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黒錆の追跡者

ソシアの内に潜んでいた小さな邪気を祓ったアレスたち。

だがその邪気の大本がコクーン・オブ・ブレインの所長、フリーダ・マギステルに取り付いているかもしれないと知ったアレスたちはすぐに彼女に会いに学園を飛び出した。

関係者以外の立ち入りは固く禁じられている研究所だが、緊急事態かもしれないということでバルシュテイン家の立場を利用してヴィオラがアポを取ってくれている。

こうしてアレスたちは魔導学術総合研究所に辿り着きフリーダと会うことになったのだが……


「いやぁ~!思ったより黒祟の壺の調査が捗らなくてねぇ~。気が付いたら夜が明けてたよ!」


研究所本館応接間にてアレスたちの前に姿を現したフリーダは徹夜で若干疲れの色が見えたものの特に呪いの影響など受けていないようだった。


「……なあソシア、誰だこの子ど……」

「うわぁあああああ!!だめアレス君!!」


徹夜したことで若干テンションが高いフリーダをみてアレスは彼女がここの所長であるフリーダ本人だと気付かず子供といいかけたが、ソシアがとっさにアレスの口を塞ぎ誤魔化す。


「……ん?今私のことを子供だと……」

「そんなこと言ってませんよフリーダ様!!ねっ、アレス君!!」

「お、おう……」

(マジか……この人がフリーダ様?普通に子供かと思った……)

「……まあいいか。それでソシア君、私に話があると聞いたがなんだ?」


アレスの発言に一瞬機嫌を悪くしかけたフリーダだったが、ソシアのおかげでアレスは何とか命拾いすることになった。

気を取り直してソシアはフリーダに今朝自分の身に起きたことを説明する。


「ほう、そうか。今朝起きたら体に邪気が潜んでいてそれがあの壺の影響だと……」

「はい。それで触ってない私が邪気を貰ったのならあのケース越しとはいえ直接持ったフリーダ様はもっと影響を受けてるんじゃないかと思ったんですが……」

「いや?私は何ともないぞ。そろそろ腹が減ってきたくらいだが健康そのものだ」


ソシアたちはフリーダが黒祟の壺に近づいたことでその呪いを受けていたと予想したのだが、彼女にそのような異変は一切起こっていなかったのだ。


「アレス君……どう?」

「ああ……確かにフリーダ様からは何も感じない。どうやら本当のようだ……」

「おかしな話だな。あの壺に近づいた私に異変はなく見ていただけのソシアに影響があったとは……いや待てよ?一応この件は国の最重要機密のはずだぞ!?まさかソシア君、彼に話したのか?」

「いや、私は話してないですけど……さっきからフリーダ様が遠慮なく名前を出すので大丈夫なものなのかと……」

「えっと、ソシアの言う通り彼女は詳しい話は俺にしませんでしたよ。俺はこのことは誰にも話しませんし……それに俺はその壺の件を事前に知ってましたから」

「ッ!!まさかメーヴァレア遺跡の事件に巻き込まれたハズヴァルド学園生とは君のことか!?もしあの黒祟の壺について直接見たことがあるなら話を聞かせてくれないか!?」

「え、ええ……いや、俺は直接見たわけではないですが……俺が知ってることであればお話しますよ」


さらっとアレスに黒祟の壺の話をしてしまったことに動揺したフリーダだったが、アレスがその壺の件についての関係者であることを知ると机に両手を突き身を乗り出すようにその話に食いついたのだ。

