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襲撃者

アレスがネレマイヤ家の屋敷に侵入してジゼル・ネレマイヤを連れ出す計画を実行する当日の午後のこと。

その日のネレマイヤ家の屋敷の警護に参加することになっていたティナは、同じく警護に加わる従姉のルシーナと学園の門の前で待ち合わせをしていた。


「遅いですよルシーナ姉さん。待ち合わせの時間はとっくに過ぎてます」

「ご、ごめんなさいティナ様!今日提出しなきゃいけない書類にうっかりコーヒーをこぼしちゃって……」

「まったく、そのおっちょこちょいな性格は相変わらずですね。さあ、早く行きましょう」


ティナとルシーナは一つ違いの従姉妹だった。

年齢ではルシーナが上だが、フォルワイル家の当主の娘であるティナの立場は彼女よりも重い。

気弱な性格も合わさりルシーナもティナのことを様付けで呼んではいたが、それでも他人を羨んだり蔑んだりしないルシーナにティナはかなり心を許しており、分け隔てなく話せるような間柄だった。


「ルシーナ姉さんはネレマイヤ家の警備に加わるのは初めてでしたっけ?」

「うん。生徒会のお仕事が忙しくてなかなか時間が取れなくて。でもこれからはもうちょっと参加できると思いますよ」


二人は並んで歩き出す。

向かう先は、ネレマイヤ家の屋敷。

ジゼルに危機が迫っているという予言を受け王国軍がネレマイヤ家の警備を強化していたが、ネレマイヤ家とフォルワイル家の信頼関係の構築と将来王国軍の中核を担う彼女たちの研修も兼ねティナたちもこうして警備に加わることになっていた。


「……それにしても、ジゼル様に危機が迫っているって具体的にはどんな危機なんでしょうね?」


ネレマイヤ家へと向かっていた2人だが、その道中でルシーナがそうぽつりと疑問を漏らしたのだ。

その問いにティナは僅かに言葉を詰まらせる。


(私以外の者に見つかればただじゃ済まない……何とか見つからずにやり過ごせるだろうか……)


ティナは昨日聞いてしまっていた。

今日の夜、アレスがジゼルを連れ去る計画を立てていることを。

もちろんアレスも完全な悪意からその計画を実行しようとしている訳ではない。

だが傍から見ればそれは疑いようもなく犯罪であり、アレスの正体がバレるようなことがあれば王国軍を完全に敵に回すことになる。


(……彼ならうまくやると思うが)


胸の奥で小さく祈りながら、ティナは無表情を装って歩みを進める。

隣のルシーナはそんな従妹の心中を知る由もなく、楽しげに世間話を続けていた。

夕暮れの街道を歩く二人の影は長く伸び、やがて静かにネレマイヤ邸の方角へと吸い込まれていった。




「王国軍総団長、ゼギン様がお見えです」


一方そのころネレマイヤ家の屋敷内、ジゼルの部屋。

重厚な扉が控えめに叩かれ、侍女の声が響いた。


「……通してちょうだい」


ジゼルが短く応じると扉が開き、堂々たる軍装に身を包んだゼギンが姿を現した。


「久しぶりだな、ジゼル殿」

「遠路ご足労いただき感謝します、ゼギン様。総軍団長である貴殿に直々に屋敷を警備してもらえるなんてね」


ジゼルの声音は落ち着いていたが、その瞳の奥にはわずかに動揺が見て取れた。

今晩はアレスが自分をレウスの森に連れていくために屋敷に侵入してくる手はずになっている。

だがそんな日に限ってエメルキア王国最強のこの男が警備に加わってしまうというのだ。

そんなジゼルの心の揺らぎを見逃すほど、この男は鈍くはない。


「……いかがされましたか?」

「いえ……今朝から少し体調がすぐれないのです。心配には及びませんよ」

「人間とエルフのハーフであるあなたには人間の住む世界は適していないんでしょうな。こんな狭い部屋に自然を再現したところでたかが知れている」

「相変わらずあなたは容赦がない……ですが脆弱な私が囲いのない大自然へと放たれれば、とても生き延びることなど叶いませんよ」

「……」


二人の間に微妙な沈黙が落ちた。

互いに言葉を尽くして親しみを見せるでもなく、かといって不和を表すでもない。

ジゼルには明らかに秘め事があるようにゼギンの目には映ったが、自分にそれを明かすことは決してないことを悟り、追及することをしなかった。


「体調がすぐれないのでしたらこれ以上の長居は無用ですな。失礼した」


形式的な言葉を交わし終えると、ゼギンは静かに踵を返した。

厚い軍装に包まれた背中が扉の方へと遠ざかっていく……ただ歩いているだけだというのに、その背には圧倒的な存在感が宿っていた。


戦いの才など持たぬジゼルですら、ひしひしと肌に感じるものがある。

まるで戦場を幾度も潜り抜けてきた者だけがまとう重圧。

近づけば刃に触れる前に心を折られてしまいそうな気配だった。


(……彼が屋敷を警護している中、アレス君は屋敷に入れるのでしょうか……)


