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ジゼル・ネレマイヤ

御三家ネレマイヤ家の当主から突然呼び出されたアレス。

その日のうちにネレマイヤ家の屋敷にやってきたアレスは、10人ほどの警備兵に囲まれた重々しい空気の中ジゼル・ネレマイヤと向かい合って座っていた。


「すまないね、こんな物騒で。あまり緊張し過ぎず、楽にしてくれたらいい」

「お気遣いありがとうございます、ジゼル様。それで早速ではありますが、なぜ私をお呼びになったのか、その理由をお聞かせいただけますか?」

「申し訳ないが、理由を話す前に……まずは君がどんな人間なのかを知りたいのだ。せっかくだ、ゆっくり紅茶でも飲みながら話してくれないだろうか」

「……ええ、わかりました」


ジゼルはすぐにアレスを呼び寄せたわけを話そうとせず、その前にアレスがどのような人間なのかを教えて欲しいと言ってきたのだ。

ジゼルはすぐに侍女を呼ぶと2人分の紅茶を用意させた。

美術品のように繊細で美しいカップに香り高い紅茶が注がれていく。


「どうぞ、遠慮なく召し上がってください」

「ありがとうございます……とてもいい香りですね。銀樹の露(シルバー・デュー)ですか?」

「ほう。香りだけでわかるか。さすが元王族だな」


アレスは目の前に出された紅茶をわずかに顔に近づけるだけでその銘柄がなんなのかを当ててしまう。

それは紅茶好きであり元王族として様々な紅茶を嗜んできたアレスならではの特技。

だがその様子に対し感嘆の声を漏らしたジゼルにアレスは小さく肩を震わせた。


「おっとすまない。そんなつもりではなかった。過去に触れるのは軽率だったな。気を悪くしたなら許してほしい」

「いえ、気を悪くしたなんてことはありません。少し驚いただけです……ただ、それが私を呼んだ理由ですか?」

「うむ、当たらずとも遠からずと言っておこうか。だがせっかくの機会だ。君がその過去についてどう考えているのか……私は知りたい」

「……と、申しますと?」

「無理に話してくれとは言わない。ただ、君さえ良ければ聞かせてはくれないだろうか。剣聖のスキルを失い……ロズワルド家からも追放された過去について」


自身の発言がアレスの過去を掘り起こすものだと気付いたジゼルはすぐに発言を訂正、アレスに謝罪をした。

だがその流れでジゼルはアレスに自分の過去についてどう考えているのかと質問したのだ。

剣聖のスキルを失い、貴族家から追放され平民となった壮絶な過去をアレスがどう考えているのか、ジゼルは試すような視線で問いかけた。


「己の運命を恨んでいるか?自分を捨てた親に復讐をしたいと考えているか?」

「……お言葉ですが、私は自分の人生を呪ってなどいません。確かに、王宮での暮らしは他では味わえない贅沢なものだったと思います。ですが、もし今王族に戻れると言われたとしても、私は今のままの生活を選ぶでしょう」

「ほう……」


アレスの心の奥底まで見定めるかのようなジゼルの鋭い視線に、アレスはとても落ち着いた口調でそう答えたのだ。

かつて自分が王宮で経験した暮らしは贅沢の極ともいえるものであった。

欲しいものはすべて手に入り、名前を覚えきれないほどの多くの従者が自分の望みをかなえるために動いてくれる。

だがそんな至極の生活に戻るよりも、アレスは今の平凡な暮らしの方が魅力的だと答えた。

貧乏で、苦労も多くある。

だがその中で出会った友がいる……アレスにとってはそれが何ものにも替え難い大切な存在だった。


「とても澄んだ目で答えるのだな……よほど恵まれた出会いをしたと見える」

「お見通しですか。さすがでいらっしゃいます」

「ならば今君が望むものなどはあるか?王族の名誉も暮らしも要らぬというなら私には想像もつかない。君をここに呼んだわけは後程話すとして、その礼として何が良いか参考にしたくてな。正直に答えて欲しい」

王族の地位に全く興味がないというアレスに対し、ジゼルはそれならばほかに欲しいものはあるのかとアレスに質問した。

だがその質問にアレスはすぐに答えを見つけることができない。


「私が欲しいものですか……正直、これといって希望があるわけでは……」

「現実的でなくてもいい。君の人となりを知るための質問だと思ってくれ」

「なんでも……私が欲しい物……」


口の中で繰り返しながら、アレスは腕を組み視線を宙にさまよわせる。

剣もある。

食うに困らぬ仲間もいる。

寝る場所も笑い合える友もいる。

不思議なほど、今の生活で心が満ち足りてしまっているのだ。

必死に探せば探すほどむしろ何も要らないという答えに辿り着いてしまう。


「ふふっ、身をよじるほどに欲しいものが出てこないか」

「すみません……自分でもつまらない人間だと思います」

「いやいや。欲深いよりはよっぽどいい。たしか君は冒険者を目指しているんだったな。私の力ですぐに冒険者にしてあげようと言ったらどうかな」

「申し訳ありません。先ほどジゼル様がおっしゃった通り、今の私には何よりも大切な友がいます。冒険者を目指してはいます。ですが今はその友人たちと同じ時を過ごすことの方が大切なのです」

