史上最強の敵
屋敷の庭で巻き起こる戦いの振動が遠くに響く大階段前の広間。
部下の悲鳴を聞きつけ駆けつけたゼギンはそこに居た襲撃者の男と相対していた。
「……っ」
奥歯を噛み締め、ゼギンの視線が揺れる。
襲撃者の周囲にはゼギンが駆けつける前にやられた王国軍の兵士が何人も倒れている。
不用意に攻撃を仕掛ければ彼らを巻き込んでしまうため迂闊に手を出すことができない。
しかしゼギンが額に汗を滲ませていた理由はそれが主ではなかったのだ。
(こいつ……強い!)
それはゼギンが一目でその男の以上ん強さを感じ取っていたからだった。
男は無言のまま静かに抜いた剣をだらりと構えている。
だが纏う気配はゼギンが今まで戦ってきたどんな戦士とも比べ物にならない。
圧倒的な力と殺気を凝縮したような存在感がこの空間を丸ごと支配していた。
「父上!!敵は……うッ!!」
そんな膠着した戦場にティナが遅れて姿を現す。
だがこのフロアに足を踏み入れた時点でティナはその襲撃者の放つオーラに一瞬で気圧されてしまったのだ。
(なん……だ、あの男は……)
空気そのものが重くのしかかり、息を吸うだけで肺が悲鳴を上げるような錯覚。
すぐにでも戦闘に移れるように剣にかけていた右手は震え、思わず足が止まってしまう。
その敵への恐怖に全身が支配されそうになる中、ティナの脳裏には友の姿が浮かんでいた。
(あいつは……アレスと同等。いや、それ以上の強さかもしれない……)
それは彼女が最も信頼し強いと信じていたアレスのこと。
そんなアレスと比較しても劣るどころかむしろ勝るほどの圧力に心が折れかける。
「ティナ。思考を止めるな」
「ッ!!父上!」
だが絶望に染まりかけたティナに気付いたゼギンは襲撃者を真っ直ぐにとらえたまま、振り向くことなくティナに声をかけた。
「ダメだ父上!あいつは私たちが戦って勝てる相手じゃない!ここは一度逃げて……」
「ああそうだ。お前は逃げろ」
「ッ!?」
「あの男とは俺1人で戦う」
ティナの目が大きく揺れる。
ゼギンがあの敵の強さをはかれない訳がない……
そのことを強く確信してしまっているからこそ父親の覚悟にティナの言葉がまとまらない。
「父上……なんで、勝てないってわかるだろう!?なら一度引いて援軍を待つ方が……」
「それを見逃してくれるような奴ならいいがな。背を向ければ次の瞬間首が飛んでいても何も不思議じゃない。それに……」
「……!」
「俺は国を、民を。そして……、……すべてを守るために死ぬととうに決めているからな」
ゼギンは一瞬口にしかけた言葉を飲み込むような様子を見せ剣を固く握り直した。
縁を切ってしまいたいほどには嫌いだと考えていたはずなのに……父のその死を覚悟した横顔にティナの震えが止まらない。
「……倒れている兵士たちを救うんだな?」
「ティナ!逃げろと言っただろう!!」
「いくら父上でもあの男と戦いながら彼らを気にかける余裕はないはずだ!隙を見て皆を安全な場所に運ぶ。でなければ話にすらならないはずだ」
「……!分からず屋が……わかった。その間は何があっても奴の中を俺が引き受ける」
今すぐに逃げ出したい……そんな恐怖心を抑えながら、ティナは刀を抜き父親の隣に立つ。
ティナの目的は敵の周囲に倒れている兵士たちの救出。
ただでさえ強敵なのに倒れている味方を気にしながらでは戦いにすらならないと判断したのだ。
「――行くぞッ!!!」
心臓を鷲掴みにされるような恐怖に抗いながらゼギンは己を叱咤する。
獣の咆哮のような叫びと共に地面を蹴り、凄まじいスピードで男に突進をしたのだ。
(様子見はない!!いきなり首を撥ねさせてもらう!!)
ゼギンが振るうは重厚な鍛鉄の剣。
しかしその動きは極限にまで速く、雷光と見間違うほどの剣筋は鋼鉄の装甲を持つ巨大な獣の胴すら両断できそうな一撃となり男の首をめがけ振り下ろされた。
しかし……次の瞬間信じられないようなことが起こる。
ブォン!!!
(なに!?剣が……すり抜けた……?)
ゼギンが放った高速の一刀は、なんと男の体を一切の抵抗もなくすり抜けたのだ。
――否、すり抜けたようにゼギンには感じられた。
「……」
(躱されたのか!?まずい!!)
目で追うことすら困難なゼギンの一振りを、なんとその男は極限にまで引きつけ……なおかつ最小限の動きで躱してしまったのだ。
超人的な見切りの結果、ゼギンは躱されたことに気付くのが遅れた。
そしてその一瞬の隙はこのレベルの敵を前にして致命的なものだった……
「ぐぅうう!!」
「父上ぇ!!」
ゼギンの攻撃を紙一重で躱した男はそのまま流れるようにゼギンの懐に入り込む。
繰り出したのは地面を這う様な足斬り。
完全なカウンターの形をとられたゼギンはとっさに後方へ飛び退くも、それに合わせ垂直に跳ね上がった男の剣がゼギンの胸を深く切り上げてしまったのだ。