ゼギンが立ち去った後、ジゼルは彼が放っていたプレッシャーから解放されたように深く息を吐いた。

その目にはアレスの侵入は不可能になったと悟り、母から聞かされたエルフの森に行く夢を諦めざるを得ない寂しさのような感情が滲んでいた。



そして夕暮れ時。

ネレマイヤ家の高い門をくぐったティナとルシーナは、予定よりもわずかに遅れて屋敷へ到着した。

簡単な身体検査を終えて屋敷の入り口にやって来た2人に待ち受けていたゼギンが鋭い視線を向ける。


「……遅いな。事前に聞いていた話ではもっと早くに来られるはずだっただろう」

「到着時刻には間に合っています」


ゼギンが2人に屋敷の入り口に来るように言っていたのは17時30分。

一方ティナたちがゼギンに伝えていた予定では17時過ぎ程には屋敷に到着できる計算であり、時間ギリギリになったことをゼギンはティナに問いただしたのだ。

それに対しティナは一歩も引かず、敵意を含んだ眼差しで応じる。

その声音は冷え切っていた。


「任務に従事する者は、時間に余裕をもって動くのが当然だ。そんなこともわからんのか」

「……っ」

「もっ、申し訳ございません!少し遅くなってしまったのは私が書類をだめにしてしまって、その後片付けに手間取ってしまったからなんです!ティナ様には何の落ち度もありません」


一歩間違えれば殺し合いが始まってしまうんじゃないかと思えるほどに険悪な雰囲気があたりに漂う。

だがそんな2人の間に入るようにルシーナは遅くなったのは自分の責任だと必死に頭を下げたのだ。

ルシーナの姿に、ゼギンは短く鼻を鳴らすだけでそれ以上の追及はしなかった。


「……まあいいだろう。ルシーナは別行動を取ってもらう。ティナ殿は私と共に屋敷内を巡回する。異存はあるまいな?」

「承知しました!」

「……承知しました」


ティナは僅かに顎を引き、毅然とした態度で応じる。


「ごめんなさいティナ様!私のせいでお父上様と険悪なムードにさせてしまって!」

「別に、奴が私に強く当たるのはいつものことだ。ルシーナ姉さんが謝る必要もない」

(うぅ……実の親子なのにどうしてもっと仲良くできないんでしょう……)


最悪の雰囲気のティナとゼギンの関係を心配しながら、ルシーナは別の警備班へと歩み去った。

その背を見送りながら、ティナは改めてゼギンと視線を交わす。

互いに一言も発さぬまま、二人は屋敷の奥へと歩みを進めていった。



そして外はすっかり暗くなり、ネレマイヤ家の警備も本格化し始めた頃。

ティナはゼギンと共に屋敷の廊下を歩いていた。

数歩先を歩くゼギンに、ティナは鋭い視線を向けたままなにも喋ろうとしない。


「俺に言いたいことがあるなら遠慮なく言ったらどうだ」

「父上に遠慮などするものか。もうすでに会話をして欲しいなどとは思ってない」

「いつまでも駄々をこねおって。それならば未練がましく振舞うな」

「ふん……」

(この男……父親としては最低だが、軍人としての力は本物だ。こいつと行動を共にしていたらアレスに接触できない……)


事前にアレスから聞かされていた計画では、21時きっかりに屋敷に侵入してくる手はずになっていた。

ティナはそこでアレスと合流し可能な限り力を貸そうと考えていたのだが、ゼギンが傍に居る現状では叶わないと考えていた。


(……まだ21時までは時間がある。それまで辛抱強く待つしかないか……)

ドォオオオン……

「ッ!?今の音は!」

「爆発音……今の様子だと恐らく敷地内だ」


重苦しい沈黙の中をティナとゼギンが歩いていると、突如その静けさを裂くように遠くから鈍い轟音が響き渡ったのだ。

爆発があった方向は壁に阻まれ様子を確認出来ないが、それでも空気の震えを感じられるようだった。


『報告!屋敷南方の外壁の一部が破壊されました!敵襲です!!』


そしてその爆発音から数秒後、敷地内に居た王国軍の者たちの脳内に通信魔法による声が響いた。


「やはり敵襲……まさか正面から来るとは、王国軍も舐められたものだ」

(まさかアレスか!?正面から殴りこんでくるなんて一体何を考えているんだ!!)


自分たちが警備しているにもかかわらず襲撃をかけてきた敵に憤るゼギンに対し、ティナはその襲撃者の正体がアレスであると考え頭を抱える。


「俺だ!!敵は何人だ!」

『敵は……30名ほど!!奇妙な仮面で正体を隠した集団が敷地内に侵入しました!!』

(ッ!?アレスじゃないのか!?)

「わかった。陽動の可能性を考慮し周辺への警戒を強めながら侵入者に対処せよ。ジゼル様の護衛はフィリップらに任せる。俺とティナは襲撃者の確保に動く」

『はッ!!』


だがその襲撃者の人数は30人以上と、ティナの予想に反しその正体はアレスではなかったのだ。

アレスではなく本物の敵であると知ったティナは僅かに動揺の色を見せたが、ゼギンは一切動じることなく部下に指示を出す。


「行くぞティナ。足を引っ張るんじゃないぞ」

「言われるまでもない!」


ゼギンに指示を出されたティナは気を引き締め直し襲撃者への対応に向かう。

屋敷の空気は一瞬で緊張に染まり、夜の静けさはすっかり消えていた。

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