鬼姫誘拐事件
前回のあらすじ:アレスたち3人はティナのお願いで貴族の晩餐会に参加することになったのだ
「……えー、では皆様。堅苦しい挨拶などはここまでとさせていただきまして、乾杯へ移らせていただきます。ご用意させていただいた食事などを楽しみながら、ぜひ親睦を深めていただければと存じます。それではご唱和お願いします。乾杯!」
ビーラ・ローゲランスの乾杯の挨拶で晩餐会は始められ、パーティー会場はすぐに集まった貴族たちの賑わいの声で溢れかえった。
今回の晩餐会は立食となっており、他の貴族家とのつながりを深めようと会場のあらゆるところで貴族たちの目には見えない駆け引きが行われていた。
そんな会場の片隅でアレスたちは会場の雰囲気にやや圧倒され気味で集まっていた。
「懐かしー。俺も昔は楽しいパーティーの皮を被った貴族たちのゴマすり大会に参加させられたもんだ」
「あ、アレスさん!?あんまり大きな声でそんなこと言っちゃダメですよ!?」
「分かってるって。流石に気を付けてるよ」
「うぅ……やっぱりいざこういうパーティーに参加すると緊張しちゃうね……」
「皆ー!お待たせ!」
そんなアレスたちの元に挨拶を終えて戻ってきたティナが笑顔で合流してきた。
「ふー、やっぱり私なんてほとんど来る必要なかったわ」
「大変な立場だなティナは。パーティーに参加することも多いだろうけど、やっぱり自分のところがパーティーを主催することも多いのか?」
「ええ、そうね。そうなるともう大変よ!この前だってね……」
(2人とも凄い。なんかこういうのに慣れてるって感じで……)
(僕なんてお皿を手に持っただけでもう会話に集中できなくて……)
パーティーに参加し慣れているティナとアレスはすでにリラックスした様子で会話を始める。
そんな2人をソシアとジョージは憧れにも似た感情を抱きながら眺めていた。
「ん、どうした2人とも。食べないのか?」
「ほら、これなんてすごく美味しいわよ?」
「……!ほんとうだ」
「や、やっぱり私たちが今まで食べて来たものとは全然違う!」
「ふふっ、良いリアクションするわね。ほら、せっかくなんだから気になるものはどんどん食べちゃいましょ」
(ティナが1番楽しそうだな。でも確かに俺も昔参加したパーティーはこんなに楽しいものじゃなかったな……っ、この気配は!?)
徐々に晩餐会を純粋に楽しめるようになってきたソシアとジョージに終始楽しそうなティナ。
そんな3人の様子を眺めていたアレスだったのだが、大勢の貴族たちで賑わうパーティーの中から異様な気配を感じ取り静かに視線を向けたのだった。
アレスの視線の先に居たのは左顔面に縦一文字の大きな刀傷を負った男。
その立ち振る舞いから明らかにただ物ではないオーラを放つその男こそ、御三家の一角であるフォルワイル家の現当主。
エメルキア王国軍総軍団長にしてティナの実の父親である、ゼギン・フォルワイルだったのだ。
(あれがゼギン総軍団長……初めて直接見たが恐ろしく強いな……)
かつてアレスが王宮に居た頃にはゼギンは他国との戦争の前線に赴いており、アレスが彼と出会ったのは初めてだった。
ゼギンはフォルワイル家とのつながりを持ちたい貴族たちに囲まれアレスに意識を向けていなかったが、アレスは彼が瞳の奥に秘める圧倒的な実力に動揺を隠せなかった。
「……」
(あっぶね!!この距離で視線に気づかれた!?)
するとゼギンは周囲の貴族たちが向ける視線とは全く別物のアレスのそれに勘付き、静かにアレスの方向に目を向けたのだ。
それを覚ったアレスはすぐに視線を逸らしたことで何とかゼギンと目が合ってしまう事態を回避した。
「ゼギン様、いかがなされましたか?」
「……いや、なんでもない。私の気のせいだったようだ」
「……?」
少しの間アレスがいる方向に顔を向けたゼギンに会話をしていた貴族がどうかしたのかと問いをかける。
ゼギンは何を考えたのか。
一瞬の沈黙ののち少しだけ口角を上げながらそう答えたのだった。
(ティナは家の厄介ごとに俺たちを巻き込まないようにしてくれてんだ。ここで当主様に目を付けられたらダメだよな)
「アレス?どうかしたのか?」
「いや、何でもないさ」
表向きはスキルを持っていないことになっている自分がティナと一緒に居ると彼女の父親に知られれば面倒ごとにならない訳がない。
アレスは不用意にゼギンに近づかないように心のうちで注意するようにして3人との会話を楽しむことにしたのだった。
そうして何事もなく時は過ぎてゆき、ソシアとジョージも完全にこの会場の雰囲気に馴染んだ頃。
常に貴族たちに囲まれていたゼギンの周りが少しだけ騒がしくなったことをアレスは意識の片隅で感じ取っていた。
「ええ、それでは私はこの辺りで失礼させてもらおう。まだやらねばならん仕事が残っているのでな」
「ゼギン様。お忙しい中お時間いただきありがとうございました」
(うーん。やっぱりあいつ隙がねぇな。もう不用意に視線も送れん)
「ちょっとアレス?あなたさっきから妙に上の空じゃない?」
「ああごめん。ちょっとぼーっとしてた」
ゼギンは事前にティナが話していた通り途中で晩餐会を抜け帰っていった。
この晩餐会で1番の大物だったゼギンが帰ってしまったことで晩餐会のムードは心なしか終わりに向かっていくような雰囲気となっていた。
(あとはティナが最後の挨拶を済ませてくるまで過ごしたら終わりか。初めはどうなることかとは思ったけど来て良かったな)
「あれ?なんだか向こうが少し騒がしくなってきましたね」
「誰か来たのかな?あれは……ネオン様?」
(なんだ!?会場の雰囲気が変わった気がする!なんだ、一体何が……)
ガシャァアアアアン!!
