解放
「さあ、早く彼女たちを解放しなさい」
ノイアステル家、マルセルが隠し扉の奥に作らせた秘密の部屋。
そこで大勢の護衛を打ち倒したアレスはマルセルにスキルで人形に変えた女性たちを解放するよう指示を出していた。
「くそぅ……今まで手に入れた僕のコレクションがぁ」
「なに、気が変わったの?ならあなたを殺して彼女たちを助けるだけだけど……」
「わかった!分かったから殺さないで!ああ……私の、私の王国がぁ……還魂……」
「……あっ……ああ」
「……も、戻った……?」
ひっそりと築き上げてきた自分の理想郷を自らの手で終わらせることを激しく躊躇するマルセル。
だがアレスが背後から刺すその視線は明確な殺意を持ってマルセルに突き刺さる。
コレクションを手放すのは惜しい……だが、それでも命には代えられない。
それがマルセルが出した答えだった。
彼が両手を前に突き出し解呪の呪文を唱えると、その部屋に並べられていた人形たちが怪しげなオーラを放ちだす。
そいてわずかに輝いたかと思った次の瞬間、直立していた人形たちの瞳に生命の輝きが戻った。
呪いから解き放たれた彼女たちは膝から崩れ落ち、自身の手を見つめ元に戻れたことを実感する。
「わたし……わたし、動ける!」
「よかった……私、もう、一生人形のままかと……」
「戻れたの……?本当に、元に……?うわぁあああん!!」
マルセルの支配から解放された彼女たちは堪えきれず次々と涙を流した。
それは永遠に終わらないと思っていた悪夢から解き放たれた彼女たちの魂の叫び。
彼女たちが流す涙は明確な言葉にならずともはっきりと語っていた。
……人形として過ごした時間がいかに地獄であったかを。
人形になっている間はずっと意識ははっきりとしていたのに、体はぴくりとも動かせなかった。
声を上げることもできず、それどころか目を閉じることすらできない。
暗く逃げ場のない小さな部屋の中で、無抵抗のまま何度も何度もマルセルに覗かれ、触れられ、弄ばれた。
耐えがたい苦痛に苛まれながら、それ以上の恐怖が彼女たちを支配していた。
もう一生、このまま人形のまま過ごすしかないのかと。
(人形になっている間に意識がなければ何が起きたのか理解できないはずだろう。だがこの感じは……)
「お前さ、やっぱ死んだほうが良いわ」
「ひっ!?なんで、言われたとおりにしたのにぃ!!」
「ふんッ!!」
「ぎィ……かはっ……」
その反応から彼女たちがどれだけ絶望の淵に立たされていたのかを察したアレスは強い怒りを込めマルセルを睨みつける。
そして怯えるマルセルの鳩尾に強烈な拳を捻じ込み、その一撃をもってマルセルを完全に気絶させたのだった。
「貴様にはしかるべき法の裁きを受けてもらう」
「あ、あの……あなたが……」
「ん?」
「あなた様が、私たちを地獄の底から救い出してくれたんです……」
「女神様……ありがとう、本当にありがとうございます!」
怒りを抑え、マルセルを気絶させるだけにとどめたアレスであったが、その時解放された女性たちが皆自分に注目していることに気が付いた。
彼女たちはみなぽつりぽつりと涙をこぼし、肩を小さく震わせながら嗚咽を漏らしていた。
窓もない薄暗い部屋の中だが彼女たちにはアレスの姿そのものが光を放っているようにさえ見えた。
そして彼女たちは自然と跪き、まるで神に祈るかのように手を組みアレスを見上げていた。
「そんなに崇めないでくださいよ!でもまあ、みんな元に戻れてよかったわね」
「ああ……ありがとうございます。ありがとうございます」
「うんうん。それで私はミシェルさんを探しに……あっ!いたいた!ミシェルさん!」
「えっ?あなた様……なぜ私の名前を?」
「あなた様って言うのやめて?みんなも。そんな事よりミシェルさん。私はあなたを助けにここに来たんですよ。アリアさんのお願いで」
自分を神のように崇める女性たちに戸惑うアレスであったが、気を取り直して助け出した女性たちの中からアリアの姉の姿を見つけ出す。
ミシェルも他の女性たちと同じようにマルセルに人形に変えられてしまいこの1週間ずっとこの部屋に閉じ込められてきた。
体の消耗はないが心がすり減り元気がなさそうなミシェルであったが、自身の妹であるアリアの名前を聞いた途端その目に輝きを取り戻した。
「ッ!!アリア!妹もこの屋敷に来ているんですか!?」
「いいえ。でも屋敷の外であなたの帰りを待っているはずよ。彼女、ずっとあなたのことを心配していたわ」
「アリア……そう、だったんですね。あの子に心配をかけてしまったわ……」
「マルセル様?この部屋は一体……ッ!?」
「な、なんだ君たちは!?」
「きゃああ!!」
「また閉じ込められる!」
「いや……いやぁああ!!」
ミシェルやほかの女性たちを連れて部屋を出ようとしたその時、アレスが2人の使用人と客間に入っていくのを目撃した他の使用人が部屋の隠し扉を発見してアレスたちが居た隠し部屋に入ってきたのだ。
