音もなく忍び寄る悪意
前回のあらすじ:王国軍の金将グラウスをうっかり圧倒してしまったアレス。プライドを傷つけられたグラウスは怒り狂いアレスに襲い掛かったのだが、なんとそれを止めたのは王国軍に所属しているアレスの実の兄だったのだ。
「久しぶりだなアレス。何年ぶりだ?」
「ボレロ兄様!?」
アレスに斬りかかる寸前だったグラウスを止めたのは、王国軍銀将……アレスの実の兄であるボレロ・ロズワルドだったのだ。
「ボレロ様!!グラウス様は……」
「グラウス様は我を失いハズヴァルド学園の生徒に明確な殺意を持って剣を振るおうとした。よって王国軍本部へ連れ帰る。お前ら、すぐにグラウス様を連れていけ」
「はっ!ボレロ様は?」
「俺もすぐに行く。先へ行っていろ」
ボレロは動揺する部下たちに指示を出し、問題行動を起こしたグラウスを王国軍本部へ連れ帰るよう命じた。
戸惑いながらも兵士たちはグラウスを担架に乗せて運んでいく。
そして兵士たちがいなくなった後、ボレロは再びアレスの元に戻ってきたのだ。
「王国軍の一員として金将グラウスの問題行動を詫びたい。悪かったな」
「それは大丈夫だけどよ……」
「ん?どうしたんだアレス?」
「いやさ、ボレロ兄様は父さんや母さんみたいに俺を恨んでないのかよ」
「別に何とも。王国軍に居た俺は父上や母上と違って王族になった恩恵も平民に落とされた苦労も味わってないからな。恨んだりはしてないよ」
「そうなのか?」
「まあ……俺も兄上もそうだったが。お前が剣聖のスキルを持ってると判明して王族になったと聞かされた時はいい感情は抱かなかったよ。ロズワルド家の地位を向上させるようなスキルじゃないと早くから王国軍養成学校に送られて、父上や母上を見返そうと必死で努力して王国軍で成り上がってやろうって考えてたのにお前は何の努力もなく最高の出世街道が確約されたんだからな」
今ではハズヴァルド学園には平民でも比較的容易に入れるようになっていたが4年前以前は入学金がとても高く、貴族と言っても下流であまり余裕のなかったロズワルド家は子供をハズヴァルド学園に入学させることが難しかった。
そのためアレスの父親は優秀なスキルを獲得できなかったボレロを10歳で王国軍養成学校へと送り込んだのだ。
ロズワルド家が王族となった時、ボレロも兄も一般兵をやめアレスたちと同じ優雅な暮らしをすることは一応可能だった。
しかし2人のプライドがそれを許さず、父親と母親が2人を連れ戻そうとしなかったことから2人は今まで王国軍であり続けたのだ。
「もしもお前が剣聖のスキルを持ったまま王国軍総軍団長にでもなってたら多分俺はお前を嫌ってただろうな。だけど大人になる前にスキルを失って家を追い出された弟を嫌うほど嫌な兄でもないさ」
「そっか……なんか、ちょっと安心したかもしれない。嫌われるよりそっちの方がいいからな」
「だがそれにしても聞いたぞお前。訓練とはいえあのグラウス様に勝ったんだろ?剣聖のスキルがあるならともかく、スキルのないお前がとんでもないな」
「あー……そうだな。俺も家を追い出されてからいろいろ苦労したからな」
グラウスを圧倒したことに驚くボレロにアレスは冷汗をかきながらスキルのことを誤魔化した。
今のボレロはアレスに対して負の感情を抱いていないとはいえ、剣聖のスキルが戻っていることを伝えればどうなるか分からないからだ。
「あれがアレスの兄貴か」
「ロズワルド家の次男、ボレロ・ロズワルド様。鉄拳のボレロの名で知られる王国軍銀将ですね」
「ほへぇ~。アレスの家って思ってたよりすげえんだな」
「それじゃあアレス、俺はもう本部へ戻らせてもらう。久しぶりにお前の顔が見られてよかったよ」
「待ってくれボレロ兄様。一つだけいいか?」
「うん、どうした?」
「実はちょっと気になってることがあって。今、メーヴァレア遺跡は王国軍が調査のために立ち入り禁止にしてるだろ?俺が戦った女の姿をしたカラクリ人形……あれについて何か分かったことがないか知りたいんだ」
ボレロはアレスの顔を見て満足したようで王国軍本部へ戻ろうとしたのだが、そこでアレスはボレロを引き留めあることについて質問したのだった。
それは依然アレスがメーヴァレア遺跡に潜った時に戦闘になった呪いのメイド人形について。
停止していた罠が作動した件も含めて今メーヴァレア遺跡は王国軍の調査が入っている状況なのだが、偶然王国軍の人間と話す機会を得たということでアレスはそのことについて少し聞いてみたくなったのだ。
「その話は軍の機密情報なんだが……」
「機密にするほどの何かが判明したってことか?」
「……。悪いがメーヴァレア遺跡の件について話せることはない。ただ一つだけ……お前たちはサンドスネークの牙を採取するためにあそこに行ったと軍の事情聴取で話したそうだな」
「ああ」
「本来サンドスネークは学園近くのダンジョンにも生息しているはず。だが周辺の洞窟ではなぜかサンドスネークの姿が消えていたと。その件についても軍が調査をしたんだが……サンドスネークが出るはずのとあるダンジョン周辺で、巨大な魔道具らしきものを運搬する怪しげな集団を見たという目撃情報があったんだ」
「なに?」
「俺が話せるのはここまでだ。それじゃあ俺はもう行くからな」
「そうか。ありがとうボレロ兄様」
メーヴァレア遺跡の調査の内容についてはボレロは一切情報を明かさなかった。
