剣聖VS黄金剣士&無詠唱
前回のあらすじ:ホワル大洞窟最深部に向けて順調に進行するアレスたち。しかし最深部目前でアレスたちの帰還を待たずに洞窟に潜ってきたバンドたちの奇襲を受けたのだった
ホワル大洞窟最深部目前の開けた空間。
アレスが剣を構える先には彼を殺そうと敵意を剥き出しにするバンドとマリーシャが並ぶ。
どちらが先に攻撃を仕掛けるのか静かな駆け引きが行われる中、バンドの背後の通路から一人の男子生徒が息を切らせながら姿を現した。
「ぜぇ……ぜぇ……待ってくださいよ、バンド様……」
「遅いぞ貴様。お前はさっさとこの先に進んだ残りの二人を追いかけてこい」
「え?いったいどんな状況で……」
「奴らが先に暗闇苔を採取して戻ってくるって言ってんだ。先に進んで奴らの足止めをしてこい」
「は、はい!わかりました!」
アレスの二人の仲間が先に進んでしまった以上、その姿を完全に見失わないように誰かが後を追いかけるしかない。
バンドはそれを自分のいいなりとなっている残りのチームメンバーの一人に任せたのだ。
「バーカ、行かせるわけないだろ」
「バカはアンタの方よ」
「なに!?」
アレスがソシアたちの後を追わせないように先へ進もうとする男子生徒の元に向かおうとすると、マリーシャがそれを阻むために光の壁を展開したのだ。
その光の壁はアレスとバンド、そしてマリーシャの三人を包み込みその男子生徒は先へと進めるようになってしまっていたのだ。
(強引に突破はもちろん出来るけど、あいつの実力なら行かせても大丈夫だろう。あの二人なら必ずうまくやり過ごすはずだ。それよりも……)
「凄いじゃないかマリーシャ。攻撃魔術師のはずなのにこんな防御魔法を使うなんて、お兄ちゃんとして鼻が高いぞ」
「ちっ、だから家族ズラするなっていってるだろうが」
(こっちをしっかり押さえるほうが重要そうだ)
アレスはソシアたちを追う男子生徒を放置すると、改めて目の前の二人に対して向き合った。
「お前さ、さっきの不意打ちを防いでいい気になってるんじゃないよな?」
「あんな叫んで不意打ちのつもりだったのかよ」
「俺様はAランクスキルの持ち主。それに対してお前はスキルすらないゴミ!」
「っ!」
バンドがそう言いながら剣を構えるとその剣は突如黄金の光を鈍く放ち始める。
それに伴いバンドの体が金色のオーラに包まれるとその威圧感は先ほどまでとは比べ物にならないほど跳ね上がったのだ。
「この【黄金剣士】のスキルを持つ俺様に、貴様が勝てる道理はない!」
(来るっ!)
「くらえぇ!」
その直後、バンドは生身では考えられないような速度の踏み込みを見せる。
そして黄金に輝く剣を目にもとまらぬ速さでアレスの首めがけて振るったのだ。
(これは、想像以上だな……)
「まだまだぁ!一撃凌いだ程度で調子に乗るなぁ!!」
その一撃を自身の剣を斜めに構え逸らしたアレスだったが、バンドの攻撃の手は止まることなく速度重視の素早い斬撃をアレスに浴びせかけた。
「やるなバンド様、正直舐めてたよ」
「余裕そうだな……だが、相手が俺だけだと勘違いしてないか?」
「くっ!?」
「隙ありだぁ!!」
「ふっ!!」
バンドの高速斬撃を全て器用にいなすアレスだったが、遠距離から構えたマリーシャが光の光弾をアレスの頭部をめがけて放ったのだ。
若干の不意を突かれたアレスはギリギリで顔を逸らしてそれを躱すも、その隙を逃さないバンドの追撃がアレスを襲った。
アレスは何とか後方に飛び退くも、その頬には赤い一文字がうっすらと刻まれていたのだ。
「ちっ……」
「何とか躱したようだが、その様子だと致命傷を受けるのも時間の問題だぜ?」
「アレス、どうせやられるならアタシの魔法に焼かれなさいよ」
(少し……いや、かなり実力を見誤っていたな。バンドが思ったよりも強いのもそうだし、マリーシャの【無詠唱】が想像以上に厄介だ)
バンドの高速の剣技の間に差し込まれる詠唱なしのマリーシャの速攻援護魔法。
通常は魔法の発動には詠唱か魔法陣の用意が必要であり、高威力の魔法ともなればその手間は戦闘中において大きな隙となってしまう。
しかしマリーシャの持つBランクスキル【無詠唱】にかかればそれら準備を省略することができ、高速で動くバンドの動きに合わせて容易に援護が可能になっていたのだ。
簡単に二人をさばけると考えていたアレスは自身の認識の甘さを痛感していた。
「……悪かったよ」
「今更謝っても手遅れだ。まあ抵抗しなければ多少苦しませずに殺してやるが……」
「そうじゃねえよ。本気を出さずにお前らに勝てると思ってたことを謝ってんだ」
「あ?」
切られた頬の傷から流れる血を軽くぬぐったアレスは、そう言いながら再び剣を構えた。
しかしアレスが放つ気配は先ほどとはまるで別人であり、バンドは間近でその異変を感じ取っていた。
(なんだ?急にこいつの気配が変わった……?)
