決闘の申し込み
前回のあらすじ:穏便に騒ぎを収めようと試みるアレスだったが、貴族のリーダー格であったバンドは攻撃的な姿勢を崩さなかった。ベンベルト教頭が来たことでその場は収められたのだが、バンドの気は収まらないようで……
「はぁ……まさか入学早々問題行動をおこしちまうなんてな」
学園の敷地内で騒ぎを起こした問題でベンベルト教頭から厳しい指導を受けたアレスは、自身が助けた女子生徒共に年季の入った木造の校舎の中を歩いていた。
先程の件でベンベルト教頭から怒られたのはもちろん、反省文の提出と2年への進級条件を厳しくするという処罰を受けた2人は流石に落ち込んでいた様子だ。
「もっと穏便に助けてあげられなくてごめんな」
「そ、そんな!むしろ私を助けるためにこんなことに巻き込んじゃって本当にごめんなさい!えっと、アレス君だったよね?」
「ああ。そう言えば君の名前をまだ聞いてなかったよな」
「あっ!そうだったよね!私はソシア。これからよろしくね」
「ソシア。こちらこそよろしくな」
ようやく落ち着いて自己紹介を終えることが出来た二人は、広い校舎の中を歩きようやく自分たちの教室へとたどり着いたのだ。
すでに担任の先生も来ているであろう時間ということで少し入りにくい気持ちになりがらも、アレスは教室の前の扉をゆっくりと開けたのだった。
「失礼します……」
「おお!勇者たちが戻ってきたぜ!」
「あの貴族たちに逆らってよく無事で戻ってきたな!」
教室の中では入学直後の連絡事項などを先生が淡々と伝えている状況だろうと考えていたアレスたちだったのだが、そこに先生らしき人物の姿はなくクラスメイト達が教室に入ったアレスたちを暖かく出迎えてくれたのだ。
「え?な、何この雰囲気……」
「大丈夫だった!?入学初日から酷い目に遭ったね」
「いきなり女を殴ろうとするなんて、あいつほんとサイテーね!」
「あっ、え、うん」
「お前よくあの状況で助けに入れたな!ごめんな、俺は怖くて近づくことも出来なかった……」
「いいよ別に。俺が怖いもの知らずなだけだからさ」
入学早々貴族に歯向かったヤバい奴等としてクラスで腫れ物扱いされることも仕方がないと考えていたアレスだったのだが、クラスメイト達の反応は想像と違いとても温かなものだったのだ。
予想外の状況に少し戸惑ったアレスだったが、かつてシスターに連れられて教会に始めてやってきた日のことを思い出しこの状況を受け入れることが出来たのだった。
(教会の皆がそうだったように、身分の低い人間の方が相手を思いやる気持ちがあるのかもな……)
落ちこぼれクラスと差別的な扱いを受ける彼らも少なからず貴族連中には一矢報いてやりたいという気持ちがあったのだろう。
それをやってのけたアレスに対しての皆の反応はすでに打ち解け合った友人のように温かいものであった。
「それよりもみんな、まだ先生が来てないみたいだけど一体何が……」
「やあやあアレス君!このバンド様が直々に君に決闘の条件を伝えに来てあげたよ」
「あ?」
しかしその時、突如激しく開かれた教室の扉から先ほどアレスと争っていたバンドが堂々と現れたのだ。
すでにバンドが危険人物だという認識のあるクラスメイト達はとっさに後ずさりしてしまう。
そして残されたアレスがバンドと教室の前のあたりで向かい合う形となったのだ。
「お前自分の教室に行かなくていいのかよ」
「ふっ、僕のクラスの担任は非常に話が速い方でね。それで時間ができたから決闘の条件を決めて君に伝えに来てあげたのさ」
「決闘の条件ってお互いに話し合って決めるもんじゃないのか?」
「面倒な工程をわざわざ省いてあげたんだよ。それとも、自分に有利な条件にしなければ決闘は受けられないということかい?」
「公平な条件ならそれでいい。とりあえずその条件を聞かせてもらおうか」
「いいだろう。条件はこの紙にすべて記してあるよ」
(なんでこいつそんな準備が早いんだよ……)
アレスはバンドが自信満々に差し出した紙を受け取り、そこに書かれていた条件に目を通した。
その紙に書かれていた条件は以下の通りであった。
―――――
〇〇年〇月〇日 17時30分ごろにハズヴァルド学園正門通りで発生した揉め事に対し
1-1 バンド・ウィーベル
1-7 アレス