しかしボレロは一つ興味深い情報をアレスに伝えその場を去っていったのだ。
(正直情報が足りなさすぎるが……何か普通じゃないことが起きているような気がする)
「なあアレス、一体何の話だ?」
「もしもサンドスネークが出現しなくなったのがその怪しげな集団のせいだとしたら、アレスさんが話してくれたカラクリ人形もその集団のものということですか?」
「想像の域は出ないが、ボレロ兄様がわざわざそのことについて話したということは少なくとも軍はその可能性があると考えているってことだな」
詳しい話は聞けなかったが、アレスはあの呪いのメイド人形がメーヴァレア遺跡のトラップの一部ではなく何者かの意志によってけしかけられたものであるだろうと考えたのだった。
その意図はまだ分からない。
それでもアレスは直感でとんでもないことが起こりそうだと身震いしたのだった。
何か悪いことが起きるのではないかと考えたアレスだったが、すぐに異変が起きるなんてことは当然ありえない。
グラウスがアレスに負けたという騒ぎもすぐに収まり、学園には平穏な日常の空気がながれていた。
「おいソシア、いるか?」
「レハート先生!」
そんな穏やかな日が数日続いたある日のこと。
ソシアが教室で次の授業の準備をしていると、担任のレハートが職員室から戻ってきたのだ。
「前に話してたスフィアに魔法の指導をお願いするってやつだが、さっき返事があってOKだとよ」
「っ!!それじゃあ……」
「ああ。騎士団への仮入団ってことで学園の成績にもできるようになったから、存分に学んで来い」
「ありがとうございます!」
「やったなソシア。頑張って来いよ?」
「うん!頑張るよアレス君!」
以前レハートが話していたミルエスタ騎士団の団長に魔法の指導をお願いするという件について、ついに騎士団と学園の許可が下りたということで学びに行くことができるようになったのだ。
またとないチャンスにソシアは少し緊張しながらも成長の機会を逃さないよう気を引き締める。
「それで先生、いつからスフィア様に指導をして貰えるんですか?」
「今日だ」
「……え?」
「すぐにでも頼むって言ったら本当にすぐ来ていいよって言われたんで今日にしといた」
「ええ!?」
「だからソシア!ミルエスタ騎士団の団長様を待たせないように急いで行ってこい!!」
「ええええ!?」
「んな無茶苦茶な」
ミルエスタ騎士団に行くということでしっかりと準備をしたいと考えたソシアだったのだが、レハートは今すぐに行けと驚くべきことを口にしたのだ。
「あの、この後の授業は……」
「学園の授業より騎士団団長の指導の方が大切に決まってんだろ。さあ行け!!」
「は、はいぃ!」
レハートの無茶苦茶な指示に、ソシアは紹介状を受け取ると慌てて教室を飛び出していったのだ。
(レハート先生がちょっとおかしいのは分かってたけど、スフィア様もだいぶ変わった人なんじゃないか?)
アレスは慌てて飛び出していくソシアを眺めながらOKを出した当日にいきなり指導をするから来てもいいと言ってくるスフィアにそんな疑問を浮かべたのだった。
しかしミルエスタ騎士団の団長スフィアが王国軍の団長をも差し置いてこの国最強の魔導士と呼ばれる人物なのは紛れもない事実。
そんなすごい魔導士の元で魔法を学べるということで、ここ最近ずっと魔法のことで悩んでいたソシアでもきっと何かコツをつかめるだろうとアレスはどこか安心した気持ちになっていた。
「ソシア……なんであんなに慌ててたのよ……」
「おん?ティナじゃねえか。久しぶりだな」
ソシアが教室から飛び出したほんの少し後のこと。
慌てた様子のソシアとすれ違ったのか、少し困惑した様子のティナがアレスのいる教室に姿を現したのだった。
「ええ、本当に久しぶりな感じ。嫌いなやつの傍にいたせいかしら」
「嫌いなやつ……ってことはスキルの特訓は順調だったらしいな」
ティナは以前地獄穴の戦いでスキル使用の負荷に耐えきれず倒れてしまった経験をし、今までその弱点を克服すべくフォルワイル家の屋敷を修行をしていたのだ。
武力を売りにするフォルワイル家の屋敷ならば戦いの相手には困らない。
さらにティナがわざわざ苦手だと言う人物ということは、それが特訓相手としては相応しい人物と特訓を行えていたということに他ならない。
「そうね。まだ完璧じゃないけどスキルを使った戦闘にもかなり慣れてきたわ」
「いいね。またお前とダンジョンに潜れるのが楽しみだよ。だけど今日は何か用事があってきたんだろ?」
不本意ながら質のいい特訓をすることが出来たティナ。
アレスはまた彼女と共にダンジョンへ行くことを楽しみにしていたが、自分と会話をする彼女がどこか真面目な雰囲気を感じさせることから何か特別な用事で自分を訪ねてきたことに気が付いたのだった。
「よくわかったわね。実はその通りで、アレスにお願いがあってきたの」
「もちろんティナの頼みなら断らないさ」
「ふふっ、ありがとう。それでその頼みたいことっていうのが、私と一緒に失踪事件を解決して欲しいの」
アレスと話すうちに表情が和らいできたティナはさっそくアレスに本題を切り出した。
それは失踪事件の解決の依頼というとても重大な話だったのだ。
なんか話がスッカスカでは?アレスの兄を登場させたわりに役割が薄すぎるし……
本当はもっといろいろ話させたかったのにキャラが動いてくれなかった。ひとえに私の実力不足のせいだが




