守る背中
「アアアァ!!!」
「ヴィオラ!!この人たちを安全なところに!!」
「わかったわ!!」
奴隷商のアジトに乗り込んだアレスたちはそこに捕らえられていたレオンハルトと20名ほどの人々を解放することに成功していた。
しかし彼らを檻から出そうとしたその時、外壁を砕き外から異形の化け物が襲い掛かってきたのだ。
(この角度はマズイ!!)
「こいやぁ!!!押し返してやる!!」
「アアアァ!!!」
「ふ”ん”ッ”!!!」
壁を突き破り、そのままの勢いで突っ込んでくる化け物。
背後にまだ動けない人たちがいることを確認したアレスはそれを避けずに渾身の力で迎え撃ったのだ。
「あぁああああ!!」
「アッ……アッ……アブッ!!」
「うおッ!?」
アレスは目から血が噴き出さん勢いで化け物の突進を止めてみせる。
しかし化け物はアレスと力比べをしている状態から獣のような口でアレスの顔面に食らいい付いてきた。
たまらず体をのけ反らせ回避したアレスはバックステップで化け物と距離を取る。
「ヴィオラ様!!早くここから離れられませんか!?」
「わかってるわ!でも……」
「くそっ……すみ、ません……」
捕えられていた人たちを背にしては戦闘がやりにくい。
アレスは化け物に向かい合ったままヴィオラにここからすぐに離れるよう頼んだのだが、そこで想定外の事態が発生したのだ。
「うっ……力が、入らない……」
「はぁ……はぁ……視界が、歪んで……」
なんと捕えられていた人たちは劣悪な環境で放置されており、ここから逃げ出すほどの体力が残されていなかったのだ。
レオンハルトも昨日化け物から負わされた傷が深く、立ち上がることすら困難であった。
(まずい……この人数、抱えて運ぶのは無理がある……)
「アレスさん!!その化け物をここから遠ざけましょう!私も援護しますから……」
「プシャぁァアアアア!!」
「なにッ!?」
「くそ!このクソ忙しいときに!!」
彼らを避難させるには時間がかかると、ヴィオラは剣を抜きアレスの加勢に向かおうとする。
しかしそこへ化け物が破壊した壁の穴から霧状の魔物……イグルノアが姿を現したのだ。
「プルシャァアア!!!」
「うぅ!レオンハルト副会長!!」
「ぐッ……く、そ……体が……動、かない……」
イグルノアは密集していた人間を標的に……つまり解放されたばかりで固まっていた人々を狙って攻撃を始めたのだ。
霧散、凝縮、また霧散を繰り返すイグルノア。
広範囲を守らなければいけない状況にヴィオラは窮地に立たされていた。
「プシャァアア!!」
「ッ!!ぐぅううう!!」
「ヴィオラ様!!」
何度もフェイントを繰り返すイグルノアの攻撃にヴィオラは翻弄される。
彼女1人であれば対応できたのだろう。
しかし背後の人たちを庇ったことで、ヴィオラはイグルノアの攻撃をまともに受けてしまったのだ。
(これ以上は……任せられないな……)
「しゅッ!!」
「プシャア!?」
「来いよ雑魚。まとめて相手にしてやるからよ」
イグルノアの爪で腹を深く裂かれたヴィオラ。
即死は避けられたが無理に動けば失血で命を落としかねない傷。
それを見たアレスは化け物との斬り合いの合間を縫うようにイグルノアへ斬撃を飛ばし、イグルノアの注意を自分に引きつけようとしたのだ。
アレスが放った斬撃は実体化していたイグルノアに見事ダメージを与える。
倒すには到底至らないその傷だが、イグルノアの怒りを買うことには成功する。
「アアアァ!!!」
「プシャァアア!!」
「はぁああああ!!」
アレスに傷つけられたイグルノアは怒り狂い、標的をアレスに変更する。
化け物とイグルノアの激しい攻撃にアレスから血飛沫が舞う。
化け物1体でも油断できない戦いだったのだ。
アレスは完全に劣勢へと追い込まれてしまった。
「アレスさん……」
(2対1はいくら彼でも無謀だ!それに私たちを背に戦ってる!このままじゃ押し負けるのは時間の問題だ!)
