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ウィーベル家のメイド

「だからどうか、僕の元に来てくれないか!?」

「……え?」


アリアの姉であるミシェルが誘拐された際に奪われてしまった祖母の形見のネックレス。

それを取り戻すためにそのネックレスが売られたという宝石店にやってきたアレスであったのだが、そこで一足先にそのネックレスを購入してしまったバンドと鉢合わせていた。

アレスはそのネックレスをどう取り返そうかと考えていたのだが、バンドから突然驚きのお願いをされてしまいアレスは一瞬思考が完全停止してしまった。


「え、っと。それは一体どういう……」

「難しい話ではない。その、少し恥ずかしいのだが……僕は君の姿を見た途端に恋に落ちてしまったようでね。君のような素敵な女性に傍に居てもらいたいと思ったのだよ」

「……はッ!?」

「え?」

「……っくしょん!!申し訳ありません!急に鼻がムズムズしてしまって……」

「ああ、なんだ。構わないよ」


中身が男である自分に恋をしたと聞かされてアレスは理解が追い付かなかった。

そんなアレスにバンドはさらに話を続ける。


「君は今誰にも使えていないんだろう?ならちょうどいいじゃないか。ここで僕らが出会ったのも運命だよ。結婚を前提に僕の専属メイドになってくれないか?」

「キモッ!!」

「え?」

「……ちは嬉しいのですが、いきなりの申し出に少々驚いてしまいまして。私はあなた様に釣り合う者ではありませんわ」

「そんなことはないさ!君のような美しい女性は世界中どこを探しても存在しえない!むしろ僕の方が君に釣り合う器か心配になってしまうほど……だが安心して欲しい!僕はウィーベル家の長男のバンド!!いずれこの国の軍団長になり必ず君に釣り合う男になってみせるよ!」


隠し切れない本音が漏れそうになりながらアレスは必死にバンドの申し出を断ろうとする。

だがバンドの意志は揺らがないようで、むしろ積極的にアレスへのアピールを続けた。


「ところで君、さっきこのネックレスに興味を示さなかったかい?」

「え?……まあ、確かにそうですが……」

「よし!これを君にプレゼントしよう!」

「ほんとうですか!?」

「ただし!」

(やっぱりか……)

「君には僕の専属メイドになってもらいたい!無論君が望むならもっと希少で高価な宝石をプレゼントしてあげてもいい!どうかな?」

(あー……最悪だぁ……)


ネックレスを取り返すにはバンドの専属メイドにならないといけないと、とんでもない条件を出されてしまったアレスは死んだ魚のような目で空を見上げた。


(アリアとミシェルさんのためにネックレスを取り返したかったが……これは無理だ。流石に受け入れられねえよ)


先程ノイアステル家の晩餐会に潜り込んだのはあくまでミシェルの救出、人命にかかわる事態であったためアレスもメイドとして振舞うことを受け入れていたのだ。

だが今回は大切なものであると言ってもあくまでただのネックレス。

ただでさえメイドとして活動を続けることが苦痛であるのにそれが知り合いで、しかも求婚されてしまったとなれば面倒極まりなかった。


「えっと……非常に申し訳ないのですが……」

『でも姉さんが無事に戻ってきてくれたならそれで十分よ。おばあ様も怒ったりはしないわ』

『私に任せて。そのネックレスを取り戻してきてあげるから』

「……」


もう取り返すことは不可能だとその要求を断ろうとしたアレスであったのだが、その時先程のアリアとのやり取りが脳裏をよぎった。

それはネックレスがなくなったくらいなんの問題ないと悲しさを押し殺し笑顔を繕うアリアの表情と、ネックレスを取り返してくるとアリアに伝えた自分の発言。


「そんな!そこを何とか考え直してくれないか!?」

「……わかりました。ただ2つ条件があります」

「条件?もちろん聞かせてもらおう!」

「いくらバンド様であっても出会っていきなりの求婚をお受けすることはできません。ですので期限付きでお仕えさせていただきます。その間に私があなた様と結婚してもいいか判断します」

「貴様ッ!!バンド様になんて無礼なことを……」

「よい。先も言ったが彼女の美しさの前では格が足りないのは俺の方だ。それで、もう1つの条件は?」

「あなた様に従うのはあくまで通常のメイドの仕事の範疇の指示だけです。それ以上の奉仕などは決して行いません」

「ふむ、それは言われるまでもない。君の心よりも先にその体を手に入れるつもりは毛頭ない」

(……悪いが結婚は億が一にもありえねえ。数日間の給料としてそのネックレスは貰うことにするよ)

