儀式に向けて
「それじゃあひとまず今晩はしっかり休んで明日に備えましょうか」
代々神官の家系であるウェンにヴァルツェロイナを鎮めるための儀式について話を聞いたアレスたちは、明日に備えて休息をとろうとしていた。
「それは助かる!正直俺も今日は全力疾走のし過ぎて疲れてしまったからな!」
「ソシアももうくたくただろ?ゆっくり休んでくれや」
「うん。ありがとう。でもその前にアレス君、その傷大丈夫?」
自身の生まれ故郷の村とラージャの里を全力疾走で往復したオルティナは流石に疲れを隠し切れず大きく息を吐いた。
ソシアはオルティナについて行ったためそれ以上に疲れを溜めていたが、休息をとる前にアレスに近寄りアレスが負っていた傷を心配したのだった。
「ん?ああ、心配は要らないよ。ちょっと草木で切っただけだから」
「ごめんね。ちょっとごたごたしていて全然直してあげられなくて。今回復魔法をかけるから」
アレスは無用な心配をかけまいと笑顔で返答したのだが、ソシアはすぐさまアレスに回復魔法を施した。
「これで大丈夫だよ」
「ありがとうソシア。楽になったよ。なんだかソシアに回復してもらうのも久しぶりな気がするな」
「う、うん。別に大したことはないよ……///」
深い傷でもない全身の切り傷はすぐさま綺麗さっぱり消え去り、踏み込みの影響で生じていた足の痛みも和らいだのだ。
回復魔法をかけてもらったアレスはソシアの顔を真っ直ぐ見て笑顔でお礼を言う。
そんなアレスの表情を見てソシアは少し顔を赤らめて目線を逸らしたのだった。
(ふふっ、やっぱりね)
(おや!おやおやおやおや!!)
そんなソシアの様子を見たスフィアとオルティナは微笑ましくその様子を見守っていた。
これ以前からソシアの気持ちに気付いていたスフィアはもちろん、オルティナも先程のスフィアの回復魔法は使えないといった発言の真意に気が付いた。
ソシアの気持ちに気が付いていないのは当の本人であるアレスだけだったのだ。
「すみません。儀式の準備は明日からしますので、僕たちはもう休ませてもらいます」
「もちろんよ。3人も寝ちゃって大丈夫よ。見張りは私がするから」
「いえ、俺も見張りをやりますよ。俺が育った教会でも魔物の出没情報があった時は一晩中起きてたりもしていたんで」
「そう?それなら交代で見張りましょう。見張りは2人居れば十分だしオルとソシアは休んでいなさい」
「うむ!その言葉に甘えさせてもらうとするか!」
「ありがとうアレス君。休ませてもらう分明日から頑張るから」
「おう。おやすみソシア。オルティナ様も」
こうして疲労が蓄積していたソシアとオルティナの2人は睡眠をとることとなり、スフィアとアレスの2人は敵の襲撃を警戒して家の外で見張りをすることになったのだ。
「アレス君、ちょっと2人で話さない?」
「はい。もちろんいいですよ」
朝になるまで集中しようとアレスが大きく伸びをしたのだが、その時スフィアがアレスに声をかけてきたのだ。
ソシアとオルティナ、そして兄妹を家に残してスフィアとアレスは家の外に出たのだった。
「話しが終わったら先に休んでもいいわよ。それまでは私が見張っておくから」
「ありがとうございます。それで、話って一体なんですか?」
「本当はもっと早く聞いておきたかったんだけどタイミングがなくてね。あなたさっきラージャの里であのカラクリと戦った時に以前同じような奴と会ったことがあるって言っていたわよね?」
ケトナ夫妻を殺害したメイド人形が家の中に侵入する際に開けた壁の前に陣取ると、近くに水の椅子を2つ生成し腰を下ろしたのだった。
スフィアに座るよう手ぶりで促されたアレスもスフィアに並んでウォーターソファーに座ったのだ。
