騙されたわね?
前回のあらすじ:失踪事件を解決するためにヘルステラの街にやってきたアレスたちは王国軍に援助要請を出していたジョルウェール家に赴く。そこで人狼への対策を進めるアレスたちだったのだが、なんとジョルウェール家の当主は事件の犯人でありアレスたちは睡眠薬を盛られて眠ってしまったのだ
ガチャ、ギィイ……
モレラは合鍵を使用して部屋の鍵を開け、物音一つない静かな部屋に扉が開く音が響く。
食事に睡眠薬を混入させアレスたちを眠らせたモレラの右手にはギラリと輝く短刀が握られていた。
「すぅ……すぅ……」
「何とか睡魔に抗いベッドの上までたどり着いたようですが……随分とぐっすり眠っていらっしゃる」
部屋の中に入り込んだモレラの目線の先にはベッドの上で無防備に眠るアレスの姿があった。
絶対にアレスが起きないという自信か、モレラは物音を立てないように静かに行動することなく大胆にアレスに詰め寄っていく。
しかしそれでもアレスは起きる気配をみせず小さく寝息を立てていた。
「たった4人で送り込まれてくるということは相当な実力者なんでしょう。ですが眠っているところを襲われれば赤子と変わらない」
モレラはアレスの真横に立つと、持ってきた短刀でアレスの命を奪おうとする。
剥き出しのアレスの首をめがけて短刀を振るう。
「出された食事を何の疑いもなく口にした己の警戒心のなさをあの世で恨むんですな」
「なんちゃって」
「なにっ!?ぐあっ!?」
モレラが短剣でアレスの首を斬りつけようとしたその直前。
なんと突然目を開いたアレスはベッドに仰向けになった状態から両脚を跳ね上げ勢いよくモレラを蹴り飛ばしたのだ。
「ぐ、ぐはっ!!」
「相手が眠っていると信じ込んでしまった己の警戒心のなさをあの世で恨むんだな」
「ば、バカな……貴様は、確かに睡眠薬入りの食事を口にしたはず……」
「モレラ・ジョルウェール。あなたを殺人未遂、および大量失踪事件の容疑者として身柄を拘束します」
「抵抗は無駄ですよ。こちらは3人、逃げ場はありません」
「き、貴様らまで……一体どうなっている!?」
アレスがモレラを蹴り飛ばした直後、部屋の扉が勢いよく開かれべリアとジェーンが部屋へ突入してきたのだ。
アレスと同様に睡眠薬で眠っていなかった2人の姿を見てモレラは激しく動揺する。
「睡眠薬を盛られ意識が朦朧としている状態じゃ解毒は困難だ!貴様らのスキルも解毒に役に立ちそうなものはなかったはず……」
「スキルでブラフを張るなんて当たり前ですよ。俺のスキルは【百発百中】なんかじゃありませんよ」
「ま、まさか!」
「そう。俺の本当のスキルは【ポイズンラボ】です」
「完全に勘なんだが。俺はジョルウェール家の当主が怪しいと思ってるんだ」
遡ること約2日。
王都を出てヘルステラの街へアレスたちが向かう途中のこと。
馬車を止め外で休憩をとることになったタイミングでアレスが他3人にそんなことを言いだしたのだ。
「それは、モレラ氏が今回の失踪事件の犯人……さらに言えば人狼だということか?」
「モレラ本人が人狼か人狼を匿ってるのかはまだ分からないが、そのどちらかの可能性は高い踏んでる」
「……。アレス様、説明をお願いしてもらってもよろしいでしょうか」
突拍子もないような話に聞こえたが、真剣な表情のアレスにジェーンは落ち着いてアレスの話を聞くことにした。
「そもそも王国軍が相当力を入れて捜索してるのに狼の魔物をまともに発見できてないのがおかしいし、100人以上犠牲になっていて遺体が見つかってないのも普通じゃないしな。大量の人間の死体を処理できて、王国軍が金将含めやられるほど油断する相手。それはヘルステラの街で1番力を持っていて、犯人探しに積極的に協力してるモレラ・ジョルウェールが1番の候補だってことだ」
「なるほどな」
「そうじゃなくても今まで送り込まれた王国軍の兵士が何人も犠牲になってるんだ。あらゆる可能性を考慮しなければ命取りだ」
「ならアレス様、それを踏まえてどうするべきだとお考えですか」
「やはりまずは初日が肝心だ。モレラ含めジョルウェール家の人間の中に敵がいると仮定して、様々な攻撃の可能性に備える」
アレスはジョルウェール家が敵だと想定しそれに対抗するための作戦を練り始めた。
「1番楽なのは俺たちが油断してると思って純粋に奇襲してきてくれることだ。そうなれば負けない自信がある」
