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傀儡化

(はぁ……やっと終わったか……)


ノイアステル家の晩餐会に臨時メイドとして参加していたアレスは、慣れない女性の体だということも相まってようやく終わりを迎えその顔に疲れを滲ませていた。


「アスカちゃん!これ私の名刺!いつでも屋敷に来てもいいからね!」

「もし気が変わったのならこのまま私と共に来ないか!?」

「悪いことは言わない。貴族の嫁なんて平民がそう簡単になれるものじゃないんだよ?」

「も、申し訳ございません。光栄ですが、今の私には今の立場に精一杯ですので」


晩餐会の会場を後にする貴族たちの見送りをしながら、流れるように自分の元に来るよう言葉をかけて来る貴族たちの誘いを断っていく。

ひとつ頭を下げるたび次の貴族が目の前にやってくる。


(こんだけ断ってんだからいい加減やめろや)

「アスカちゃん!私の第一婦人にしてあげよう!どうだい?悪い話じゃないだろ?」

(おっさんさっき帰ったんじゃないのかよ!?戻ってくるな!!)

「もったいなきお言葉です。ですが、今はまだ自由の身で居続けたいのです」


メイドに扮している自分が強い言葉その誘いを拒絶するわけにもいかず、アレスは最後まで丁寧に断り続けたのだった。

それは今までにアレスが経験したことのないような精神的疲労。


(なんでこんな男に言い寄られにゃならんのだ。ティナもきっと大変なんだろうな……いやあいつの立場ならここまで無礼なことはできんか)

「さてと、ようやく終わったって感じだがここからが本番……あれ?」


晩餐会に招待されていた貴族たちが去り、会場はノイアステル家の使用人たちが片付けを始める。

今回の臨時メイドの仕事に片付けが含まれていなかったことから自分を攫うつもりならこのタイミングだろうと考えていたアレスだったのだが、周囲を見渡したその時、あることに気が付いたのだ。


「すみません。ノクタールさんみませんでした?」

「え?ああ、一緒にメイドやってた子よね?そういえばさっきから姿が見えないけど……」


それは控室でアレスに1番話しかけてきていたノクタールという女性の姿が見えないことだったのだ。

晩餐会は終わったが、流石に速攻で帰ったとは考えにくい。


「あの、すみません。一緒に雇われていたノクタールさんがどこに行ったかご存じないですか?」

「ノクタール……ああ、彼女なら少し前に帰ったよ」

「なんでも体調が悪いくなったと言ってね。貴族が集まる晩餐会で緊張したんだろう。心配する必要はないよ」

(いいや、違うな。こちらは嘘をついている。おそらく彼女も……)

「アスカさん。少しお時間よろしいでしょうか?」

「はい?」

「当主様がお呼びです。応接間へ案内しますのでこちらへいらしてください」

「わかりましたわ」

(警戒されてターゲットから外されたかと焦ったが……いよいよか)


アレスは付近にいた黒服の使用人たちに彼女がどこへ行ってしまったのか質問する。

使用人たちはノクタールが先に帰ったと答えたのだが、アレスの目は誤魔化すことはできない。

彼らが嘘をついていると見抜いたアレスは彼女もミシェルと同様に誘拐されたと確信する。

そしてそれとほぼ同時、別の黒服の男たちがアレスの背後から当主の元に案内すると声をかけてきたのだ。


「こちらです」

「ありがとうございます」


アレスはその男たちについて行き屋敷の中を進む。

先程の賑やかな晩餐会の会場とは打って変わって人の気配が少なく不気味な雰囲気が漂う廊下。

アレスは細心の注意を払いながら彼らの後をついて行き、やがて小さな客間へと案内された。


「この部屋ですか?」

「いえ、当主様がお待ちなのはこの先です」

「ッ!!」

(隠し扉……)


そこは一見すると何の変哲もないただの客間。

しかしアレスの後に部屋に入ってきた黒服の男がしっかりと部屋の扉の鍵を閉めたのち、もう1人の男が壁に掛けられた絵画の裏のスイッチを押し隠されていた通路を出現させたのだ。


「どうぞこちらへ。何も恐れる必要はありません」

「ええ、では」


豪華な芸術品が飾られた煌びやかな部屋から一転、無骨な岩が覆われた暗い通路をさらに進む。

隙間風が不気味な音を奏でながら地獄の底へ誘うようにアレスの背中を押している。

男たちに挟まれるような形でその通路を進んで行ったアレスは、しばらくしてとんでもない光景を目撃することとなった。


「ッ!?これは……」

「ようこそアスカ君。素晴らしいだろう?」


そこで待っていたのはノイアステル家の当主であるマルセルと、護衛係のリーダーであるドングにその部下の10数人の男たち。

しかしそれらよりもアレスの目を引いたのは開けた空間にずらりと並べられたメイド服を着た女性のマネキンであった。

そのマネキンはまるで本物の人間のような精巧さで、無表情で並べられたその光景はまさにこの世の物とは思えないほどの物であった。


「これらは僕がコツコツと収集してきた最高のお人形たちだよ。君の感想を聞かせて欲しいね」

「ッ!!ノクタールさん!!」

「……僕の質問は無視かい。まあいい、だが気が付いたようだね。そうさ、この人形はさっきまで君が一緒に働いていた女性だよ。僕のスキルで完全で完璧なお人形に変えてあげたんだよ!!」


