首都テスクトーラへ
「おい……冗談だろう?」
エトナが明かした彼女を奴隷として使役していた人物の正体に、アレスたちは驚きを隠せず思わず前のめりになってしまった。
「そんな……光芒神聖教会といえば国の中枢ともいえる組織ですよ!?そんな教会の実質トップともいえる大聖教が奴隷を!?」
「何かの間違えじゃないのか!?奴隷の売買は多くの国で禁止されていてシャムザロールも例外ではないんだぞ!?」
「……奴隷なんて裏社会でしか存在しないと思ってたんだがな」
国際奴隷禁止条約。
それはエメルキア王国やシャムザロールを含め多くの国の間で結ばれた条約であり、条約に賛同する国の領土では奴隷の売り買い、さらに人攫いを行うことを固く禁じている。
法の目が届かない裏社会ではいざ知らず、表向きには多くの国で奴隷制度は廃止されているというのが一般常識だったはず。
そんな常識を覆す光芒神聖教会の大聖教の奴隷保有の事実はアレスたちに大きなショックを与えた。
「残念ですが本当のことです。しかもその人だけでなく他の多くの教会の人間がその事実を知っており、それどころかヒーナッツェと共に私におぞましい仕打ちをしてきたのです。そこでの暮らしは思い出すだけでも震えが止まらなくなるような残忍なことを……」
「エトナ、話さなくても大丈夫だ。お前が辛いだけだろう」
「……はい」
「待ってください……エトナさんのスキルは『安寧の抱擁』でしたよね?それはつまり教会の人間はエトナさんのそのスキルが目的で……」
「それ以上言うな。吐き気がする」
「ああ。怒りで目の前が真っ赤になりそうだ」
顔を真っ青にして震えるエトナの姿を見て、彼女がどれだけひどい仕打ちを受けていたのかが伝わってきたアレスたちは強い怒りを滲ませていた。
「ですが……そうなると話は難しくなりますね。僕らは光芒神聖教会の人なら事情を話せばだれでもエトナさんを助けることに協力してくれると考えてましたが……」
「話を聞くに教会の上層部は大半が黒らしい。もし彼女のことを知られれば奪い返そうとしたり、口封じで殺そうとするかもしれない」
「……ヴィルハートさんも街の人の評判だけで信用する訳にもいかんな」
「ごめんね皆、片付けに手間取っちゃって。これからどうするかとか決まった?」
「よし!だが今は時間がない。ソシア、俺と一緒にエトナを連れてテスクトーラに行くぞ」
「え?うん!よくわかんないけどわかった!」
まさかエトナを苦しめていた張本人たちの元に彼女は連れていけないと考えたアレスたちだったのだが、今は他の方法を探している余裕などなかったのだ。
ポーション作成の後始末を終えてやってきたソシアに、アレスはエトナと連れて3人で首都テスクトーラに向かうことを告げたのだ。
「アレス、どうするつもりだ?」
「ヒーナッツェ含め上層部の人間が奴隷を扱っていたからと言って他全員が関与してるとは流石に考えにくい。さっきの話を聞いてヴィルハートさんが奴隷の件に関わっていないことを信じて彼に会いに行こうと思う。もちろん本当に信用できるか慎重に確かめる必要がるが」
「それなら僕たちも一緒に行きますよ!」
「いや、向こうについてもすぐに解呪をして貰えるかわからない以上急いで出発したい。お前とティナはもう疲れてるだろうし、ノヴァも多分そうだろう。俺とソシアで急いでテスクトーラに行くからお前らは後から来てくれ」
「一緒に行動したい気持ちはやまやまだが、ここからテスクトーラまで急ぐとなると体力が持ちそうにないな……わかった。それじゃあすまないがアレスとソシア、2人に彼女を任せることにしよう」
「うん!任せてティナさん!」
「それと一応聞いておくけどエトナ、お前の居た孤児院ってどこにあるんだ?」
「え?私の育った孤児院ですか?それはここから南方の村で……」
「オッケー、ならいい」
「……?」