「あー……これまずいですね。気持ち良すぎて寝ちゃいそうです」
「ふふっ。それじゃあそうならないようお話ししましょう?」
「はい。えっと、あの妙なカラクリですけど。あれは以前メーヴァレア遺跡に行ったときに会ったんです。その時の奴は呪われた雰囲気でしたけど」
「そう。王国軍から聞いていたメーヴァレア遺跡の異変に巻き込まれたハズヴァルド学園の生徒っていうのはあなたのことだったのね」
スフィアが生成した水のソファーはひんやりとしていて感触もよく、深く座ったアレスは思わず眠気に誘われそうになってしまった。
瞼を閉じたくなる気持ちをぐっとこらえたアレスは眠気を誤魔化す意味も込めてスフィアの質問に答える。
スフィアが聞きたかったのはラージャの里でメイド人形と敵対したアレスがそのメイド人形に以前であったことがあるという反応をした件についてだった。
「スフィア様はあの事について知ってたんですか?」
「ええ、あなたはあの後のことについて知らなかったでしょうけど実は結構な大ごとになっていたんだから」
「そうだったんですね」
「話せないことももちろんあるけど、今回の王都を襲撃した魔物……ヴァルツェロイナ様の件に関係することは話しておこうと思って」
「俺にですか?」
「ええ。あなたはメーヴァレア遺跡の事件にも関係していたし、いざ何かあれば自分を守れる力があると思ったから」
「……なんだか聞くのが怖くなってきましたよ」
「そんなに身構えなくていいわよ。今回のラージャの里とケトナさんを襲撃したカラクリたち。そしてメーヴァレア遺跡であなたが戦ったそれは恐らく……タムザリア王国の兵器なのよ」
「っ!?」
アレスが以前遭遇していた呪いのメイド人形。
それと同種のカラクリたちが今回遭遇した敵だったということでスフィアはそのカラクリ人形についての情報をアレスに明かしたのだが、なんとそのカラクリ人形は現在エメルキア王国と戦争状態にある南方のタムザリア王国が関係しているというのだ。
「それじゃあこれはタムザリア王国に侵略行為じゃないですか!」
「ええ、そうよ。数年前から戦争状態にあったタムザリア王国だけど、ここ最近は目立った行動を起こしてこなかった。何か企んでいるとは思っていたけど、まさかこんな形で侵略してくるなんてね」
「……それを伝えたってことは、俺にタムザリア王国との戦争に参加しろってことですか?」
「まさか!あなたがどれだけ強くても学生でただの民間人よ。そんなこと言う訳ないじゃない。ただこの事件を解決しようとすれば多少なりともタムザリア王国との戦争に関与してしまうのも事実。そうならないためにもアレス君にはソシアを連れて学園に戻る選択肢もあると伝えたかったの」
「お気遣いありがとうございますスフィア様。ですがもうここまで首を突っ込んでしまった以上今更引くことなんて出来ませんよ。きっとソシアも同じです。俺たちも一緒に戦わせてください」
「ふふっ、そう言ってくれると思ったわ。でもこれだけは覚えておいてね。力があってもあなたたちは守られるべき存在なんだから。危ないと思ったら遠慮なく私たちを頼ってちょうだいね」
「はい。ありがとうございます。自分のできることを一生懸命頑張りたいと思います」
「こちらこそありがとう。それじゃあ話はこれでおしまいよ。見張りを私に任せてあなたは先に休んじゃいなさい」
「そうさせてもらいます……ここで寝ちゃっても大丈夫ですか?」
「そんなに気に入ったの?もちろんいいわよ。おやすみなさい」
カラクリ人形の正体を知ったアレスだが、裏に潜むタムザリア王国の影に怯むことなくスフィアたちに強力を続けることを宣言したのだ。
それを聞いたスフィアは純粋な感謝の気持ちを伝え笑みを返す。