「私が、戦わなければ……」
「動くなヴィオラ!!これは命令だ!!」
「ッ!?」
「その傷で動けば死ぬぞ!!安静にしてろ!!」
深く切り裂かれ腹から滴る血を抑えながら、ヴィオラはアレスの援護に向かうため立ち上がろうとする。
しかしアレスは化け物とイグルノアの攻撃を1人で捌きながらヴィオラに安静にしているよう命令したのだ。
そう、命令……
アレスはヴィオラの命を守るため、主人としてヴィオラに命令を出したのだ。
「なん……そのままだとあなたもやられるでしょう!?私が一瞬でもその化け物を引き受けるから……」
「侮るなよ!!こんな奴ら、俺1人で十分だ!」
「ッ!!」
アレスはそう強がるが、化け物の強さは本物だ。
それに加えイグルノアの変幻自在な攻撃も合わさり、ヴィオラたちを背にしたアレスは徐々に削られ始める。
(無理だ……このままじゃ負ける!なのに……どうして!?どうして1人で戦おうとするの!?)
「ああ……もうだめだ!結局俺らは魔物に殺される運命なんだ!」
「嫌だ……誰か、誰か助けてくれ!」
アレスが勝てないと悟った人たちは不安を隠し切れずにいた。
1人の不安が、恐怖が……そこに居た全員に伝播していく。
「大……丈夫!!」
「ッ!!」
「全員必ず、俺が助けますから!!だから……心配しなくても大丈夫!!」
『大丈夫よヴィオラ!!安心して、私が守ってあげるから!』
「姉……さん……」
しかしそんな状況でも、アレスは一切の弱音を吐かず必ず全員を助けると力強く宣言したのだ。
その声は人々の不安をかき消すように大きく響いた。
ヴィオラにはそのアレスの背中が……かつて自分を守ってくれた強くて優しい姉と重なったのだ。
(ああ……そうだ。私の中の、1番強くてかっこいい姉さんの記憶は、あの背中だ……私を守ってくれたあの背中……)
ヴィオラの中で、亡くなった姉はいつまでも偉大で届かない存在だった。
なにをしても、どれだけ努力しても並ぶことができないと感じてしまうその背中。
それは当然だった。
幼いヴィオラがあの日みたあの姉の背中は、世界中のどんな強者よりも強く、頼もしいものに見えたのだから。
「ああああああ!!!」
「なにッ!?」
「ぐぁあああああ!!!」
直後、ヴィオラは血を撒き散らしながら鬼の形相で走り出したのだ。
それはアレスの命令を破る行為。
ヴィオラの全身に骨を削るような激痛が走る。
(私が姉さんを超えることなんて初めからできなかったんだ。だってあの日みた姉さんの背中は私にとって何よりも頼もしいものだったんだから。でも……それなら!!私は誰かにとっての1番になればいい!!この背中で誰かを守ることが出来たら……その人にとって私は姉さん以上に強くて頼れる人になれるはずだから!!!)
「あぁああああああああ!!」
(おいおい!!血ぃ流しすぎて死ぬぞ!?それに俺の命令に逆らった罰として奴隷の刻印の激痛を受けてるはず!なのに……それなのに)
「ちッ!!それだけの覚悟ってか!?わかったよ、それなら前言撤回だ。ヴィオラ!!死んでもこの人たちを守るぞ!!」
「ええ!!」
命を懸けて誰かを守ろうとするヴィオラの決意に、彼女の戦乙女は強く反応する。
かなりの重症ながらヴィオラはイグルノアを圧倒してみせたのだ。
(痛みで全身の感覚がない……でも、そのおかげではっきりと感じる!!今なら、斬れる!!)
(助かったよヴィオラ。正直あのままじゃ厳しかったから……でもこれで、こいつを斬れる!!)
「蒼天剣舞!!」
(剣聖!飛龍城穿!!)
「プルシャァ!?」
「アッ……」
研ぎ澄まされたヴィオラの刃は実体が希薄なイグルノアの体を切り裂き、一瞬の好機で練られたアレスの底力は化け物の頑丈な体を切断した。
「まーったく……無茶するな、生徒会長様」
「仕方ないじゃない。今戦わなかったらもう一生姉さんを超えられないと思ったんだから……」
「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」
「っ!」
「ありがとうございます!!あなた達のおかげで救われました!!」
「ああ!本当に……本当にありがとう!!」
(ふふっ……私はこの人たちにとってあなたのように強くて頼もしい人になれたかな……姉さん……)
2人の攻撃を受け完全に沈黙した2体の魔物。
2度も命を救われたことにより感謝の言葉を口にする彼らを前に、ヴィオラはようやく憧れだった姉に並び立つことができたかもしれないと微笑んだのだった。