アレスはそんなフリーダにメーヴァレア遺跡での出来事やロイから聞いた話を可能な限り伝えることとなった。

そうしてその話を終えたアレスたちはこれ以上ここにとどまっても仕方ないと研究所を後にすることとなったのだ。



「根掘り葉掘り聞かれたな。正直ちょっと疲れたわ……」

「フリーダ様の圧がすごかったね。気が付けばもうお昼過ぎちゃってるよ」

「ああ……そう言えばソシアは朝食もまだだったよな?早く学園に戻って食堂にでも行こうぜ」

「あ……そのことなんだけど……」


研究所を出たアレスはフリーダのテンションの高さに疲れた様子で早く学園に戻り昼食にしようとソシアに伝えた。

だがそれを聞いたソシアは少し緊張した様子でアレスを引き留める。


「ん、どうした?」

「えっと。せっかく街に来たんだからさ、一緒に何か食べていかない?」


それはアレスへの食事のお誘いだった。

ソシアは恥ずかしさからわずかに頬を赤らめアレスと二人での外食を希望する。

学園の食堂でももちろん二人で食事をすることはあったが、外の店へ二人で食事に行くという経験はなかったために少し恥ずかしそうにしていた。


「ああ……そんなにお腹空いてるのか?」

「っ!!いや、そういう訳じゃないけど……」

「外食だとお金かかっちゃうじゃねえか。少し遅くなっても学園の食堂で無料で食べたほうがいいだろ?そもそも俺金なんて持ってねえよ」

「だったら私が奢るからさ!」

「悪いよそんな。戻ればそんな必要もないんだし……」

「……っ。ごめん、アレス君は私と2人で外食なんて嫌だったよね……」


少しデートみたいだとソシアが緊張する中アレスはわざわざお金を払って外食せずとも学園に戻れば無料で食事ができると言い出したのだ。

それはアレスが貧乏でソシアに奢ってもらうのは申し訳ないと思っているからだったが、それがソシアには自分との外食が嫌で断っているのだと伝わってしまう。

一度は食い下がろうとしたソシアだったがあまりのショックに目から光を失い大きく肩を落としたのだった。


「おいおい、そんなこと一言も言ってないだろ?俺はお前に奢らせるのが申し訳ないって言っただけで」

「私は全然気にしないから!むしろアレス君が一緒に来てくれるなら喜んで払うし!」

「そうか?そんなに俺と行きたい店があるのか?」

「えっ!?いや、行きたい店があるというか……ほら!やっぱり学園じゃ食べられないものだってあるでしょ!?だからたまにはそういうものを食べてみたいなって!」


ソシアの落ち込みようを見たアレスはさすがに驚きを隠せなかった。

自分の分までお金を払うことなど全く気にしないというソシアを尊重し学園に戻る前に昼食をとることに決める。


「じゃあ何食べるかはソシアが決めてよ。確かに普段食べられないものを食べるってのもたまには悪くないからな」

「ほんと!ありがとアレス君!」


やっぱり自分と食事をしてくれることにしたアレスにソシアは笑顔を取り戻す。

こうして2人は学園に戻らず街で昼食を済ませることになったのだった。



「かっれぇ~!!なんじゃこのラーメンは!!」


研究所を出て、2人で学園では提供されないものを食べることにしたアレスたち。

だがそう簡単に学園で出ない食事を周辺で探すことはできず、最終的にソシアが選んだラーメン屋で激辛ラーメンを食べることになっていたのだ。


「ごめんねアレス君……私が適当に選んだばっかりに……」

「俺はいいけど……ソシアは大丈夫なのか?」

「うん。ちょっと辛いけど全然美味しく食べられるよ」


ハズヴァルド学園の食堂のメニューはレパートリーが豊富であったがさすがに大半の生徒が食べられないような激辛の食事は提供されない。

そう言った理由から普段は食べられない辛いものを食べようということになったのだが、アレスはそのラーメンのあまりの辛さに目に涙を浮かべていた。

ソシアも予想以上の辛さに驚いていたものの、アレスよりも辛さに耐性があったのか比較的美味しそうにラーメンをすすっていた。


「熱くて辛いって1番やばいやつだもんな……いくら水があっても足りねえよ……くっ」

「……っ」


庶民派のラーメン店のカウンター席。

いつもポーチにしまっていたヘアゴムで髪を後ろで結びあげていたソシアは隣に座っていたアレスのラーメンを食べる様子に釘付けになっていた。

普段は頼もしくカッコいいアレス。

それが今だけはとても弱弱しくみえて、心配になる気持ちもあったがソシアは自身の胸の奥が疼きだしていたのを感じていた。


「んん!!げほげほ!あ”ー……かっら」

(なんで私……こんなにドキドキしてるんだろう。アレス君が苦しんでるはずなのに……///)


