敵の正体
「ぐぅ……」
完璧なタイミングでカウンターを返されてしまったゼギンは胸を激しく切り上げられてしまった。
鮮血を撒き散らしながらゼギンは決死の思いで男から距離を取る。
(異次元の見切りからのカウンター……しかも地を這う様な超低空の刃で足元に意識を向けさせ跳ね上がる斬撃とは。こんなもの誰が躱せるというのだ)
「ふん……あいさつ代わりとしてはなかなかだな」
「父上ぇ!!」
「取り乱すな。浅くはないが致命には遠い」
ゼギンは白の鎧に血を滴らせながら再び剣を構え直す。
「……」
(まだ何も喋らぬか……それに追撃をしかけようともしなかった。俺などいつでも殺せるというつもりか、あるいは……)
深く斬られた胸の傷が灼熱を帯び、立っているだけでゼギンに激痛をもたらす。
だがそんな状況でもゼギンは冷静に敵の男を正面に捉え、冷静に思考を巡らせていた。
(あのカウンターが奴のスキルか否か。とにかくもう迂闊に攻撃はできんな。時間をかければかけるほど有利になるのはこちらだが……)
「……!!」
(ちッ!それを許してくれるはずも無しか!)
このまま膠着状態が続けば有利になるのはゼギンの方。
援軍が到着し数でこの男を攻められると考えたゼギンだったが、そんなことは承知してると言わんばかりに構えたままのゼギンに男は攻撃を仕掛けてきたのだ。
「はぁ!!」
ガキンッ!!
空間を切り取ったように距離を詰めて来る男。
そのまま繰り出される一撃をゼギンは剣を横に構えで受け止めにかかった。
刃と刃が衝突し、火花が奔る。
その衝撃だけで腕が痺れ、負傷していたゼギンは普段の踏ん張りが利かず床を削るように後退する。
(見かけによらず重い攻撃……!)
「……」
(かと思えば目にもとまらぬ連撃か!)
なんとか男の一刀を受け止めることに成功するゼギン……だがそれだけで男の攻撃の手は止まない。
威力重視の思い一撃の直後に繰り出されたのは極限にまで速さを重視した斬撃。
左右上下……あらゆる角度から高速の刃が振り下ろされる。
「くぅ!!」
ゼギンは鬼の形相で必死に剣を振るう。
弾くたび……弾くたびに速度を増す男の刃。
僅かに拮抗したかのように見られた攻防だが瞬く間にゼギンのみが血飛沫を上げてしまう。
「父上!!」
(このままじゃマズい!援護を……いや、まずは倒れてるあの人を!)
それをみたティナはとっさにゼギンの援護にまわろうとしたのだが、自分が今1番しなければいけないことを思い出し覚悟を決め走り出した。
それは男の後方に倒れている兵士の救出。
「大丈夫か!?しっかりしてください!」
「も、申し訳ありません……」
ティナは倒れていたフィリップを抱え男から距離を取る。
男にやられて倒れていたフィリップだが目立った外傷はなく命に別状はなさそうであった。
(この人も……気を失ってはいるが出血は少なそうだ!)
「重っ……だけど、ひとまず離れます……」
さらにティナは付近に倒れていた他の兵士の救助も行う。
3人を抱え、歯を食いしばりながら男の視界から外れるように壁際まで彼らを移動させる。
「申し訳ありませんでした……ティナ様……私では奴に剣を抜かせることすらできませんでした……」
「喋らなくて大丈夫です!」
「ですが……奴等の正体がわかりました……奴等は、ユガリ帝国の工作員です……」
「なんだと!?」
(ユガリ帝国!?まさかそんなことが……)
ひとまず戦いに巻き込まれそうな距離に居た兵士を救出したティナは深手を負っていないことを確認しゼギンの援護に向かおうとする。
だがその時フィリップは敵から聞き出したとんでもない情報を口にしたのだ。
「おい!それはほんとうか!?」
「他の襲撃者を問い詰めたのですが……嘘である可能性は低いと判断しました……」
エメルキア王国は現在2つの国と戦争状態である。
アレスの周囲で暗躍し陰から侵攻を続ける南方のタムザリア王国。
そして近年は目立った攻撃を仕掛けてくることはなくなっていた西方のユガリ帝国だ。
フィリップが敵から聞き出した情報では、この仮面の襲撃者たちの正体はそのユガリ帝国の工作員ということなのだ。
(こいつら……ただ者じゃないとは考えていたがまさかユガリ帝国の刺客だったなんて……)
ただの盗賊や反乱分子ではない。
隣国――いままさに睨み合い緊張状態にあった敵国の影が、こんな場所にまで忍び寄っていた。
それは、エメルキア王国全体を巻き込む戦争の火種そのもの。
事態はより深刻なものであったと知ったティナの刀を握る手が、痛みを訴えるほどに強張ったのだ。