「君ならそう答えると思ったよ。この時点で言わせてもらうが……私は君のことを相当気に入っている。これなら例の件も十分資格があると考えられる」


アレスの答えに満足した様子のジゼルは、アレスに柔らかな笑みを向けた。

そうして話はいよいよ本題へと向かって行く。

ついにジゼルからの頼みごとの正体が明かされるとアレスは気を引き締め直す。


「そろそろお聞かせ願えますか?私に一体何の頼みがあるのでしょうか」

「ああ、だが最後に……もう1つだけ確認しておきたい。君は剣聖のスキルを失ったが、それでもハズヴァルド学園で1番の成績を修めた。そこについては触れておかねばならん」


アレスはいよいよ本題に触れてもらえると思ったのだが、その前にジゼルは最後の質問をアレスに投げかけたのだ。

それはアレスがハズヴァルド学園で学園1位の成績を修めたという件について。

ジゼルは剣聖のスキルを失ったアレスがその成績を修めた真偽について確認すると言ったのだ。


「それは……ジゼル様も私が何かしらの不正を働いたんじゃないかと疑っているということですか?」

「そうは思ってはいない。ただ納得できるかと言われたら話は別だ。あの学園はスキルを持たない人間が簡単にないあがれるような場所ではないからな」

「では、私にどうしろと?」

「簡単だ。その剣の腕を私に見せてみろ」


ジゼルはそう言うと、部屋の扉が開きそこから1人の従者が現れた。

彼が持つのはアレスが守衛所で預けていた剣と1個のリンゴ。

そしてアレスに剣を手渡しその目の前にリンゴを静かに置いたのだ。


「これは?」

「これでも私は若い頃武芸を修めていてね。太刀筋を見ればその者の実力がある程度把握できるのだよ」

「つまりジゼル様の前でこのリンゴを切ってみせろと……もっとこう、大きくて固い物じゃなくてもいいんですか?」

「剣の腕をみるのにそんな大掛かりなものは必要ない。未熟な使い手はこれだけでも底が見えるのだよ」


ジゼルはアレスがリンゴを切るその一太刀でアレスが学園1位の成績を修められるほどの実力なのかを見極めると言ったのだ。

その眼力は先程までの穏やかなものとはまるで別人のようで、アレスの真の実力を見定めようとしていた。


「なるほど。斬るだけでいいんですね?」

「ああ。だが手加減はなしで頼むよ」

「全力で……ですか。それは難しいかもしれません」


剣を渡されたアレスは立ち上がり、一度剣の調子を確認するために剣を鞘から抜いてみる。

そんなアレスにジゼルは手加減なしでリンゴを斬ってみせろと言ったのだが、それを聞いたアレスは静かに剣を鞘に戻しながらそれは難しいと答えたのだ。


「なんと?この場で全力は出せんというのか?それともまさか、このリンゴ1つ斬れないというんじゃないだろうな?」

「いいえ、違います。私が全力で斬るとなれば……太刀筋なんてみえませんよ?」

「むッ!?」


アレスのその答えに眉を顰めるジゼル。

だがそんなジゼルの前でアレスは足を肩幅に開いたリラックスした姿勢を取り、軽く剣に手をかざした。

途端にアレスから発せられる緊張感。

その圧にジゼルは大きく目を見開いたのだが……


「……こんな風に、ね」

「……どうした?今、何をしたのだ?」


アレスはそこから剣を抜くことなくその緊張を解いてしまったのだ。

ジゼルだけでなくそこに居た護衛たちの目にもアレスは剣を抜いたようには見えず、リンゴにも一切の変化は確認できない。

アレスが居合を披露すると思っていたジゼルは予想外の行動に動揺を隠せなかった。


「まさか怖気づいたわけではあるまいな?さあ、そのリンゴを斬ってみせよ!」

「もう終わりましたよ。上下に真っ二つです」

「馬鹿な!私が君を凝視しておったが斬るどころか剣を抜いてすら……むぅ!?」


すでにリンゴを斬ったというアレスに、ジゼルはその言葉が信じられず目の前のリンゴに手を伸ばす。

彼は何の変化もない1個のリンゴのヘタを掴んで持ち上げようとしたのだが……


「なんと!?一体いつの間に!?」


ジゼルが掴んだリンゴはアレスの言う通り上下で綺麗に真っ二つになっていたのだ。

それは持ち上げるまで気付かないほど外見に変化がなく、持ち上げたリンゴの重さが想定の半分しかなかったことにジゼルが驚いたほど。

アレスが繰り出したのはリンゴ自身も斬られたことに気付かなかったと表現するにふさわしい繊細で神がかった一刀だったのだ。


「本来なら力を見せつけるような真似は好まないのですが、ジゼル様のご様子があまりに立派で……少し、パフォーマンスのようなことをしてみたくなってしまったんです」

「ふっ……ふははは!確かにこれは驚かされたわ!まさか本当に太刀筋をみることすらできんとはな!」