こうして話を終えたアレスはスフィアの出したウォーターソファーに座りながら眠りに落ちた。
ラージャの里とケトナ夫妻を派手に襲ったタムザリア王国の刺客たちだったがこの夜はもう追撃を加えてくることはなく、アレスたちは無事に日の出を迎えることが出来たのだった。
「スフィア様。もう朝ですよ、起きてくださいスフィア様!」
「う~ん……もう食べられないわよぉ~……」
「スフィア様全然起きないね……」
翌朝、アレスたち3人は見張りを交代して家の中で睡眠をとっていたスフィアを起こそうと懸命に声をかけていた。
しかしスフィアは一切起きる気配がなく気持ちよさそうな寝息と共に平和そうな寝言を言っていた。
「うむ!スフィアは昔から一度寝ると全然起きなかったからな!もう放っておこう!」
「昨晩俺に先に休んでいていいって言ったのはこれを自覚していたからか」
「そんな事よりも俺たちにはやらなければいけないことがある!違うか!?」
「はい、そうですね」
「皆さんおはようございます……」
スフィアを起こすことを諦めたオルティナたちは自身たちがやるべきことを果たすことにした。
するとそこにちょうど目を覚ましたウェンが部屋に入ってくる。
「ウェン君、ミルちゃんはもう起きているの?」
「はい。さっき起きました」
「それならば早いうちに君たちのご両親を葬ることにしよう。差し支えなければ我々も手伝わさせてもらうぞ」
「っ!……はいそうですね。いつまでもお父さんとお母さんをそのままにはしておけませんから」
ウェンが起きてきたことを確認したアレスたちは、昨晩殺されてしまったウェンの両親の亡骸を丁重に葬ることにしたのだった。
ウェンとミルは家から程近い森の中に両親を埋葬することに決めアレスたちに手伝ってもらいながらお墓を作ったのだ。
「お父さん、お母さん。安心して眠ってください。ヴァルツェロイナ様は僕たちがちゃんと鎮めてみせます」
「お父さんお母さん、天国からミルたちのこと見守っていてね」
両親が眠るお墓に向かい、跪いて祈りをささげる2人。
そんな兄妹から少し離れたところからアレスたちも黙祷を捧げたのだった。
「……皆さん、お父さんとお母さんのお墓を作るのを手伝ってくれて本当にありがとうございます」
「そんなこと気にしなくていいんだよ。ここで何も手を貸さないなんて非常なマネは出来るわけがないしね」
「あの、皆さん。これから朝ご飯を用意しますのでもしよろしければ食べませんか?」
「君たちは本当に素晴らしいな!せっかくだから頂くとしようか!今日どう動くか作戦会議もしなければいかんしな!」
こうしてウェンの両親を丁重に葬ったアレスたちは家に戻り朝食を頂くことにしたのだ。
まだ子供にもかかわらずウェンとミルはよく働き6人分の朝食を準備してくれたのだ。
アレスとソシアはそれを手伝い、その間にオルティナはスフィアを起こしにかかる。
こうして朝食の用意が出来ることにスフィアは目を覚まし、全員で朝食を食べながら今後の作戦会議を開始したのだった。
「ちょっとなんで起こしてくれなかったのよ!これじゃまるで私が血も涙もない女みたいじゃないの!」
「起こしたさ!だが一向に起きなかったのはお前の責任だ!」
「スフィア様がそんな人じゃないのは分かってるので大丈夫ですよ。それよりも儀式に向けてどう動いていくか決めましょう」
「儀式に必要なレムルテ草を取りに行かないといけないのはもちろんだけど、その間にまた昨日のアレが襲ってくるかもしれないもんね」
「うむ!だから今日は二手に分かれて行動することにしよう!俺とスフィアは分かれたほうが良いだろう。スフィア、レムルテ草の採集に行ってくれないか?」