いつしかラーメンを食べるその手は止まり、無意識のうちに汗で光るアレスの横顔や首筋に視線が吸い寄せられていた。

そうしてのんびりとしているうちにソシアのラーメンはすっかり伸びてしまっていたのだ。



その後、何とかラーメンを完食したアレスとソシアは額に汗をかきながらラーメン屋を後にした。


「ああ……辛かった。ソシアよく平気そうに食べれたな」

「ごめんねアレス君。私のわがままで食事に付き合わせたのに苦しい思いをさせちゃって」

「奢ってもらったのに文句は言えねえよ……それに、こういうのも思い出の一つだからな。もう2度と食べないだろうけど」


かなり消耗したのか店を出たアレスは普段よりもぐったりとした様子で、まだ舌に残るヒリヒリ感に表情を歪ませていた。

一方のソシアは辛さは全く平気だったようで、アレスを心配しながらもアレスと外食が出来たことにご満悦な様子だった。


「ふふ、そうだね。次はちゃんと美味しいものを食べに来ようか」

「ああそうだな……」

「それにしてもアレス君、辛いの得意じゃないのによく全部食べきれたね」

「まあ、教会が貧乏だったから出された食べ物を残すなんてありえなかったからな……」

「流石だねアレス君。私も一応自然の恵みを無駄にしないようにってお父さんとお母さんに言われてきたけど……」

「……やっぱつけられてるな」

「えっ?」


学園に戻るために大通りを歩きながら楽しそうにアレスに話しかけるソシア。

しかしその時アレスは一切振り向くことなく自分たちが尾行されていることに気付いたのだ。


「えっ!?つけられてるって……」

「声がでかい。あんまり分かりやすく振り返るなよ。俺から見て7時から8時の方向。10メートルくらい後ろだ」

「……!!」


アレスは追跡者に覚られぬようソシアに注意しながらその人物の位置を正確にソシアに伝える。

それを聞いたソシアが慎重に背後を振り返りその人物を確認する。

するとそこに休日の人込みに紛れ、黒く重々しい鎧をまとった人物が自分たちの後をついてきていたのだ。


「うそっ!?いつから尾行されてたの!?」

「俺も辛さに気を取られて気付いたら後ろに居た。でもたぶんあの店を出た直後くらいかな」

「たまたま同じ方向に向かってるってだけの可能性は?」

「ないな。明らかに俺たちに意識を向けてる。間違いなく俺たちに用があるな」

「そんな……」


王国軍の兵士や騎士団の人間、さらに冒険者も多く行き交う中で鎧を着ている人間はそう珍しくはない。

ただ今ソシアたちを尾行しているその人間は明らかにただ者ではない雰囲気を纏っており、表面が黒く錆びついたその鎧が得も言えぬ圧を生み出していた。


「一応念のため角を曲がって確かめるぞ」

「うん……」


アレスはその鎧の人物が自分たちを尾行していると確信を持ちながら、それを証明することに加え接触した際に言い訳を許さぬよう道を曲がり尾行されていることを確定させることにした。

