手遅れ
(父さん、母さん、村の皆……無事でいてくれ……)
星の光が深い木々に遮られ、足元もほとんど見えない暗い森の中。
ラージャの里から離れ自分の生まれ故郷の村を目指すオルティナは両親や村の人たちの無事を祈りながら全力疾走で駆けていた。
「はぁ……はぁ……」
(オルティナ様、何て速いの……)
そんなオルティナの後をソシアは必死に追いかけていた。
大自然の中で生まれ育ち、走力にはかなりの自信があったソシア。
しかしそんなソシアでもオルティナの後をついていくのは容易なことではなかった。
「ぜぇ……ぜぇ……見えたぞ!みんな無事かぁあああ!!」
オルティナが全速で走り続けること20分。
ラージャの里から程近い場所にあった自身の生まれ故郷に辿り着いたオルティナは息も整えず大声で村の人たちに呼び掛けたのだ。
「なんじゃ今のでかい声は!」
「まさか魔物の襲撃か!?……ん?あれは……」
「オルティナじゃないか!どうしてお前がここに。帰って来てたのか?」
「はぁ……はぁ……皆、無事だったようだな……」
この村の近くのラージャの里が襲撃されたと聞いたオルティナは自身の生まれ育った村が無事かどうか気が気ではなかったのだ。
村中に響き渡る大声に反応して見知った村の人たちが家から出てきたのを見てオルティナは安堵のあまりその場に崩れ落ちそうになってしまった。
「なんだい?一体何の騒ぎ……えっ!?オル?どうしてあんたがここに?」
「母さん!本当に無事でよかった!!」
「無事って……一体何かあったのかい?」
「ぜぇ……ぜぇ……お、オル……ティナ様、速すぎです……」
「はぁ……はぁ……おお!すまないソシア君!俺としたことが周りが一切見えていなかったようだ!」
「オルティナ!?おまえがなんでここに!?」
「父さん!実は少し……いや、かなりマズい事態になっているんだ」
ダーバルド騎士団の団長であるオルティナが何の報せもなしに辺境の村に戻ってきたことに村の全員は困惑を隠しきれなかった。
ここまで全力疾走してきたおかげで息も絶え絶えだったオルティナは、戸惑う両親たちにラージャの里で起きた異変について説明をしたのだった。
「なんてことだ。ラージャの里でそんなことが起きていたなんて……」
「まだ俺たちは直接確認したわけじゃないがな!村の皆が心配で様子を見に来たんだ!」
「そうだったのかい……こっちはまだ大丈夫だ。みんな無事さ。だからあんたは向こうに戻りなさい」
「っ!だが、まだこの村が安全だと決まったわけでは……」
「お前は騎士団団長としての役目があるだろう」
「襲われるかもしれないってわかってりゃどうとでもなるさ!だてに辺境の地に暮らしてないぜ!」
「皆……」
オルティナは自分の生まれ育った村の皆が襲われるかもしれないと心配で仕方がなかったのだが、村の皆はオルティナに騎士団団長としての責務を果たさせようと自分たちの身は自分たちで守ると言ったのだ。
村人たちのその言葉にオルティナは迷いを捨ててラージャの里に戻ることを決意する。
「すまない皆!俺は俺の責務を果たす!ソシア君!ラージャの里に戻るぞ!」
(ああ……私ただ走らされただけだ……)
自身の村の無事を確認したオルティナは迷いを断ち切り、惨劇が起きたラージャの里に戻ることを決意したのだ。
振り返り来た道を戻ろうとするオルティナの背を見たソシアは自分が苦労して走ってきた意味が全くなかったことに涙を浮かべていた。
こうして2人は再び走り出しアレスとスフィアがいるラージャの里に向けて走り出したのだった。
一方そのころラージャの里。
破壊の跡が生々しい里にやってきたアレスとスフィアの前に現れたのはメイドの容姿をしたカラクリたち。
「こいつらは……あの時の!?」
「アレス君!奴らのこと知ってるの!?」
「はい!ちょっと前にこいつらと似たような奴と戦ったことがあって……」
それらの姿を見た途端にアレスの脳裏にメーヴァレア遺跡で遭遇した呪いのメイド人形との戦いが蘇る。
「命令ヲ遂行 排除シマス」
「はっ……誰を排除するって?」
アレスたちの姿を確認したメイド人形たちはすぐさま戦闘態勢へと移行する。
しかし人形たちが動き出すよりも早く、剣を抜いたアレスが神速の踏み込みでメイド人形たちとの距離をゼロにしたのだ。
「かぁあああ!!」
「故障甚大 任務ヲ継続デキマセン」
2体のメイド人形はアレスを向け打つべく刀を振り上げる。
しかしその動きは全くアレスの動きについてこられなかった。
アレスはメイド人形の腕や脚の関節に的確に剣を振るうと瞬く間に2体の人形をバラバラにしてしまったのだ。
(こいつら、メーヴァレア遺跡にいた奴とそっくりだが嫌な気配は感じない。性能は別物だな……)
「緊急事態 対象ヲ直チニ抹殺シマス」
「ちっ!!2体だけじゃないよな!」
目の前に立ちふさがった2体のメイド人形を切り刻んだアレス。
しかしそんなアレスに細い路地から急に飛び出してきた別の人形が襲い掛かってきたのだ。
考え事をしていたアレスはその不意打ちに少し驚いた表情をするもすぐに迎撃の体勢を取る。
バシャァアアアン!!
