愛を与えられる者と愛を与えられなかった者たちと愛に気付いてしまった者
前回のあらすじ:不死身の肉体をもつ敵に苦戦するアレス。全滅を覚悟したその時、オーガキングのスキルを覚醒させたネオンが起死回生の一手となるのだった。
「……。こ、こは……?」
部屋に差し込む柔らかな光と嗅ぎ慣れない植物のような匂いで目を覚ましたティナは、ゆっくりと辺りを見回しボーっとする頭で自身が置かれた状況を理解しようとした。
(私は……さっきまで洞窟の中にいたはず……アレスと合流しようとして、化け物と出会って……そこで私は気を失って……あれから一体どうなったの?ここは一体どこ……?)
ティナが寝ていたのは自身が育った屋敷とはすべてが異なる雰囲気の部屋だった。
露出した木の柱や木目模様を生かした天井に、扉には日の光を取り入れるためなのか紙が貼られており差し込む光が柔らかく部屋全体を照らしている。
そしてよく観察してみると自分が寝ていたのはベッドではなく床に敷かれた布団であることがわかり、その床も植物から作られているような長方形の板が敷き詰められた奇妙な造りになっていた。
「いい香り……とても落ち着く。誰もいないのか……」
「あっ!ティナさん!目が覚めたんですね、よかった!」
「ソシア?ここは一体どこなんだ?」
長い間眠っていたのか思うように体を起こせないティナが再び天井を見上げ気を整えていると、引き戸だった扉を開けて鮮やかな衣を身に纏ったソシアが部屋に入ってきたのだ。
「ここはオーガの里の御屋敷です。ティナさんが気絶しちゃった後にネオン様がスキルを覚醒させて、化け物を倒した後みんなでオーガの里にやってきたんです」
「そうだったのか……すまなかった。最後までソシアたちを守り切れずお荷物になってしまって」
「そんな!ティナさんが居なかったら今頃私たちは死んじゃってましたよ!それに一番お荷物だったのは始めから最後まで守られるだけだった私の方ですし……」
「ソシアの明かりのおかげで私も助けられてたわよ。それでソシア、私は一体どれだけ眠っていたんだ?」
「えっとですね……あの後はすぐに洞窟から出られて、里に着いてから今日で2日と少しですね」
「そんなに眠っていたのか……っ、そうだ!!ソシア、私のリボンはどこにあるか知らないか!?」
「ティナさんがいつも髪を結んでいるリボンですよね?それならここに置いてありますよ」
会話をしているうちに思考がはっきりしてきたティナは自身が普段身に着けているリボンを持っていないことに気が付き、少し焦った様子でリボンのありかをソシアに尋ねた。
ソシアはそんなティナに洗って綺麗に畳んであったリボンを手渡したのだ。
「よかった。もしかしたら捨てられてしまったんじゃないかと焦ってしまった」
「ティナさんにとって大切なものなんですね、そのリボン」
「ああ。これは母上が亡くなる時に私にくれた物でな。ずっと手放すことが出来ず肌身離さず持ち歩いているのだ」
「……そう、だったんですね」
「すまない、しんみりとさせるつもりはなかった。それでソシア、他のみんなはどうしているんだ?」
「アレス君はすぐ近くでオーガの里の方たちと剣の稽古を、ジョージ君は里の書庫にいますよ。ネオン様はちょうど少し前に目を覚まされてスキルのことで話し合いをしています。ユーゴさんもネオン様と一緒に居て、そのままオーガキングのスキルを引き継ぐ準備をしているらしいです」
「ふーん、あのオーガがスキルを受け継ぐのね」
「はい。ユーゴさんは先代の長の息子だったらしいですから」
「えっ!?そうなの!?」
「あ、ティナさんはまだ知らなかったんでしたね」
「じゃあなに?次期里の長が直々に屋敷に侵入してきてたの!?いくらなんでも危なくない!?」
「もともとはユーゴさんがその場でネオン様の心臓を食べてスキルを奪う予定だったらしいので」
「心臓を食べる!?」
「あっ、それもティナさんは知らなかったんでしたね」
「それやめて!?全部私に説明しなさいよ!」
ティナは自身が気絶していた時に明かされた衝撃な事実の数々に開いた口がふさがらなかった。
実はソシアの言う通り、もともとオーガキングのスキルを受け継ぐ予定だった先代の長の息子のユーゴが、ネオンの心臓を食べ1人魔法陣で帰還するというのが当初のオーガ達の計画だったのだ。
しかしネオンに惚れたユーゴが頭を下げ、次期当主の指示に従う形でネオンも里に連れて帰ることになっていた。
複雑な魔方陣を書き換える時間が足りず、当初から転移予定だったユーゴにネオンも一緒に移動できるよう何とか魔方陣を調整。