次の角を左に曲がり、さらに2回連続右に曲がり、最後に左に曲がることでもともと進んでいた大通りに戻る。

遠回りをするだけの進み方であの鎧の人物を撒こうとしたのだが、やはりその人物はアレスたちとの距離を一定に後ろをついてきていたのだ。


「まあ確定だな。奴は俺たちに用があるらしい」

「……っ」

「ちょっと急ぐぞ。もし戦いになるならこんなに人がいる場所はマズイ」

「わかった……」


アレスは戦闘に備え人がいない場所へ追跡者を誘導することにした。

歩く速度を速め、学園に通ずる城門を目指した。

突如自分たちの身に降りかかった異常事態。

ソシアは不安の色をその表情に滲ませる。


「大丈夫だソシア!そんな顔するな」

「ッ!!」


しかしソシアが不安な表情でアレスの後ろをついて行こうとしたその時、なんとアレスがソシアの手を握りそう言ったのだ。


「俺が絶対お前を守るから、安心しろ」

「アレス君……!」


アレスはソシアの手を引きながらソシアを安心させるように力強い言葉と共に微笑みかける。

そんなアレスの笑顔がソシアの胸に漂っていた不安の影を全て晴らしたのだ。

緊張で強張っていたソシアの肩から力が抜け、指先から伝わるアレスのぬくもりがソシアの全身に広がる。

尾行者の存在は消えたわけではなかったが、ソシアがぎゅっとアレスの手を握り返す頃には彼女の心の中は安堵と信頼と、少しの喜びに満ちていた。



「おっし。ここまで来ればいいだろう。まさかここまでついてくるなんてな」


そうして大通りを抜け、城門を出たアレスたちは学園へと続く人通りの少ない街道へとやってきたのだ。

門を守る兵士の目も届かない場所に来たのは万が一の時に彼らを戦いに巻き込まないため。

ずっとアレスたちを尾行していた鎧の人物はアレスが足を止め振り返ったことでその歩みを止めたのだ。

アレスがその追跡者と相対する中、ソシアはアレスの後ろでその様子を見守る。


「ずっと俺達のこと尾行してただろ。一体何の用なのか話してもらえるか?」

「……」

(沈黙……ね。それにしてもコイツ……強い!)


アレスの問いに、追跡者は一切の言葉も発さない。

だがアレスに話しかけられたその人物は纏う気配を一変させ突き刺すような覇気を放ち始めたのだ。

その鋭い気配にアレスは警戒を引き上げる。


「最後の質問だ。お前、なぜ俺たちを尾行した」


アレスはそっと剣に手を伸ばしながら戦闘態勢へと移行した。

その問いにも鎧の人物は何も返さない。

しばらくの沈黙を貫いたのち、鎧の人物はゆっくりと右腕を伸ばした。


(戦う気か!?なら遠慮なく制圧させてもら……ん?)

「あれ……あの人が持ってるの……私のハンカチ!?」


しかし鎧の人物が差し出した右手に握られていたものに、アレスとソシアは拍子抜けさせられた。

なんとその手に握られていたのはソシアの持っていたはずのハンカチであり、鎧の人物はそれを静かに差し出したまま動かなくなってしまったのだ。


「あ、ない!どこかで落としちゃってたの?」

「まさか……それを届けるために俺たちを!?」

「……」

「えっと……受け取ればいいんだよね?」


ソシアは自分のポケットに入っていたはずのハンカチがないことを確認すると、恐る恐る鎧の人物に近づいていく。

先程までの刺すような気配が消えた鎧の人物をアレスは戸惑った様子で見守り続ける。


「えっと……拾って届けてくださってありがとうございました」

「……」

「……そのまま帰ってっちゃった」

「マジでハンカチを渡すためだけだったのか?」


もしかすると罠なのかもしれない……そんな考えが頭を過った2人だが、その予想に反し鎧の人物はソシアがハンカチを受け取った後も一言も発することなくそのまま来た道を戻っていってしまった。

アレスたちはあまりのあっけなさに呆然と立ちつくしてしまう。


「なんだか……拍子抜けしちゃったね」

「落とし物を届けてくれるのはありがたいけどさ、それならもっと早くに声をかけてほしかったよな。おかげで無駄に警戒させられたぜ」

「うん、確かにちょっと怖い思いをしたけど……」

(でも……アレス君にあんなことを言ってもらえたから結果的にはよかったな……)


敵意を持って追跡されていると考えたアレスは無駄に警戒させられたことに不満そうな様子だったが、一方のソシアはそのおかげでアレスに手を引いてもらえたとむしろ良かったと考えていた。

その表情はとても柔らかで、あの時のことを思い出し無意識に笑みがこぼれ出てしまっていた。


「アレス君は、全然いいことなかったよね。あんな辛い物食べさせられたし、私がハンカチを落としたせいで無駄にドキドキさせられちゃったし……」

「……。いや、あったよ」

「えっ?」

「お前の髪を結んだ姿が珍しくて可愛かったから。見られてよかったよ」

「ッ///!!??」


しかし楽しかった自分と違いアレスはそんな事しかなかったんじゃないかと聞いたソシアだったのだが、それを聞いたアレスはラーメンを食べていた時の髪を結んだソシアの可愛い姿を見られたからよかったと答えたのだ。

一切動揺する様子もなく答えたアレスに対し、ソシアは想定外の答えに顔を赤らめ言葉を失ってしまう。


「とにかくもう早く帰ろうぜ。今日は何か疲れたからゆっくりしたいわ」

「あ、あっ……ま、待ってよアレス君!」


硬直して動けないソシアにアレスは早く学園に帰ろうとそそくさと歩き始めてしまう。

それを見たソシアは激しくなった胸の鼓動を鎮める間もなくアレスの後を追ってハズヴァルド学園へと戻っていったのだ。

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