アレスの不可視の一刀に驚きを隠せない様子のジゼルだったが、少し間を置き驚きを通り越して豪快に笑いだした。


「だがこれで君の実力はわかったよ。私では測ることすらできんということがな」

「ではジゼル様、いよいよ例の件とやらを教えていただけるのですね?」

「ああ。もちろんだ。その話はジゼル様本人から聞くといい」

「ジゼル様……本人から?一体何を……」

「アレス君。ずっと騙していてすまなかったな。私はジゼルではない……ただの影武者なのだよ」

「ッ!!」


涙がにじむほどに笑ったジゼルだったが、なんと彼はアレスに驚きの真実を明かしたのだ。

それは自分はジゼル本人ではないということ……

なんと彼はジゼル・ネレマイヤの影武者だったのだ。


「ふっはっはっ!驚いてくれたか?さっそく先程のお返しが出来たようだな」

「え?は……本当なんですか!?あなたがジゼル様じゃないっていうのは……」

「ああ、ほんとうだ。ジゼル様はいつ誰から命を狙われるかわからぬからな。だから少し君を試させてもらった」

「本物のジゼル様は一体どちらに……」

「案内しよう。ついてくるといい」


ジゼルの影武者だった彼はその事実を明かすと、アレスを本物のジゼルの元に案内すると言ったのだ。

アレスは驚きのあまり激しくなった心臓の鼓動を落ち着かせる間もなく彼の後に続いて屋敷を進む。


「さあ、この部屋だよ。ここから先は君1人で行きなさい」

「わかりました……ここまで案内いただき、ありがとうございました。あの、もしよろしければあなた様のお名前を聞いても?」

「ふふっ、影武者風情が名乗る名などないよ。ただ、そんな私でも君との会話は有意義なものだったと感じたよ。それだけは真実だ」

「はい……ありがとうございました」


案内を終え、来た道を引き返す彼にアレスは深々と頭を下げた。

そして重厚感あふれる扉の前……アレスは今度こそネレマイヤ家当主、ジゼル・ネレマイヤと対面すると気を引き締め直した。

アレスは三度、落ち着いた様子で扉をノックする。


「……返事がない?ジゼル様?入ってもよろしいでしょうか?」


しかし部屋の中から明確な返答はない。

入るか悩んだアレスだったが、周囲に誰もいないため再び扉をノックし部屋の中に入ることを決めたのだ。


「ここは……中庭?」


大きく重い木製の扉を開けると、その中はなんと室内庭園のような光景が広がっていた。

天井は驚くほど高く、屋外かと勘違いする様な天井や壁の模様に魔導照明の明かりが太陽のように部屋中を包んでいた。

床は美しい芝生が広がり、手入れされた草花に辺りを舞う蝶がおとぎの国に迷い込んだかのような雰囲気を作り出していた。


「ジゼル様は一体どこに……っ!あの人は!」


そんな室内庭園をゆっくりと進むと、アレスの目線の先に1人の若い女性の姿が現れた。

その女性の姿を捉えたアレスの足が止まる。

それもそのはず、この部屋にはあの女性以外の人がいる気配はしないのにジゼル・ネレマイヤの年齢とあの女性の外見がまったく一致しないのだから。


(本物のジゼル様が男性か女性かは分からない……でも、ジゼル様が生まれたのは70年以上前なのは間違いないはずだ!じゃああの女性は一体……)

「ようこそ、はじめまして。私がジゼル・ネレマイヤです」

(ッ!!あの耳は!!)


ジゼルの外見は分からないが、国の様々な情報からジゼルが70年以上生きていることは確実だった。

そのためアレスはあの若い女性がジゼルであると信じられずに戸惑っていたのだが、アレスを見つめたその女性が軽く会釈をした際に見えた耳の形からその疑問の答えを得ることになったのだ。


「ジゼル様はエルフ……だったんですか……」

「ええ、その通りです。といっても人間の父とエルフの母との間に生まれたハーフですが」


透き通った琥珀色の瞳に腰まで届くシルクのような美しい金髪。

そしてエルフの特徴である尖った耳をしたジゼル・ネレマイヤは、まるで植物のような希薄な気配を纏いゆっくりとアレスに歩み寄ってきた。


「ジゼル様……お会いできて光栄です。ジゼル様にお呼びいただき、参上いたしました」

「そんなに畏まらなくていいのですよ。あなたとはいろいろお喋りをしようかと思っていたのですが……それはあとでもいいでしょう」


アレスの目の前までやってきたジゼルはそのまま感情の起伏もなくとんでもない発言をする。


「あなたには、私と子を成してもらいたいのです」

「……ッ!!??」


ジゼルがアレスを呼び寄せたその理由……

なんとそれはアレスに自身と子作りをして欲しいというもので、あまりに唐突なその要求にアレスは完全に言葉を失ってしまったのだ。

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