浮ついた心に
(あー、失敗だったな……)
お昼時を過ぎ閑散とし始めたハズヴァルド学園の食堂。
そこで遅めの食事を終えたアレスが1人で出てきたのだが、アレスは先程のヴィオラとのやり取りを振り返り後悔していたのだった。
(あいつがプライド高そうなのは一目見てわかったことだからな。断ったことで絶対より面倒なことになっちまったよな……)
アレスが後悔していたのはヴィオラの決闘の申し出を断ってしまったこと。
アレスにあの決闘を受ける直接のメリットがなかったことは事実。
しかしそれを断ることによりヴィオラのプライドを傷つけ余計な恨みを買うなら事情が変わってくる。
(マリーシャに絡まれてようやく解放されたと思ったら同じ因縁ふっかけられたんだからな。面倒になって適当にあしらっちまったよ)
「俺もまだまだだな……面倒なことにならなければいいが」
あの時のアレスの最善は初めに決闘を申し込まれた時にそれを受け入れ、観客のいない場所でヴィオラを負かしこれ以上自分に関わってこないよう約束させること。
条件がないうちに受けなかったおかげでヴィオラが不要な報酬を提示する羽目になり、余計に決闘を受けることが出来なくなってしまった。
そしてそれを断ることでヴィオラのプライドを深く傷つけることになった。
(まあ、今更考えたって仕方ねえ。腹ごなしと気分転換を兼ねて訓練場にでも行くか)
「いってぇ~!!」
「ん?今の声は……」
ミスをした事をいつまでも引きずっていても仕方がない。
そう考えたアレスが気分転換のために訓練場へと赴くと、そこから聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきた。
「いてぇなお前!!不意打ちは卑怯だろ!!」
「ふんッ!!油断してるアンタが悪いのよ!」
「よぉマグナ。それにメアリーまで、お前がここに居るのは珍しいな」
そこに居たのはアレスと同じクラスのマグナとメアリー。
2人は訓練用の木刀を用い特訓を行っている最中だったのだ。
「まあね。こいつがいつまでもウジウジしてるからボコボコにしてあげようと思って」
「ざけんな!!逆にボコボコにしかえしてやるよ!」
「ははっ。相変わらず仲いいなお前ら」
「「よくないッ!!」」
「だが休み明けすぐに訓練しようって心がけはいいな。さて、これからは俺が相手をしてやろうか」
「げッ!?」
「わ、私はちょっと用事を思い出して……」
「冒険者になるなら最低限の戦闘能力はあるべきだ。この休みで特訓をサボってねえか、見させてもらおうじゃねえか」
「はわわわわ……」
「お手柔らかにお願いします……」
お互いにいがみ合い血の気が余っている様子のマグナとメアリー。
そんな2人を見たアレスは休暇中に体が鈍っていないかを確かめるため2人の訓練に付き合うと宣言したのだ。
やる気満々のアレスに2人は揃って顔色を真っ青にさせていた。
「げばぁああああ!!」
多くの生徒たちが訓練用の武器を用い、心地よい木製の武器がぶつかる音が響く訓練場。
しかしアレスが訓練用の刀を手にして数十秒後、平和だった訓練場に鬼気迫る悲鳴がこだました。
「どうしたマグナ。真剣ならもう30回は死んでるぞ?」
(木刀でも死ねるぅ!!)
