また日常へ
「なあヴィオラ様。部屋に戻る前に1ついいか?」
無事にハズヴァルド学園まで戻ってきたアレスとヴィオラ。
自分たちの無事とブラルトルインでトラブルに巻き込まれたことを職員室に行って報告した後、もうすぐ日も暮れてしまうということでそのまま寮に戻って来ていた。
寮の敷地のすぐ前までやってきた2人。
アレスは周囲に人の気配がないことを確認すると、ヴィオラを呼び止めたのだった。
「どうしたのかしら?」
「俺の知識じゃ奴隷が主人の元から逃げ出した際にもその刻印は激痛を生み出すらしいんだ。逃げるってのが本人にその意思がある場合なのか、単純に距離が離れすぎることなのかはわからないけど、念のためお前に刻印が発動しないよう命令をしておきたいと思って」
「そう言うことならお願いするわ。あんな痛み2度と食らいたくないもの」
「それじゃあ……ヴィオラ、命令する。これからも今までと同じように生活を続けろ。そのためなら俺から離れることを許可する」
「ッ!!」
アレスはかつてシャムザロールにて奴隷の刻印に苦しめられていたエトナという少女と会っている。
彼女は奴隷の刻印を刻まれ、主人から逃げ出したことで刻印から発せられる激痛で命の危険に立たされていた。
その経験から奴隷の刻印が主人から離れることで奴隷の脱走だと認識してしまう可能性に思い至り、ヴィオラに脱走とならないための命令を行った。
それはアレスの命令に従い今まで通りの生活を続けるというもの。
アレスがそう命令を唱えると、ヴィオラの体がかすかに震えた。
(今の……刻印が主人から命令を受けたことを認識した?ブラルトルインではそれどころじゃなくて気付かなかったけど、アレスの命令を聞いた途端体の奥から震えて……ちょっと癖になりそう……)
「これで俺から離れても平気だろう。あとは他の誰かに知られることなくこの刻印を消す方法を探すだけだが……」
「……っ///」
「ヴィオラ様?どうしました?」
「ッ!!な、なんでもないわ!!別にもっと命令されてみたいだなんて思ってませんからね!?」
「急に何です?俺別に何も言ってないですって」
「……、……こほんっ/// とにかく、誰かにバレないことを最優先で。この刻印が消えなきゃ私は大浴場にも入れなくなるんですからね」
「分かってますよ。ヴィオラ様が大浴場に気兼ねなく入れるよう尽力しますよ。それじゃあ、いろいろとお疲れさまでした」
「ええ、お疲れ様でした……。……ちょっと待って!」
誰かに見られないうちに解散しようと、アレスはヴィオラと別れ寮に向かおうとする。
しかしその時ヴィオラは一度アレスを見送ろうとしたものの、少し思い詰めたような表情をしてすぐにアレスを引き留めたのだ。
「まだ何かありましたか?」
「やっぱり……黙ったままでいるのは許されないなと思って。アレスさん。その……あなたには謝らないといけないことがあるの。昨日あの化け物と一緒に現れたバロルホーン。覚えているかしら?」
「バロルホーン……ああ、そういえば。あの化け物の存在感が強すぎて忘れかけてましたよ」
「どうやら先にあの化け物と遭遇して殺されたみたいだけど……本当はあのバロルホーン、私がブラルトルインに解き放ったの!」
「えっ!?」
ヴィオラが明かしたのは自分がバロルホーンを使ってアレスを襲わせようと考えていた件について。
結果的にバロルホーンはあの化け物に殺され計画が予定通り進むことはなかったが、ヴィオラはそれを黙っていることが出来ずにアレスに告白したのだ。
「あなたがバロルホーンに勝てないだろうと思って、無様にやられたところで試験は不合格と言って1位の地位を辞退させようと考えたの。結果的にバロルホーンはあの化け物に殺されたし、そもそもあなたはバロルホーンなんて簡単に倒してしまう強さだった。それでも私がその計画を立てたのは事実だから、ちゃんと謝らないといけないと思って」
「そうだったんですか。黙っていれば俺は気付きもしませんでしたよ?」
「あなたには本当に申し訳ないと思ってる。あなたが望むなら私はどんな罰でも受けようと思うし、このことを公表することだって……」
「そんなこと俺は望んじゃませんよ。別に殺すつもりだったわけじゃないんでしょう?バロルホーンにも勝てないで学園1位が認められるわけないって言う理屈も頷けるし、ヴィオラ様が自分からこのことを明かして謝ってくれただけで俺は十分すぎるって思いますよ」
「アレスさん……」
「だから気にしないでください!色々大変だったけど、俺はヴィオラ様と一緒に行動できてよかったって思ってますから。それじゃあ、今度こそお疲れさまでした!」
「……本当に、ありがとう……アレスさん」
姉の死に囚われ、平民への憎しみで視野が狭まっていたヴィオラ。
そのすべてのしがらみから解放されたわけではなかったが、アレスを見送るヴィオラの表情は今までにないほど柔らかいものとなっていた。
「ただいまぁ~。ようやく帰って来れたぁ」
「お帰りなさいませアレス様。ずいぶんと時間がかかりましたね」
一方のアレスは寮の部屋に辿り着くと、それまで見せることのなかった疲労を露わにしてドッとソファーに倒れ込んだ。
それを見たロイは読んでいた本を本棚に戻しアレスのための紅茶を用意し始める。
「ロイさんいいですよ。怪我治してもらってないんですよね?」
「私が意地を張って回復を拒んだだけですのでアレス様への奉仕に支障はきたしません。それにアレス様のために動いている方が気が紛れますし」
「俺が言うのもなんだけどロイさんも変わってますね。それじゃあお願いしちゃおうかな」
昨晩はほとんど睡眠をとっていなかったことに加え、回復魔法を受け体力を消耗していたアレスはかなりぐったりしていた。
そんなアレスは脱力した様子でロイが紅茶を用意する様子を眺めていた。
「……ロイさん、俺が倒した奴以外にあの化け物がいたんですよね?」
「はい。あのアジトに駆け付けた際にアレス様が討伐された魔物の死体を拝見しましたが。私が戦闘した物とは外見から異なっていました。恐らく性能も異なるものだと予想されます」
「考えるだけで嫌になるな……でもとりあえずそっちは王国軍に任せよう。俺らが出来ることはやったさ」
「ええ……アレス様、熱いのでお気を付けください」
「おお、ありがと……」
「それではアレス様、本日はもうおやすみになられますか?」
「そうさせてもらうよ、風呂も今日は部屋でシャワーを浴びるからいいや」
「かしこまりました。ごゆっくりとおやすみください」
化け物との戦闘が想像以上に応えていたアレスは、ロイが淹れた紅茶を飲みながら激戦の余韻に浸っていた。
温かい紅茶が放つ香りが窓から入り込む夜風と混じりアレスの気の高ぶりを鎮めていく。
その後部屋のシャワーを軽く浴びて寝室へと戻ったアレスは今度こそ平穏な日常が戻ることを期待して眠りについたのだった。
ヴィオラ編は全快で終わったつもりでしたが書き始めたら今回がラストみたいになったかもしれないです




