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憎しみと痛みのあいだで

「お帰りなさいませティナ様」


ゼギンが目を覚まして、すぐに最前線に加わると王国軍本部を出たちょうどその頃。

王国軍本部での事情聴取を終えたティナは、専属メイドのリグラスと共にフォルワイル家の屋敷に戻って来ていた。

ティナはネレマイヤ家の屋敷での戦いでほとんどダメージを負っていなかったが、ここに戻ってくるまでずっと暗い表情をしていたのだった。


「リグラス様……ティナ様は一体……」

「私にもわからないわ。今日はもうおやすみになられるから、後のことは私に任せてくれれば大丈夫よ」

「かしこまりました」


リグラスは他のメイドたちに今日のティナの世話の仕事は必要ないと、その他の雑務を任せてティナの後に続いて屋敷の奥へと進んで行った。

その間ティナはほとんど言葉を発さず無表情で歩き続けていた。

そうして自室に辿り着いたティナに、リグラスが低根に扉を開ける。


「どうぞティナ様」

「ありがとう……リグラス、あなたももう下がっていいわ」

「かしこまりました。……ティナ様。恐れ入りますが、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「何かしら?今日はもう疲れたから早く休みたいのだけど……」

「ジゼル様を連れ去った男の正体はアレス様、ですよね?」

「……!」


部屋に入り、1人になりたいというティナに、リグラスはずっと聞きたいと思っていたことをぶつける。

それは王国軍の兵士やほかのメイドがいたりして聞くことが出来なかった重大な話。

それを聞いたティナがぴたりと足を止める。


「……ここじゃ誰かに聞かれるかもしれないから、中に入って」

「はい。かしこまりました」


ティナが考えていたのはアレスに関係すること。

ちょうどその話題を出されたことで、ティナはリグラスを自室に入れその話を聞くことにしたのだ。



「やはり間違いないのですね?」


普段からメイドたちの掃除が行き届いており、細部に至るまで手入れがされ整ったティナの部屋。

部屋の入り口に設置された最新鋭の魔道具にティナが手をかざすと、天井に取り付けられたライトが部屋をまるで真昼のように明るくする。


「……ええ、そうだけど。なぜわかったの?」

「ネレマイヤ家のお屋敷に駆け付ける際にジゼル様を連れた仮面をつけた男性とすれ違いまして、足音からアレス様であると判断いたしました」

「そう……」

「やはり、ティナ様が先程から思い詰めていらっしゃったのはアレス様に関係することでしょうか?」


疲れた様子で椅子に深く腰掛けたティナは、その傍らに立ったままのリグラスに悩みを打ち明けた。


「ああ……アレスがあの屋敷に潜入してジゼル様を連れ出すことは事前に聞いていたわ。ユガリ帝国の襲撃者が同じ日に襲撃してきたのは予想外だったけど」

「ではティナ様もアレス様がネレマイヤ家の屋敷に侵入することは納得されていたのですね?ではなぜそのような思い詰めたような表情をなさっているのですか?」

「……初めは戦闘は避けジゼル様を連れ出すという話だった。だが屋敷内でアレスに会った時に、彼はこう言ったんだ……」


ティナが話したのはネレマイヤ家の屋敷の中で、アレスと会って会話をしたときのこと。

王国軍の援軍が来る前に急いでジゼルの元に向かわなければいけないとアレスが部屋を飛び出そうとした時に、彼はティナにこう話していたのだ。


『おう!……と、その前に。ティナ、1個いいか?』

『なんだ、そんな改まって』

『本当は戦闘を避けてジゼル様を連れ出すつもりだったって、前に話してただろ?』

『ああ。確かにそうだったが、それがどうかしたか?』

『あの後色々考えたんだけど、やっぱりゼギン様は倒しておいたほうが良いと思ったんだ』


「アレス様がそうおっしゃっていたのですか。王国軍の……フォルワイル家の名誉を気にして」


アレスはあの時、ティナにゼギンを戦闘不能に追い込んでしまおうと考えていたことを明かしたのだ。

