希望と絶望の間で揺れる
街で偶然出会った歌姫リューランと観光を楽しんだアレス。
しかしその観光の終わりにリューランをスタッフたちの元に送り届けようとしたところ、王国軍の軍略統括部のヘルメスという男が現れたのだ。
「彼女のスキルは【絶望の歌姫】。人を殺すための、戦場に相応しいスキルなのですから」
ヘルメスはリューランのスキルから彼女を軍に入れて戦争に参加させようと考えていた。
絶望の歌姫……それは人々を絶望の淵に誘い、その人たちから集めた負のオーラで際限なく命を奪う恐ろしいスキル。
ファンやマネージャーにもスキルのことを隠し続けてきたリューランはヘルメスの言葉を聞いて顔面を蒼白させていた。
「わかるでしょう?この国に生まれた人間の義務として、お国のために戦争に参加する必要があるんですよ!!」
「わ、私は……私の歌は、みんなを希望に導くために……」
「ああ、そうだな。この国の人間を希望に導くために、他国の人間を殺すんだ!それが貴様の役割なんだからな!」
「……ッ」
「黙って聞いてれば下品な笑みを浮かべやがって……」
「な、なんだと!?」
自身のスキルから忌むべきものとして顔を背け続けてきたリューランは、ヘルメスの言葉に深く心を痛めていった。
それを見たヘルメスは醜悪な笑みを浮かべながら彼女への卑劣な言葉責めを続ける。
しかしそれを聞いていたアレスは静かな怒りを燃やし口を開いたのだった。
「おい貴様……今のは聞き間違えか?軍括の軍師である私になんと言った!?」
「リューランさんは希望の歌姫だって言ってんだろ。戦争になんて参加しねえ。てめぇらの無能を棚に上げて威張り散らしてんじゃねえぞ」
「アレス君!」
「聞き捨てならんぞその言葉!!貴様侮辱罪……いや反逆罪でこの場で逮捕するぞ!!」
「この国に住まう人間は何人たりとも各自が授かったスキル、および才能によって意思や生き方を強制させられない。あんた等が言ってることはこの国の法律に反することだ」
「ただし!そのものが持つスキルや才能を生かさないことがこの国の大きな損失につながる場合はその限りではない。彼女が戦争に参加することでこの国は勝利に近づくのだから何の問題もないだろう!?」
アレスが言う通り、このエメルキア王国にはその人が生まれ持ったスキルや才能によって職業や生き方を強制させられないという重要な法律が存在する。
そのため戦闘系のスキルを授かったとしても必ずしも戦闘に関する仕事につかなければいけないという訳ではない。
しかし、それと同時にヘルメスが言ったことも正しいことではあった。
そのものが持つスキルや才能を生かさないことがこの国の大きな損失につながる場合はその限りではない……
例えばネレマイヤ家の現当主、ジゼル・ネレマイヤは【豊穣伸】という現在のエメルキア王国の食糧事情を根底から支えるスキルを持っている。
彼女の場合は彼女が農業に関わらない仕事を選んだ場合、この国の食糧事情に大きな損失を与えることとなる。
つまり彼女には農業に関する仕事に就くことが例外として強制されることになる。
なお、アレスが持つ剣聖のスキルも国に計り知れない影響を及ぼすため、仮にスキルを授かった当時のアレスが戦闘とは関係のない職に就きたいと願ってもこの制度により戦闘関連の職に就かされることになっていた。
「わかるだろう!?彼女が参加すれば戦争が早く終わるかもしれない、つまりそれを拒否するのは戦争を長引かせたいという反逆の意志に他ならない!!リューラン、お前にこの誘いを断る権利はないんですよ!!」
「……それなら王命状は?」
「なに?」
「その人にスキルで職業を強制するなら国王様直筆の命令書が出るはずでしょう?それをまずみせてくださいよ」
「ッ!!」
リューランのスキルがこの国の運命に大きく関わるとしてヘルメスはこの勧誘が正当なものであると主張する。
しかしそこでアレスはスキルにより他者に職業を強制する際に必要な国王直筆の命令書を出せとヘルメスに言ったのだ。
「最初に出さないってことはないんでしょう?それなら強制力は一切ないですよね」
「くッ……国王様に進言すれば王命状を出していただけるのは確実!それならばわざわざ王の手を煩わせることなく初めから召集に従っておくべきだろう!?」
「そういうことは王命状を出してもらってから言って欲しいですね。それにリューランさんがマネージャーさんやスタッフさんたちと離れた時を狙って来るなんて……初めからその命令に強制力がないってことを分かってて来てるんじゃないですか?」
「ッ!!」
「彼女1人なら言葉で圧をかければ折れると思ったんでしょう?でも残念ですね。俺は1日だけでも彼女のボディーガードだ。彼女を傷つける相手は誰であっても近づけさせない」