そんな不安定な魔方陣だったためアレスたちの介入で座標がずれ距離が届かず地獄穴の中にアレスたちは移動してしまったというのがこの事件の真相だった。
「なるほどな。そんなことになっていたなんて……だがまあ、終わり良ければ総て良し、ということかな」
「そうですね。本当にみんな無事でよかった」
「それじゃあ私は軽い運動もかねて少しアレスの所に行ってみようかな……とっ!?」
「ティナさん!そんなに急に動いちゃダメですよ!」
「大丈夫だ。少しバランスを崩しただけで体の方は万全だ。それよりも……この格好で外に出るのはまずいか?」
「そうですね。それは寝間着らしいですから」
「やはりな。鮮やかなソシアの服に比べて白過ぎると思っていた所だ」
先程まで眠っていたティナは明らかに寝巻ということが分かる真っ白な衣を身に着けており、それは模様のあしらわれたソシアのものとは別物だった。
ティナがもともと来ていたワンピースはボロボロとなって着ることが出来なくなっていたため、ティナはオーガの里の服を借りてアレスを探しに出かけたのだ。
「里の様子もエメルキア王国とはまるで違うな。木造で3階以上の建物は見られない……いや、それは人口密度の問題もあるのか?」
「まだまだぁ!ようやく体が温まってきたとこだ!」
「む?この声はアレスだな」
ソシアに教えてもらった方向へ歩いていったティナは、少し離れたところから聞こえてきた荒々しいアレスの声に気が付いたのだった。
ティナが声の元に向かうと、そこには大勢のオーガを圧倒するアレスの姿があったのだ。
「おっ!ティナ!!よかった、目が覚めたのか!」
「ああ、おかげさまでな。しかし君は元気だな。こんな所でも特訓か?」
「この前は自分の不甲斐なさに情けないと思ったからな。皆さん、俺の特訓に付き合ってくれてありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ。あんちゃん若いのに強いねぇ」
「今度は負けねえように鍛えておくからまたいつかやろうや!」
ティナが起きたということでアレスは特訓を終え、近くの建物の庭から直接あがれる廊下に腰を下ろした。
「ティナ、体の調子はどうだ?」
「とてもいい感じだ。気を失う前の不調が嘘のようだ」
「やっぱりそうか。俺が来た時お前、大した怪我もなかったのに死にそうに見えたからな」
「そうなんだ!今まで不思議に思っていたんだが、あの時たいして戦ってもいないはずなのにまるで三日三晩戦場にいたかのような体の重さを感じたんだ。私は体力には自信があったんだが、一体どうして……」
「多分それな、スキルの使いすぎだと思うんだ」
「え?」
洞窟内で自分が感じていた違和感について考えていたティナに、同様に異変を感じていたアレスは自身が出した答えを彼女に告げたのだ。
「使いすぎっていうか、慣れてないというか。たぶんティナ、俺と合流するまで相当スキルを使ってたんじゃないか?」
「ああ、確かに。あの数の鬼蜘蛛を一掃するために白銀妖狐の冷気を使ったが……」
「1カ月前まで白銀妖狐の力を制御できずに全然スキルを使ってこなかっただろ?普通の人は5歳くらいから長い期間スキルに慣れて育って来るけど、それがなかったせいで単純な体力切れじゃないエネルギー不足になったんだと俺は思ってる」
ティナと話す前は仮説程度の考えだったアレスだが、ティナが洞窟内でスキルを多用したことを聞き自身の考えに確信を持った。
アレスもティナも、多少事情は違えどスキルを全く使用しなかった期間が相当に長かった。
それなのにお互いに何時間も全力でスキルを使い続ける経験をしてなかったせいで今回謎の不調に見舞われたと考えたのだ。
「なるほど、確かにそうかもしれない。体が重くなり、それを補うためによりスキルを使用する。それで悪循環に陥って限界を超えてしまったのか」
「これからはスキルを使うことに慣れる訓練も必要だぜ」
(まあさっきのがまさにそれなんだが)
「そうか……ふふっ、やはり君は凄いな」
「ん?なにが?」
「だって今の私の話を聞いて私の身に起きた問題を一瞬で見抜いてしまったじゃないか。強くて誰でも守ってくれるような優しさだけじゃなくて……私は君を心から尊敬するよ」
「……」
(んー……これ、俺が本当はスキルを持ってること話さないとまずいよな)
にこやかに笑うティナの言葉を聞き、アレスは内心ティナに自分の剣聖のスキルのことを明かすべきだと考え始めていたのだ。