「きゃあああ!!」
「なんだぁ!?」
ゼギンが会場を去ってしばらくした後。
晩餐会の始めの方でしか姿を見せなかったネオンが突然護衛の兵士に囲まれて会場に戻ってきた。
その様子を眺めていたアレスが言葉にできないような違和感を感じ取ったその直後、なんとアレスたちから見て部屋の奥にあった巨大シャンデリアが突然地面に落下したのだ。
「なに!?何が起きたの!?」
「シャンデリアが落下したんです!」
「周りには人がたくさんいたよね!?助けに行かなきゃ……」
「待て!動くなソシア!!」
「え!?」
ガシャァアアアアン!!
「きゃあ!!」
突然の惨状にパニック状態に陥る会場の人々。
その様子を見てソシアがいち早く落下したシャンデリアの傍に居た人たちを助けに行こうとしたのだが、そのすぐ直後にアレスたちに近い側のシャンデリアも同様に地面に落下したのだ。
「うそ、真っ暗!?他の明かりはどうしたの!?」
(事前に消されてたのか!?くそ、全然気が付かなかった!)
「っ!?貴様か犯人はぁ!!!」
「アレスさん!?」
2つのシャンデリアの落下に伴いそれに巻き込まれた明かりも消えてしまい、他の明かりも何者かによって消されてしまっていたせいで会場はほとんどなにも見えなくなってしまっていた。
状況を理解できずに騒ぐ参加者の声で混乱を収めようとするビーラや兵士の声はかき消されてしまっている。
そんな大混乱に陥った暗闇の会場の中、アレスは窓から差し込む月明かりとわずかに残った照明の光を頼りに会場内を素早く動く不審者の気配を捉えたのだった。
「ネオン様!?我々の傍から動かないでください!!」
「ネオン様?ネオン様!?返事をしてくださいネオン様!!……っ!?誰だ、何をする!?」
(悪いな、丸腰じゃ心許ないんで剣を借りるぞ)
バリィイイイン!!
「窓ガラスを割って外に!!野郎逃がさねえぜ!!たぁりゃああ!」
アレスは暗闇の中で狼狽えるネオンの警備兵から一瞬にして剣を奪い取ると、窓ガラスの割れる音を捉えてすぐさまその後を追い飛び降りた。
晩餐会の会場は2階で窓は中庭に面しており、騒動の犯人と思われる人物は窓から飛び降りると中庭の中心へと向かっていった。
その人物は大きな仮面を装着しておりフードと合わせ正体を隠している。
仮面の人物の右手には大きなこん棒が握られていたのだが、驚くべきは左わきに先ほど兵士たちに囲まれていたはずだったネオンを抱えていたのだった。
「待て誘拐犯!とりあえず姿を見せな」
「くっ!?」
誘拐犯と同様に階下に降りたアレスは一瞬にして犯人との間合いを詰め剣を構える。
犯人はそれに気が付くと振り向きざまに右手に持っていた大きなこん棒を振るったのだが、アレスはそれをいとも簡単にかわし斬撃を犯人に叩き込んだのだ。
「ぐっ!?なっ、仮面が……」
「動きが大振りで調整しやすかったぜ。さあ、正体を明かしてもらうぞ」
アレスの斬撃を食らった犯人はたまらずバランスを崩しネオンを離してしまう。
しかし縦に斬られたはずの犯人の顔に傷はなく、なんとアレスは犯人の付けていた仮面とマントのみを的確に切り落として見せたのだった。
「アレス!!大丈夫か!?」
「ティナさん!!」
アレスが犯人の仮面を斬り落としたほんの数秒前。
晩餐会の会場ではティナがアレスと同じように警備兵から剣を奪い窓から飛び降りていったのだ。
「ソシアさん!我々は装備を何も持っていないのでここで大人しく……」
「ふっ!!」
「ソシアさん!!??」
ティナが飛び降りたことを確認したソシアはほぼ反射で2人の後を追って窓から飛び降りて行ってしまった。
これには何の装備も持たないジョージも心配になりじっとしていることなんて出来なかった。
意を決し3人の後を追うように窓から飛び降りたのだ。
「あだっ!?3人が当然のように飛び降りたせいで自分も行けると思ってしまった……ま、待ってくださいソシアさん!」
身軽な前衛2人は当然として森育ちのソシアも何の躊躇いなく2階の窓から飛び降り無事に階下に着地を果たす。
だがジョージだけは着地を上手く成功させられず若干のダメージを負ってしまい遅れて3人の元に急いだのだった。
「はぁ……はぁ……皆さんご無事ですか?……って、あれは!?」
「確かネオンのスキルはオーガキングって言ってたよな」
「ああ。つまりそういうことだ」
「じゃあやっぱりあの姿は……」
仮面とマントを失った男は月明かりに晒されその姿を明らかにする。
赤い肌に白い髪。
前髪と額の境目のあたりから生えている大きな2本の角が彼を人間ではない存在だということをはっきりと物語っていた。
「あれは……オーガ!?」
晩餐会を襲撃し、ネオンの誘拐をもくろんだ人物。
それは人間とは異なる種族、オーガだったのだ。
そろそろ毎日投稿が追い付かなくなってきそうなのでお休みの日を設けたいと思います