「くそッ……学生風情が。もういい!!今日の所は引き上げる!!」
ヘルメスの企みを見抜いたアレスは無事に軍括の人間を退けることに成功したのだ。
アレスへの恨み言を飲み込みながら、ヘルメスたちは日の当たらない薄暗い路地の方へと消えて行った。
「ふぅ、大丈夫ですかリューランさん。あんな奴の言うこと真に受けなくていいですからね?」
「……」
「リューランさん?」
ヘルメスらがいなくなった後、アレスは振り返りリューランに優しく声をかけた。
だがその時リューランは血の気が引いたような真っ白な顔色をしており、どこかその目も虚ろで落ち込んでいるような様子であった。
「ごめんなさい……このスキルをずっとファンの皆に隠して来たけど、本当は私、希望の歌姫なんかじゃないの。あの男の言う通り、私は人を殺すために生まれてきたって……」
「そんなことあるわけないじゃないですか!!」
「ッ!!」
ヘルメスの言葉はリューランが幼い頃から抱えてきた悩みそのものであった。
彼女はスキルを授かる前から歌うことが好きで、小さなころから歌で皆を元気づけたいという夢を持っていた。
だがそんな彼女が授かったスキルは【絶望の歌姫】。
自身の夢と逆行するようなスキルを授かり、彼女は自身が生まれた理由について深く悩んだのだ。
自分は人々に希望をもたらせるような人間じゃないんじゃないか。
そんな風に考えながら自身のスキルのことは皆に伏せ、その事実を塗りつぶすかのように希望の歌姫を名乗った。
故にヘルメスから言われた言葉はリューランの心を深く抉った。
両親を幼い頃に事故で亡くし、大叔父の家に引き取られた彼女は心から頼れる人物も少なくずっとその悩みを1人で抱えて来ていた。
自信が背負ったスキルに震えるリューラン。
しかしそんなリューランにアレスは力強く彼女の両肩に手を伸ばした。
「あなたの歌声はたくさんの人を虜にし、多くの笑顔を咲かせてきた!あなたは間違いなく希望の歌姫だ!」
「アレス君……」
「それに俺はスキルの価値でその人の評価や人生が左右されるなんて間違ってると思ってる!あなたはあなた自身の歌で皆を希望に導くことができる。ならそれが全てじゃないですか!」
「……ッ!」
アレスもかつて自身が持つ剣聖のスキルによって人生を大きく狂わされている。
そんな彼だからスキルによってその生き方を揺るがされそうになっていたリューランに強く感情移入し、彼女を励ましたいと考えたのだった。
「アレス君……ありがとう。私、自分のこのスキルが嫌いでずっと誰にも話せないでいた。打ち明ければどんな目で見られるのかが怖くて……でも、あなたには勇気を貰っちゃった」
「おかしいのはあいつですよ。きっとあなたのファンの皆もあなたのことを受け入れてくれると思いますよ」
「うん……でも、ごめんなさい。このことを明かすのはやっぱりまだ怖いから……私のスキルのことは秘密にしてくれる?」
「ええ、もちろんです。もう戻りましょう、きっとみんなが心配している」
リューランの瞳に輝きが戻ったことを確認したアレスは、彼女の手を取り再びスタッフたちの元に彼女を送り届けることにしたのだった。
まだ彼女の顔には少し不安の色がうかがえたが、それでもアレスは彼女ならもう大丈夫だと信じていた。
なぜなら彼女は希望の歌姫であり、皆の希望はそう簡単に砕けないと考えていたからだった。
「くそッ!!なんだあのガキ!!調子に乗りがやって!!」
一方そのころ、アレスに追い返されたヘルメスたちは王宮に向け不満をぶちまけながら歩いていた。
「いかがなさいますかヘルメス様?」
「後日またリューランの元に行きましょうか?」
「いや。今日はあの女が1人で抜け出したと騒ぎになったから直接話せた。普段はあのジジイが邪魔でそうはいくまい」
ヘルメスは焦っていた。
王国軍の軍略統括部、それは確かに大きな力を持った部署であったがその地位や支持率は決して高くない。
それは王括が歴史の浅い部署であるということも関係しているが、王国軍そのものが力を持ちすぎていることに起因していた。
もともと王国軍はこのように部署が細分化されておらず、総軍団長や軍団長などの指示でほとんど問題なく回っていたのだ。
組織が大きくなり部署を分けたものの、まだゼギンを中心とした軍隊の影響力が高く王括の肩身は狭い。
王国軍と言えば旧体制の軍隊を思い浮かべる人が大半。
王括が練った作戦なども刻一刻と変化する戦場では現場にいる団長の指示が優先される物であり、ヘルメスは王括の立場が弱い現状を何とか改善しなければいけないと考えていたのだ。
(リューランを戦場に投入しでかい戦果を出せば王括の立場も良くなる……そのために何とかしなければ……)