「ならそれでいい。ではひとまず俺の夏季休暇の間、と言っても残り3日だが。その間に貴様を俺様に惚れさせればいいんだな?」

「かしこまりました。その条件ならメイドの仕事をお受け……え?」

「……ん?どうかしたか?」

「……いえ、何でもござません。それではひとまず3日の間、あなた様にお仕えさせていただきます」


一度はネックレスを諦めバンドの要求を断ろうとしたアレスであったのだが、直前で心変わりし条件付きでネックレスを取り戻す契約を取り付けたのだった。

そんな事情を知らないバンドは本気でアスカを惚れさせるつもりで張り切っている。


「おっと、僕としたことが君の美しさのあまりまだ名前も聞いていなかったね。僕のことはもう知っているとは思うが、ウィーベル家の長男のバンドだ」

「私はアスカと申します」

「アスカ……君の美しさに相応しい素敵な名前だ」

(ガチで口説き落とそうとしてきやがる……)

「それじゃあ今日はもうこんな時間だ。近くに宿を取ってあるから馬車で向かおう」

「申し訳ございません。その前に少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

「それは構わないが、馬車で送ろうか?」

「いえ、すぐそこでございますのでお気遣いは無用です。では申し訳ありませんが、こちらで少々お待ちください」


ウィーベル家の馬車で移動する前に、アレスはアリア達に事情を説明しようとバンドを置いてノイアステル家の屋敷の元に戻っていった。

小走りでバンドの視界から外れたアレスは速度を上げ、すぐさまアリア達の元へ辿りつく。


「あっ!アスカさん!ネックレスはどうでしたか!?」

「そのことなんだが、実は……」


アレスの顔を見て期待と不安が入り混じったような顔をしたアリアに、アレスは先程のバンドとの約束を手短に説明する。


「なんだと!?なんでそんなことになったんだ!?」

「だから話したでしょ。私はもうすぐにあいつの所に行くから、それまで適当に待ってて」

「そ、そんなことダメだよ!!絶対にダメ!」

「あ?なんでだよソシア」

「だ、だって!その姿で行くんでしょ!?そんなの……うわぁ……っ、ヤバいよ、それ……ッ///」


バンドに怪しまれないように早く彼の元に戻りたいアレスだが、そこで少し様子のおかしいソシアに引き留められてしまった。

ソシアがどこか妙な熱っぽさを帯びた目でじっとアレスを見つめてくる。

そんなソシアの反応にアレスは逆に呆れた表情をしていた。


「美人メイドに一目惚れした傲慢貴族が身分差を利用してあんなことやこんなことを///!!……『お、おやめくださいご主人様!』『そうだ、俺はお前のご主人様だぞ?その心と体が誰のモノなのかじっくり教えてやる』『いやぁああ』な、なんて展開に///!!」

