グレイ・ノクスホープ
「いやぁああああ!!見ないでぇ~!!///」
洞窟内に響き渡ったグレイの甲高い悲鳴。
魔物の襲来があったにもかかわらず、ロイたちの意識は完全にグレイに向かうことになってしまったのだ。
(ぐ、グレイさんって女性だったんですか!?)
(というかなんで……)
(強制的に視線を外された!?)
グレイが女性であったこと、突然すさまじい悲鳴を上げたこと。
それらは確かに彼らに少なからぬ動揺を与えたのだが、真に異様だったのは、その悲鳴が響いた瞬間にロイたちの視線がまるで何者かに掴まれたかのように強制的にグレイから引き剥がされたことだった。
それはグレイの『見ないで』という言葉に反応したとしか考えられないこと。
「キシャァアアア!!」
「はぅ~……」
(まずい!あの魔物が野放しに!)
グレイの叫びにより彼女がいる方向から視界を外されたロイたち。
その隙にメルトスパインはその場に座り込んでしまっていたグレイに襲い掛かる。
「ロイさん!そこを離れて!」
「ッ!?」
(爆凍……アイスフレア!!)
視界を制限されたロイはメルトスパインの動きに対応することが出来なかった。
だがその時、すでに走り始めていたティナがロイに警告を告げると、メルトスパインの叫び声を頼りに氷の斬撃を放ったのだ。
「キィイイ!!」
ティナが放った斬撃は、かろうじてグレイには命中せずメルトスパインの体を凍てつかせる。
「お手を煩わせてしまい申し訳ありませんティナ様!」
「問題ありません。見ないで……やっぱり目を閉じていれば動きは制限されないようだな」
グレイを見ることが禁止されていたと即座に理解したティナは、目を閉じて魔物を正面に捉えることに成功していたのだ。
グレイを巻き込まないかは少々賭けではあったが、何とかその賭けに勝ったティナは安堵の様子で息を吐きながら刀を鞘に収める。
「皆何してるの!早く手当てを手伝って!!」
だが落ち着いていられたのもつかの間。
応急処置を続けていたソシアがティナたちに手当ての続きに戻るよう強い口調で叫んだのだ。
回復魔法の効き目にも限度があるため、最低限の応急処置は欠かすことはできない。
「す、すまない!」
「すぐに戻ります!」
それを聞いたティナとロイは即座に怪我人の元に駆け付ける。
「人手が足りないんです!!グレイさんも早く!!」
「えっ、え!?わ、私も!?」
「人の命がかかっているんですよ!早くしてください!」
「は、はいぃ!!」
戸惑うグレイであったが、ソシアの有無を言わせぬ言葉に怯えるように動き出した。
こうしてソシアは大怪我をしていた4人の手当てを進めていき、なんとか全員の一命をとりとめることに成功したのだった。
「それで、グレイさん……でいいんですよね?いろいろと話を聞かせてもらえませんか?」
手当てをした4人を安静にした後、ジョージたちはそのすぐ傍で焚火を囲み、グレイから話を聞こうとしていた。
焚火の火はグレイがダンジョンに長期間潜るために携帯していた炭を利用し、怪我人を川から引き上げる際に冷えた体を温めながら状況整理を行う。
「えっと……あの、その……」
「何か話せない事情があるんですか?」
「ひぇ!!すみません!ぜ、全部話します!」
先程の怒号でソシアに恐怖心を抱いたグレイは、強く聞かれていないにもかかわらず怯えたように口を開いた。
「わっ、わた……私は、その……このダンジョンを調査に来ていて。そしたらさっき……川に流されてきたヴィオラ様を見つけて、ダンジョンを出ようとしていたんです……」
「ヴィオラさん!無事だったんですか!?」
「それで!ヴィオラはどこですか!?」
「ひゃぅ~……そっ、そんなに詰め寄らないでぇ~……」
グレイの口からヴィオラの名前が出た途端、ティナたちの顔に活力がみなぎった。
もしかしたらこのダンジョンにはいないかもしれない。
……いや、最悪の場合はもうヴィオラは死んでしまっているんじゃないか、という考えも頭によぎっていた彼女たちは、ヴィオラが生きていたことに喜びを隠し切れなかったのだ。
「で、でも……メルトスパインに襲われて。そしたら急にヴィオラさんが1人でどこかに行ってしまったんです……」
「なんだって!?」
「ヴィオラさん……いったいなぜそんなことを……」
「それでメルトスパインを倒してからヴィオラさんを探してたんだけど……そ、そしたら皆が居て……」
「なるほど。そういうことでしたか」
「それじゃあ!グレイさんも、一緒にヴィオラさんを探すのを手伝ってくれませんか!?冒険者ギルドの人が一緒なら私たちも心強いですし!」
「そ、そんな~!兜が無くなった私なんて何の役にも立ちませんから……」
グレイはそう言うと恥ずかしそうにしながら顔を両手で覆ってしまった。
「えっと。鎧が何かスキルと関係してるんですか?」
「いえ。グレイ様のスキルは鎧とは無関係でしょう」
「それじゃあなんで……」
「それは……その、実は私、あんまり人と話すのが得意じゃなくて。顔を隠してないと、恥ずかしくてうまく力が出ないんです///」
「それでさっきは見ないでと叫んだんですか」
「ほんとうはこうやって人と喋ることすら苦手なのに……喋らないとソシアさんにまたどやされるから~……」
「えぇ!?私ですか!?さっきのは人命にかかわることだったからつい強い口調になっただけで……」