ヘルメスはリューランを利用して王括の軍内部での地位を向上させようと次の策を練ろうとしていた。
そんなヘルメスの企みなどアレスたちが知る由もなく、再びリューランに王括の魔の手が迫るのであった……
「リューラン!!おまえこんな時間まで一体どこへ行っていたんだ!?」
ヘルメスとの接触があったのち、アレスは何とか無事にリューランをマネージャーの元に送り届けることが出来たのだった。
リューランが1人で抜け出すことは今までにしばしばあったらしいが、それでも彼女のマネージャーであるジェリソンは彼女のことをとても心配していたようだった。
「ごめんなさいジェリソン。でも大丈夫、彼が護衛をしてくれたから」
「すみません。もっと強く言ってリューランさんを早く戻らせるべきでした……」
「いや、いいんだ。彼女のことだからどうせ無茶言って言うこと聞かなかったんだろ?むしろ早めに戻ってきたところを見るに君なりに戻るよう促してくれたんだろう?」
「これで早めって……普段はどれくらい出歩いてるんですか?」
「酷いときは昼過ぎに出て行って次の日の朝まで戻って来なかったよ」
「その時はこっぴどく叱られたわよねぇ~」
(この人……想像以上にやべぇ……)
リューランがいかにマネージャーやスタッフに迷惑をかけているのかを知り青ざめるアレスをみて、当の本人は反省の色も見せずにケラケラと笑っていた。
「はぁ……彼女への説教はまたあとにするとして」
「えっ?」
「君、アレス君といったね。うちの歌姫が迷惑をかけてしまったね。本当にありがとう」
「いえ。そんな大したことは何もしてませんし」
「彼女の身に何か危険なことがあったりしなかったかい?」
「それは……何もなかったです」
「そうか。それならいいんだ」
ヘルメスとの一件はリューランからマネージャーやスタッフには黙っておいて欲しいとお願いされていた。
小さなトラブルでもきちんと報告しておいたほうが良いと考えたアレスであったが彼女の事情を考慮しジェリソンには何もなかったと答えたのだった。
「それじゃあアレス君。改めてありがとう。もし君が望むならぜひ次回のコンサートには招待させておくれ」
「いや、俺は……」
「望むならじゃないわ!私の方から押し付けちゃうんだから!」
「リューさん!?」
「アレス君!今日は本当にありがとうね!今度のコンサートは君にも聞いて欲しいから絶対来てね!」
「……っ!ふっ、わかりました。それじゃあ必ず行きますよ」
「ええ、待ってるわ」
「リューラン……戻って来ていたか」
「おじいさま!!」
リューランを送り届けたアレスが挨拶を済ませ彼女たちの前から去ろうとしたその時、リューランのもとに年老いた1人の男性が現れた。
彼はかなりのご高齢のようで、その顔には深いシワが刻まれ杖をつきながらゆっくりと歩いていた。
「あの人は……」
「リューランの大祖父様だよ。幼い頃に両親を亡くした彼女を引き取ったのが彼。彼女が歌手として活動できたのも彼の助力が大きかったと聞いているよ」
「なるほど……」
「また1人で出歩いて……あまり私を心配させないでくれ」
「ごめんなさいおじいさま。でも今日はそのおかげで素敵な出会いが出来たわ!彼よ、ハズヴァルド学園のアレス君」
「ほう……娘が迷惑をかけたようで。本当に申し訳ありませんでした」
「いえ!リューランさんのおかげで俺も楽しい時間を過ごせましたので!」
「ごほっごほっ!」
「ああ、大丈夫おじいさま!」
「心配いらないよ。だが今日はもう休ませてもらおうか。すまないが、先に失礼するよ」
「グレンダ様、どうぞごゆっくりお休みください」
「私が付き添うわおじいさま。それじゃあアレス君、今日は本当にありがとう。恩返しをするつもりがまた大きな借りを作っちゃったわね」
「もう連れ回されるのは勘弁ですよ。それじゃあ俺もこれで失礼します」
リューランの大祖父グレンダは、すでに80歳を超えており持病があるのかアレスの前で大きくせき込んでしまっていた。
そんなグレンダを休ませるためにリューランは彼に付き添い部屋へと戻っていく。
そしてアレスもそれを見て学園へと戻ることにしたのだった。
(はぁ、なんか思ったより疲れたな。ロイさんには昼過ぎくらいには帰れると思うって言ったのにもう夕方だ)
「でもまあ……悪くない1日だったな」
リューランに振り回される形で精神的な疲労を感じていたアレス。
だがリューラン・オーレリーという推しと呼べるような歌手と出会えたことに、アレスは満足げな表情で学園寮へと帰っていったのだった。
スキルを打ち明けられないリューランのスキルをなんでヘルメスが知っていたのかは、スキルを授かった時に国にスキルを登録する義務があって軍師にはそれを調べる権利があるからです。