「っ!?」
「私もいるのよ?無視しないで欲しいわね」
だが飛び出して来た人形がアレスの刃圏に入る直前、突如後方から大量の水の塊が押し寄せてきて人形のボディを飲み込んだのだ。
その魔法を放ったのは他でもない、アレスの後方に控えていたスフィアだった。
「アレス君、どうやらこいつらはこの里に32体はいるみたいよ」
「そんなに……いや、そんなこともわかるんですか!?」
「もちろんよ。私を誰だと思ってるの?誰も逃がさないわ♪」
探知魔法によって里にいたメイド人形の数あぶり出したスフィア。
敵の位置を把握したスフィアは身震いするような魔力を放出しながら不敵な笑みを浮かべたのだった。
「ちまちま制圧していくのも面倒よね。一気に終わらせるわよ!」
「うおっ!」
(なんちゅう魔法だ!しかも詠唱もなしに……)
直後、スフィアが天高く掲げた腕から大量の水が放出される。
無数に分離した水の柱はまるで生きているような動きで里に散らばるメイド人形にめがけて伸びてゆく。
「攻撃ヲ検知 迎撃シマス」
ドドドドドッ!!
伸びて来る水の柱に向かって機関銃を乱射するメイド人形。
しかし弾は全て貫通してしまい水の柱を破壊するには到底至らない。
ドボォオオン!
「致命的ナ故障ガ発生 命令ヲ継続デキマセセセセ……」
そうして水の柱に飲み込まれるメイド人形。
機関銃の弾はいとも簡単に貫通したが、その水はメイド人形の機体を飲み込むとそのまま水中に閉じ込めて無力化してしまう。
スフィアはその場から1歩も動かず次々と敵を捕獲していったのだ。
「危険度極大」
「対象ヲ優先的二攻撃シマス」
追い詰められた残りのメイド人形はスフィアを危険人物とし優先して攻撃しようとする。
「させるかよ!」
「致命的ナ故障ガ発生 命令ヲ継続デキマセン」
「あら?私を守ってくれるの?」
「必要ないとは思いますけど、何もしないでただ見ているのも暇なので」
スフィアの背後に迫ったメイド人形だが、それらはアレスが瞬く間に切り刻んでしまう。
そうしている合間にもスフィアは次々に残りのメイド人形を捕獲していく。
こうして交戦開始から十数秒の間に里に居たメイド人形は全て2人に制圧されてしまったのだ。
「これで全部ですか?前は戦った奴とはまるで別物だったな」
「そうね。周辺にはもうこいつらの反応はなさそうよ」
「そうですか……でもなんでこいつらは里の人たちを……」
「っ!少し離れたところに十数人の集団がいるわ!」
「まさかこいつらの仲間が!?」
「……いえ、様子が違うわね。おそらく里の生き残りの人たちよ」
「生き残ってる人たちがまだ居たのか!」
「いろいろと話も聞きたいし私が保護に行ってくるわ。アレス君はここで待っていてね」
メイド人形をすべて制圧し終えたスフィアは動かなくなった人形たちを一か所に積み重ねると周囲の状況を探るため探知魔法を使用した。
動くものがなくなって静まり返ったラージャの里。
しかしその近辺に里から逃れようと動く集団を発見したのだった。
一旦アレスと別れ逃げまどう里の人達を保護しに向かうスフィア。
そしてすぐに里の人たちを連れたスフィアがラージャの里に戻ってきたのだ。
「大丈夫アレス君?新手に襲われたりしてない?」
「はい、大丈夫です」
「ああ……逃げ遅れた者がこんなに……」
「我々が何をしたっていうんだ……」
「お悔やみ申し上げます……」
スフィアに連れられて戻ってきた人々は逃げ遅れ犠牲になった人たちを前に悲しみや怒りで声を震わせた。
スフィアが里を離れて1人になったアレスは生き残った人がいないか里の中を探し回っていたのだ。
