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謎の科学者

イグルノアと化け物の討伐に成功し捕らえられた人々を助けることに成功したアレスたち。

しかしイグルノアから受けた傷が思いのほか深く、抉られた脇腹からの出血が止まらないヴィオラは地面に倒れたまま動けなくなってしまった。


「ッ!?しっかりしろヴィオラ!!まってろ、すぐ止血するからな!」


アレスはすぐに駆け寄り、彼女の脇腹を確認する。

血が制服の裾を赤く染め、そこから滴り落ちて小さな泥の水たまりに溶け込んでいく。

安静にしていればここまで悪化しなかったはずの傷だが、むりに動いてしまったために命に関わるような出血量となってしまっていた。


「うっ!!ぐっ……」

「痛い!?少し我慢してくれよ?誰か!!ポーションじゃなくてもいい!綺麗な包帯か布、探してきてくれないか!?」

「俺が、行こう……ぐッ!!このまま何もせず見ているだけではべスター家の名が泣く」

「れ、レオンハルト様!あなた様も凄い大怪我じゃありませんか!」

「我々も同行します。他にも怪我人が多数います。物資が何もかも足りていない」


捕まっていた人たちの中で比較的動ける者たちが命の恩人であるヴィオラのために応急処置のための資材を探しに出かけた。

幸い奴隷商の人間たちは化け物の襲撃に恐れをなして全員が逃げてしまっていた。

彼らが戻ってくるまでの間、アレスは自身のシャツの一部をちぎりヴィオラの止血に使っていた。


「はぁ……はぁ……アレスさん……」

「もう少しの辛抱だからな。それまで絶対死ぬなよ!」

「……ふふっ。主人の命令とあれば、死ぬわけにはいかないわね……」

「アレス君!ヴィオラ様!包帯と……回復ポーションがあった。少量だが命の危機は脱せられるだろう」

「助かった!ヴィオラ、ゆっくりでいい。回復ポーションだ」

「……っ」


そうしてアレスの応急処置や回復ポーションを探し出してきたレオンハルトの働きにより、ヴィオラは何とか一命をとりとめることが出来たのだった。

回復ポーションの質も量も足りず完治とまではいかないが、それでも多量の出血は抑えられ痛みも和らいだ。


「よかった……他には怪我をしてる人はいませんか?」

「命に関わるような怪我をしている者はいない。だが……この人数では救助が必要だな」

「今は安全だが一応ここもダンジョンの中だ。早く脱出も必要だし……」

「ッ!?待ってアレスさん!奴隷商のボスは!?」


ヴィオラの傷の処置を終え一息ついていたアレスたちだったが、奴隷の刻印の件を思い出したヴィオラは奴隷商のボスを取り逃がしてしまったと再び騒ぎ始めてしまったのだ。


「え?たぶん逃げてるかあの化け物に殺されたか……」

「冗談じゃないわ!そいつを捕まえてど……」

「ど?なんですかヴィオラ様」

「……例のアレのアレを聞きださないといけないじゃない!!」

「ヴィオラ様、あんまり騒ぐとまた傷が開きますよ?」

「傷なんてどうでもいいわ!!早く探しに行かないと……」

「ちょいちょい!流石にそれはダメですって……」

「発見したぞ!!行方不明の生徒3名!!」

「ッ!?」

「王国軍?」


あの騒ぎでそこまで気が回らなかったアレスは今から逃げた奴隷商の人間たちを探すのは骨が折れるだろうと頭を抱える。

いつまでも奴隷のままでなどいられないとヴィオラが完治していないその体で動き出そうとしたその時、なんとそこへ王国軍の兵士たちが大勢部屋に踏み込んできたのだ。


「ヴィオラ様!レオンハルト様!ご無事ですか!?」

「あなた達は……」

「ヴィオラ様たちがお戻りになられていないと学園から通報がありまして、捜索をしておりました!」

「アレス、様……」

「ッ!!ロイ!?お前、なんでそんなボロボロなんだ!?」


そんな王国軍の兵士たちに混ざり、ロイもアレスを探しに姿を現したのだ。

しかしやってきたロイは全身ボロボロで今にも倒れそうな様子だったのだ。


「ヴィオラ様にレオンハルト様!すぐに回復魔法を!」

「……あっちは大丈夫そうだ。ロイさんは回復魔法をかけてもらわないんですか?」

「ええ、私は問題ありません。それよりも遅くなってしまい申し訳ありませんでした。アレス様の従者としてもっと早くアレス様の元に駆け付けなければいけませんでした……」

「それは構わないけど、なんでそんな大怪我を?まさかこのダンジョンの魔物にやられたわけじゃないですよね?」

「はい。恥ずかしながら、この傷はブラルトルインに入る直前。ある魔物にやられまして」

「ある魔物?いったいどんな魔物だ?」

「見たことも聞いたことのないような魔物です。腕が4本、それも別種の魔物の腕を継ぎ接ぎした異形の魔物で」

「ッ!?それってまさか……」

「おい!!この魔物は!!」

「間違いない!1体だけじゃなかったのか!?」


全身血だらけで今にも倒れてしまいそうな様子のロイ。

アレスは誰にやられた傷なのかと聞いたのだが、その答えは驚くべきものであった。

そしてアレスがロイの答えを聞いたのとほぼ同時、王国軍の兵士たちが近くに倒れていたあの異形の化け物の死体を発見し騒いでいた。


「1体だけじゃないって……」

「流石はアレス様。私では勝てなかったあの魔物を倒してしまわれたのですね」

「ロイ、詳しく話してくれ」

