2人の剣士を襲う異変
前回のあらすじ:転移魔法陣でエメルキア王国から遠く離れた洞窟の中に飛ばされたアレスたち。2手に別れてしまったアレスたちはそれぞれオーガであるユーゴとネオンから事情を聞き合流を目指す。襲い来る魔物を倒し順調に進んでいたアレスだったのだが……
ネオンから詳しい話を聞いていたティナたちの元に、数えきれないほどの数の鬼蜘蛛が迫って来ていた。
ティナはすぐさま剣を抜き、戦うことのできないネオンにソシアとジョージを背中に鬼蜘蛛の前に構えた。
「鬼蜘蛛が出るということは……恐らくですが、この洞窟はバスカウェール山脈の地獄穴です!」
「バスカウェール山脈って、エメルキア王国の領土外じゃない!」
「はい!ですがバスカウェール山脈のどこかにオーガの住処があるという話ですので合っている可能性が高いかと!」
出現した蜘蛛の魔物からジョージは自分たちがいる洞窟がバスカウェール山脈の地獄穴だということを導き出した。
バスカウェール山脈とはエメルキア王国の北側に位置するどの人間の国の領土にも含まれない地域。
そこは危険な魔物の巣窟となっておりあまり調査が進んでおらず、バスカウェール山脈のダンジョン等級は二級相当とされている。
「そんな!じゃあどうすれば……」
「どうするもなにも、まずはこいつらを避けつつ外に出るしかないじゃない!とにかく皆、私の後に続いて出口を探すわよ!」
「キシャアア!!」
「キシャアア!!」
(こいつら1体1体は大したことなさそうだけど数が多すぎる。出し惜しみしてる場合じゃないわね)
「斬時雨・氷纏華!!」
「流石ティナさん!」
迫りくる鬼蜘蛛を相手にティナは凍てつく冷気を剣に纏わせ、斬りつけると同時に鬼蜘蛛を体の芯から凍らせてしまった。
無数に這いよる鬼蜘蛛たち相手にティナは広範囲を凍らせることで対応してみせたのだ。
「ここにとどまり続けるのは危険だわ。アレスがいるなら合流を目指しつつ出口を探しましょう!」
「あ、あの!ティナ様!」
「どうしたのネオンさん!」
「あの、私のスキルでユーゴがこちらに向かってきているのを感じます。ユーゴとの合流を目指すのはどうですか?」
「単純に戦力が増えるのはいいことです!行きましょう!」
「うん!それにもしかしたらアレス君とも会えるかもしれないし!」
「わかったわ。少しだけ時間ちょうだい」
「ティナさん何を!?」
ネオンのスキルを頼りにユーゴとの合流を目指すことにしたティナは、突如着ていたロングワンピースの裾に大きな切れ込みを入れ始めたのだ。
さらに履いていたパンプスを投げ捨て腰に巻き付けていたリボンで髪を結びいつも通りのポニーテールを作った。
「こんなことになるならヒールがある靴にするんじゃなかった。まあそんなこと分かりっこないけど」
(ティナさん、動きにくいのは分かるけどその切込みはちょっと大胆過ぎないかな……///)
「ジョージ君!あんまり見ちゃダメだよ!」
「わ、わかってますよ///」
「それじゃあどっちに進むかはネオンさんに決めてもらうわ。一刻も早く2人を探して洞窟を脱出しましょう」
背後から更なる鬼蜘蛛の群れの襲来を感じたティナたちは急いでネオンのスキルを頼りにひとまずユーゴとの合流を目指した。
そして合流を目指して鬼蜘蛛の群れを蹴散らして進んでいたのはアレスたちも同様だった。
「気を付けろ!こいつらは頭か心臓を潰さなきゃ無限に再生するぞ!」