「人狼は人に化けることが厄介なポイントですが、戦闘能力事態はさほど高くないですからね」
「奇襲というなら寝込みを襲われる可能性もあるな。ヘルステラの街に入る前に仮眠をとってその晩は最大限警戒することにしよう」
「ああ。そして1番厄介なのは毒物を使われることだ。屋敷に案内されて4人だけ部屋に入れられたら警戒だ。宿泊用の部屋も真っ先に点検だ。だけど問題は食事に毒を盛られる可能性で……」
「それなら私のスキル【ポイズンラボ】が役に立てると思います」
「ポイズンラボ?」
事前の話し合いでアレスはべリアのスキル【ポイズンラボ】について詳しい説明を受けていたのだ。
【ポイズンラボ】とは、べリアが体内に取り込んだ毒物を解析、分解することが出来るスキル。
さらにそんなスキルを持っているためダリアは常に解毒薬を調合するための素材が入ったカバンを持っており、解析によって判明した毒を解毒するための薬が作れるのだ。
(なんて都合がいい……いや、べリアさんを同行させたのはゼギン様だからな。もしかするとゼギン様はその可能性に思い至っていたからダリアさんを選んだのか)
「より信憑性が増したな。ちなみにジェーンさんのスキルも教えておいてくれませんか?」
「私のスキルは【回復効率上昇】です。ですのでこの件ではあまりお力にはなれないかと」
「いや、回復薬がいてくれるのは助かります。それでべリアさんの【ポイズンラボ】を生かす形で作戦を考えましょう。ジョルウェール家で出される食事に毒が盛られている可能性を排除するため、食事に1番はじめに手を付けるのはべリアさんでお願いします。料理を食べて、毒が含まれていなければそのまま黙って食べてください」
「なるほど。では毒が含まれていた場合は?」
「毒が含まれていた場合、まずはその毒がその場で動けなくなったり命を奪うような猛毒だったケース。その場合は即座にそのことを口頭で伝えジョルウェール家を制圧します」
「毒が盛られていて、その場で動けなくなったり命を奪うような猛毒じゃないケースは動かないのか?」
「毒を盛った犯人がその場に居ない可能性があるからな。できるなら相手の罠にかかったフリをして油断を誘いたい。だから死の危険がない遅効性の睡眠薬や神経毒の場合は俺たち3人も食事に手を付ける。その後べリアさんが毒を解析して作った解毒薬を飲んで犯人の隙を付く」
「そういうことですか。それじゃあ命の危険のない薬だった場合の合図の仕方はどうします?」
「まあそれはなんでもいいけど……よし、食事を一口食べたら少しオーバーなリアクションを取ってください」
アレスたちはジョルウェール家の人間に不意を突かれて全滅させられるリスクを事前に考慮し、万全を期すためそのような作戦を立てていたのだ。
「危険な薬の場合はその場で戦闘。俺がジョルウェール家の娘さんの安全を確保する。薬が効いてるフリをする場合は犯人が動けない俺たちを襲いに来るだろうから各自で迎撃。その後基本的に俺が娘さんの元に向かう」
「アレス、モレラ氏の娘が人狼及び人狼の仲間だったケースはどうする?」
「わかってる。だけどウラ様が白だった場合に人狼に襲われるとまずいから助けない訳にはいかないからな。あと、行動を起こしたらウラ様の元に最速で警護をつけたい。基本的に俺が行くと言ったが、敵に手強いやつがいた場合と薬が効いてるフリをして敵が真っ先に俺の元に来た場合はティナにその役割を任せたい」
「わかった。任せて」
「今話した想定は初日に敵が行動を起こすケースだ。相手が慎重になって2日目以降に仕掛けてくる場合も警戒が必要だろう。でもできれば初日に行動を起こしてもらった方がこっちとしては助かる。そこで相手の焦りを生むために俺たちはウラ様が18歳の誕生日を迎えた瞬間から警戒を強めるということをさりげなく伝えよう」
今回の失踪事件の犯人は18歳の女性を多く襲う傾向があると言ったが、もちろん18歳になる前に攫って1日2日監禁してから食べるという可能性も十分にあり得る。
しかしウラ・ジョルウェールの18歳の誕生日を迎えるまでは安全だと思い込んでいると敵に思わせることで、警戒を強める前のアレスたちの到着当日に行動を起こしやすく仕向ける作戦だ。
