スキルを持たない下民
前回の簡単あらすじ:冒険者になるためにハズヴァルド学園へやってきたアレスはクラスメイトの女の子が貴族の男子生徒から暴力を振るわれそうになっていた所に間一髪で割って入ったのだ
「なんだ、お前は?」
怒りのままに女子生徒を殴りつけようとしたバンドの腕をすんでのところで駆け付けたアレスが掴んでいた。
突如現れたアレスに女子生徒やバンドだけでなく、それを見物していた周囲の生徒たちも驚きと困惑でざわめきだした。
「こんなに必死に謝ってるんです。何も殴ったりしなくてもいいじゃないですか」
「……ふむ、その紋章は。なるほど、お前はその女のクラスメイトか」
「とっさに駆け付けたんで相手が誰だったかなんて関係なかったですよ。それよりも、もう許してあげてもいいんじゃないですか?」
「はっ!お前は何か勘違いをしているようだな」
あくまで事態を穏便に済ませようとするアレスに対し、バンドは掴まれていた腕を振りほどき高圧的な態度を崩さなかった。
「今はもうその女がぶつかってきたことはどうでもいい。ただ雑魚スキルしか持たないゴミの分際でこの学園にやってきたことが気に入らないんだ」
「ゴミ……だと?」
「そうだろう!?ゴミみたいなスキルしか持たないような奴がウィーベル家の長男であるこの俺と同じ学園に通おうなんて身の程知らずにもほどがあるんだよ!!」
「彼女をこの学園に入学させたのは学園の判断でしょう。それをお前がとやかく言う資格はないんじゃないか?」
「なんだ貴様、その目は。この俺様にそんな無礼な態度をとるお前は、一体どこの誰でどれだけ大層なスキルをお持ちなんだ?」
「俺はただのアレス。スキルなんてものはねえ」
「スキルがない!?」
バンドにどんなスキルを持っているかと問われたアレスがスキルを持っていないと答えると、周囲の生徒たちはアレスをバカにするようなことを囁きだした。
バンドも同様にスキルがないという事実に驚愕していたのだが、すぐにアレスという名前についてあることを思い出したのだ。
「いやちょっと待て。スキルがなくてアレスって名前と言えば……お前まさか、昔剣聖のスキルを失って王族から下民に落ちたあのアレスか!?」
「……俺のこと知ってるのか?」
「ああ、当たり前だろ!?運よくあの大英雄ラーミア様と同じ剣聖のスキルを授かったはいいものの、剣聖の器じゃなかったせいである日突然スキルが消えちまったって言う前代未聞の野郎だからな!」
(なんだ?ある日突然スキルが消えたって。なんでこんな事実と違う話を……)
バンドの口から聞かされたロズワルド家の王族追放の話は事実とは異なるものだった。
恐らく王宮に族が侵入したという失態を隠したい王族が流したデマであろう。
しかし今の自分が真実を語ったところで誰も信じてくれるはずはない。
バンドを含め、周囲の生徒たちの大半は事実と異なる噂を信じアレスをバカにする笑い声をあげる。
アレスの背に匿われた女子生徒はその様子を見て自分を助けたせいでアレスが皆の笑いものにされてしまったこの状況に酷く心を痛めていた。
「ぷははは!まさかあの有名なアレス君にこんなところで出会えるなんてなぁ。もし俺が君の立場なら恥ずかしくて人前になんて出てこられないよ」
「俺をバカにして気は済んだか?ならもう彼女は許してあげてくれ」
「いやだめだね。むしろお前というより酷い無能が増えたことで俺は最悪な気分なんだ。二人まとめてこの学園から消えてくれよ」
「くそ、面倒くさいな。じゃあなんだ?俺がお前よりも有能だってことを示せばこの学園から……」
「はぁ!?なんで、なんでアンタがここに!?」
より事態が面倒くささを増していったその時、突然人だかりをかき分けて一人の女子生徒が二人の会話を遮ったのだ。
その女子生徒はバンドと同じクラスの紋章を付けた身なりの整った女性であり、アレスと同じ赤い髪に頭頂部の特徴的なくせ毛からアレスはその女性の正体にすぐに辿り着くことが出来た。
「お前……まさか、マリーシャか?」
現れたのはアレスの双子の妹であるマリーシャだったのだ。
マリーシャとは両親に追い出されてからずっと会っていなかったアレスだが短時間でそれが自分の妹だと気が付いた。
久しぶりの妹との再会に一瞬表情が緩みかけたアレスだったが、すぐにマリーシャが放つ異様な雰囲気に気が付き眉をひそめたのだ。
「なんで。なんでなんで!!なんでアンタがアタシの前に姿を現してんのよ!!」
「別にお前に会いに来た訳じゃないぞ?それに久しぶりに会った兄に対してなんて目つきだよ」
「兄……?ふざけるなよ?アンタのせいでどれだけアタシたちが苦労してきたと思ってるんだ?アンタのせいで……アンタのせいで……」
「おい貴様!いきなり出しゃばって来て俺様を無視するな!」
「え、あ、あの、本当に、もう許してください……」
「俺はあの日の出来事を全部俺のせいにされてるのマジで納得いってないんだけど……」
「黙れぇ!!全部全部、アンタのせいだろうがぁあああ!!」
「は!?」
「おいこの女まじか!?」
「きゃあ!!」
アレスの顔を見てとてつもない怒りを振りまくマリーシャは、なんとあろうことか学園の正面通りで巨大な爆裂魔法を放ったのだ。
それは自身を巻き込むことを考慮していないような明らかに大きすぎる火球。
マリーシャが掲げた爆裂魔法の輝きが周囲を照らしたのと同時、それはアレスめがけて高速で放たれたのだ。