「そうだアレスさん!あとで合流するためにテスクトーラの中心街にある待合掲示板でやり取りをしましょう」
「待合掲示板?」
「はい。テスクトーラの中心街には多くの人が待ち合わせ場所として便利な公園があって、そこにある自由に書き込みが出来る掲示板にどこで合流するかを書くんです。少し前の情報ですが有名な場所なので今もあると思いますよ」
「わかったそうしよう。よし、それじゃあさっそく出発しようか。エトナさん、申し訳ないが今はそれしか方法がないんだ。あなたを苦しめた奴らには指一本触れさせないと約束するから俺たちと一緒に来て欲しい」
「私のために行動してくださっているのに断れるはずがありません。なんとお礼を言っていいのか」
痛み止めポーションの数に限りがある以上ずっとこの洞窟で足踏みをしている訳にはいかない。
先程ジョージが話したヴィルハートという人物が奴隷の使役に関与していないことを願い、アレスたちは光芒神聖教会の本部がある首都テスクトーラへ向かうことにしたのだ。
「それじゃあエトナさん。ちょっと急ぐから山を下りるまでは私が背負っていくね」
「い、いいんですか?ソシアさんのご負担になってしまうのでは……」
「大丈夫!重い荷物を背負って山の中を移動するのは慣れてるから!エトナさん1人くらい楽勝だよ!」
「それでは……失礼します」
「わわっ!なにこれ!?エトナさんを背負った途端に体がぽかぽかして不思議な感じが!」
「えへへ、私のスキルの力です。おぶわれてるだけでは申し訳ないので少しだけでもお返しになればいいのですが」
「うん!すごいよエトナさん!これならいくらでも走れそうだよ!」
「私のスキルに体力回復の効果はないので頑張り過ぎにはお気を付けください」
「んじゃあ、そろそろ行くぞ」
「うん。途中でさっき何話してたか教えてね」
ソシアが作成した痛み止めポーションを持ち、アレスとソシアはエトナを連れて洞窟を出発した。
道中先程の話し合いに混ざっていなかったソシアに事情を説明しながら、2人は慣れた様子で一気に山を下っていったのだ。
「アレス君、このままテスクトーラまで走っていくの?」
「まさか。それはさすがに疲れるし時間がかかるだろうよ。朝になったらテスクトーラに向かう馬車に乗せてもらう。行き先が首都ならすぐに捕まるだろう。それとエトナは念のためフードを被っていてくれ。教会関係者がお前のことを探してたら面倒なことになるからな」
「はい」
そして山を下りた3人はテスクトーラに向かう整備された街道にでると、ペースを落としてテスクトーラに走り始めた。
もう少しで夜が明けるため、首都に向かう馬車を見つけて乗せてもらう算段である。
「ふぅ、ようやく森を抜けたな。あれがテスクトーラに通じる街道……おっ!ナイスタイミング!」
「あの場所に乗せてもらおう!すみませーーーん!」
そんなアレスの読み通り、3人はテスクトーラに繋がる街道に出るとすぐに首都に向かう馬車を発見することが出来たのだ。
気のいい男性に馬車に乗せてもらえるよう交渉し、3人は無事に荷台の隅にお邪魔させてもらう。
こうして順調に進むことが出来たアレスたちは当日の昼前には首都テスクトーラの周辺に辿り着くことが出来たのだった。
「あんちゃんら、本当にここまででよかったのかい?このまま城門まで乗ってきゃいいのに」
「いいえ、ここまでで大丈夫です。本当にありがとうございました」
首都テスクトーラを囲む巨大な城壁が望める小高い丘の上までやってきたアレスは、なぜかここまで乗せてもらった馬車を降りてそこから歩いていくと言い出したのだ。
まだテスクトーラの城壁まではずいぶんと距離がある。
一緒に馬車を降りたソシアとエトナはそんなアレスの行動を不思議に思ったのだ。
「ねえアレス君、なんでこんなところで降ろしてもらったの?」