「……何も気にすることはねえだろ。所詮はスキルのねえ落ちこぼれだぁ!」
「そろそろ魔力ももったいないことだしやられなさい!!」
一瞬アレスの気配に気圧されたバンドだったが、すぐに自信を奮い立たせ再びアレスへの突進を開始した。
そしてそれとほぼ同時、マリーシャが放った光弾がアレスへと高速で向かってゆく。
「はぁ!!」
「なに!?」
「おねんねの時間だぜ」
「がぁっ!?」
光弾が目の前に迫りそのすぐ後にバンドが剣を振りかぶる絶体絶命の状況だったアレスだが、迫る光弾を一切動じることなく剣で切り捨てたのだ。
さらに最小限の動きでバンドの一振りを搔い潜ったアレスはバンドの懐に入り、剣の柄頭でバンドのみぞおちを思い切り突いたのだった。
「がっ!?……ぐ……」
「バンド!?くっ……今何をした!?」
「安心しろ気絶させただけだ。できればお前に手荒な真似はしたくないから大人しくしてくれると助かるんだが」
アレスにみぞおちを勢いよく突かれ後方へ吹き飛ぶバンド。
その様子を見たマリーシャは何が起きたのか理解できず額に汗を滲ませていた。
「ご、ごはっ……ハァ……ハァ……」
「っ!?驚いた、今の一撃を受けて意識を保ってるなんて」
「ゆ、許さん……この俺様にこんなことをして、貴様だけは、絶対に許さん!!!」
「バンド様、まだあんたのこと見くびってたようだ。でももう勝負は決しただろ」
「黙れ!!今度は油断しない、必ず貴様を切り刻む!」
アレスは完全にバンドを気絶させたものだと思っていたのだがなんとバンドは驚異的な精神力で意識を繋ぎ立ち上がってみせた。
その目にはまだ闘志がみなぎっており、諦める気はさらさらない。
それをみたマリーシャもアレスとの戦闘を継続する意思をみせたのだった。
一方そのころ、洞窟最深部へと向かう下り道。
アレスにあの場を任せて先へと進んだソシアとジョージは、だんだんと光の少なくなる洞窟内を急いで進んでいた。
「アレス君大丈夫かな?」
「彼ならきっと大丈夫です。アレスさんを信じましょう」
「そ、そうだね。それよりも、だんだん洞窟内が暗くなってきたね」
「暗闇苔が生える最深部に近づいている証拠です。光苔の数が段々と減って足元が見えにくくなってきているので気を付けましょう!」
「うん!……っ!?ちょっと待って」
徐々に暗くなる洞窟内を二人が進んでいると、突然ソシアが何かを感じ取りジョージに止まるよう言ったのだ。
「どうしたんですかソシアさn」
「しっ!静かに。今すぐ岩陰に隠れて」
「は、はい」
何が起きたのか分からないジョージだったがソシアの指示ですぐに近くの岩陰に身を潜めた。
そうして岩陰に隠れたジョージは声を潜めながらソシアに何が起きたのか聞いた。
「ソシアさん、一体何があったんです?」
「わからない。でも、とても嫌な臭いがしたの」
「に、臭い?」
ソシアは岩陰に隠れながらクンクンと周囲の匂いを嗅いでいる。
何があるのかの回答を得られなかったジョージだがソシアのその必死さに緊張感を高めていった。
するとその時、後方からソシアたちを追って来ていたバンドのチームメンバーの男子生徒が息を切らしながら岩陰に隠れるソシアたちの横を通り過ぎていったのだ。
「その臭って、あの人のことですか?」
「ううん、違う。もっと、こう……危険なもの……」
「ぜぇ……ぜぇ……あの二人、走るの速すぎるって……おかげでもう体力の限界……いてっ!?な、なんだ?」
彼はソシアたちの姿を捉えようと必死に洞窟内を走っていたのだが、だんだんと通路が狭くなっていくカーブした洞窟を進んでいた所で何か大きなものに激突したのだった。
「いてて。なんだ、岩か?それにしては柔らかいような気がするけど……ひっ!?」
「グルロロロォ……」
「え、あ、あ……化け物ォおおお!!」
男子生徒は自身が激突した物の正体を探ろうと目を凝らしてみると、なんとそこに信じられない光景が映った。
それは岩などではなく、洞窟の通路を塞いでしまうような巨体の魔物だったのだ。
「グルロロロァアア!!」
「ぎゃあああああ!!助けてぇえええ!!」
人間を発見した魔物はすぐに大きく叫び襲い掛かろうとする。
そんな魔物に対し彼は一瞬のうちに逃亡を決意し来た道を引き返していったのだ。