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城壁を超えて

斬り刻まれた壁の残骸が崩れ落ちる音が響くと同時、アレスの刃がゼギンの体を深々と貫いた。


「ぐっ……まだだ……ッ!」


それでもなおゼギンは倒れそうになる体を支え、歯を食いしばりながら剣を振り上げようとした。

総軍団長の矜持が深手を負わされてなおその体を突き動かす。


しかしゼギンが剣を振り上げるよりも早く、アレスはゼギンの腹から剣を引き抜くと軽やかな動きで宙に飛びあがる。

直後――


「――ッ!!」


ゼギンの側頭部に重い衝撃が走ったのだ。

繰り出されたのは足を鞭のようにしならせ撃ち込まれたアレスの回し蹴り。

流れるように放たれたその一撃はゼギンに蹴られたと認識させるよりも早く彼の体を吹き飛ばし壁にめり込ませる。


「ぐっ……ぐぉ……、……っ」

「ゼギン様ぁ!!!」

「父上……」


ゼギンの体が壁に打ち付けられた直後、周囲に彼が手放した剣が落ちた音が響く。

霞む視界で懸命にアレスを捉えていたゼギンであったが、もう彼に立ち上がる力は残されていなかった。


「……」


それを見届けたアレスは血の滴る剣を片手に、ジゼルを抱えたままその場から逃げ出した。

その一瞬……仮面越しにアレスとティナが目線を合わせる。


「ジゼル様、大丈夫ですか?」

「ええ……ですが担がれたまま気絶した振りをするのは想像以上に大変ですね」

「すみませんが、もう少し我慢しててくださいね。すぐに王国軍の包囲を突破しますから」


正体を隠しているアレスがティナに声をかけるわけにはいかない。

ゼギンたちに背を向け屋敷内を疾走するアレスは、気絶した振りを続けていたジゼルにもうしばらくそのままでいるよう小さく告げたのだ。


ガシャァアアアアン!

「出たぞ!襲撃者の残党だ!!」

「おい!誰か抱えてるぞ!」

「うおぉ!さすがにもう屋敷は包囲されてるか!」


王国の援軍が揃いきる前に屋敷を出ようと、壁を斬り刻み建物の外に飛び出たアレス。

しかしそこにはすでに何十人もの王国軍の兵士が襲撃者を逃すまいと屋敷の周囲の守りを固めていたのだ。


「諦めろ!貴様らはすでに包囲されている!」

「人質を解放して武器を捨てるんだ!」

「アレス様……」

「しっ。静かにしていてください」


屋敷の庭に下り立ったアレスを王国軍の兵士が即座に包囲する。

周囲を円形に取り囲み一斉に槍を向ける兵士たち。


「聞こえなかったのか!?早くその人を解放して……うッ!?」

(なんだ……この男の放つ異様な圧は!?)


だが威勢よくアレスを取り囲んだ兵士たちは、その後すぐに自分たちが取り囲んだ男の凶暴さを本能で理解する。

アレスが放つ圧は人1人がはなっていい代物では全くなく、追い詰めているはずの自分たちが凶悪な魔物と一緒の檻に入れられている様な錯覚を引き起こすほどの鋭すぎる敵意を感じ取った。


「悪いな……」

「ぐぁあああ!!」

「ぎゃぁああ!!」

「これは……」


直後、アレスが振るう剣は竜巻のような斬撃を引き起こし周囲を取り囲んでいた兵士たちを斬り刻んだのだ。

その様子を薄目で捉えていたジゼルは自分を抱えながらなお圧倒的な戦闘能力を見せるアレスに言葉を失っていた。


「こっちだぁ!!早く!」

「全員やられてるぞ、援軍を急げ!」

「全部戦ってたらキリがないな。逃げますよジゼル様、もうひと踏ん張りです」

「は、はい!」


外で待ち構えていた兵士たちを一掃したアレスだったが、そこへ間髪おかず王国軍の増援が現れる。

王国軍を倒すことが目的でないと、アレスは即座にジゼルに声をかけ逃亡を再開したのだった。




「急げ!!ジゼル様に何かあればこの国の一大事だぞ!」


その頃、ネレマイヤ家の屋敷へ続く大通りでは、援軍として駆けつけて来ていた王国軍の兵士が着々と屋敷の周囲の街を包囲しつつあったのだ。

この国の食糧事情に多大な影響を与えているジゼルに何かあってはまずいと、エメルキア王国の王都はかつてない程に危機感に包まれていた、


「まだ事態は収まっていないのか」


兵士たちが続々と集まり待ちが騒然としていた一方、まだ包囲が行き届いておらず人気のない暗い裏路地を1人の女性が走っていた。

真っ暗な路地の闇に溶け込むような漆黒のメイド服を身に纏い、ティナの専属メイドであるリグラスは音もなく屋敷へ近づいていた。


「ティナ様……無茶をしていなければいいですが……ッ!?」


路地裏の闇の中を疾走していたリグラスだったが、その時何者かが接近してきていた音を感じ取り足を止めたのだ。

リグラスは即座に闇に溶けるような漆黒のロングナイフを抜き殺気を殺す。


「多分追手を撒きました。もうすぐですよ!」

「は、はいっ!」

(あれはまさか……アレス様!?)