「キシャアア!!」
「ミンチになっとけぇええええ!!」
「キシャシャァアア!!」
「くっ、数が多すぎて……」
一斉に飛びかかってきた鬼蜘蛛めがけ、ユーゴはその自慢の剛腕でこん棒をフルスイングした。
その一撃でまとめて粉々になる鬼蜘蛛たち。
しかし振り終わりの隙を数で大きく勝る鬼蜘蛛たちが突き、無防備なユーゴの背後から襲い掛かったのだ。
「ピギャ!?」
「大丈夫か!?あまり大振りの一撃は多用するなよ!」
「ああすまん!助かった!」
そんな大振りなユーゴの隙をアレスが庇い事なきを得る。
だが鬼蜘蛛に他の仲間を呼び寄せる習性があるのか、時が経つにつれ押し寄せてくる鬼蜘蛛の数が増えていったのだ。
「っ!油断するな!さっき脇道からすごい数の鬼蜘蛛が……」
「そっちは全部斬った。道を塞がれそうになったからな」
「お前……薄々分かっちゃいたが、とんでもない強さだな」
「どうも。だがずっと洞窟の中に居たらいずれはあいつのあの餌になっちまうぞ。早くみんなを見つけて脱出しないと」
「そうだな。まだネオン様は遠くにおられるようだが、だんだんと信号が強くなっていっている。どうやらお前の仲間の3人も一緒に居るようだ」
「本当か!?ネオン様は戦えないだろうし、ソシアもジョージも装備を持ってきてないからティナがあっちに居てくれてマジでよかった」
「3人を庇いながらの戦いになるが、大丈夫なのか?」
「あいつはこんな雑魚にやられるたまじゃねぇ。そうとわかれば早くあっちと合流して出口を目指そう!」
「ああ……と、くそ。また鬼蜘蛛の群れだ」
「問題ない。すべて叩き斬って突破しよう」
数で攻めて来られることを若干苦手としている様なユーゴの隙をカバーしつつ、アレスは確実に鬼蜘蛛の群れを退けながらソシアたちの元に近づいていった。
非常に順調。
このままいけば何の問題もなくみんなと合流できる。
そう考えていたアレスだったのだが、その後想定外の事態に見舞われてしまうのだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「おいアレス!しっかりしろ!」
「ああ……悪い。はぁ……はぁ……」
戦い始めてから1時間ほどが経過したころ。
それまで順調だったはずのアレスは突如として苦しそうに息を切らし始めたのだ。
(なんだ、なんで急に呼吸が乱れて……)
「どうした!?序盤飛ばし過ぎてスタミナ切れか!?」
「そんなことは、あるはずが……」
呼吸は乱れ視界が霞み始め、体の奥底に鉛を入れられたように全身が重たくなっていく。
(まさか本当に体力切れ……?いや、ありえない。まだ1時間かそこらしか動いていないはず。それなのにこの体の重さは異常だ。そもそもただの疲労じゃなさそうだ。今までにこんな感覚は味わったことがねえ)
確かにここまで数えきれないほどの鬼蜘蛛を相手にしてきたアレスだったが、それでも力を温存し無理なく進んできたつもりだった。
剣聖のスキルで効率よく鬼蜘蛛を倒すことで無駄な体力消費を抑えて長丁場を意識していた。
それに加えてもともとアレスは自身の体力にはかなりの自信があり、この程度の運動で疲労困憊に陥るほど生半可な鍛え方はしていなかったのだ。
(まさか鬼蜘蛛の……いや、それともこの洞窟の毒か?だがユーゴは苦しんでいる様子はない。人間だけに効く毒?)
