人狼の出る街
前回のあらすじ:ティナからヘルステラの街で起きている連続失踪事件の話を聞かされたアレス。ティナの父親の信頼できる同行者を選べという条件に疑問を抱きつつも、アレスはティナと共にヘルステラの街へ赴くこととなったのだ。
「お待ちしておりました。アレス様」
「うおっ。やっぱすげえわフォルワイル家……」
ティナからヘルステラの街での失踪事件の解決を手伝って欲しいと頼まれたアレスは翌日の早朝にフォルワイル家の屋敷を訪れていた。
以前ローゲランス家の晩餐会に参加するために衣装を借りに来た時は人気の少ない裏口から入ったアレスだったのだが、今日は正面入口から堂々と訪問する。
そこには大勢の警備兵や召使などが立ち並び、あまりの光景に流石のアレスも動揺を隠しきれなかった。
「アレス!来てくれたか。こんな朝早くにすまないな」
「いえ、ティナ様のご使命ですからなんなりと」
「……」
「……ティナ様?」
「……」
「……はぁ。分かったよティナ。謝るから許してくれ」
「ふふっ、私に様付けはしない約束だからな」
周囲にフォルワイル家の人間がいるということでアレスはティナに畏まって話しかけたのだが、それに対しティナは一言も発すことなく笑顔のまま無言の圧を放った。
普段通りに接しないと絶対に反応してやらないというティナの固すぎる意思を感じ取ったアレスは仕方なくいつも通りの口調でティナに話しかけた。
「ティナ様。出発の準備が整いましたのでいつでも出発できます」
「ああ、わかった。その前に2人とも、彼に挨拶を済ませておいてくれ」
「かしこまりました。アレス様。この度ヘルステラの街に同行させていただきます。エメルキア王国軍本隊所属、べリア・ヘーフレムと申します」
「同じくジェーン・サレルデアです。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。よろしくお願いします」
出発の準備が整い、ティナは馬車に乗り込む前に今回ゼギンが用意した2人の同行者を紹介させた。
ゼギンの直属の部下に当たるエメルキア王国軍本隊に所属する2人の兵士。
軽く笑みを浮かべどこか浮ついた雰囲気を感じさせる深い緑色の髪の弓を装備した男性べリア・ヘーブレムと、対照的に表情から一切の感情が読み取れない真面目そうな雰囲気のピンクゴールドのショートヘアで杖を持ったジェーン・サレルデア。
そんな2人がアレスに挨拶を終えると、ティナは彼らに出発の指示を出した。
「それではティナ様。我々2人は外に乗りますので、ティナ様とアレス様は車内へお入りください」
「あら、1人は私たちの監視についていなくていいのかしら?」
「我々はゼギン様よりお二人の補佐を命じられているだけですので、そのような指示は受けておりません」
「そう……わかったわ。それじゃあヘルステラの街までお願いするわ」
「かしこまりました」
ティナは父親が同行者を2人付けたのは自分たちを監視するためだと考えていたのだが、ジェーンはそれを否定したのだ。
その言葉に少し驚いた様子を見せたティナだが、すぐに無表情を取り繕い馬車の中へ入っていった。
「それではティナ様、出発させていただきます。何かありましたら遠慮なくお申し付けください」
こうしてアレスとティナが馬車に乗り込んですぐ、馬車はヘルステラの街を目指し出発したのだった。
「はぁ~。よかった。ヘルステラの街まで監視付きだと思ってたからずっと憂鬱だったの」
馬車が走り出してすぐ、それまで真面目な表情を維持し続けてきたティナが背もたれに思い切り寄りかかり大きく息を吐いた。
密閉性がかなり高いこの馬車ならば走行中に中の会話の内容が2人に聞かれる危険性は少ない。
アレスも普段通りの姿になったティナに思わず笑みを零していた。
「俺たちだけの時と他の人がいる時じゃティナってほんと別人みたいだな」
「これでもフォルワイル家長女として体裁を気にしないといけないからな。アレスは今の私をだらしないと思うか?」
「いいや。貴族として振舞うティナもカッコいいと思うけど、素の姿のティアの方が俺は好きだよ」
「ふふっ、ありがとう。私もアレスたちといる時の方がずっと気が楽だ」
王都を出た馬車は2日以上をかけてヘルステラの街を目指す。
その間ずっと同行者に間近で監視されると思っていたティナのストレスは計り知れないもので、アレスと2人きりで移動が出来ると知ってから彼女はずいぶんとリラックスした様子だった。
「それじゃあヘルステラの街まではまだずいぶん時間がかかるが、今の内に今回の事件の詳しい話を説明させてもらうよ」
「そうだったな。事件の概要は聞いたけどまだまだ分からないことだらけだった」
「今回のヘルステラ大量失踪事件はまだ犯人の手掛かりがつかめていないと言ったが、実はある噂が広まっているんだ」
「噂?」
「そうだ。街の人や王国軍の何人かが街の中で狼の魔物を見たという話。その狼の魔物は普段は人間の姿に化け、夜な夜な狼の姿に戻り人間を攫って食べていると」
長いヘルステラの街への移動の間。
ティナは早めに事件の詳細をアレスに伝えようと知っている限りの情報を話し始めた。