「もちろんよ。そしたら魔法使いもわかれたほうが良いわね。アレス、私と一緒に来てくれる?」
「わかりました。そしたらソシアはウェンとミルの儀式の準備を手伝ってあげてくれ」
「うん!2人とも、私にできることがあったら何でも言ってね」
「ありがとうございます。まだ準備がいろいろあるので手伝ってもらえると助かります」
6人は朝食をとりながら今日の行動をてきぱきと決めていく。
スフィアとアレスがドズカベル山脈にレムルテ草へ、オルティナとソシアはここに残り兄妹の護衛兼儀式の準備の手伝いだ。
「よーし!それじゃあ食べてすぐで悪いけど私とアレスはドズカベル山脈に向かわせてもらうわ。あまりのんびりしてると帰るのが日没後になっちゃうかもしれないし」
「ああ。そっちは頼んだぞ」
「じゃあ行ってくる!」
「気を付けてねアレス君」
朝食を済ませたスフィアとアレスは帰りが遅くならないように早速ドズカベル山脈へ向けて出発することにしたのだ。
ここからドズカベル山脈へは西へそこそこの距離があったが、スフィアの飛行魔法なら日中に戻ってくることは十分余裕がある。
「地上から見送るとあんなに速いんだ……」
「さあソシア君!あまりのんびりしていると2人が帰ってくる前に儀式の準備が終わらないぞ!」
「はい!私も頑張ります!2人とも、まずは何をすればいい?」
そしてアレスとスフィアを見送ったソシアとオルティナも自身の役割を果たすべく儀式の準備に取り掛かったのだ。
王都であれだけ派手に暴れまわったヴァルツェロイナが今どこで何をしているのか全く分からない。
こうしている今も被害が拡大しているかもしれないということで4人は可能な限り早くヴァルツェロイナの穢れを祓うべく明日の儀式開始を目標に急いだのだった。
「さあ!ついたわよアレス!」
「明るいと景色がよく見えて余計怖かったぁ……」
ラージャの里外れから西に1時間ほど移動したスフィアたちは、目的のドズカベル山脈へと到着していた。
ここドズカベル山脈は子供が立ち入るのは危険なダンジョンだが等級はたったの四級。
アレスに加えミルエスタ騎士団の団長であるスフィアがいる現状では一切の脅威などない……はずだった。
「っ!?これは……」
「ええ、どうやら先客がいる様ね」
ドズカベル山脈の中腹に降り立った2人だったが、そこに広がっていたのはドズカベル山脈に生息する魔物の死体が至る所に散らばっていた光景だった。
その死体の道はアレスたちが目指していた洞窟へと続いていた。
「あたりに漂う魔力……どうやら戦闘からほとんど時間は経っていないみたい」
「ただの王国軍や冒険者がやったって可能性は……」
「もちろんあるけど楽観視はできないわ」
「ですよね」
何者かが自分たちよりも先にドズカベル山脈にやってきて洞窟へ入っていった。
アレスたちはその正体が昨晩ラージャの里周辺で戦ったあのカラクリ人形であると予想し気を引き締めたのだった。
一方そのころ家に残ったソシアとオルティナは……
「……!ソシア君。すまないが2人は任せたぞ」
「えっ?」
「招かれざる客が来たようだ」
アレスたちと同様、襲撃の予感を感じ取りソシアと兄妹を家に残し外へ出て行ったのだ。
「なんだぁ?お出迎えが来るなんて聞いてないぞ?」
「アポもなしに人の家に大勢で押し掛けるなど礼儀がなってないな!茶は出せんが文句は言うなよ!」
「ふんっ。こいつらは全部お前を殺すためだけの兵器じゃ!啜るのはお前の血で十分だよ!」
家から少し離れたところでオルティナは数十体のカラクリ人形を引き連れた男と相対したのだった。
数は圧倒的に敵が勝っている。
しかしオルティナは微塵も怯むことなく堂々と全員迎え撃つ体制に入ったのだ。
毎日が眠気との戦い