1-7 ソシア
以上3名の本学園生徒によるハズヴァルド学園規定第四条に従った決闘で本問題の決着をつけるものとする。
決闘の条件は以下に記された四項目をルールとする
1.決闘は五級指定ダンジョン『ホワル大洞窟』に自生している『暗闇苔』を地上に持ち帰った者の勝利とする。
2.決闘はエメルキア王国のダンジョン攻略規定に則るため三人一組のチーム戦とし、バンド・ウィーベルをリーダーとし任意の生徒2名を赤組。アレスをリーダーとしソシアに加え任意の生徒1名を白組とする。なおチームに任意で加えられる生徒はチームリーダーと同じクラスの生徒とし、それら生徒は本決闘による処遇とは無関係とする
3.決闘の制限時間は一時間。仮に両チームが制限時間内に『暗闇苔』を持ち帰ることが出来た場合にはダンジョンに潜っていた時間が短い方を勝者とする
4.決闘に勝利したチームのリーダーは、相手チームの本件当事者生徒をハズヴァルド学園から退学させる権利を得るものとする
―――――
「……これ全部お前が考えたの?」
「ああ、褒めてくれてもいいよ」
「あー……スゴイデスネー」
(やっぱり、私も含まれちゃってる……)
渡された紙に記されていたのはバンドが短時間で考えたであろう決闘の条件が詳しく記されていた。
ホワル大洞窟というのはこのハズヴァルド学園が実践活動のために管理をしているダンジョンの一つであり、学園からほど近い場所に位置している。
そしてダンジョンというのが何かと言うと、ダンジョンとは洞窟に限らず魔物が自然発生する危険な地域の呼称であり、素人でも準備をすれば攻略可能な簡単なものから王国軍が全勢力をもってしても攻略が困難と予想されるほどに高難易度なものまでと様々なダンジョンが存在する。
そしてそのホワル大洞窟はエメルキア王国において五級に分類されるダンジョンであり、その難易度は戦闘向きのスキルを持つ人物なら誰でも探索が可能である安全なものだった。
「……なあ、バンド」
「バンド様な?」
「決闘の場所が五級ダンジョンって、流石に簡単すぎないか?」
アレスがバンドの決めたルールに疑問を持つのは不思議なことではなかった。
ダンジョン等級の危険度は以下のように広く知られており、
一級……探索不可能。ダンジョンへの立ち入りを原則禁止とする。
二級……Aランクスキルを持つ者ですら命の保証はできない。
三級……王国軍、騎士団、冒険者ギルドのいずれかに所属していないと入れない。ここから命を落とす確率が明確に跳ね上がる。
四級……立ち入りには念入りな準備が必要。油断すると命を落とす可能性が出てくる。
五級……戦闘系スキルを持つ者であれば危険性は低い。日帰り可能。
六級……王国が管理する必要がなく、だれでも自由に立ち入ることが出来る。
という風になっている。
今回決闘の場に選ばれたのは五級ダンジョンであり、ホワル大洞窟には危険な魔物は生息しておらずその道中は完全な地図がある上に自生する光苔のおかげで明るく不意に魔物に襲われるなんて事故は発生しにくい。
さらに暗闇苔も最深部付近に大量に存在するため採集が出来ないなんてことは考えにくかった。
「四級までのダンジョンなら申請すれば問題なく入れると思うし、そうじゃないと勝負が成り立たなくないか?」
「だからお互いに採取に成功した場合は早い者勝ちだと書いてあるだろう?」
「それにそっちは1クラスの生徒から自由に二人選べるんだろ?さすがに不公平だろ」
「はんっ!!このバンド様に喧嘩を売っておいて何をいまさら。この俺が1年最強なんだから他に誰を連れてこうが関係ないだろう。それとも、この条件じゃ怖いのか?」
「……はぁ。わかったよ、この条件でいい」
これ以上何を言っても無駄だと察したアレスはこの条件でバンドからの決闘を受け入れたのだった。
ニヤリと笑うバンドに若干に違和感を覚えながらも、アレスはその用紙と控え用のもう1枚にサインをして1枚をバンドに返却した。
「決闘は明後日執り行うことにする。それまでにせいぜい残りの学園生活を楽しんでおくんだな」
「その言葉がそっくりそのまま帰ってこないよう頑張れよ、バンド様」
「ちっ……」
バンドは最後にアレスに聞こえるような盛大な舌打ちをし、すぐに7組の教室から去っていった。