路地裏を走っていたリグラスの頭上をさしかかったのは屋敷から出てジゼルを連れていたアレスだった。

アレスとジゼルの話声は小さく、地上にいたリグラスはその声で仮面をつけた男の正体がアレスだとは気づけない。

しかし闇に生きる暗殺者であった彼女は音を頼りに周囲の状況を探る術を身に着けており、2度アレスに会った時に耳にした足音から、リグラスは屋根の上を走る男の正体がアレスであるということに気付いたのだ。


(アレス様が抱えていた女性は一体誰だ……?いや、それ以前になぜアレス様がネレマイヤ家の屋敷を?)


仮面の男の正体がアレスであるということに気付いたリグラスはそのまま息を殺しアレスが過ぎ去っていくのを見送った。

まだアレスはリグラスの存在に気付いておらず、闇に紛れた暗殺を得意とする彼女なら不意打ちが成功する可能性は非常に高い。

しかし自身が絶対の忠誠を誓った主が信頼する男がなぜこんな行動をしているのかが理解できず、迷いが生じた彼女はアレスを攻撃することが出来なかったのだ。


(……ネレマイヤ家の屋敷に侵入したのがアレス様ならティナ様は無事なはず。ならティナ様に事情を聞いたほうがよさそうね)


そう考えたリグラスは音もなくナイフをしまうと、そのままティナの元に駆け付けるため屋敷に向け走り始めたのだった。



「アレス様!このまま外まで逃げるおつもりですか?」

「まさか。流石にそれじゃ追いつかれるでしょう。だからもうすぐ……っ!いました!」

「お待ちしておりました!」


ジゼルを担いだまま建物の屋根の上を飛び移り移動していたアレスは、そのまま王都の外を目指している訳ではなかった。

アレスが逃げた先には外で待機させていたロイが迎えに来ていた。

彼はアレスの姿を確認するとそのまま4階建ての建物の屋根の上から飛び降りる。


「おっしゃ!ジゼル様、しっかり掴まっててください。ロイさん、ちょっと控えめに頼みますよ!」

「承知!!」

「きゃぁあああ!!」


屋根から飛び降りたロイは大きな狼の姿に変身し、力強く地面に着地する。

そんなロイの背中に飛び乗ったアレスは、ジゼルを前に座らせ自分はその背後に跨る。

そしてジゼルの身体能力を考慮し走るようアレスが頼むと、ロイは控えめに加速し夜の街を駆けたのだ。


「しっかり掴まっててくださいよ!一気に城壁を超えますから!」


ロイはジゼルを気遣い全速力を出さなかったが、それでも運動能力が皆無なジゼルはあまりの速度に驚き振り落とされないよう必死にロイの体毛を握った。

そんな彼女が降り落とされないよう、アレスは片手で彼女の体を支えながら仮面を懐にしまった。


「こりゃ速ぇ!魂が置いていかれそうだ!」

「お二人とも!城壁を超えるためもう少し加速いたします!振り落とされないようお気を付けください!」

「はっ、はい!」


ロイが低く唸り四肢に力を込める。

次の瞬間、風が爆ぜ、意識を置き去りにするほどなロイが加速を見せる。


もうすでにネレマイヤ家の屋敷の周囲にいた王国軍の兵士たちはアレスたちを見失っていた。


「ひゃっほぉー!くそ怖ぇー!!」

「ひ、ひゃぁ~!!」


順調に加速したロイは地面が割れるほどに踏み込むと、順々に建物の屋根の上を飛び移り、最後は渾身のジャンプで高い城壁を一気に飛び越えてしまったのだ。

背筋が凍るような浮遊感に、興奮したような笑みを見せるアレスと恐怖で身をすくめるジゼル。


「王都を出ましたよジゼル様!これであとは、エルフの森に行くだけです!」

「……っ!本当に、外へ……」


完全に王国軍を振り切ったアレスはジゼルにレウスの森へ向かうことを告げる。

城壁を飛び越えたアレスたちは放物線を描きながら落下を始めたが、そんな浮遊感の中ジゼルは高所による恐怖感と念願だった母親の故郷に行くことができる期待感で胸をドキドキさせていたのだった。

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