事前報告
アレスがネレマイヤ家の屋敷を訪れた翌日。
先に職員室に行きスフィアから極秘任務を預かったと報告を済ませたアレスはそのまま教室へ向かった。
「みんなおはよ~……」
「おいアレス!昨日、ジゼル様から何の話されたんだ!?」
「御三家の当主様から直々に呼ばれるなんて、普通じゃありませんし……」
「なあ、秘密の任務とか……まさか、処罰とかじゃないよな?」
アレスが教室に入るとクラスメイト達が我先にと昨日のネレマイヤ家の呼び出しの件についてアレスに質問した野田。
好奇心と不安が入り混じった声が次々と飛び交い、クラスの視線が一斉にアレスへ注がれる。
どれも軽い興味や噂好きの延長に過ぎなかったがその中で一人、ソシアの瞳だけが違っていた。
「アレス君、大丈夫だった?」
ソシアの瞳の奥にはアレスを心配する気持ちが滲んでいた。
「ああ、大丈夫。ただ話をしただけだよ。別にへんなことはされてない」
「そうなの?よかった……」
「悪いな。昨日は他に用事があって学園に戻るのが遅くなっちまったんだ」
そんなソシアにアレスは心配をかけてしまったことを詫び何も問題はなかったと告げた。
昨日はミルエスタ騎士団の本部に行った後、アレスはロイを呼びネレマイヤ家の屋敷の周囲を調べたりなどしていた。
そのせいで学園に戻るのが夜遅くなり何もなかったと伝えるのが翌日になってしまったのだ。
「それでアレス様、やはりその要件というのは極秘な内容なのでしょうか?」
「そうだな……ちょっとここじゃ話せないような内容だ」
「マジかぁ!内緒って言われるときになるな……ちょっとだけでいいからどんな話だったか教えてくれね?」
「馬鹿ねマグナ。話せないって言ってるんだから教えられるわけないでしょ」
「なんだとメアリーこらぁ!!」
「まあまあ、落ち着いてくださいマグナさん」
「ジョージ、ソシア。ちょっといいか?」
「え?何アレス君」
「放課後……ティナと3人でどこか人がいないところ……旧校舎の屋上にでも来てくれ」
「ティナさんと……わ、わかりました」
御三家の当主に呼び出されるという普通ではない事態に何があったのかと集まった皆が、何事もなかったと伝えられ拍子抜けしたと言わんばかりに賑やかに騒ぎ出す。
しかしそんな中アレスは小声でソシアとジョージの2人にあることを伝えるために放課後旧校舎の屋上に来て欲しいと伝えた。
アレスのその真剣な表情に2人は何事かと身構えたのだった。
そして放課後。
人気のない旧校舎の階段をソシアとジョージの2人は緊張した面持ちで上がっていた。
「アレス君……こんなところに呼び出してなんだろう?」
「人に聞かれたらまずいないようなのは間違いないですが……」
そうして階段を上り切った2人が屋上へと続く扉を開けると、そこにはすでにアレスとティナの姿があった。
「ようやく来たな2人とも。待ちくたびれたぞ」
「お前が早すぎるだけだよ。俺は放課後って伝えたのに1時間前から来てんじゃねえよ」
「授業が無くて暇だったんだ。君の話が何か気になって勉強も修業もする気になれなかったし」
「すみません2人とも遅くなってしまって」
「その様子だとまだティナさんにも話してないんだね。アレス君、話ってなに?」
「ん、まあ……お前らには先に伝えておかないといけないなって思って」
そう言ってアレスは柵に背を向けると、両肘をその上に掛けてゆったりと体を預けた。
そうして少し空を見上げるように顔を上げながら息を吐き、そのまま流れるように話を始める。
「昨日ジゼル様と会ったんだけどさ、ジゼル様は実は人間じゃなくてエルフでさ」
「エルフ!?」
「豊穣神のスキルを次の世代に残すために俺と子供を作りたいって言って……」
「こッ!?こっここ、子供///!?」
「スキルに縛られて自由のないジゼル様を見てたら何とかしたいなって考えて、あの人をエルフの森に連れていくことにした」
「エルフの森……またあそこに行くつもりなのか。それで私たちに同行して欲しいと」
「いや、ジゼル様を連れていくのは俺とロイさんだけだ。数日学園を空けるからお前らには心配かけないように先に言っておこうと思って」
アレスはまず初めに昨日起きた出来事を要約して3人に話した。
それは先日ブラルトルインでの事件で皆にとても心配をかけさせてしまった。
あの時は事前に説明しようはなかったがその経験を活かし、3人に心配をさせないように事前に自分が数日学園を離れることを話そうとしたのだ。
「今度は詳しく話すわ。まずまずジゼル様は……」
そして要点を話したアレスは次に昨日何があったのかを詳しく3人に説明する。
その時話したのはアレスがジゼルの境遇に同情したことと、そんな彼女に自由に生きる道を示すために手始めに彼女の希望であるレウスの森に連れていくということ。
そして外出の許可が下りないであろうジゼルを連れ出すということで誘拐という形をとることを明かした。
「まあバレないように忍び込んで連れ出すつもりなんで危険なことはないはずだ。だから皆には心配しないで欲しいなって思って」
「こっ、ここ、子供……アレス君が……ジゼル様と?ここ……」
「おいソシア?」
「ちょっとソシアさん!いつまでそこで止まってるんですか?その話はアレスさんが断ったって今話してたでしょう?」
「はッ!!アレス君断ってくれたの!?」
「当然だろ。スキル目当ての子作りなんて俺が受け入れるわけがねえ」
「よかったぁ……」
(それよかったっていうのほぼ自分がアレスさんが好きだって言ってるようなものですよ?)
