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メイドの仕事は終わらない

「遅い!!遅すぎるぞ!!」


アレスが囚われていた女性たちを解放していた頃のこと。

アレスの帰りを待つティナたちは屋敷のすぐ近くの路地裏から屋敷の様子を窺っていた。

すでに晩餐会は終了し招待されていた貴族たちは次々に門から出てきている。

それでもアレスが戻ってくる気配が全くないことに痺れを切らしたティナはそんな声を上げていた。


「なんだか数日前に聞いたセリフですね」

「ティナさんって意外とせっかちなんだね」

「仕方がないだろ!もう晩餐会はとっくに終わっているはずなのに彼が戻ってくる気配がないんだ!やはりもう助けに行くべきか……」

「アレスさんが奴らに捕まったということですか?」

「そんなことあり得るわけないだろ!アレスがあんな奴らに遅れを取るものか!」

「じゃあもう少し待っていましょうよ」

「……あと少しだけだぞ」


自分のこととなれば粘り強く耐え続けられる彼女だが、友人のこととなると途端に心配性となってしまうティナはなかなかアレスが戻って来ないことに落ち着かない様子であった。

そんなティナをなだめながら、ソシアたちはもう少し様子を見ようとノイアステル家の屋敷を監視することにする。


「ほんとに大丈夫なの?あの子剣士なのに素手だし」

「アレスさん……」

「ん、なんだ?」

「屋敷の方が妙に騒がしいですね」

「もしかしてアレス君がアリアさんのお姉さんを助け出したんじゃないかな!」

「姉さん!!」

「あっ!待ちなさいよアリア!!」


アレスが戻ってくるのをじっと待っていたアリアたち。

するとその時屋敷の中からただ事ではない騒ぎ声が聞こえてきたことに気付いたのだ。

それが徐々に大きくなってくることを確認した彼女たちは急いで何が起きたのか確認するためノイアステル家の正門に向かう。


「これはただ事じゃありませんね。一体何が……」

「おーーい!みんなーー!!」

「ッ!!アレ……アスカさん!!」

「無事だったんだな!!まったく、あまりに遅いから心配したんだぞ?」

「いやむしろ早い方でしょうが。それよりもアリア」

「ッ!!姉さん!!」

「アリア……アリア!よかった、また逢えたわね!!」


正門に辿り着いたソシアたちの前に現れたのはアレス……メイド服姿のアスカ。

ノイアステル家の人間に捕まることなく無事に戻ってきたアレスに喜ぶソシアたち、そしてアリアはそんなアレスのすぐ後ろを歩いていた自身の姉の姿を発見してその目に涙を浮かべていた。


「姉さん!!姉さん!!無事だったのね!!ほんとうに、本当に良かった!!」

「心配かけてごめんねアリア!」

「ミーシェル。ほんっと心配したんだからね」

「テレーゼも……心配かけたわね」

「よかったねアリアさん!お姉さんと無事にあえて」

「うん。みんな、ありがとう」

「いえ、僕らは何もしてませんよ。お姉さんを助けられたのは全部アレ……」

「あん?」

「……アスカさんのおかげです」

「ええ、本当にあなたには何度お礼を言っても足りないくらいです。本当にありがとうございました」


無事に姉と再会できたアリアはたまらず駆け出し姉に抱き着き涙を流す。

そんなアリアの姿を安堵の表情で見つめながら普段通りの軽い雰囲気を装うテレーゼに、ミシェルはようやくマルセルの魔の手から解放されたのだと実感を得る。


「アスカさん。本当に、本当にありがとうございました」

「もういいですって。お礼ならここに来るまでにたくさん聞きましたよ」

「いえ、何度言っても足りないくらいです。この恩は一生をかけてでも返させてください」

「本当に大丈夫です!あなた達姉妹が無事に再会できたこの光景が見られただけで十分よ!」

「お取込み中失礼します。あなた方、先程通報のあったマルセル・ノイアステルによる誘拐監禁事件の被害者でしょうか?申し訳ありませんが詳しいお話をお伺いしたいのですが」

「彼女たちは解放されたばかりで疲れてるんだから話を聞くのは後日にしなさいよ。今日あった出来事なら私が説明しますから」


その時、先程ノイアステル家の使用人が呼びに行った王国軍の兵士たちが続々とノイアステル家の屋敷に到着したのだった。

メイド服姿のアレスとミシェルをみて事件の話を聞きたいと言ってきた兵士に対してアレスがその対応に応じる。


「申し訳ありませんでした。ではあなた方のお名前と住所の方をこちらの紙に書いていただいて、誰でもよろしいですので王国軍の人間に渡してください。後日事情を聴きに伺います。では私はこれにて失礼します」