リグラスが言った通り、アレスの思惑は王国軍やフォルワイル家の責任が少しでも軽くなるようにすること。

ゼギンやほかの王国軍が大して戦闘を行わずジゼルを連れ去られれば、傍から見れば全力を尽くさず敵を逃がしたと取られてしまう。

それならば自分の圧倒的な強さを見せつけることで、命を懸けて戦ったが無念にもジゼルを連れ去られてしまったと少しは周囲の評価もいいものになると考えたのだ。


「ああ。アレスの思惑通り、父上がやられるほどの敵ならば打つ手はなかったと、そう考える人もいたと聞いたよ」

「そうでしたか。ですが……ここまで聞いただけですとティナ様が思い詰められる理由が予想できないのですが」

「そうだな。私は彼に事前にその話を聞いてたし、なんなら父上を傷つける計画を私自身が了承した。私はあいつが嫌いだからな。立場的にも大怪我をしたりいつ命を落としてもおかしくないような人だとは承知していたはずなんだが……」


そこまで話したティナはぐっと奥歯を噛みしめ、感情を押し殺すような表情を見せたのだ。

主人の初めて見せるその表情に、リグラスは思わず目を見開いて驚いてしまう。


「父上が刺された瞬間……胸が締め付けられる感覚を味わったんだ。いなくなって欲しいと考えたこともあったほど嫌いな奴だと思ってたのに……自分でそれを了承したはずなのに、声が出なかった」


ティナは幼い頃からずっとゼギンから愛されてこなかった。

ゼギンの本心を知らないティナは父が自分を嫌うのはスキルの制御が出来な未熟者だったからと思い込んでいたが、そのせいで厳しい態度で自分にあたるゼギンを強く嫌っていたのだ。

だからアレスがゼギンを傷つけると聞いた時に迷いが生じた。

直前で見せたゼギンが自分を心配するような表情が、彼への気持ちに変化をもたらしたのだ。


そんな父への感情の変化に戸惑い、父が傷つけられた光景にショックを受けていたことを吐露するティナ。

椅子にもたれかかりながら首を後ろに倒し、深く息を吐きながら天井を見上げる。

だがそんなティナを見たリグラスは、少し驚いた表情を見せたもののすぐに平静を取り戻し落ち着いた口調でティナに話しかけた。


「ティナ様……ティナ様のその感情はごく自然なものだと思いますよ。ティナ様程お優しい方ならば、自身の父親が傷つけられたことにショックを受けないはずがありません」

「そう、なんだろうか……だがなんだろう。父上がアレスに刺されてから自分の中でうまく感情がまとまらなくて、どうしたらいいのか……」

「ぶん殴ってやりましょう」

「え……?」

「アレス様が戻ってきたら、思い切りぶん殴ってやりましょう」


父を傷つけることを了承したのは自分だが、それでも後悔を引きずっていたティナだったが、そんな彼女にリグラスは驚くべき提案をしたのだ。

リグラスの口からそんな言葉が出てくると思っていなかったティナは思わず首を起こし、リグラスの顔を見つめ驚きの声を漏らした。


「大切なお父様を傷つけられたのです。うやむやにせず思いをぶつけてやりましょう」

「いや……待ってくれ。アレスは事前に話してくれて、それを了承したのは私なんだぞ……?」

「関係ありません。実際に手を出した方が悪いのですから。もやもやしたまま関係を続けるよりよほどいいでしょう。それにアレス様だってティナ様に悪いことをしたなと内心後悔しているかもしれませんし」

「……っ!ふ、ふふっ……そうだな。確かにそれはありえそうだ」


リグラスが真面目な表情のまま話をするものだから、ティナはおかしくなり思わず笑いだしてしまったのだ。


「お悩みは解消されましたでしょうか?」

「ああ、すまない。とてもすっきりしたよ。アレスが帰ってきたらお貴族様の理不尽パンチをお見舞いしてやることにするさ」


アレスの気遣いは理解してるし、それを了承したのも自分である。

しかしモヤモヤを抱えていたティナはリグラスの言葉を聞き、それを解消するためにアレスを殴ってしまおうと決めたのだった。

そう考えたら少し気が楽になったような感じがして、ティナは笑みを浮かべながら窓の外を眺めたのだ。

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