恐らくティナはアレスが自分のことではない他人の不調の原因を当ててしまったことを凄いと感じている。
しかし本当はアレス自身もティナと同じ不調を感じたからであり、このまま黙ってその賛辞を受け取るのは完全にティナを騙すことになると思ったのだ。
(そうだよな。ティナたちにスキルがないことを隠す理由は一つもないもんな。こいつ等なら無暗に俺が剣聖のスキルを持っていることをバラしたりしないだろうし、皆を騙し続けるわけには……)
「あのさ、ティナ」
「ん?どうしたんだ?」
「ずっと黙ってたんだけど、実は俺……」
「人間だー!!山の中から人間がやってきたぞー!!」
「っ!?何の騒ぎだ!?」
「わからない!とにかく行ってみよう!」
アレスが剣聖のスキルをまだ持っているということをティナに打ち明けようとしたまさにその瞬間、突然里の入口の方から人間の襲来を報せる声が聞こえてきたのだ。
それを受けて一気に里の中に緊張感が走ったのが感じられる。
アレスとティナはそれを聞き急いで里の入り口に向かうことにしたのだ。
「はぁ……はぁ……なによこの服、走りにくすぎるじゃない!」
「っ!ソシア、ジョージ!一体何があった!?」
「アレス君!ティナさん!」
「あそこです!あそこに……」
「ネオーーーン!!!」
「っ!?」
「はぁ……はぁ……ここに、ここにネオンがいるだろう!?娘を返してもらうぞ!!」
「あれは、ビーラ氏!?」
里の入り口付近に集まったオーガの中にソシアとジョージの姿を見つけた2人は事情を聞くために駆け寄った。
するとネオンを呼ぶ大きな声と共に、オーガの里に近づいてくるビーラ・ローゲランスの姿が見えたのだ。
ビーラは全身傷だらけで見るからにボロボロだったが、それでも必死に娘であるネオンの名前を叫んだ。
彼はなんとネオンが攫われたあの晩、オーガの姿を見たという警備兵の言葉を聞き単身オーガの里までやってきたのだ。
「人間がここまで攻めて来るなんて……」
「気を付けろ!!他にも大量の人間が隠れているかもしれないぞ!」
(いや、エメルキア王国王都からここまでは相当距離がある。部隊を編成してバスカウェール山脈を進軍するには時間が足りなすぎる。いたとしても少数……そしてあの人の様子から言うと恐らく……)
「私は一人だ!!奇襲も卑怯な手段もしない!だから娘を解放してくれ!」
「お父様?なぜお父様がここに!?」
ビーラは娘が攫われたと知るや否や、1秒でも早くネオンを助けるためにオーガの里の伝説があると言われていたバスカウェール山脈にやって来ていたのだ。
こうしてボロボロになりながらもここへたどり着いたビーラ。
そんな彼の声を聞きつけ里の奥からネオンが姿を現したのだ。
「おおネオン!無事だったか!?安心しろ、すぐにお父さんがこいつ等を片付けて……」
「やめてくださいお父様!!私は攫われたのではありません。自分の意志でここに来たのです!」
「なっ、何を言っているんだネオン?こいつらに脅されているのか!?」
「違います!!私は……私は、お父様に閉じ込められるのはもううんざりなのです!!」
「っ!!」
自分を助けに来た父を前に、ネオンは眉間にしわを寄せ今まで明かしてこなかった本音を父親に思い切りぶつけたのだ。
初めて娘が感情をあらわにする様子を目の当たりにしてビーラは呆然と立ち尽くす。
「お父様は私のことをローゲランス家が大きくなるための駒だとしか考えてなかった!私のことをスキルの強さでしかみていなかった!」
「そんな、私は……」
「だからもう私はお父様の元には戻りません。このオーガキングのスキルはオーガの里にお返しします。スキルがなくなれば私はもうお父さまにとって無価値です。だからもう、私のことは忘れて帰ってください!!!」
ネオンは一息でそう言い切ると、肩を激しく上下させ荒々しく呼吸をした。
それは疑いようのない娘の本音。
そんな思いを聞かされたビーラは……
「私は、私はなんて愚かなことを……すまない。すまないネオン……」
「っ!?」
ビーラは大粒の涙を流すと、自分が今まで娘にしてきた仕打ちを激しく後悔しその場に膝から崩れ落ちたのだった。
「私は、お前の気持ちなど少しも考えてこなかった。私は……最低の父親だ!」
「い、今更遅いです!!私が一体どんな思いで屋敷に閉じ込められてきたのかお父様には分からないでしょう!?」
「ああ、わからなかった。信じるべきものを失い、欲に目がくらみ、お前に酷いことをした……だがネオン、これだけは信じて欲しい……私は、お前のことを心から愛している」