「無理するな!いったん休むか!?」
「いや、こうなってくるとソシアたちが心配だ。俺はまだ大丈夫だから合流を急ごう!」
「ああ!だがアレスは引き気味で戦え!俺がこいつらを蹴散らす!」
今までに経験したことのない体の不調を感じつつ、それでもアレスはソシアたちとの合流を優先した。
自分が謎の異変に襲われている以上あっちが無事だとは考えられない。
そしてそのアレスの予想は最悪な形で的中してしまう。
「かはっ……か、はぁ……は、ごほごほっ……」
「ティナさん!!!」
アレスと同様に今まで問題なく鬼蜘蛛を蹴散らしていたティナだったのだが、1時間を過ぎたあたりから異常な体の異変に見舞われ呼吸すらままならなくなっていたのだ。
(なん、なの……全身が重くて、息が苦しい。手足の感覚がなくなっていって……目も……)
「キシャアア!!」
「危ないティナさん!!ぐっ!!」
「っ!!ジョージ……だりゃぁああ!!」
「ピギャァ!?」
立っているだけでも辛そうなティナに1匹の鬼蜘蛛が噛みつこうとする。
それをスーツを腕に巻き付けたジョージがギリギリのところで庇い、死力を振り絞るティナがジョージの腕に噛みついた鬼蜘蛛を斬り捨てたのだ。
「ごめ、んなさい……私が、頼りないせいで……ごほっ!」
「そんな!僕たちが足手纏いになっているせいですよ!」
「ティナさん!今すぐ回復を……」
「待って!」
「っ!?」
「こいつら、たぶん暗闇の中でも獲物の位置が把握できると思うの。今ソシアが光源魔法をやめたら一気に全滅しちゃう」
「でも……」
「キシャアア!!」
「キシャアア!!」
「大丈夫!私が……必ずみんなを守るから!!」
すでに満身創痍なティナに攻め寄せる大量の鬼蜘蛛。
そんな危機を前にしてティナは冷気を全開にして必死に対抗するのだった。
(私が倒れたら皆助からない……絶対に、絶対に意識を失うものか)
「アレス!もうすぐ合流できるぞ!しっかりしろ!」
「はぁ……はぁ……」
段々と追い詰められいくティナの元へ急ぐアレスは息を切らせながら鬼蜘蛛の群れを退け走っていた。
「どういうことだ!?ネオン様に近づくにつれて鬼蜘蛛の数が増えていきやがる!」
「ユーゴ、いくら何でも……数がおかしすぎるぞ……」
「ああ。それは俺も薄々感じていた。長い間オーガキングのスキルが失われていたとはいえ鬼蜘蛛がこんなに増殖しているなんて……っ!!??」
「どうした!?」
「ネオン様から緊急信号だ!!」
「緊急信号!?」
「ネオン様に危険が迫ってるんだ!」
鬼蜘蛛を払いのけ続けていたユーゴが突然ネオンからの緊急信号をキャッチしたと焦りの表情をみせたのだ。
「ティナさん!!!」
「っ!?今の声はソシアか!?今行くぞソシア!!」
「やはり何かトラブルが!ネオン様、すぐに行きます!!」
さらに洞窟の奥から聞こえてきたのはソシアの悲鳴に近い叫び声。
それを聞いたアレスとユーゴは群がる鬼蜘蛛を一掃し声が聞こえてきた方向へ駆け出した。
「なん、なの……この化け物は……」
「グギャァオオオ!!!」
「お願いもうやめて!ティナさんが死んじゃう!!」
「み、皆様!後ろ!」
「っ!?まずいです!大量の鬼蜘蛛が後ろから!」
すでに満足に剣を震えないほど弱ったティナの前に、二足歩行の鬼蜘蛛の化け物が姿を現したのだ。
その化け物は3mはあろうかという巨体にオーガのような鋼のような筋肉に頭部には立派な角。
そして顔面は蜘蛛そっくりで、背中から8本の蜘蛛の脚のようなものを生やしいかにも鬼蜘蛛の親玉と言った外見をしていた。
(私が……私がこいつを仕留めなきゃいけないのに……体が……)
「……っ」
「ティナさん危ない!?」
「グギャァアア!!」
「いや、あの化け物こっちに向かってきますよ!!」
ティナはすでに限界を超えていた。
剣を地面に突き立て体重を預けることでかろうじて立っていることが出来るほどに弱っている。
「行か……せない!」
パキィイイイン……!!
「こ、凍った!?」
パキ……ピシ、ピキ……バリバリ!!
「グギャァアア!!」
もう1歩も動くことが出来ないティナは最後の力を振り絞り、何の技術もなくただ冷気を放出することで化け物を食い止めようとした。
しかし一瞬凍り付いたように見えた化け物はすぐに氷を砕きソシアたちに襲い掛かろうと走り出した。
(お願い……凍って……)
パキィイイイン………バキバキ!!