「もちろんでございます。私がその魔物と遭遇したのは昨晩のことでした」


そうしてロイは自身の身に何が起きたのかをアレスに説明し始めた。

事の発端はアレスが昨日、寮の門限までに部屋に戻らなかったことがきっかけ。

アレスから事前にブラルトルインに行くということを聞かされていたロイは、アレスを探しに単身ブラルトルインへとやって来ていた。


『ちょっとそこのあなた?こんな時間にこんな所へ何の用?』


そこでロイを待ち構えていたのは奇妙な仮面を被り、全身をマントで覆い隠した女性。

彼女はブラルトルインへ入ろうとしていたロイに声をかけると、巨大な手術用のメスのような武器を見せびらかしながらロイへと近づいていった。


『あなたには用はありません。私は私の主を探しにここへ来ただけです』

(この人間……気配が妙だ……)

『ああそう。でも今この中に入られるのは困るなぁ。どうしてもって言うなら……』

『ウゥ~……アァ~……』

『なんだ!?この魔物は!?』

『この子と遊んでもらうことになるけど』


「何者かが糸を引いてるとは思ったが……まさかこんなに早くその存在を知ることになるとはな」

「申し訳ありませんでした。その魔物は想像以上に手強く苦戦を強いられ、その後現れた王国軍の兵士たちをも皆殺しにしました」

「それで、そいつらは結局どうなったんだ?」

「王国軍の援軍が到着したところで形勢が不利だと判断したのか、その化け物を連れ姿を消してしまいました」

「そうだったのか……」


その仮面の女と化け物が逃げ去った後は、ロイは王国軍の兵士たちと共にブラルトルインへ入ってきたという訳だった。

その話を聞いたアレスは不気味な化け物を使役する存在がいるということで深く考え込んでいた。


「奴らに関する情報もほとんど得られず……しかし、その女の名前だけは聞きだせました」

「なんていう奴だ?」

「クリオザリス……奴はそう名乗り、自らを天才科学者と名乗りました」

(科学者!?まさか……タムザリア王国の刺客!?タムザリア王国の奴がこんなところで一体何を企んで……)

「ヴィオラ様!!どちらへ行かれるので!?」

「付いてこないで!!あの灰の籠(アッシュ・ケイジ)とかいうふざけた組織のボスに用があるのよ!!」

「ヴィオラ様!?すまんロイ、ちょっとヴィオラ様に付いていく!」

「かしこまりました」


するとその時、回復を終え傷が治ったヴィオラは王国軍の兵士を振り切り1人で奴隷商のボスの元へ向かおうとしたのだ。

その行動の意味をただ1人知るアレスはロイを待たせヴィオラに付いていく。


「もう動いて平気なんですか?」

「平気じゃないわ。でもこの刻印を消す方法を聞きださなきゃいけないでしょ!?あなたのことは認めてもね、そもそも誰かの奴隷になること自体バルシュテイン家の人間としてありえないのよ!!」

「ッ!?ヴィオラ様!なぜこちらへ……」

「その男に用があるわ!あなた達少し席を外してなさい!」

「はっ?し、しかし……」

「いいから!!別にこいつらを解放したりなんてしないわよ!!」

「か、かしこまりました!!」


どうやらロイと共にブラルトルインの中へ踏み込んだ王国軍は、俺の気配を辿れるロイの案内で子のアジトへ真っ直ぐ辿り着いたようだった。

その時ちょうどアジトから逃げ出してくる奴隷商の人間たちを発見し、全員捕えていたのだ。

それを聞いたヴィオラは奴隷商のボスに奴隷の刻印の消し方を聞き出すチャンスだと重い体に鞭打ち走り出したのだった。


「あなたがこの組織のボスね!!吐きなさい!!さもないとただじゃおかないわ!!」

「ぐぇ!?な、何の話だ!」

「とぼけるんじゃないわよ!!どうやら痛い目に遭いたいらしいわね!!」

「ま、待て!まず何を聞きたいのか言え!そうじゃなきゃ答えられんだろう!」

「奴隷の刻印の消し方だ。てめぇなら知ってんだろ」

「奴隷の刻印の消し方?そ、そんなの知らねえよ!」

「はぁ!?何しらばっくれようとしてんのよ!!」

「う、嘘じゃねえ!ほんとだ!本当に知らないんだ!」


ヴィオラに奴隷の刻印の消し方を問い詰められたボスは必死な様子で知らないと答えた。

その答えにヴィオラは怒りを燃え上がらせるが、アレスはそのボスの目をじっと見つめていた。


「冗談じゃないわ!!術をかけるのに解き方が分からないアホがどこにいるのよ!!」

「本当だって!そもそも一度奴隷の刻印を刻んだら消す機会なんてめったにねえんだ!俺らが知らなくても無理はねえ!」

「あなたそんな適当なことを言って……」

「ヴィオラ様。どうやらこいつ、嘘はついてないみたいです」

「え?……え、は?」

「この奴隷の刻印、消し方ないっぽいです」

「……え?」

「だから……えー。ヴィオラ様は俺の奴隷のままです」

「はぁあああああああああ!!??」


奴隷の刻印の消し方が分からない……

その言葉の意味を受け入れられないヴィオラだったが、アレスにはっきりと現実を突きつけられ怒りを抑えることができなった。

一度奴隷になった人を奴隷商の人間がわざわざ開放することはない。

そのため奴隷商のボスもこの刻印の消し方を知っておらず、ヴィオラはアレスの奴隷から解放されないことになってしまったのだ。

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