「順調にヘルステラの街に辿り着けば、2日後にはウラ様の18歳の誕生日だ。前日にはもう警戒を強めることを考えれば初日に襲ってきてくれる可能性は十分に高い。まだジョルウェール家が人狼とかかわりがあると決まったわけじゃないが、そのつもりで警戒を怠らないようにしよう」
そうして現在へと至ったわけだ。
事前の打ち合わせ通り、アレスの元に敵が来たためティナは3人と合流することなく真っ先にウラ・ジョルウェールのいる寝室へ急いでいた。
(まさか本当にアレスの言ったとおりになるなんてな。ふふっ、やはりアレスは凄いな)
「っ!!あれは!!」
全速力で屋敷内を駆けていたティナがウラの寝室へたどり着いたまさにその瞬間、部屋の中からぐったりとしたウラを抱えた1人の兵士が姿を現したのだ。
「貴様!何者だ!!」
「なに!?お前は眠っているはずじゃ……ぐあっ!!」
ティナは男が反応しきる前に素早く距離を詰め刀を抜くと、男を浅く袈裟斬りにしたのだ。
ティナに斬られた男は大きく飛び退き抱えていたウラを手放す。
そうして地面に放り出されたウラの体を、ティナはギリギリのところで受け止めたのだった。
「はぁ……はぁ……くっくっくっ。薬で眠っていると思っていたが、まさか俺の狙いに勘付いていた様だな」
ティナの放った斬撃は男を倒すには至らず血を滴らせた男は笑いながらその体を大きく膨張させていったのだ。
膨らんでいく男の体は黒い毛に覆われていき、明らかに人間のものではない爪や牙が鋭く伸びていく。
2か月以上もの間ヘルステラの街を恐怖のどん底に陥れた犯人。
人間の姿に化けることが出来る人狼がティナの前にその本性を晒したのだった。
「一瞬焦ったが、この程度の刀傷では俺は死なん!その女を守りながら俺と戦えるかな!?」
「残念だけど、もう終わってるのよ」
「あん?お前何を言って……」
「残雪・フロストフラワー」
「ギャアアアアア……アア……ア」
自身に軽傷しか負わせられなかったティナに対して人狼は余裕の表情で襲い掛かろうとした。
しかしティナは一切動じることなく指を鳴らしてみせる。
パチンと心地よい音があたりに響いた直後、なんと先ほどのティナの刀傷が急速に冷気を纏い人狼を瞬く間に凍り付かせてしまったのだ。
「ウラさん!しっかりしてください……よかった。気を失っているだけみたいね」
「い、一体何の騒ぎだ!?」
「っ!」
「ティナ様に……ウラ様!それにあれは……まさか人狼!?」
「ええ、先程ウラさんを攫おうと部屋から出てきました」
「それは大変だ……何が大変かと言うと……」
「……」
「仲間が貴様にやられちまったんだからぁああ……ギャアア!!」
「ふぅ、殺気が駄々洩れよ」
騒ぎを聞きつけたのか、ティナが人狼を凍りつかせた直後に1人の兵士が駆けつけて来た。
しかしティナはその兵士の放つ異様な気配を見逃さなかった。
隙を付いたと勘違いし、男はティナが背を見せた瞬間に人狼の姿に戻り襲い掛かる。
だがそれはすべてを把握したティナの罠であり、ティナは振り向きざまにもう1体の人狼も氷漬けにしてしまったのだ。
「はぁ。人狼なんて所詮こんなものね。こんな単純な演技に騙されるなんて」
「ほんとう。こんな単純な演技に騙されるなんて、かわいいわね」
「っ!?なに……がぁ!?」
2体の人狼を倒したティナは、ほんの一瞬だけ警戒を緩めてしまったのだ。
その僅かな隙を付いて気を失っていたはずのウラがティナに襲い掛かる。
一瞬反応が遅れたティナが飛び退きながら振り返るも、ウラはティナの懐に侵入し強烈な拳をみぞおちにめり込ませたのだ。
完璧な一撃を貰ってしまったティナは刀から手を離し地面に倒れてしまう。
「ま、さか……あなたも……人狼……だったなんて……」
「人狼?私をそんな低俗な獣なんかと一緒にしないで貰えるかしら?」
「っ!?」
意識が途切れそうになってしまったティナは地面に這いつくばりながらウラをみあげる。
するとそんなティナの目の前でウラがその姿を変化させていったのだ。
蝙蝠のような大きな羽、先端の尖った耳に鋭い牙。
そして血を想起させるような美しくも禍々しい真紅の瞳……
「私の本当の名はカブラバ。お前たち人間とは格が違う優雅で誇り高いヴァンパイアよ」
ティナの目の前にたたずむは、伝説の怪物ヴァンパイアだったのだ。
大人になればコーヒーもわさびも牡蠣もおいしく食べられるようになると思っていたけど、それらの魅力が分かる大人にはなれませんでした