ドォオオオオオオオン……
マリーシャが放った爆裂魔法が着弾し、辺りにはその爆音が響きわたり黒い煙が立ち上った。
しかしそれはマリーシャが出した巨大な火球には明らかに見合わない小規模すぎるもの。
「あっぶねぇ……一瞬死んだかと思ったぞ」
爆裂魔法が着弾したはずの地点には、教会から持参した何の変哲もない鉄の剣を構えるアレスの姿があった。
「嘘でしょ……私の魔法を相殺したの?」
周囲が吹き飛んでいてもおかしくなかった魔法をアレスはたった一太刀で相殺し、怪我人はおろか周囲の地面や街灯にも一切の被害を出さなかったのだ。
「す、すごい……」
「ほう。ただの無能、という訳ではないらしいな……」
その光景にアレスが助けた女子生徒はもちろん、アレスを見下していたバンドまでもが驚きを隠せなかった。
「マリーシャなあ。俺だったからよかったものの、普通の人だったら間違いなく死んでるぞ?」
(つーかマジでやばかった。あの威力の魔法を一瞬で放つなんて。これがマリーシャの例のスキルか)
「……ば、バカね!アンタじゃなきゃ攻撃なんてするわけないじゃない!」
「まったく。まさか妹からここまで嫌われていたなんてね」
「っ!!だから、今更家族ぶらないでって言って……」
「あなたたち!!一体何をしているのですか!!」
「っ!?こ、この声は!?」
「貴方は、ベンベルト教頭!!」
「!?」
爆裂魔法により騒ぎがより複雑になりかけてたその時、その場にいた全員がたじろぐような大きな声があたりに響き渡ったのだ。
全員がその声のした方に急いで視線を向けると、そこにはこのハズヴァルド学園の教頭であるベンベルトの姿があった。
(教頭!?やべぇ……)
(ウィーベル家の長男様についてればいろいろと美味しい思いが出来るって思ってたのに……しれっとこの場を離れよう)
ベンベルト教頭の姿を見たバンドの取り巻き二名は己の危機を察知し静かにバンドから距離を置き始めた。
だが当然バンドを含む問題の中心人物である四名はベンベルト教頭にしっかりと補足されており逃げることは叶わない。
「あなたたちは今年の新入生ですか。入学早々何をしているんです?」
「申し訳ありませんでした、ベンベルト教頭。この騒ぎは全てあそこにいる剣を持った下民の仕業でして……」
「おいちょっと待てぇ!俺が剣を振り回すヤバいやつみたいなこと言うな!」
「ま、待ってください教頭先生!この騒ぎは私が前を見ていなかったせいであの人にぶつかっちゃったのが原因で……」
「それで一体どうしてこんな騒ぎになるんですか。理由は何であれ、学園内での規則に則らない戦闘行為は禁止されていますよ」
「ああ、そうですね。確かに生徒同士で起こったトラブルは学園の規則に則って解決するべきですよね?」
「あん?お前何言ってんだ?」
ベンベルト教頭が騒ぎの解決を勧めようとする中、バンドは先ほどまでの荒々しい様子とは打って変わって理性的でさわやかな雰囲気でアレスに話しかけたのだ。
「このハズヴァルド学園では生徒同士の意見が衝突したときにはルールに則った様々な対決で決着をつける決まりがある」
「いや待て。意見の衝突って言うよりはお前の単純な暴力って言う学園の規則違反が……」
「そ・こ・で!!僕は君たちに正式に決闘を申し込ませてもらうよ!」
「勢いで押し通すつもりかこの野郎」
「洞窟に潜りどちらが指定された素材を回収できるか、という勝負をしようじゃないか!」
「……はい?」
バンドが提案したのはこのハズヴァルド学園にある『生徒同士の意見の衝突があった際は双方が納得した条件で決闘を行い、その決闘に勝利した者の意見を尊重せよ』という決まり。
ベンベルト教頭の前ということで優等生の皮を被ったバンドは丁寧な口調でその決まりを用いて問題を解決しようというのだ。
(急に何のつもりだ?こいつのさっきの様子なら直接の戦闘で俺をボコボコにしたいとか考えてもおかしくなさそうなのに。洞窟での素材回収?俺がさっきマリーシャの爆裂魔法を相殺したのを見てびびったか?)
「さあ!決闘を受けますか!?」
(だが穏便な方法で問題を解決できるならそれに越したことはない。ここで断ってのちのち厄介な因縁付けられても面倒だな……)
アレスは突然のバンドの提案に、その意図が読み切れず考え込んだ。
しかし思いがけず相手から提案された問題をできる限り穏便に片づけられる方法だと考えたアレスは、仕方がなくその決闘を受け入れることにした。
「いいぜ、その決闘乗った」
アレスが決闘を受け入れると周囲の生徒たちは分かりやすくざわめき始めた。
この大勢の生徒の前で決闘を受け入れたのだ、正式な決闘として逃げることは叶わないだろう。
面倒なことになってしまったと小さく息を吐いたアレスに対し、バンドは何かよからぬことを考えている様な不気味な笑みを浮かべたのだった。
「そうそう。決闘の件はともかく、学園内で騒ぎを起こし、剣を抜くどころか爆裂魔法を使用した件は今からじっくり話を聞かせてもらいますよ」
「え?」
(やばっ……)
「仕方がありませんね……」
(入学早々なんてことに……どうしよう、お父ちゃんお母ちゃん……)
「そ~れ~と~。私が来てすぐにしれっと野次馬に混じったそこのお二人?」
「げぇ!?」
「バレてた!?」
「あなた方にも当然、話を伺いますよ?」
こうして決闘の件は別として、アレスたちはベンベルト教頭から厳しい取り調べを受けることになってしまったのだ。