あまりに異様な光景に圧倒されていたアレスだったが、すぐにマルセルの傍にあった1体の人形の外見がある人物と同一なものであることに気が付く。

それは他でもない、先程晩餐会の会場から姿を消してしまったノクタールであった。

さらにアレスは周囲に並べられた人形の中から以前アリアから写真で見せてもらっていた彼女の姉の容姿と瓜二つの人形を発見する。

ついにアレスは失踪したアリアの姉の居場所を突き止め、その事件の真相にも同時に辿り着いたのだ。


「しかしそんな彼女でさえただの前座に過ぎない。嬉しいよ!!君のような史上最高の女性が僕のコレクションになってくれるなんてね!!その整った顔、美しい髪、撫でまわしたい肌!!すべてが僕のお人形になるのにふさわしいレヴェルだぁ!!だが……その前にもう1つ、君には聞きたいことがあるんだ」


それまでハイテンションで語っていたマルセルだったが、突如人が変わったかのように冷静さを取り戻すとアレスを脅すように低く冷たい声を放った。

それと同時、周囲を取り囲んでいた護衛たちが臨戦態勢へと入る。


「君さ……ただの平民の女じゃないだろ?何の目的でこの屋敷に入った?」

「不用心だったな。先ほどの狸オヤジの手を振り払った貴様の動きは明らかに素人のそれではなかった。あれさえなければ俺も気付かなかったよ。さあ、誰の差し金か吐いてもらおうか」

「……不用心なのは一体どっちだろうな」

「なんだと?」

「俺がどこぞのスパイだって分かった時点でこんなところに案内しないで帰せばよかったのに」

「それは僕も考えたんだが君のような美人をみすみす逃がすなんてことできなくてね。なに、問題はないさ。だからこうして万全な体制で君を迎え入れたんだから」

「まさか貴様、この状況で逃げられるとでも思ってるのか?」


1つしかない出入り口を塞がれ完全に包囲されてしまったアレス。

勝ちを確信したマルセルは再び気分を昂らせ下卑た笑みを浮かべる。


「逃げる?馬鹿言うな。お前ら全員返り討ちだよ」

「あはははは!いいぞ!強気な女は嫌いじゃない!!君なら最高のお人形になれそうだがすぐに人形にするのももったいない。君のその心が折れる寸前までたっぷり堪能させてもらうよ!」

