乱入者
ブラルトルインに現れた異形の化け物。
その圧倒的な脅威の前に心が折れかけたヴィオラだったが、殴り飛ばされ吹き飛んでいたアレスが頭から血を流しながらその化け物の攻撃からヴィオラを守ったのだ。
(なんじゃこりゃ……くそかてぇ……!!)
先程の化け物の攻撃を右手で握った剣で受けたアレスは、そのあまりの威力に右腕が痺れてまともに剣を握ることが出来なかった。
そのため左手で握った剣でその攻撃を受け止めたのだが刃がほとんど化け物の肉にめり込まなかったことに内心驚愕していた。
「離れろヴィオラ!!」
「ッ!!くッ……」
「アアアア!!!」
直後、ヴィオラにこの化け物から離れるように大声で叫んだアレスは化け物とすさまじい攻防を繰り広げた。
一撃一撃が致命のリスクを孕んだ化け物の連撃。
アレスはそれを剣でいなし、最小限の動きで体を逸らして対処していく。
(初めて見る魔物だが実体があるってことは首を斬れば終いだろッ!?)
ガキンッ!!
「くっそッ!!」
(片腕じゃ斬れねえか!!右腕の感覚が戻るまで耐えねえと……)
化け物の攻撃の合間を縫ってアレスは鋭い斬撃を放つ
それは正確に化け物の首を捉える。
しかしアレスの剣は甲高い金属音を奏でるだけで化け物の固い装甲に弾かれてしまったのだ。
「レオンハルト副会長!!息はありますか!?」
「ヴィオラ様……ごふッ。無様に死に損なってしまいましたよ……」
「喋るな!!応急手当をする!!」
(初撃と同じ威力ならレオンハルト副会長の命はなかった。あの魔物の能力が関係しているのか?)
アレスが化け物を引き受けている一方、ヴィオラは化け物に殴り飛ばされたレオンハルトの安否を確認していた。
生存は絶望的だと思われていたレオンハルトは重症ではあったもののその命に別状はない様子。
あの化け物が姿を現したときの攻撃と比較してその威力が低かったことに、ヴィオラはあの化け物の能力を予想していた。
「アッ……アッ……アアア!!」
「ふッ!!」
(最初ほどの威力もスピードもない!これなら片腕でも耐えられる……)
「アッ……アァアア!!」
「なんて……油断しちゃいかんよなァ!!」
ヴィオラが感じていた違和感は当然アレスもわかっていた。
パワーもスピードも恐ろしいものだが、先程アレスを吹き飛ばした攻撃程の威力はない。
化け物がヴィオラたちを狙わないよう至近距離に張り付き注意を引き付けていたアレスは、何か仕掛けがあると警戒を怠らなかった。
そしてその警戒の甲斐もあり、アレスは化け物が放った不意打ちを最小限の被害で回避することが出来たのだ。
「いってぇ……ちょっと掠った……」
(あの飛び出た骨みたいなやつ……案の定伸びたな。想定よりずっと速かったが……)
化け物は上半身の剥き出しになった骨のような器官を突如伸ばし、アレスをくし刺しにしようと企んでいたのだ。
警戒を怠らなかったアレスは身を捻りその奇襲を回避。
脇腹を少し掠めはしたもののほとんど無傷でその攻撃を切り抜けた。
「アッ……アア……アア!!」
その骨の攻撃を避けてアレスは魔物から距離を取ったのだが、化け物はすぐにアレスを追撃せずに伸びて邪魔になった骨を自らの拳で砕いていた。
(痛覚がないのか……やっぱこいつを止めるには殺すしかねえか。そろそろ右腕の感覚も戻ってきたし……)
「アッ……」
「……っ?……ッ!?」
動きの制限となる伸びた骨を砕いた化け物は再びアレスと向かい合う。
すると化け物は先程までの好戦的な態度から一変、落ち着いた様子でゆっくりと指を1本立ててアレスを指さした。
アレスはその化け物の不気味な行動に一瞬足を止める。
するとその直後、なんとアレスに向けられた指先が信じられない速度で伸び始めたのだ。
予想外の攻撃にアレスは驚きながらもなんとか頭を横にずらし回避する。
(なんっ……だこいつ!?)