先程アレスのジゼルから子供を作りたいと言われたという発言からショートしていたソシアの正気を取り戻させ、アレスは話を続ける。
「本当はこの話をすればもし俺がジゼル様を誘拐したってバレた時にお前らにまで責任問題が発生するかもって話したくなかったんだが……」
「ええ、話してくれて嬉しいですよアレスさん。そうでないとまた我々は心配させられることになりますし」
「うん。一緒に行けないのは残念だけど、アレス君が危ないことに巻き込まれてないってわかってるなら私も……」
「いや、少し厄介なことになったかもしれないぞ」
ジョージとソシアはアレスにすべてを話してもらえたことに安心感と喜びを感じていた。
だが一方でティナだけはアレスの説明に険しい表情をしていた。
「ん?どういうことだティナ」
「実は少し前に、ネレマイヤ家の予言でジゼル様に何かしらの危機が迫っていると判明した。そのため現在ネレマイヤ家の屋敷は王国軍によって警備が強化されているんだ」
「なんだと?」
それはアレスが忍び込もうとしているネレマイヤ家の屋敷が王国軍によって警備が強化されているというもの。
ネレマイヤ家の占い師によって当主の危機が予言され、その影響で厳戒態勢が取られていたのだ。
「しかもその君が潜入すると言った当日は……父上が屋敷の警備に加わるんだ」
「ゼギン総軍団長様が!?」
「しかも他にもフォルワイル家の人間が何人も。私もその日は行く予定になっている」
「うそ……ティナさんが敵に?」
「私1人であれば君を見逃すなんて訳ないが、家の人間がいるとそれも難しい。計画を延期にはできないか?」
「……いや、それはダメだ」
アレスが屋敷に忍び込むと決めた日の警備は特に最悪で、ティナに加えゼギン総軍団長までもが屋敷で待機しているというのだ。
せめて他の日にしてはどうかとティナは提案するが、アレスは険しい表情でそれを断る。
「ジゼル様にその変更を伝えるのが難しいし、何よりあまり時間がないかもしれない」
「それは一体どういう意味ですか?」
「俺は断ったがネレマイヤ家が次の豊穣神継承チャレンジとしてジゼル様に子供を作らせる可能性がある。流石に妊娠したジゼル様を連れ回せやしない」
アレスはジゼルと子を成すことを拒否したが、ネレマイヤ家が他の候補を一切考えていないとは思えない。
そうなれば時間が経てばジゼルはその次の候補と子を作らされることとなり、妊娠したジゼルをレウスの森に連れていくのはさすがにできないと考えたのだ。
「いいさ。それでもうまいことやってみせる。別に全員と戦闘するって言ってるんじゃないし。というかむしろ心配なのは俺がジゼル様を連れ出すことで警備の王国軍……お前の家の責任問題になるかもってことだ」
「あっ……それはそうですね。護衛対象の要人を守り切れなかったとなるとフォルワイル家は相当非難されることになると思いますが……」
しかしアレスが心配していたのは別のこと。
王国軍が警備する中アレスがジゼルを連れ去ればそれは王国軍の……それ以上にその場にいるゼギン総軍団長の責任問題へと発展する可能性が高いことだった。
それを聞いたティナは表情を変えることなくしばし考えを巡らせる。
「……私は父上やフォルワイル家を恨んではいるが、育ててもらった恩は忘れてはいないしフォルワイルの名を名乗る責任も感じている。だがな、それでも私にとって最も優先すべきはアレス、君だ。君には私の人生そのものを救ってもらった大きな恩がある。君が信念に従って行動するなら私はそれを尊重するし、私にできる限り協力したい」
「……悪いな。少し気が引けるがそれでもジゼル様に自由を見せてあげたい。可能な限り協力させてほしい」
「僕らは何も出来ないのが歯がゆいですが……」
「いいんだよ。ならせめて俺が犯人だってバレないよう祈っててくれ」
「うん。気を付けてね、アレス君」
こうしてアレスは3人と侵入計画を共有し、計画実行の日を待つこととなったのだ。
その日の夕方にはアレスはスフィアからの極秘任務だと偽り学園から姿を消した。
そして時間はあっという間に経過しその翌日……アレスがネレマイヤ家の屋敷に侵入する日の夜が訪れるのであった。
だがこの夜の事件はエメルキア王国の歴史に残るような大事へと発展してしまうのだった……