「諦めるんだな。大人しく従えば痛い目に遭わずに済むぞ」

「だから、馬鹿はお前らだって言ってんだろ?」

「ゴハッ!?」

「なにッ!?」

「ッ!?」


そう高らかに言い放ったマルセルがハンドサインを送ると、アレスの背後にいた護衛の1人がアレスを拘束しようと前へ出る。

だが男が背後にやってきたその時、アレスは一切振り向くことなく男の顔面目掛け正確に裏拳を飛ばしたのだ。

その一撃は完全に油断していた男の顔面を撃ち抜きその意識を刈り取る。


「綺麗な花に棘があるって聞いたことねえのか?と言っても俺は造花。お前らは完全に見誤ったんだよ」

「くッ!!そいつを捕らえろ!!殺さなければ何をしてもいい!!」


護衛の1人が地面に倒れたのを見てマルセルは焦りの色を浮かべる。

そしてすぐさまアレスを取り押さえようと護衛に一斉に指示を出す。


「この女……」

「ほいっと!」

「ぎゃあぁ!!」

「大人しくしやがれ!!」

「よっこいしょッ!!」

「ぐはッ!!」


周囲を取り囲んでいた護衛が一斉に襲い掛かってきたが、アレスは一切動じない。

真っ先に手を伸ばしてきた男の腕の関節を逆に曲げると、そのまま逆から迫ってきた男の鳩尾に鋭い蹴りを捻じ込む。

しなやかな脚が鞭のようにしなり、固められた拳が正確無比に護衛たちの急所を打ち砕く。

アレスは余裕の表情を浮かべながら舞うように護衛を返り討ちにし、気が付けば彼の足元には戦闘不能となった男たちが積み重なった。


「ド、ドング!!なんとかしろ!!」

「あまり調子に乗るなよ女ぁ!!」

「おっと!危ないね」


アレスの圧倒的な戦闘能力を見たマルセルは自身の傍に控えさせていたドングにアレスを制圧するよう指示を出す。

ドングはその丸太のような腕の筋肉を隆起させると、まるで空間をえぐり取るような拳を振るった。


「レディには優しくしろって教わらなかったか?」

「潰れろぉ!!」

「せいやぁ!!」

「ぐふッ!?……なんのこれしき……」

「おお!見た目通り丈夫だな。じゃあちょっと本気出すぞ?1週間以上おかゆしか食えなくなるが我慢しろよ!!」

「ッ!?」

「はぁぁああ!!!」

「ごぁああああ!!」


そんなドングの攻撃を懐に入って回避したアレスはそのままドングの腹に拳を叩き込む。

だがドングは血を吐きながらも執念で倒れない。

それを見たアレスは不敵な笑みを浮かべると、さらにドングの懐に潜り込み石床にひびが入るほどの震脚を見せた。

直後、アレスが放ったのは火薬が爆ぜたかと見間違うほど強烈な発勁。

衝撃が体を貫くほどの勢いで放ったその一撃は、アレスの倍はあろうドングの巨漢を吹き飛ばし後方の壁にめり込ませた。


「なッ……あ、そんな、馬鹿な……」

(この体……元の体より戦闘に向いてるような気がするな……)


大量の護衛だけでなく信頼を置いていたドングまでもが打ち負かされた光景にマルセルは開いた口が塞がらない。

ドングを吹き飛ばしたアレスは現在の自分の体が想定以上に動きやすいことに驚きながらも、人形に帰られたミシェル太刀を解放するためマルセルに詰め寄る。


「さあ、もう残りはお前だけだな。大人しく彼女たちを元に戻せ」

「あ、うぅ……うわぁあああ!!来るなぁ!!」


壁際に追い込まれたマルセルは自棄になり、右手を突き出しながらアレスに突進をした。


(あの気配……あの手で触れた相手を人形にできるのか。だが一瞬でとはいかねえだろうし、そもそもあんな鈍い動きに捕まるなんてことあるわけ……)

「……ッ!?」


そんなマルセルの行動を冷静に見極めたアレスは瞬き一つせず対処しようとする。

しかしその時、突如アレスの体に異変が起こったのだ。

それは体の内側……心臓の奥から見たこともない誰かの血液が沸き上がり自分の血を上書きしてしまうような感覚。


「……」

「ぎッ……ぎゃぁあああああ!!……ごふッ!!」


正気を失ったアレスは無意識のうちに自身に伸ばされたマルセルの右手首を掴むと、そのまま一瞬でマルセルの手首を粉砕。

さらに強引に彼の手を振り回しマルセルを壁に叩きつけた。

直後、アレスは流れるような動きで自身の髪をまとめていた鉄製の簪を抜き取る。


「ヒィ!?」

「……」


そしてそのまま何の躊躇もなくその簪をマルセルの首めがけて突き立てる。

それは明らかに彼の命を刈り取る一撃。

マルセルは反応すらできず、アレスが握りしめた簪が彼の首に喰らい付く……


「だぁあああああ!!」

ガキンッ!!

「ひぃいいいい!!あ、ああ……」


だがその簪の先端がマルセルの首を貫くまさにその直前。

アレスは雄叫びをあげると執念でその簪の軌道をわずかに左へ逸らしたのだ。

そのおかげで簪はマルセルの首を貫くことはなく彼の背後の壁に突き刺さる。


「はぁ……はぁ……おいこら、わかったら。早く彼女たちを解放しろ」

「そんなこと、そんなことできるわけ……」

「俺はお前を殺してスキルを解いてもいいんだぞ?これが最後の忠告だ。スキルを解け、さもなくば殺す」

「ッ!!は、はい!!」


アレスは魔物すら睨み殺せてしまいそうなほど鋭い眼光でマルセルに人形に変えた女性たちを元に戻すよう迫る。

一瞬アレスに反抗しようとしたマルセルだが、アレスが放つとてつもない殺気に当てられすぐその発言を撤回。

命惜しさにスキルで人形に変えた女性を全員元に戻すことにしたのだった。


(今、何が起きたんだ?俺は奴を……殺そうとした?)


マルセルが人形に変えた女性たちを元に戻そうとよろよろと動き出していたその時、アレスは先程自身の身に起きたことについて深く考えていた。

確かにマルセルは多くの罪のない女性を攫い、己の醜い欲を満たしていた外道である。

アレスは女性たちを助けるためにマルセルを殺すことすら厭わない、そう考えていた……しかし。


(俺の中に、いるのか?この体は一体……誰のモノなんだ?)


先程の状況は明らかにマルセルを殺さなくても女性たちを助けることができるものだったはず。

そんな状況で自分がマルセルを殺すわけがないと考えたアレスは、一瞬意識が飛んだような感覚からこの体に潜む何者かの存在について疑念を抱き始めていた。

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