「ふぅ。これでようやく一件落着か……」

「あれ?姉さん、ネックレス……なくなってない?」

「えっ?あっ!」


話を終えた兵士も屋敷に向かって行ったのを確認しひとまず事件解決だと息を吐いたアレスであったが、その時アリアはミシェルがノイアステル家の晩餐会に出掛ける前は身に着けていたネックレスがなくなっていることに気が付いたのだ。


「それどころじゃなくて全然気が付かなかったわ。一体いつなくなったのかしら……」

「ネックレス?アリアさん、何ですかそれは?」

「えっと、実は姉さん。ノイアステル家の晩餐会に行くなら少しでもふさわしいお洒落をした方がいいって祖母の形見のネックレスを付けて出かけていったの」

「それが今見たら無くなってて……きっとマルセルに取られちゃったんだわ……」


マルセルに捕らわれていた時のミシェルはネックレスを意識する余裕などほんのわずかにも残されていなかったが、その時彼女はマルセルによって祖母の形見のネックレスを奪われていたのだ。


「マルセルがわざわざ盗ったってのは、何か特別なものだったのか?」

「高価なものでしたけど特に珍しいものではなかったと思います。ただ私たちがまだ幼かったころに死んでしまった祖母がくれた大切な思い出の品で……」

「でも姉さんが無事に戻ってきてくれたならそれで十分よ。おばあ様も怒ったりはしないわ」

「……ごめんなさいね。私が持ちださなければこんな……」

「で、そのネックレスはどんな見た目なの?」

「え?アレ……アスカさん?」

「私に任せて。そのネックレスを取り戻してきてあげるから」


祖母の形見の品を失ったことに気を落とすミシェルであったが、アリアは姉が無事に帰ってきてくれただけで十分だと返す。

しかしその話を聞いたアレスはまだ屋敷の中にあるであろうネックレスを探しに行くと言った。


「そんな!助けてもらった上にそんなことまでさせられません!」

「大丈夫よ。ちょっと戻って探すだけだから。今ならマルセルもまだ連れてかれてないでしょうし、無理言ってネックレスのありかを吐かせるわ」

「……ごめんなさい。恩を返すどころかさらに迷惑をかけてしまって」

「すみませんアスカさん。それではネックレスを探してきてもらえますか?そのネックレスは星硝石でできていて、雫のような形の……このくらいのサイズのものです」

「わかったわ。じゃあちょっと待っててね」


アリアは指でそのネックレスの大きさを示しながら特徴をアレスに伝えた。

そのネックレスは星硝石という希少な鉱石からできており、夜空のように深い青に染まるその石は星の光を閉じ込めたような独特な光を放つことでとても高値で取引されている。


(星硝石……もしかしてノクタールさんに渡した宝石の中にあったかと思ったが違ったな。じゃあどこかに保管してあるのか……)


上流貴族であるノイアステル家からしてみても星硝石のネックレスは躊躇いなく捨てられるほど安いものではない。

マルセルが身に着けていないのであればどこかに保管してあるだろうと、アレスは再び屋敷の中に入りマルセルにそのネックレスのありかを聞き出すことにした。



「さあ大人しくついてこい!取調室でじっくり話を聞いてやるからな……」

「くそ……俺は上流貴族ノイアステル家の当主だぞ!それをこんなぞんざいに扱いやがって!ただで済むと思うなよ!」

「黙れ犯罪者!もうその地位にいられると思うなよ!」

「すみませーん!ちょっといいですかー!?」

「ん?なんだね君……」

(うおっ!?なんだあの美しい女性は!?)

「ここは関係者以外立ち入り禁……」

(う、美しい……)

(げッ!?あの女……まさか俺を殺しに戻ってきたのか!?)


屋敷に戻ったアレスは王国軍に連れていかれる寸前であったマルセルの元に駆け込む。

そこにいた王国軍たちはアレスを追い払おうとしたがそのあまりの美しさに言葉を失い、そして恐怖を植え付けられたマルセルはアレスの姿を見て震えあがった。


「すみません!私もこの事件の被害者です。どうしてもこの人に確認したいことが1つありまして」

「い、いやぁ……しかしだね」

「ああ。この事件の被疑者との接触はさせられない決まりでして……」

(そうなるよな……しょうがねえ。ここは穏便にことを済ませるために……)

「はい……それは十分理解しています。ですがどうしても確認しなければいけないことなんです。だめ……でしょうか?」

「ッ///!!」

「しょ、しょうがないなぁ……ちょっとだけですぞ?」

「ひ、ひぃ!!」


マルセルにネックレスのありかを聞きたいアレスであったが、兵士たちは犯人との接触は許されないとそれを拒否する。

だがアレスはこの兵士たちが自分の美貌に見惚れていることを一瞬で見抜き、威圧して王国軍の兵士とトラブルを起こすよりもプライドを抑えて色仕掛けで穏便に許可を得ようと考えたのだった。