だが里の中に残っていた人の中で無事だった者は1人もいなかった。
突然命を奪われ無残にも放置された遺体をアレスは運び出して里の中心部の広場に丁寧に並べていた。
「あなたがこの里の長ですね?このような時に本当に心苦しいのですが、お話を伺えないでしょうか?」
「スフィア様……我々に協力できることならなんでも致します。ですのでどうか。どうかこんな惨い仕打ちをしてきた者たちに相応の罰を与えてください……」
「もちろんです。この里を襲った犯人はどうやら我々がここに来た目的のためには避けて通れない相手のようですし」
悲しみに暮れる里の人たちだったが、いつまた王都を襲った魔獣が現れるかわからないためスフィアは心を鬼にしてこの里にやってきた当初の目的を果たそうとラージャの里の長に話を聞くことにしたのだ。
「スフィア!!アレス君!!すまなかった……これは……」
「オル、戻ってきたのね。ちょうど長からいろいろと話を聞こうと思っていた所よ」
「ぜぇ……ぜぇ……なんとか、離されずに済んだ……」
「ソシア大丈夫か!?」
2人が傷心状態の里の人々から少し離れて話を聞こうとしていたその時、別行動をとっていたオルティナとソシアがラージャの里に戻ってきたのだ。
心の平静を取り戻して行きよりも体力の消耗が抑えられていたオルティナに対し、ソシアはまたしても体力ギリギリで息も絶え絶えだった。
(ソシアは相当体力がある方なのに。オルティナ様は流石だな……)
「まさか……ダーバルド騎士団の団長オルティナ様ですか?騎士団の2人の団長様が一緒にこんな辺境の里にお越しになるなんて……」
「それだけ緊急事態ということです。なので情報提供をお願いします」
「わかりました……」
こうして合流を果たしたオルティナとソシアの2人を加えアレスたちは里の長からこの里に伝わる英雄ラーミアの伝承、使い魔ヴァルツェロイナについての話を聞くことにしたのだ。
「確かに……この里には英雄ラーミア様とヴァルツェロイナ様の伝承は濃く残っています。ですが、そのことでしたら里の外れにいるケトナを訪ねてみてはいかがでしょうか」
「ケトナさんですか?その人はいったい何者ですか?」
「彼は古くからラーミア様を祭る神官の家系で、我々よりもきっと詳しい話が出来ると思います」
「……オル」
「ああ!これはただの勘だが、そのケトルさんとやらの家には急いだほうがよさそうだな」
里の長の話ではこのラージャの里から少し離れたところに古くから英雄ラーミアを祭る一族の者が住んでいるというのだ。
しかしその話を聞いたスフィアとオルティナの顔色が変わる。
ラージャの里が襲われてオルティナの故郷が襲われなかったことからそのケトナという人物にも刺客が送り込まれている可能性に思い至ったのだ。
「長殿!!そのケトナさんの家はどちらに!!」
「え?えっと……ここから南西に30分ほど歩いたところに……」
「ありがとうございます!いきなりですが我々は急いでケトナさんの元に向かいます!皆乗って!!」
里の長から目的の人物の住む家の場所を聞いたスフィアはすぐさま飛行魔法を発動する。
すぐさまアレスたちが飛び乗ると、王都からラージャの里まで飛んできたときよりも速い速度でケトナの住む家を目指したのだ。
「むっ!?なんだ今の音は!?」
ラージャの里を飛び立ったほんの十数秒後。
地上を警戒していたオルティナは森から聞こえた不審な音に気が付いたのだ。
「俺も聞こえました!スフィア様たちはこのままケトナさんの所に行ってください!」
「アレス君はどうするの……!?」