アレスに滅多打ちににされていたのはマグナ。
マグナは懸命にアレスの攻撃を防御しようと剣を構えるも、アレスの攻撃はまるで這いよる蛇の軌道のように防御の隙間を縫ってマグナを捉えていた。
「ごばァ!!」
「1回くらいまともに防いでみろ。これじゃ冒険者になってもすぐ死ぬだけだぞ?」
「お、お前の太刀筋なんて見えるわけないだろ!!」
「見るんじゃねえ、予測するんだよ。相手の目線、肩の動き、足捌き……それらから相手の攻撃をイメージするんだ。見てから反応できるなんて甘い考えは捨てろ」
「ぐぬぬ……おっしゃァああ!!もう一回来い!!」
アレスが選んだのは訓練用の木刀の中でも柔らかく怪我をするリスクが最も低いもの。
しかしアレスが振るうそれは容易にマグナにダメージを与えまともに命中すれば体が吹き飛ぶ威力を秘めている。
そんなまさに命がけともいえる訓練の中、マグナは諦めずに再び木刀を構えた。
(相手の動きを予測する……よく見て、よく考える……)
「じゃあ行くぞ!」
(今の俺ならできる気がする!!この攻撃を避けてアレスに反撃を……)
「シュッ!!」
「げばァあああ!?」
(こんなの……避けられるかぁ……)
呼吸を整え、精神を集中させアレスに向かうマグナ。
その表情からは次の攻撃は必ず防いでみせるという覚悟と自信が感じられた……というのはマグナの勘違いで、アレスが繰り出した高速の一刀にマグナは再び地面に転がることになったのだ。
「ぷしゅぅ~……」
「まあいきなりは無理だよな。メアリー、次はお前の番だ」
「いやさぁ……そうは言っても私って別にバリバリの戦闘職希望ってわけじゃないじゃない?アレス君にボコられる意味ある?」
「お前は斥候希望だろ?スキルのおかげで敵と戦闘する機会は少ないだろうがそれでも可能性がゼロな訳じゃない。前線で戦わない奴でもせめて自衛の術は持っておいたほうが良いってのが俺の考えだ」
「……まあ、アレス君がそう言うなら……」
「まあ心配するな。手加減はちゃんとするから遠慮なく掛かって来い」
「俺も……手加減してくれよ……」
「してるに決まってるだろ。お前以上にってことだアホ」
地面を転がったマグナに代わるように、メアリーが再び木刀を手にしてアレスの前へと向かう。
1年7組の生徒で接近戦闘を行う可能性のある人物はその大半がアレスのしごきを受けている。
それが毎回医務室にお世話になるほどの超絶ハードな訓練だとしりながら、皆アレスの実力を知っているからこそ強くなるために自らその訓練を望んでいたのだ。
「ふぅ、やっと終わった。まだこんな時間だけどこの後どうしよう……」
「あがッ!!」
「今の声は……」
そうしてアレスによる厳しい特訓が続けられている最中、その声を聞き訓練場にやってきた1人の人物がいた。
「いったぁ……一瞬で地面に転がってたわ……」
「あひゃひゃひゃ!!なんだよメアリー!馬鹿みたいに転がってらぁ!!」
「うっさいわね!!アンタもやられてみれば!!」
「相変わらず壮絶な特訓だね……」
「おっ、ソシアじゃねえか。おっす」
アレスたちの元にやってきたのは図書館での調べものを終えたばかりのソシア。
ソシアはメアリーがアレスに投げ飛ばされた声を聞き、気になってこの訓練場に立ち寄ったのだ。
「アレス君!今日は朝から教室に来なかったけど用事はもう済んだの?」
「ああ。思ったより早く終わったくらいだ。寮に帰るには時間が余ったんでこうやってこいつらと戯れてた」
「というかアレス君!急に投げなんてズルいじゃない!」
「ズルなもんか。戦場じゃどんな手段を使っても生き残った方が勝者だ」
「そういえばアレス君、剣術だけじゃなくて体術も凄かったよね」
「まあな。さっきの言葉をくれた師匠から学んだんだ。俺たちがやってんのは行儀の良いスポーツじゃねえ。生き残るために何でもする戦場の剣術だってな」
「アレス君の師匠?」
「まあ1人に付きっきりに教わってたわけじゃないけどな。俺が王族だったころ、剣聖のスキルの蓄積のために国中の剣士が呼ばれていろいろ学ばされたんだ。俺に投げだの打撃だのの技術を学ばせるきっかけを作ったのもその中の1人だ」
アレスが持つ剣聖のスキルはその吸収力も特出している。
国王はアレスに最強の剣士になってもらうために国中から戦闘者を集めアレスに戦いを教えさせたのだ。