いまだにその正体がつかめていない今回の失踪事件の犯人。
その正体は人間の姿に化ける狼の魔物……人狼ではないかという噂をティナは口にした。
「人狼か。でも確証は何もないんだろ?」
「ああ。だが大規模な捜査網が敷かれているこの状況で狼の魔物が発見されていないということはその魔物が人狼で、ヘルステラの街に居るということは間違いない」
「人狼がいるならその街で起こる失踪事件の犯人がその人狼だと考えるのが自然ってことか。それじゃあ街に着いたら人狼の捜索をすればいいってことか」
「いや、それだけじゃないんだ」
「なに?」
「実は今回私たちが事件の捜査に行くことになったのは、とある貴族家から援軍の要請があったからなんだ」
ティナは用意した試料をアレスに見せながら説明を続ける。
資料を見ながら話を聞いていたアレスに、ティナはその救助の要請をしたという貴族家の情報が書いた紙を差し出した。
「救助の要請をしてきたのはヘルステラの街で1番大きな貴族のジョルウェール家の当主モネラ氏。彼は私たちに娘を守って欲しいと言ってきたんだ」
「娘を守って欲しい……そんなことを言いだすってことは、モネラ氏は自分の娘が狙われるって確証があるのか?」
「ああ。今回の大量失踪事件。攫われた人は年齢も性別も様々だと報じられているが、実は18歳の美しい女性が明らかに多く被害に遭っているんだ。そしてモネラ氏の娘のウラ・ジョルウェール。彼女は街でも1番の美女だとされていて、ちょうど4日後に18歳になるというんだ」
今回の失踪事件で1番多く被害に遭っていたのは18歳のとても美しい見た目をした女性。
モネラ氏は街で1番の美貌を持つと言われている自分の娘のウラがもうすぐ18歳となるということで、18歳になってすぐに犯人に狙われるんじゃないかと不安で仕方がなかったのだ。
「モネラ氏は2か月前に2人の息子を失踪事件で失っている。だから娘のウラ氏が狙われるかもしれないとなってその恐怖に耐えきれなかったんだろう」
「2か月前……モネラ氏の息子さんは失踪事件が発生してすぐに行方不明になったってことか」
「ああ。だからウラ氏が狙われる可能性は高いと王国軍は睨んでいる。私たちはウラ氏を守りながら一刻も早く犯人を捕まえなければいけないんだ」
「そうか……うん?ちょっとまて。ティナ、お前も今18歳じゃねえか」
モネラ氏の娘を守りながら犯人を捕まえなければいけない。
今回のミッションを把握したアレスだったのだが、その時自分の目の前にいるティナも失踪事件の犯人に1番狙われている18歳であるということに気が付いたのだ。
「18歳の美しい女性、完全にお前もターゲットだろ」
「ふふっ、君に美しいと言ってもらえるなんて嬉しいな」
「喜んでる場合じゃねえぞ」
「まあ、自惚れるつもりはないがそのことは私も理解している。だからこそ父上は囮を兼ねて私をヘルステラの街へ行かせたんだろう。犯人が18歳の女性に目がなければ私が王都に帰る前に襲ってくるはず。犯人確保の可能性があがるからな」
「娘を囮か……関心は出来ないな」
「大丈夫だ。私はそう簡単にやられはしないし、それにいざとなったら君が守ってくれるんだろ?」
「当然だ。お前には何人たりとも指一本触れさせねえ」
「本当に頼りになるな、君は。一緒に来て貰って正解だったよ」
ティナが襲われる危険性を聞かされたアレスは必ず彼女を守ると誓ってみせた。
そんなアレスの覚悟と優しさを目の当たりにし、ティナは心の底から嬉しそうに微笑んだのだった。
「そういう訳だから、ヘルステラの街へ着いたらジョルウェール氏の屋敷へ行って今後の詳しい作戦を立てる。頼りにしてるよアレス」
「わかった。それまではゆっくり英気を養うとするよ」
「そうだな。向こうに着いたら忙しくなりそうだから、今の内にのんびりとした馬車の旅を満喫してくれ」
一通り書類に目を通したアレスは今から気を張り詰めても仕方がないと書類を目の前の机に置きうんと伸びをしてみせる。
そんなアレスを見てティナも書類を置いた。
「なんだかこうしているとただの旅行をしている最中に思えるな」
「旅行か。ティナはよく旅行とかに行くのか?」
「まさか。フォルワイル家の公務で遠方へ赴くことはあるが、家の人間が傍に居るおかげでとても旅行という気分にはなれなかったよ。アレスはどうだ?」
「俺もないなぁ。王族の時は王都から全然でなかったし、教会へ行ってからは貧乏過ぎて絶対に旅行なんてありえなかったから」
「そうか。それならいつか皆で旅行に行かないか?もちろんソシアもジョージも誘って。きっと楽しい旅になると思うな」
「俺マジでお金ないんだけど……」
「それくらいは私に任せてくれ。君がいないと旅行に行っても楽しめないだろうからな」
「いいのか?それならぜひ行ってみたいな」
「ああ、行こう!実は私、前から少し行きたいと思ってたところがあるんだが……」
ヘルステラの街へはまだ2日以上かかる。
アレスとティナは2人だけの空間で何の遠慮もなく楽しい時間を過ごしたのだった。
なんだこれ話が進んでないぞ




