ジョーカー
仮面の襲撃者たちによってネレマイヤ家の外壁が破壊されたまさにその時。
その様子を夜の闇に溶け込みながら、周囲で1番高い建物の屋根の上から観察していた2人の影があった。
「アレス様……あれは屋敷の警備を欺くための陽動作戦ですか?」
「なわけあるか。俺も今驚いてる所だよ」
それは全身を黒の衣装で覆い屋敷の様子を窺っていたアレスと、同じく黒の執事服に身を包んだロイ。
2人は屋敷に侵入する時間まで周囲で待機している予定だったのだが、突然屋敷の外壁で起きた爆発に驚きを隠せない様子だった。
「そりゃネレマイヤ家を狙う輩は大勢いるだろうけどよ、よりにもよってなんで今日なんだよ」
「ですがアレス様。これはかえって好都合なのでは?」
「まあな。これならこそこそする必要性もなくなった」
ロイの言葉にアレスは黒のスカーフで鼻まで覆うと、気合を入れるための腕のストレッチを開始した。
「んじゃあちょっと早いけど行ってくるわ。ロイさんは予定通り俺が出てくるまで待機で」
「かしこまりました。それではお気を付けていってらっしゃいませ」
「うす!」
アレスはそうロイに返事をすると、屋根の上から飛び降り夜の闇へと姿を溶かした。
すでにネレマイヤ家の屋敷は襲撃者との戦闘で混乱状態にある。
その隙を突いてアレスはジゼルを連れ出す計画を完遂しようと考えたのだった。
一方屋敷を取り囲む外壁が破壊された直後の屋敷の敷地内では、突如襲い掛かってきた襲撃者たちに王国軍の兵士たちの間に混乱が広がっていた。
重々しい足音と共に怒号が押し寄せてくる。
無数の仮面をつけた襲撃者たちは素早い動きで兵士たちをかく乱し、一斉に襲いかかる。
「敵襲だ!防衛線を維持しろ!」
「一歩も通すな!」
対する兵士たちは盾を構え、陣形を整えながら必死に応戦する。
鋼と鋼がぶつかり合い火花が散るその様はまさに戦場。
しかし奇襲に成功した襲撃者たちは兵士たちの陣形が整いきる前に攻勢を仕掛け、数に勝る兵士たち翻弄していった。
「ぐっ……陣を乱すな!」
「怯むな、耐えろ!」
兵士たちの必死の叫びも虚しく、屋敷のに向けて放たれた魔法が周囲を眩いほどに照らす。
轟音と共に石壁が爆ぜ、粉塵が辺りに吹き荒れる。
「壁が破壊されたぞ!!」
外の兵士を抑える役目の10人程度の人数を残し、襲撃者たちは爆破した壁の穴から屋敷内へとなだれ込んだ。
仮面の襲撃者たちは1人1人が手練れの戦士たち。
不意を突かれた王国軍の兵士たちは一気に陣形を崩壊させられてしまったのだ。
襲撃者たちが屋敷に侵入してきたそのころ、ゼギンとティナは屋敷内の廊下を全力で走っていた。
「屋敷内に入られたようだな。あれだけの警戒態勢を敷いておきながら不甲斐ない」
「だがまさかこんな王都の真ん中でこれだけの大規模な襲撃を仕掛けて来るとは予想できなかった。敵は一体何者だ!?」
別方向からの時間さの襲撃を警戒し兵を分散させたことが仇となり、一点突破を仕掛けてきた襲撃者たちは多数屋敷内への侵入を果たしていた。
その現状にゼギンは部下の不甲斐なさを嘆いていた。
「……おい」
「言われなくても気付いてる!一瞬で制圧して他の援護に向かう!」
廊下を走っていたゼギンたちだったが、曲がり角に差し掛かったその時ゼギンが急に足を止めたのだ。
一瞬遅れてティナも反応し臨戦態勢へと移る。
その瞬間、廊下の影から仮面の襲撃者たちが飛び出してきた。
「いきなり頭かち割っとけぇ!!」
「無駄だ」
角から姿を現した襲撃者は不意を突くように跳躍、ゼギンの頭上から鉄の塊そのもののような棍棒を思い切り振り下ろしたのだ。
だがゼギンは怯まず剣を抜くと、その一撃を片手で受け止める。
「不用意に飛び上がるのは得策とは言えんな」
「ぐぇ!?」