「へぇ、そんな奴がいたんだな」
「その人、今は何してるの?やっぱり王国軍で戦ってるの?」
「いや、もともとその人は一匹狼の傭兵だったからな。今はどこで何してるか見当もつかねえよ」
「そっか……ねえアレス君。私にもその戦い方を教えてくれないかな?」
「え?その戦い方って……徒手空拳のことか?」
アレスのそんな話を聞いていたソシアは、不意にアレスに素手での戦闘の仕方を教えて欲しいとお願いしたのだ。
そのソシアの言葉にアレスは驚きの声を上げる。
「うん!私もいざという時に戦える力が欲しくて」
「いや、俺の知ってるこれはバリバリ戦う感じのやつじゃなくて相手を崩すために用いるようなやつだぞ?それにお前は魔法系だからあまり合ってないというか……」
「それでもきっと役に立つと思うの!だからお願い!」
「いいじゃないアレス君!教えてあげなさいよ!」
「そうだそうだ!俺たちのことは気にしないで、じっくり教えてやってくれ!」
「お前ら……自分たちがボコされたくないからってそう言ってないか?まあ、俺はソシアがそう言うなら教えてもいいんだが」
こうして図書館帰りだったソシアはマグナ達の訓練に混ざりアレスに教えを乞うことになったのだ。
早速アレスは木刀を置いてソシアに素手での戦闘の仕方を教える。
「んじゃあ、さっきもチラッと言ったがスキルや魔法を使わないで素手で戦うとなると相手を積極的に倒しに行けるような物にはならねえ。あくまで一瞬の隙を作るため、と考えてくれ」
「うん!」
「そこで重要になってくるのは一撃で相手を無力化できる攻撃。敵の急所を狙い、相手の動きを封じるんだ」
アレスは丁寧にソシアに指導をしていく中で、自然とその距離が縮まっていった。
ソシアのすぐ後ろに立ち、熱心に教えを施していく。
拳の握り方、打撃の方法を教えるためにソシアの手を取り密着するような形で教える。
「相手に慈悲なんて必要ない。目を狙え、喉を潰せ、鳩尾を突き刺せ。俺がよく使うのは鳩尾への攻撃だな。ここを……一気に打ち抜け」
「う、うん……」
(ま、まさかこんな手取り足取り教えてくれるなんて……アレス君、凄くあったかい……///)
ソシアの後ろに立ったアレスが鳩尾を軽く触れる。
それはアレスに恋をするソシアの心を乱すには十分すぎる接触で、想いを寄せるアレスともっと近づきたいという不純な考えを内に秘めながら特訓をお願いしたソシアはすっかり訓練に集中できなくなっていた。
「そんでもってもう1つ覚えておいて欲しいのは……。……ふッ!!」
「ゴフッ!!??」
「アレス君!?」
「おいおい!!」
背後に立ったアレスの温もりに心を奪われていたソシアだったのだが、ソシアが訓練に全く集中できていないことを見抜いたアレスはなんと突如として彼女の鳩尾を痛烈に撃ち抜いたのだ。
それは完全に油断していたソシアをダウンさせるには十分すぎる威力。
内臓が口から飛び出そうになるほどの感覚を味わいながらソシアが地面に崩れ落ちる。
「とまあこんな風に、正しく急所を撃ち抜けば効果は絶大。だが注意して欲しいのは急所への攻撃が成功したからと言って油断しないこと。頑丈な奴には効かないから、過信は逆にピンチを招く」
「ゲホッ……ゲホッ……!!」
「急にそんな……やり過ぎじゃない!?」
「ソシア、大丈夫か!?」
「あと……俺と遊びてぇなら最初からそう言えよソシア。別にそれなら俺も喜んで付き合うよ。だが今は訓練の最中だ」
「ッ!!」
「こいつらもふざけてるようで存外真面目にやってるぞ。真剣にやらないなら俺は教える気はない」
崩れ落ちたソシアにマグナとメアリーは心配そうに声をかける。
だがアレスは一切声色を変えることなく訓練に真面目に取り組まないソシアのその姿勢を厳しく指摘したのだ。
「ごめん……私が間違ってた。これからはちゃんと、集中してやるよ」
「当たり前だ。俺との訓練は普通に怪我するし……というか怪我させる。真面目にやらなきゃ死ぬと思え」
「……うん!」
(これマジで誇張抜きだから質が悪ぃよ……)
(ソシアちゃんアレス君のこと好きなのに、厳しいねぇ……)
こうして考えを改め直したソシアは気を引き締め、改めてアレスに教えを乞った。
そこからもアレスの容赦のない指導によりソシアだけでなくマグナとメアリーもボコボコにされていったのだ