オルティナと同様にその異変を感じ取ったアレスはスフィアにこのまま進むように伝えると、スフィアの飛行魔法から飛び降りた。
地上から十数メートルの高さから飛び降りたアレスは木の枝を上手くつたい豪快に地面に着地する。
生い茂った木の枝に細かく肌を傷つけられるがアレスが一切気にも留めない。
「確かさっきの音はここら辺から聞こえたような……」
「ミル!早く逃げるんだ!」
「お兄ちゃん!」
「っ!?なんだ!?」
地上へ降り立ったアレスは聴覚を研ぎ澄ませ先程聞こえた異変の出どころを探る。
すると闇の奥から小さな子供の声が聞こえてきたのだ。
「きゃあ!」
「ミル!しっかりしろ!」
「抹殺対象ヲ捕捉 排除シマス」
「うわぁああ!」
「お兄ちゃん!!」
地面を抉る爆発的な踏み込みでアレスが向かった先に居たのはラージャの里を襲ったものと同じメイド人形とそれから逃げ惑う兄妹だった。
長い刃物故に深い森の中では機動力に難があったメイド人形だが、子供相手に追いつくのは時間の問題だった。
必死に逃げる兄妹だったが、妹が木の根に足を取られ転倒してしまう。
そうして兄も足を止めてしまったのだが、そのせいでついに2人はメイド人形に追いつかれてしまったのだ。
刀を振り上げる敵を前に涙を溢す妹と、そんな妹に覆いかぶさることしかできない兄。
「神速・韋駄天!!」
「ギギギ ハッ……破損、甚ダダダ……」
(いつっ……!!流石に無理をし過ぎたか……)
「2人とも、もう大丈夫だ」
絶体絶命の2人だったがメイド人形の刃が届く寸前、光のような速さでアレスがメイド人形の体を真っ二つに切り裂いたのだ。
あまりの猶予のなさに自身の脚が悲鳴をあげるほどの踏み込みをしたアレスの表情が一瞬苦痛の表情に染まる。
しかし恐怖で涙を浮かべる2人を安心させようと、アレスは痛みを押し殺して2人に笑顔で話しかけたのだ。
「え……あ、ああ……」
「もう安心していいぞ。敵は俺が倒したから……」
「あの、助けてください!お父さんとお母さんが!!」
「なに!?一体どうしたんだ!?」
一瞬何が起きたのかわからず困惑した2人だったが、アレスのことを頼れる人だと判断した2人は両親を助けて欲しいと必死に懇願してきたのだ。
それを聞いたアレスの表情に再び緊張の色があらわれる。
「あそこだわ!!あそこに家がある!!」
「まずい予感がする!一刻も早くケトナさんを……うっ!」
「そんな……酷い……」
アレスが助けた兄妹からそんな懇願をされていた一方、スフィアたちはラージャの里から少し離れたところにあった家を発見していた。
急降下から空中で魔法を解除し最速で地上へ降り立つ3人。
止まることなくそのままたどり着いた家に突撃したのだが……
「大丈夫ですか!?しっかりしてください!!」
「ダメよソシア……2人ともどう見ても……」
「どうやら遅かったようだな……」
そこにはこの家の主と見られるケトナとその妻とみられる女性が無残にも血まみれで横たわっていたのだ。
ソシアが必死な形相で駆け寄るが、誰がどう見ても2人とも助からなかった。
「お父さん!!お母さん!!……えっ……」
「嫌ぁあああああ!!お父さんお母さぁぁぁん!!」
「くそ……なんてことだ……」
そしてソシアたちが家に突入してから少し時間を置き、兄妹を背負ったアレスが全速力でこの家にやってきた。
血まみれで倒れていた両親の姿を見た途端、兄妹が悲痛な表情に染まる。
涙を流し、叫びながら両親の骸に縋る兄弟の姿を見た4人は言葉を失いその場に立ち尽くしてしまった。
完全に予約投稿を忘れて寝るとこだった。今から前回のあらすじを書いてる余裕ないので許して