「アアア!!」
「だぁあああ!!」
ギリギリで回避したアレスは体勢が悪い。
それを見た化け物は最初に見せた高速な動きでアレスとの間合いをゼロにして渾身の一打を放ったのだ。
アレスはそれを地面を転がり回避する。
(骨を伸ばす攻撃に伸縮自在の爪、それで直線限定の超加速……リスクは高いが接近して仕留める)
「すげえよお前、それは認める。でも俺には勝てねえ。次の一刀で真っ二つだ」
「アッ……アッ……」
ここまでほとんど防戦一方であったアレスだが、いよいよ右腕の痺れが消えてきたことでついに攻勢へ転じることにしたのだ。
剣を両手で強く握り、化け物を一撃で仕留めるべく剣を右後方へ向け極端な前傾姿勢を取る。
(剣聖、飛龍……)
「プルシャァアアアア!!」
「なにッ!?」
「あれは!?」
しかしアレスが化け物に向け突進しようとしたその直前、なんとアレスの背後の霧が突如実体を持ちアレスに襲い掛かったのだ。
渾身の一刀を放とうとしていたアレスは気配の察知が遅れ完全に不意を突かれる。
「キシャァアアアア!!」
「ぐッ!!」
「アレス!!」
獣の腕のような形に固まった霧はその鋭い爪をアレスに振るう。
攻撃に転じようとしていたアレスはまさに命がけで回避する。
「あぶねぇ!!流石に死ぬかと思った!!」
「プルシュァアア……」
「あれは……イグルノア!!大規模な戦闘の気配を感じ取って奥地から出てきたのか!?」
なんとか回避に成功したアレスは新たに姿を現した魔物とも距離を取る。
現れたのはイグルノアと呼ばれる霧状の魔物。
ガス状モンスターのイグルノアはこのブラルトルインの主的ポジションの魔物であり、アレスたちの戦闘の気配を感じ取り姿を現したのだ。
「アアア!!!」
「プルシャァアア!!」
「てめぇら俺狙いかよ!?」
異形の化け物相手に攻勢へ転じようとしていたアレスであったのだが、イグルノアの登場により再び劣勢へと追い込まれてしまったのだ。
(まずは危険な方から始末する!!剣聖……)
「プシャァアアアア!!」
「くッ!!ならてめぇから斬ってやるから……」
「アアアァ!!」
「あああ!!邪魔くせぇ!!」
尋常ではない硬度を誇る異形の化け物に、実態を捉えられないイグルノア。
化け物を斬ろうと力を貯めればイグルノアに隙を見せ、逆にイグルノアを斬ろうと集中すれば異形の化け物の攻撃が邪魔をするのだ。
イグルノアの攻撃は化け物の皮膚を突破できず、その化け物はイグルノアに一切興味を示さない。
おかげで2体はアレスを標的にしたのだ。
「ぐふッ……まずいぞヴィオラ様。彼……このままでは助かるまい」
「ふぅー……」
「ヴィオラ様……なにを?」
「決まっているでしょう?生徒会長として学園の生徒を見捨てることなどあり得ないのです」
「ヴィオラ様!!」
2体の強力な魔物を相手に苦戦を強いられるアレス。
それを見たヴィオラは覚悟を決めアレスの助太刀に向かうことにしたのだ。
(戦乙女……最大出力!!!)
「アア……?」
「はぁああああ!!!」
ガキンッ!!
ヴィオラのスキル名は戦乙女。
敵と正面から対峙し、恐れずに刃を振るうその勇気と誇りを糧として自らの身体能力を強化するスキル。
ヴィオラはアレス1人に戦いを任せてしまっている情けなさと生徒会長としての責務により己を奮い立たせ、異形の化け物に向け攻撃を仕掛けたのだ。
覚悟を固めたヴィオラの一刀は異形の化け物に防御の選択を取らせることに成功する。
「くそ……俺もただ倒れてるだけではべスター家の名が泣く……すぅー……炎を抱く大地の祖よ、古より災厄を統べし王よ。眠りし溶獄を目覚めさせたまえ!!岩を裂き、天を焦がし、その咆哮を我が鉾とせよ。我、その血肉を代償に汝を呼ばん。我が名に応え、大地を穿て!!アグニ・カタストロフ!!」
「プルォ!?シャァアアア!!」
さらにそれを見たレオンハルトも血を吐きながら自身が放てる最大の火炎魔法を完全詠唱にて発動させたのだ。
化け物から受けたダメージが大きく、魔力操作の精度が十分でなかったレオンハルト。
その不足分を完全詠唱で補い、増大させた火炎魔法はイグルノアを退ける。
「レオンハルト様!?」
「がはッ!!この機を逃すな!!アレス君!」
「助かります2人とも!」
(剣聖……飛龍城穿!!)
「アアアァ!?」
その隙を突いてアレスは再び構えを取り渾身の一撃を化け物に放ったのだ。
目にもとまらぬ踏み込みから放たれた銀閃は瞬間、化け物の体を右肩から左脇にかけて袈裟斬りにする。
「やった!!」
(反応された!?油断はできん!確実に頭を潰す!!)
「アッ……アッ……アアアア!!」
「くッ!?」
「なッ……あの状態で動けるのか!?」
しかしアレスに斬られた化け物は、胴体が完全に別れながらも左腕を動かしアレスに向け指を5本伸ばしたのだ。
化け物にとどめを刺そうと剣を振り上げていたアレスはたまらず回避を優先させる。
そうしてアレスが距離を置いた隙に、化け物は斬られた上半身の断面からものすごい速度で下半身を再生させたのだ。
「なんだあの化け物は……」
(ヴィオラ様、アレス君。ここは一旦逃げたほうが……)
「こんな所に貴族様が落ちてらァ」
「はっ……?」
「再生……しかも、あんな速度で!?」
「そりゃ反則だろ……バケモンが」
「アッ……アッ……アアッ……」
「笑ってやがるのか?いいぜ、再生できないほどに細切れにしてやる!」
「プルル……シャァアアアア!!」
「黙ってろ霧野郎。そろそろ体が温まってきたとこだ。てめぇら同時でも相手にして……」
「アレス!!大変だ!!レオンハルト副会長が!!」
「ッ!?どうしたヴィオラ様!?」
ものの数秒で全身を再生させてしまった化け物は、再びアレスに襲い掛かろうと身構える。
レオンハルトの炎魔法により一時的に霧散していたイグルノアも元に戻りアレスに襲い掛かろうと牙をむいていた。
しかしその時、突如ヴィオラがある異変に気が付き声を上げたのだ。
「レオンハルト副会長が……消えた」
「なんですって!?」
それは先程まで化け物の攻撃を喰らい動けなくなっていたはずのレオンハルトの姿が見当たらないというもの。
彼の怪我は身動きが取れるものじゃなく、それを聞かされたアレスは驚きを隠せなかった。