マルセルの使用人が姿を現したことでトラウマを植え付けられている女性たちはパニックを起こしかけてしまう。
だがアレスは入ってきた使用人の目をじっと見てすぐに冷静な判断を下す。
「落ち着いてください!大丈夫です皆さん。彼らは奴の悪事とは無関係です」
「っ!ほ、ほんとうなんですか?」
「ええ」
アレスはパニックに陥りかけていた女性たちを落ち着いた口調で落ち着かせる。
アレスの冷静な態度と言葉を聞いた女性たちは何とか平静を取り戻す。
「これは一体……っ!?マルセル様!?」
「ここで一体何が……」
「あなた達、このマルセルという男はここに居る女性たちを監禁していました。その件について何も知らされていないですね?」
「なッ!?マルセル様が!?」
「そんなこと、知っていたはずが無いだろう……」
「彼がしたことは決して許されることではありません。ここから先は王国軍の介入が必要不可欠でしょう。今すぐに王国軍を呼んでください」
「し、しかし……」
「マルセルは犯罪者なのよ。そんな彼に肩入れするつもりならあなた達も同罪ということになるけれど……それでもいいのかしら?」
「ッ!?す、すぐに王国軍に連絡してこよう!!」
アレスはその使用人たちに手短な説明をしたのちに王国軍への連絡を要求する。
まだ事情を呑み込めない彼らは戸惑いからすぐには動き出せないでいたが、アレスに鋭い眼光で睨まれ慌てて王国軍への連絡に向かった。
「さあ皆さん!外に出ましょう」
「あ、あの!」
「やっぱりあなたも捕まっていたのね。ノクタールさん」
王国軍が来る前にこの狭い部屋から移動しようと助け出した女性たちを外に誘導するアレス。
そんなアレスに声をかけてきたのは、先程の晩餐会で共に臨時メイドとして働いたノクタールであった。
「はい。晩餐会が終わる直前に当主様から話があるって呼び出されて、もしかしてノイアステル家の正式なメイドとして雇いたいって言われるんじゃって期待したんですけどね。まさかこんなことになるなんて……アスカさん!あなたが助けてくれなかったら私も一生人形のまま過ごすことになってたかもしれませんでした。本当に、ありがとうございました!」
「いいのよ。はっきり言ってあなたを助けたのはついでみたいなものだし」
「それでもアスカさんに助けてもらえて嬉しかったです。アスカさん、綺麗なだけじゃなくてあんなに強かったんですね」
「ふふっ、ありがとう」
「あと……なんだか男の人みたいな喋り方してませんでした?まるであっちが本当のアスカさんだったみたいに……」
「ノクタールさん?さっき見たことは全部忘れなさい」
「え、えっ……なんで、ですか……?」
「あなたのためよ。いいわね?」
「は、はい!!」
ノクタールに男性のような雰囲気を感じたと指摘されたアレスは柔らかな雰囲気を一変させ、笑顔ながら確かな圧を持ってノクタールに迫った。
それは有無を言わさぬプレッシャー。
その圧に気圧されたノクタールは不安をかき消すように力強く返事をした。
「まあいいわ。早く出ましょう……あっ。そういえば」
「アスカさん?」
都合の悪い事実に触れそうになったノクタールを黙らせたアレスはそそくさと部屋を出ようとしたのだが、その時何かを思い出したかのように気絶していたマルセルの元に駆け寄っていった。
そしてアレスは他の女性たちには見えない角度でマルセルからいくつかの物を奪い取る。
それはマルセルが身に着けていた宝石や金のアクセサリー。
それらを握りしめたアレスはそれをこっそりノクタールの手に握らせたのだ。
「はいこれ。あなたにあげるわ」
「えっ!?これは……」
「しっ!他の皆には内緒よ?」
「な、なんでこれを私に……」
「あなた、お母さんが病気で薬代を稼がなきゃいけないんでしょう?この騒ぎのせいで今日のお給料も出るか怪しいし、慰謝料ってことで貰っちゃいなさい」
「っ!」
アレスはノクタールが病気の母親の薬代を稼ぐために今回の臨時メイドの仕事を受けていたことを聞いていたため、その足しになればよいとその宝石を渡したのだ。
アレスにその宝石を握らされたノクタールは驚きを隠せず目を丸くしていた。
「あ、ありがとうございます……でもなんでそんな、私によくしてくれるんですか?」
「え?なんでって、特に深い理由はないわよ。まああなたのことを気に入ったって言うのが答えになるかしら」
「私を気に入った?」
「私は別に神様じゃないし?万人を平等に救うなんてことできないししようとも思わないわ。好きになった人には幸せになって欲しい、たったそれだけよ」
「アスカさん……!ありがとうございます!この恩、一生忘れません!」
「忘れて構わないわよ。さあ、早く外に出ましょ」
ノクタールに宝石を手渡したアレスはそのまま他の女性たちを率いて部屋の外へと出て行った。
そんなアレスの後ろ姿を眺めながら、ノクタールは深々と頭を下げたのだった。