「アホなの?何馬鹿なこと言ってんのよ」

「でもありがちじゃない!? 逃げ場もない屋敷の中。誰にも助けを呼べない状況で……っ。そ、それで最後には、無理やり抱きしめられて――っ……///」


顔を赤らめたソシアは手を口元に添え、やたらと生き生きとした表情を浮かべた。

ソシアのそんな妄想を聞き、アレスはため息をつきながら手で眉間を抑える。


「私がそんな従順に見える?本当にそうなったら奴の喉元かみちぎって帰ってくるわ。というかさっきメイドの通常業務以上のことは致しませんって約束させてあるから」

「流石アスカさん。抜かりないですね」

「ですがアスカさん。そうでなくてもそこまでして貰わなくてもいいですよ」

「はい。もともと不用意に祖母の形見のネックレスを持ち出した私が悪いのであって、助けてもらった上にそんな迷惑をかけることなんてできません」

「わかってるわ。でもはっきり言ってこれは私のプライドの問題なの」

「プライド?」

「ええ、一度取り返すって言ったんだから、ここで引き下がったら自分で自分を許せないの」


バンドの元に戻ろうとするアレスにアリアとミシェルはこれ以上迷惑はかけられないとアレスを引き留めようとする。

だが今のアレスはアリア達のためだけでなく、先程の自分の発言に責任を持ち自分が納得できるようバンドの元に向かうと言ったのだ。


「あ、そうそう。私もさっきまで完全に忘れてたけどもうすぐ学園の夏季休暇が終わるでしょ?私たち何も課題やってないんじゃない?」

「あっ!!そう言われてみれば!!」

「どうしよう!!私もなにもやってないよ!!」

「え?皆さん……1カ月以上も課題に手を付けていなかったんですか?」

「いやなに。話せば長くなるが人助けをしていてね。とても課題などやっている時間なんてなかったんだ」

「そう。だから悪いけど私の分の課題も代わりにやってくれない?たぶん終わらせる時間ないから」

「わかりました。僕らで協力して終わらせてしまいますね」

「うぅ、1か月分の課題を3日で……終わるのかな」

「ほ、本当はダメですけどこんなに助けてもらっているんですから!私の課題を写してください!」

「助かる。ではあと3日で何とか素材収集を終わらせれば間に合いそうだな」

「よかった。じゃあそっちは任せるわ。私はネックレスを取り返してくるから」

「アスカさん!」

「ん?」

「本当にありがとうございます。どうかよろしくお願いします」

「ええ、任せてよ」


バンドの発言でハズヴァルド学園の夏季休暇が残りわずかであると聞くまで完全に課題のことを忘れていたアレスたちであったが、アレスがウィーベル家に行っている間にみんなで協力して課題を終わらせることになり、アレスは自分の役目を全うしようとバンドの元に戻っていった。


「遅くなってしまい申し訳ありませんでした」

「大丈夫さ。さあ、宿に向かおうか。安心してくれ、無論部屋は別だよ」

「ご配慮の程恐れ入ります」


こうしてアレスは3日間の間バンドの専属メイドとして働くこととなってしまった。

元の自分の姿で仕えるよりは何倍もマシだと自分に言い聞かせ、この仕事が終われば二度とアスカとしての姿になることはないとアレスは内心固く誓ったのだった。




その翌日。

ウィーベル家が手配した上流貴族御用達の高級宿にて。


「バンド様、失礼します。起床の時刻になりましたのでお目覚めくださいませ」


個室を貰って就寝したアレスはその翌朝、メイドの仕事として寝室で眠るバンドを起こしていた。


「ん……もう朝か。やあアスカ君。目覚めてすぐに君の美しい顔を見られるなんて、最高の1日を迎えられそうな気分だよ」

「いつでも朝食のご用意が可能です。出発の時刻もありますので、お早く支度を整えていただけると幸いです」

「つれないね。まあそれも君の魅力の1つだがね。それじゃあ目覚めのハグをお願いしてもいいかい?」

「……それは通常のメイドの業務の範囲内ですか?」

「わかったよ。そんな怒った顔をしないでくれ。少し冗談を言ってみただけさ」

(こいつ好きな女子相手にはこんな感じなのか……知りたくはなかったな)


積極的にアレスにアピールをするバンドに、アレスはあくまで業務的な笑みを張り付けたまま淡々と業務をこなす。

かつて自分が王族であった時にメイドにして貰っていたことを思い出し再現すればいいということで、多少の粗はあるもののバンドに不満を感じさせることなく仕事を進めることが出来ていた。


「なあアスカ君。君は料理は得意かい?もしそうなら君の手作りの料理を食べたいのだが」

「申し訳ありませんが料理は私の得意分野ではありません。バンド様にお出しできるほどの物は用意できません」

「そうか。それならいいんだ。ただ気が向いたらちょっとしたものでも作ってくれたらうれしいな」

「かしこまりました。それよりもバンド様、本日のご予定ですが朝食を終えられた後は1時間ほどでウィーベル家のお屋敷に向けた馬車が到着いたします。途中で3度ほど休憩をはさみながら順調に進めば夜には屋敷に到着できるかと」

「わかった。ただ急ぐ旅でもないんだ。途中で景色の良い山かどこかでデートなんてどうだい?」

「……とても素晴らしいご提案ですが、恐れながら私はバンド様のご立派なお屋敷を早くこの目で見たいと考えております」

「おお!そうか!なら早く帰らなくてはな!爺、予定変更だ!可能な限り早く屋敷に戻るぞ!」

「かしこまりました。では馬車の手配を早めすぐに出発できるようにいたします」


バンドにデートに付き合わされるよりも屋敷で動いていた方が気がまぎれると、アレスはバンドにすぐに屋敷に帰りたいと伝える。

完全にアレスの虜になっていたバンドはその願いを聞き入れ、予定を繰り上げビルレイアの街を出発することにした。

ウィーベル家が用意した特別な馬車は普通の商人が使うものよりも速く長距離移動も可能で、アレスたちを乗せた馬車は夕方前にはウィーベル家の屋敷に辿り着くことが出来たのだ。