「ソシアよ、どうやってテスクトーラの中に入るつもりなんだ?」
「え?それはもちろんあそこに見える門から中に……あっ!」
「そうだ。俺とお前は身分証があるから検問も問題ないが、エトナは中に入れないだろ」
「そ、そうでした。今から孤児院にとりに戻るべきでしょうか?」
「お前の孤児院に寄ってからテスクトーラに向かってたんじゃ時間がかかり過ぎる。それに検問でお前の存在がバレれば教会の人間にそれが伝わるかもしれないからな」
「でも、それじゃあどうするの?」
「ソシアには悪いけど、お前は1人で普通にあの中を目指してくれ。俺に考えがある」
「わ、わかった……」
昨晩までアレスたちが居た山からは、テスクトーラとエトナの育った孤児院は反対方向だったために身分証を取りに行く時間がなかったのだ。
さらに国の中枢機関ともいえる光芒神聖教会の中にエトナを奴隷にしていた人物がいるなら検問を素直に通過するわけにもいかない。
それならどうすれば街の中に入れるのかと疑問に思ったソシアだが、アレスは悪そうな笑みを浮かべソシアに1人で街に入るよう指示したのだった。
「はい、問題ありません。ようこそテスクトーラへ」
そうしてアレスに言われた通り、ソシアは1人で検問を通って首都テスクトーラの街の中へとやってきたのだ。
そこはエメルキア王国の首都よりもかなり人口が多いように感じられ、行き交う人の多さから街に活気があふれているように思えた。
「2人は大丈夫かな。先に街に入ってろって言われたけど、私は何をすれば……」
カンカンカンカン!!
「えっ!?何この音!?」
「魔物だー!!大型の魔物が城壁に向かって来てるぞー!!」
「ま、魔物!?」
ソシアが1人で街の中に入り何をすればいいのか迷っていると、突如けたたましい鐘の音が平穏だったテスクトーラの街に響き渡ったのだ。
それはこの街に魔物が接近していることを報せるもの。
それにより検問待ちで長い列を作っていた人たちは一斉に街の中に避難してきたのだ。
「おっ!いたいた!おーいソシア!」
「アレス君にエトナさん!よかった、無事に街の中に入れたんだね。偶然魔物が来てラッキーだったね」
「偶然な訳あるか」
「え?」
偶然魔物が襲撃してきたことで2人が無事に街の中に入れたことを喜ぶソシアだったが、それに対してアレスは呆れたような表情でそれを否定したのだった。
「あれはグレートコングだ!……だが様子がおかしいぞ?」
「酷い怪我だ。天敵に襲われて森から逃げて来たのか?」
「馬鹿!グレートコングの天敵ってなんだよ!?」
「……もしかして」
「ああ。俺しかいねえわな」
街に迫って来ていたのは燃えるように赤い体毛に包まれた巨大なゴリラの魔物であるグレートコング。
しかしグレートコングは全身血だらけで怯えた様子で走っていたのだ。
門を守る兵士たちの声が聞こえたソシアは何が起きたのかを察しアレスの顔をまじまじと見つめた。
ソシアの想像通り、アレスはソシアと別れた後森へ行き、グレートコングを街へ誘導して流れ込む民衆の中に紛れ街の中に侵入したのだった。
「あれだけ切り刻んでおけば壁に被害を出す前に討伐できるはずだ。犠牲になったグレートコング君には申し訳ないがこれで無事に街に入れたわけだ」
「凄いねアレス君。さらっととんでもないことを」
「アレスさんにおぶわれていましたが、とんでもない速さで魔物を切り刻んでいったので心臓が口から飛び出るかと思いましたよ……」
多少強引な策ではあったが、アレスたちは全員無事にテスクトーラの街に侵入することが出来たのだった。
ここから光芒神聖教会の本部を目指し、奴隷の刻印を解呪してくれるだけの実力と良識を持つと予想される聖職者ヴィルハートの元を訪ねることになる。
しかしこの時の3人はここからあんな大事件に巻き込まれることになるとは夢にも思っていなかったのだ。




