。
だがそんなエトナの体を自我を失いかけていたはずのノヴァがギリギリで受け止め、そっと彼女を地面に寝かせたのだ。
『……ごめん。姉ちゃん……』
「まさか……あそこから戻って来られるなんてな」
『ヴィルハート……さん……俺が、あなたに勝てたら姉ちゃんを救ってくれるんですよね……』
「ッ!?」
『うぉおおおおお!!』
冷静さを取り戻したノヴァは呪いに体を侵されながらも、ようやく立ち上がったばかりのヴィルハートに最後の力を振り絞り突撃していったのだ。
もうその攻撃を躱すほどの余裕はヴィルハートには残されていなかった。
「ぐはァああああ!!」
ノヴァの固く握りしめられた拳を顔面に喰らい、ヴィルハートは激しく後方へ吹き飛んでいったのだ。