突然の出来事に先程まで盛り上がっていた7組のメンバーたちは静まり返ってしまっていた。
「ごめんソシア!流れで勝手に決闘受けちゃった!」
「わ、私は大丈夫だよ。さっきも言ったけど巻き込んじゃったのは私の方だし。あの人のあの様子じゃあの条件を吞むしか道はなかっただろうから」
「それで、さらに無関係な皆を巻き込んじゃって申し訳ないんだけど、誰か3人目のメンバーとして俺たちの決闘に付き合ってくれないか?」
「……」
アレスは早速決闘に向けて3人目のメンバーを募るとしたのだが、クラスメイト達は誰も名乗り出ることなく黙って俯いてしまった。
(まあ厳しいよな。アイツはあれでも有力な貴族だし、決闘の結果とは無関係って言っても俺たちに協力したってことでそいつが次のターゲットになるかもしれないし……)
「あ、あの!」
「うん?」
「ぼ、僕なんかが役に立つとは思えないけど。もし君たちがいいなら僕を三人目のメンバーとして連れて行ってくれませんか!?」
アレスが決闘の最後のメンバー選びの難しさに頭を悩ませていると、それを見ていたクラスメイトの一人がそのメンバーに名乗りを上げたのだった。
彼はベリーショートの金髪で、頬のそばかすが特徴で大人しそうな印象を受ける男子生徒だった。
「本当か!?それは助かる。えっと、君は……」
「僕はジョージです。数合わせくらいにしかならないかもだけど頑張ります!」
「ありがとうジョージ君!でもどうして私たちのために協力してくれるの?」
「えっと、それが……さっきはごめんなさいソシアさん!」
「えっ!?」
「実は僕、さっきソシアさんがあの貴族の人たちに難癖付けられてた時に周りにいたんです」
同じクラスメイトだからという理由だけで協力するにはリスクが高過ぎるはずだと考えたソシアがなぜ自分たちに協力してくれるのかと聞くと、ジョージは突如頭を下げてソシアに謝罪を始めたのだった。
「いいよそんな!あんな状況で見ず知らずの私を助けようなんて考えても普通は出来ないよ。ジョージ君は悪くないよ!」
「それだけじゃなくて。本当は僕騒ぎになる前からソシアさんたちの近くに居て、ぶつかったのはソシアさんじゃなくてよそ見をして歩いていたバンドって人の方だって知ってたんです」
「はぁ?アイツあんな態度してたのに本当は自分からぶつかってたのかよ!?」
アレスが怒りを通り越して呆れたような声を出すと、ジョージは静かに頷いた。
実はさっきの騒ぎの元凶はソシアがバンドにぶつかったからではなく、前方不注意だったバンドがソシアにぶつかったことだったのだ。
「ソシア、なんでさっきそう言わなかったんだ?」
「だって、ああいう人にそっちが悪いんですなんて言ったら火に油を注ぐだけだと思って」
「うーん、正論。相手が油を注がなくても燃え上がる狂人だったのがダメだっただけで」
「それで。本当はソシアさんは悪くないのに、それを目撃してたのに声もかけられなかった自分が情けなくて……」
ソシアがバンドたちに責められているのを、ジョージは少し離れたところで悔しそうに眺めていた。
自分の正しいと思っていることを貫けず、自分の身の安全を優先して声を出せなかった自分が恥ずかしくて拳を強く握りしめていたのだ。
「大丈夫だジョージ。あんな状況で割って入れる俺がおかしいだけでお前は悪くない」
「それでも、今度こそは……こんな自分でも助けになれればって思って」
「ジョージ君……」
恐怖を乗り越え、覚悟の決まった顔でそう宣言したジョージにクラスの全員は激しく沸き上がった。
よく見ればその体はまだ少し震えていたが、それでもジョージは引き下がらなかった。
「本当にありがとう、ジョージ君。私、本当に嬉しいよ」
「助かるよジョージ。決闘って言っても聞いてた通り五級ダンジョンに行くだけだから危険はないから安心してくれ」
「はい!それでも一生懸命頑張ります!」
ジョージの勇気にアレスはクラスにとても良い空気が流れていることを感じていた。
意図しないトラブルに巻き込まれたけれど、クラスは入学当日から関係を深めることが出来たのだ。
そうして明後日の決闘に向け、アレスたちは準備を進めるのだった。
「……というか俺たちの担任はいつくるんじゃぁ!?」
なお、本来の集合時間から1時間以上経っても7組の担任は姿を現さなかったのだ。