「グギャァアア!」
(たとえ……私の命に代えてでも……)
パキキ………バリバリ!!
「グギャァアア!!」
(おね……がい………)
「グギャァアア!!」
氷を砕かれても諦めずに冷気を放ち続けるティナ。
しかしそのたびに化け物は氷を突き破り歩き続ける。
そしてついにティナは一切の冷気を放つことも出来なくなり、その場から動かなくなってしまった。
(こいつ!?まさかネオン様を狙って!?)
「ネオン様!!おそらくあいつの狙いはあなたです!!僕たちのことは気にせず逃げてください!」
「で、ですが………」
「ジョージ君!鬼蜘蛛の群れがもうすぐそこまで!」
「グギャァアア!!!!」
「キシャアア」
「キシャアア」
ティナの抵抗虚しくネオンを喰らおうと大きな口を開く化け物。
さらに背後からは鬼蜘蛛の群れがソシアたちに飛びかかり、もう逃げ場も失ってしまったのだ………
「ネオン様に近づくんじゃねえぇえこの化け物がぁあああ!!」
「グギッ!?」
「っ!!ユーゴ!!」
「月影流秘伝、叢雲・一閃!!」
「キシャアア!?」
「アレス君!!」
「アレスさん!!」
しかし化け物の牙がネオンに突き刺さる寸前、恐ろしい形相で飛び込んできたユーゴが全力の一撃で化け物の顔面にフルスイングをかましたのだ。
さらに背後の鬼蜘蛛の群れはアレスが全て粉微塵にしてしまった。
「ネオン様!ご無事でしたか!?」
「ユーゴ!助けに来てくれてありがとう!」
(あ、れす……?助けに来てくれたのね……これで、私の役目はもう……)
「ティナ!!」
消えかかった意識の中でアレスが来たことを察知したティナは安堵の表情を浮かべると、まるで操り人形の糸が切れたようにその場に崩れ落ちてしまった。
それを見たアレスは間一髪のところでティナの体を支える。
(やっぱりティナも俺と同じ異変に襲われてたのか……)
「よく頑張ったなティナ。皆を守ってくれてありがとう。後は俺たちに任せてくれ」
意識を失ったティナにそう声をかけたアレスはそっとティナを地面に寝かせて化け物の方に視線を向ける。
ユーゴが全力で殴り飛ばしたはずの化け物は、ネオンから離れてはいたもののその顔面に一切のダメージが見られなかったのだ。
「嘘だろ!?俺の全力の一撃を顔面に叩き込んだんだぞ!?」
「雑魚共と違って表面が信じられないくらい固いんだろう。だが関係ない、一撃で首を落とす」
「グギャァアア……ア!」
「金剛一閃斬!」
アレスもティナほどではないが悠長に構えている余裕はない。
化け物が叫んだ一瞬の隙をついてアレスは頑強な首を一撃で斬り落としたのだ。
「やったか!?」
「凄いアレス君!」
「よし、これで……」
「まだだアレス!!」
「なに!?」
「ごぽぽぽぉ……、……グギャアアア!!!」
「うそ!?」
「首が引っ付いた!?」
化け物は間違いなくアレスによって首を斬られた。
しかし斬られた胴体側の断面から紫色の粘性の液体が出てくると、斬り落とされた首の断面に伸びてそのまま首を胴体に戻し復活してしまったのだ。
「首が弱点じゃないのか!?なら……縦に真っ二つだ!!」
「グギャァアア……。ごぽぽっぽ……グギャアアア!!」
「なっ!?これでも死なない!?まさかこいつ不死身なのか!?ごほっごほっ……」
「アレス君!?」
それならばと化け物を縦に完全に両断するアレス。
しかしやはり断面から出てきたジェルによってすぐさま化け物の体が再生してしまったのだ。
ソシアたちのピンチにアドレナリンが分泌され一時的に不調が誤魔化されていたアレスだったが、再びあの症状に襲われてしまった。
化け物はいまだに無傷。
アレスたちの間にかつてない程の絶望感が漂い始めていた。