一度もティナたちと顔を合わせようとしないグレイだったが、その中でも特にソシアが座っている方向へは何度も怯えた様子を見せていたのだ。
「その鎧は……他人と目線を合わせないように、会話を避けるために着ていたんですか?」
「はい……私の家は代々戦うことを義務付けられた家でして……」
グレイの実家、ノクスホープ家は代々騎士団になることが定められた名門の貴族家だった。
グレイはその中で戦闘の素質はあるものの、極度の恥ずかしがり屋で精神面で大きく劣っていると言われてきた。
「そんなある日、鎧で全身を覆えば、人の目が怖くなくなるんじゃないかって思ったんです」
「これはまた極端な……」
「でも、そのおかげで冒険者として成功……あれ?冒険者?」
「はい……鎧を着てれば人の目は気にならなくなったんですけど……それでも騎士団の仕事には人と話さなきゃいけないことが山ほどあって」
鎧を着ることで他人と目を合わせなくてもよくなったグレイ。
しかし騎士団では集団行動が基本であり、点呼や報告、さらに階級が上がれば部下とのコミュニケーションを取らなければいけない。
「それでどうしても私に騎士団は無理だって……でも、そんな私でもギルドマスターは居場所をくれたんです」
「冒険者ギルドなら騎士団や王国軍に比べて人と話す機会も少ないですからね」
「冒険者ギルドは歴史も浅く、規則や統率面で王国軍と騎士団に劣ると言われているが……自由な分、より多くの人の才を受け入れる器となっているのかもしれないな」
騎士団がどうしても彼女に合わないということで、グレイは冒険者になる道を選んだのだ。
もちろんノクスホープ家からすればそんな選択肢は認めることはできない。
ただ本筋の人間が戦闘以外の道に進むよりはマシだと考え、半分絶縁状態ながらグレイは今も戦いの道を歩んでいた。
「……そ、そうです!私はこんな情けない性格だけど、それでも誰かを助けてくて冒険者ギルドに入ったんです!だから、私も皆さんとご一緒してヴィオラさんを探します!」
ソシアたちに自分の身の上話をしているうちに、グレイは自分が冒険者になった理由を思い出し勇気が湧いてきたのだ。
1人で行動したいと考えていたグレイだが、思い切ってソシアたちのヴィオラ捜索を手伝うと申し出ることになったのだ。
一方その頃。
グレイたちとは離れた洞窟の奥深く。
そこに完全に道に迷ってしまったヴィオラがいたのだった。
「はぁ……はぁ……」
(どうしよう。どこから来たのかわからなくなっちゃった……)
グレイに背中を見られることを恐れ、無心で逃げ出してしまったヴィオラ。
ただでさえ暗い洞窟の中で道を覚えることは困難であり、ヴィオラはグレイを見つけることが出来なかったのだ。
(私のバカ……せっかくグレイさんが助けに来てくれたのに……こんなことしてバカなだけじゃない)
怪我はほとんど治っていたヴィオラだったが、武器もなく、もっていたのは頼りない松明の明かり1つだけ。
食糧もポーションもなく、まだ乾ききっていない制服はヴィオラから体温をどんどん奪っていく。
(このままじゃ……間違いなく死ぬ。魔物か……そうでなくても疲労と空腹でそう長くは動けない)
ヴィオラの脳裏にゆっくりと死の気配がにじり寄っていた。
(私が死ねば……この刻印はどうなるの?主人が死ねば消えるとは聞いたけど……もし、私が死んでもこの刻印が残ったままなら……)
己の死が近づいていることを感じていたヴィオラは、もし自分が死んだときに背中の奴隷の刻印が消えなかったら……ということを考えていた。
誰かが自分の死体を発見した時に、この刻印を発見したらどう思うか。
死んだ後にヴィオラ・バルシュテインは誇り高い貴族ではなくただの奴隷だった……そんな話が広まったらと考えると、ヴィオラの呼吸は荒くなっていった。
(そうなるくらいなら……魔物に殺されて誰にも発見されないほうが……)
「……嫌。そんなの……死にたくない……」
自分の死後、奴隷の刻印を見られるくらいならば自ら魔物にこの身を食わせる……
そんな考えが一瞬頭をよぎったヴィオラだったが、死の恐怖がヴィオラの心を打ち砕いたのだ。
やはり死にたくない……死ぬのは怖い……
(この松明が消える前に……どうにか。グレイさんと合流するしか……)
「ヴィオラ!!」
「ッ!?」
死の恐怖にかられヴィオラが再び歩き出したその時、暗闇の中から聞き馴染みのある声が聞こえてきたのだ。
「ヴィオラ!無事でよかった!」
「アレス、さん……?どうしてここに……」
「どうしてって。お前を助けに来たからに決まってるだろ」
目の前に現れたアレスが本物かどうか、現実を受け入れられないヴィオラにアレスはいつも通りの表情を向ける。
それが頼れる救助がやってきたのだと確かな実感を与えた。
「ああ、本当に……ありがとうございます!」
「っ!ヴィオラ!?」
アレスの顔を見たヴィオラは、感極まり思わずアレスに抱き着いてしまったのだ。
死の恐怖に怯えていた冷たい体に、生を実感させる温もりがヴィオラの心に染み渡る。
(ああ……少し前まで憎いとさえ思っていたはずなのに……今ではあなたの声を聞いただけで心の底から安心しきってしまっている……)
数か月前までは平民のアレスが自分の成績を超えるなどありえないと、最悪殺してしまっても構わないとまで考えていたヴィオラ。
しかし今ではすっかり心の底から信頼できる相手になってしまっていたと、自分でも驚きながらその現実を抵抗なく受け入れていたのだった。