「どうだアスカ君!!ここが我がウィーベル家が誇る豪邸さ!!僕と結婚すればこの屋敷が君の家になるんだぞ!」

(ティナの家に比べたら小さいな……)

「悪い話じゃないだろ?3日と言わずもう答えを出してもいいんだぞ?」

「私はまだご主人様の人となりを深く理解したわけではありませんので」

「……そうか。とても残念だが、それは君が見た目や身分で相手を判断しない素晴らしい人物であるということでもある」

(てめぇは平民を見下してるだろうが)

「ならやはり君を心から惚れさせるしかないね。とにかく屋敷に入りたまえ。君には特別に個室を用意しよう」


ウィーベル家の屋敷に辿り着いたアレスはそこでも変わらず猛アピールを続けるバンドをひらりひらりと躱し続ける。


(あと2日……面倒だがたった2日だけだ。というか俺の休みは1日たりともなかったな……)


夏季休暇に入ると同時にシャムザロールへ行き、その後ステラをレウスの森に連れて行ってからアリアの姉を助けるためにビルレイアの街で活動し、そして最後はウィーベル家のメイドとして過ごす。

まったくと言っていい程休みをのんびりと過ごすことが出来なかったことに少し落ち込んだアレスであったが、気を取り直して残りの2日を頑張ってやり過ごそうと考えたのだった。



「バンド様、失礼します。起床の時刻になりましたのでお目覚めくださいませ」


そして次の日の早朝も、アレスは昨日と全く同じようにバンドを起こしに寝室にやってきた。


「ああ……おはようアスカ君。やはり君に起こしてもらえるというのは幸せだね」

「御託はいいのでさっさと起きてくださいご主人様」

「君だんだん失礼になってきてないかい?まあそれも君の魅力に見えるし、夫婦になるなら今から対等な立場を築いていくというのはいい心がけだと思うね」

「ご主人様、朝食の支度が整っております。ご多忙の一日と存じます故お目覚めの程お願い申し上げます」

「そう言った途端えらく固くなったね!?」


はっきり言ってアレスにとってこの生活は苦痛そのもの。

持ち前の忍耐力でその不満は押し殺しているが、基本的に感情のない笑みを張り付けたままメイドの業務をこなしていく。


「まったく。君の美人面にかかればそんなすました顔も絵になるとはいえ、もう少し笑ってくれてもいいんじゃないかい?」

「いえ、あくまで仕事ですので」

「そうかい?どうしたら君の太陽のような笑顔が見られるんだろうね」

「お望みとあらば笑顔をおつくりしましょうか?」

「それじゃダメに決まっているだろ。僕は君が心の底から笑った顔が見たいんだ」

「そう言われましても……、……っ?」


つまらなそうな表情で業務をこなしていくアレス。

そんなアレスにどうすれば笑顔になってもらえるのかと悩むバンドであったが、渡り廊下を歩いていたアレスは中庭のある光景に自然と目を引かれたのだった。


「ふふっ、流石は兄者!」

「お前も腕を上げたようだな。だがこれで決めるぞ!」

「望むところです!!はぁあああ!!」

「……」


それはウィーベル家の屋敷の中庭に作られた稽古場で2人の剣士が模擬戦闘を行う光景。

アレスから見ればその戦いはあまりに低い次元の物であったが、2人の剣士が奏でる刃鳴に地面を踏みしめる音。

それらがやりたくもないメイドの仕事に従事していたアレスの表情をわずかに解きほぐしたのだった。


「稽古が気になるか?」

「ッ!!申し訳ありません。集中力を欠いておりました」

「構わないさ。むしろ君の興味がありそうなことが見つかって嬉しいよ。どうかな?もっと派手な戦いを見れば君の笑顔が見られるかな?」

「それは……」

「いや違うな。こんなただの訓練なんかじゃ君の心は踊らないだろう。命を懸けた戦い……今からでもダンジョンに出掛けないか?そこで僕の力を見せつけて君を惚れさせてあげよう!」

「は……今からダンジョンに行くんですか!?」


そのアレスの表情の変化を見逃さなかったバンドは、もっと自然な笑顔が見たいとアレスに詰め寄る。

そしてよりハラハラする命のやり取り、ダンジョンへ向かいそこで危険な魔物と戦うと言い出したのだ。

流石に想定外の提案にアレスは驚きを隠せない。

こうしてバンドはアレスの有無を確認することなく早速ダンジョンへ向かうことにしたのだった。

ちょっと更新頻度が怪しくなるかもしれませんが何とか頑張りますのでよろしくお願いいたします

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