さらにゼギンはそのまま流れるように蹴りを放つ。
まるで猛獣の突進のような重く鋭い蹴りが襲撃者の腹に突き刺さり、一撃でその襲撃者の意識を刈り取った。
「馬鹿が!全員殺す必要はねえって言われてんだろ!」
「厄介な奴は素通りさせてもらうよ!」
「私がそれを見逃すと思うか?」
その様子を見た後続の襲撃者たちはゼギンを倒すのは難しいとして、素早くその脇を通り抜けようとする。
だがそれを予期していたように行先を塞いだティナは、そう冷たく言い放つと一気に冷気を放出し2人まとめて氷漬けにしてしまったのだ。
「ぐぅ……動け……ねえ」
「くそったれ……こんなところで……」
「数が多い。さっさと次に行くぞ」
「わかってる!!」
襲い掛かってきた敵を制圧した2人はすぐさま次の敵を討ち取るために走り始める。
2人がいたのは屋敷の奥に続く重要な道。
その後も襲撃者たちが次々に襲い掛かってきたのだ。
「はッ!!どれだけ手強い奴等かと警戒したが、存外大したことはないな」
「一応言っておくが被害は最小限にするんだぞ。拠点防衛の基本だ」
さらに進んだ所で数名の襲撃者たちを無力化したゼギンとティナは、まだ身動きが取れる様子だった敵の拘束をしていた。
「今までの私の戦闘を見てなかったのか?周りの建物や物は傷つけていないし、こいつ等にも無駄な破壊はさせてないぞ」
「それともう1つ、敵に攻められた際は基本絶対的に不利な状況にあると思え」
「……?奇襲を受けているから不利なのは当然だろう?」
敵の拘束を終えたゼギンは一息つくと同時にティナに防衛の基礎を教えていた。
襲撃を受けた際には自分たちは圧倒的に不利な立場にある。
奇襲を受けるという意味で不利になるのは当たり前だと返すティナに、ゼギンは浮かない表情のまま答える。
「敵が勝算もなく突っ込んでくる馬鹿なら苦労はないだろう。だが奇襲を仕掛ける側は勝算があって仕掛けてくる。こちらを十分に調査する猶予がある場合は特にだ」
「……こいつらが私たちを殺せると?」
「俺がいることが奴等にとって想定外ならいい。だが俺がいると分かったうえで攻めてきているのだとしたら?」
「それは、つまり……」
「奴等には俺たちを殺せるだけの戦力か策があるのだろう……とっておきのジョーカーがな」
「ジョーカー……」
「がぁああああ!!」
「ッ!!」
ゼギンがそう発した直後、周囲に男性の悲痛な叫び声が響き渡った。
その声に心当たりがあるゼギンは目を大きく見開く。
「この声は……」
「知ってるのか!?」
「部隊の指揮を任せていた部下の声だ。行くぞ!!」
それはゼギンが部隊の指揮を任せられるほどの兵士の悲鳴。
その声からただ事ではないと感じ取ったゼギンは即座に声がした方向へ走り出した。
「むッ!!」
「がッ……ああ……」
全速力で廊下を駆け抜け、少し開けた大階段前のスペースに辿り着いたゼギン。
しかしゼギンはそこでとんでもない光景を目撃することになる。
「フィリップ!!」
「ゼ……ギン、様……?」
そこに居たのは1人の襲撃者。
その外見は一見先程までの襲撃者たちと同じだが、その男が放っていたオーラは明らかにその他大勢のものとは異なる異質で圧倒的なものだった。
男は、先程通信魔法でジゼルの警護を任せていた部下……フィリップの頭を片手で鷲掴みにしていた。
とてつもない握力に頭を締め上げられたフィリップは剣を手放し、膝をついたまま襲撃者の腕を必死に掴むことしかできなかった。
「貴様が……ジョーカーだな」
その男を見たゼギンは奥歯を強く噛みしめ、全身の筋肉を隆起させ前へと歩み出た。
その表情はまさに戦場の鬼と呼ぶにふさわしい物。
そんなゼギンの様子を見た男はフィリップから手を引き、ゆっくりと剣を引き抜いたのだった。