「っ!!……そんな、そんなこと……!!」
スキルを譲渡することを阻止しようとするか、スキルがないなら自分など必要ないと興味を失うのか。
父親の反応はそのどちらかだろうと想像していたネオンは予想外の父の言葉に動揺を隠しきれなかった。
ネオンは地面に蹲る父親へにさらなる憎しみを吐き出そうとするも、目の前の父親の弱弱しい姿に言葉が出ずギリギリと歯を食いしばることしかできなかった。
「私がお前にした事は許されることじゃない。取り返しのつくことじゃない。だがお願いだ。1度だけ私にチャンスをくれないか!?」
「なん、なにを、そんな……」
「スキルなど必要ない!!私は、お前が傍に居てくれればそれでいい!だからお願いだ、ネオン。どうか……どうか私の元に戻ってきてくれ……」
「……っ!!!」
ネオンは父親のその言葉を聞きながら強く拳を握りしめ震えていた。
もう父親と別れる決断は済ませていたはず。
もう父親への愛情は消え失せ戻りたいと思う気持ちなんて微塵もないはず。
だがネオンは……
「本当ですか、お父様?お父様は私のことを……愛してくれているのですか?」
「ネオン……ああ、愛している。もうお前に辛い思いはさせないと約束する」
「お父様……お父様ぁああ!!」
「ネオン!!!」
ネオンは父親への愛を捨てきれなかった。
父親の言葉に涙をこらえきれなくなったネオンはたまらず父親に駆け寄り抱き着いたのだった。
「ネオン様、よかったですね……」
「はい。これこそ親子の絆……あれ?アレスさんは?」
「そういえば、ティナさんもいないような?」
親子の絆を目の当たりにしたソシアとジョージは思わず涙を流していた。
しかしその場にアレスとティナの姿はなかったのだ。
「スキルなど必要ない……ね」
アレスは里の入り口を離れ、1人近くの建物の裏へやって来ていた。
先程のビーラとネオンのやり取り。
それがアレスの遠い記憶を呼び覚ましていたのだ。
「アレス、ここにいたのか」
「ティナ……」
そんなアレスの背後からティナが静かに歩み寄ってきた。
いつもアレスたちと一緒に居る時の彼女は太陽のような笑顔を受かベていたのだが、この時のティナは笑みを浮かべてはいるもののその表情はあまりにぎこちないものだった。
「まさかこんなことになるなんてね。想像もできなかったよ」
「ああ……」
「スキルの価値に左右されない親子の絆……とっても素晴らしかった」
「ああ……」
「……私は。もう何も感じないと思っていた。父上から迫害され、愛情を向けられなくても平気だとおもっていた」
「……」
「だけど……あの光景を見せられて、心の痛みを我慢できなかったよ……」
アレスに歩み寄ってきたティナは彼の目の前に立つと、震える声でそう自分の気持ちを吐露したのだ。
ティナは父親に愛されないことはもう当たり前だと、傷つかないと思っていた。
スキルを扱えなかった自分が父親から愛を与えられなかったのは仕方がないことだと。
しかし今、ティナはスキルの有無で変わらない親子の愛を目撃してしまった。
それによって今まで何も感じなかった……強がっていた彼女の心は壊れかけてしまったのだ。
「……わるい。こんな時、優しい言葉の一つでもかけてあげられればよかったんだが……」
「……」
「俺も、そんな余裕がないんだ……」
そしてそれはアレスも同じだった。
アレスはスキルを失い、両親から恨まれ家を追い出された過去がある。
アレスもティナと同じように自身の境遇を受け入れ親に愛されなかったことは仕方がないと割り切っていた。
だが先程のビーラとネオンのやり取りを見て、自分もスキルを失ってもそれでも親から愛されたかったと思ってしまったのだ。
「……すまない。君も辛い思いをしていたのに私ばかり頼ろうとしてしまって」
「いや、大丈夫だ……」
「でも……この気持ちを共有してくれるだけで、楽になれた気がするよ」
「……」
「アレス……少しだけ胸を貸してくれないか……」
「ああ。傷の舐め合いしかできないがな」
心細さの限界を迎えたティナは弱々しくアレスに近づくと、アレスの胸に頭を当て涙をこらえるように震えた。
アレスはティナを励ますため……ではなく、自身の寂しさを紛らわせるためにそっと彼女を抱きしめたのだった。
「アレス君、ティナさん、どこ行っちゃったんだろう。そう言えば2人ともスキルのせいで大変な目に遭ってるからネオンさんたちを見てられなくなって……っ!?」
そしてアレスとティナが抱き合っている光景を、2人を探しに来たソシアが目撃してしまったのだ。