艶を含んだ瞳でか弱い美女を演じる。

その甲斐あって完全に骨抜きにされてしまった兵士たちはアレスにマルセルと会話をすることを許可したのだった。

アレスの色仕掛けに舞い上がる兵士たちであったが、一方アレスの恐ろしさを知るマルセルはそのギャップにさらに恐怖で顔色を真っ白にさせる。


「ありがとうございます!それじゃあ一つ……あなた、星硝石のネックレスをどこにしまったか教えてくれる?」

「星硝石……?」

「なんだねそれは?」

「実は友達がこの男に監禁された時に、祖母の形見だという大切なネックレスを取られちゃったらしいんです」

「そういうことだったのか」

「それでお前、どこにやった?」

「ひッ!?星硝石のネックレス……ちょっと待って!すぐに思い出しますから!」


兵士たちに見えない角度でマルセルに圧をかけるアレス。

そのプレッシャーに耐えかねたマルセルはすぐにそのネックレスのありかを話し出す。


「お、思い出しました!確か僕のコレ……」

「あ?」

「ッ!!……僕が人形にした女性の1人が持っていました。ただ僕の趣味には合わなかったので外して、捨てるにはもったいないと思い宝石店に売りました……」

「なんだと!?そりゃどこの店だ!?」

「くっ、クリスタニア商会の店です!この屋敷の正門を出て大通りを左に進んで、4つ目の角を曲がった先の右側にある店です!!」

(この子素だと乱暴な口調なのかな……)

(だがそれもいい……)

「ちッ……ねえ、その宝石店に行って事情を話せばネックレスを返してもらえると思いますか?」

「えっ?あ、ああ。どうでしょうか。彼の証言があれば可能だと思いますが……」

「クリスタニア家の当主様はかなり話が分かる聡明なお方だと聞いているぞ。時間はかかるかもだが間違いなく戻ってくるだろうさ」

「確かにそうだな。だがそのネックレスがすでに誰かに購入されている場合は話が変わってきますね。少なくとも無償で取り戻すことはできないでしょう」

「そうですか……わかりました!ひとまずそのクリスタニア商会の店に行ってネックレスがまだあるか確認してきます!」


ネックレスのありかを聞き出したアレスは兵士たちに頭を下げると、すぐに駆けだしそのネックレスが売られたというクリスタニア商会の店に向かった。


「ア……スカさん!ネックレスは取り戻せましたか!?」

「いやまだだ!売られちまったらしくて今からその店に行ってくる!」

「私たちもついて行こうか?」

「いやすぐそこだから大丈夫!そこでちょっと待っててくれ!」


屋敷の正門前で待っていたアリア達に手短に現在の状況を伝え、アレスはマルセルから聞いた通りに宝石店に向かう。


(誰かに買われてなければいいんだが……頼む!)


そう祈りながらアレスは大通りの4つ目の角を曲がり、人通りのまばらな道を走っていく。

そしてすぐにアレスの視界の先に目的のクリスタニア商会の店が入る。


(よしあそこか!)

「帰りがけに寄った店だったが、思いがけずいい買い物ができたな」

「げッ!?」


だがアレスがその宝石店のすぐ目の前までやってきたその時、その店からある人物が姿を現したのだ。

そして最悪なことにその人物の首から掛けられていたのはアレスが探していたネックレス……


「はい、バンド様。それではお屋敷に戻りましょう。馬車はあちらにとめてあります」

「ああ。わかった……ん?」

(あいつはバンド!?よりにもよってアリアのネックレスを買ったのがこいつか!!)

「な、なな、ななな……」

(なんて美しい女性なのだァ!!!)


その人物というのはアレスと同じハズヴァルド学園に通う1組の生徒、上流貴族であるウィーベル家の長男のバンド・ウィーベル。

この姿で知り合いと会いたくなかったこともあってアレスは心の中で悲鳴をあげる。

だが一方バンドはアレスとは違う理由で心の中で絶叫していたのだった。


「あ、あの……バンド、様。その首から下げているネックレスは……」

「……!」

「……バンド様?」

「はッ!?あ、ああ!これは先程この店で購入したものだよ。だがそんな事よりも君!!その恰好、どこの名家のメイドであるか……教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「ん?……いえ、私は誰かにお仕えする身分などではなく、本日はノイアステル家のお屋敷で臨時のお仕事としてお手伝いをしていただけです」

「ッ!!でっ、では……君!!私の屋敷に来る気はないか!?君の望む手当てを出すし、特別待遇を用意しよう!だからどうか、僕の元に来てくれないか!?」

「……え?」


バンドが女性となったアレスの姿を見て感じたもの……それは燃え上がるような恋心。

中身がアレスだと知らずに一目惚れしてしまったバンドは緊張を隠し切れないような様子でアレスに自身に仕えて欲しいと言ってきたのだ。

これにはアレスも驚きを隠せない。

いついかなる時でも素早く思考を巡らせるアレスであったが、この時ばかりはこの言葉を受け止めきれず思考がフリーズしてしまったのだった。

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