白銀妖狐顕現
前回のあらすじ:御三家の家に生まれながらスキルを扱えないせいで他の貴族たちから蔑まれてきたティナ。そんな自分の過去をティナは自分を助けてくれたアレスに打ち明けたのだった。
午前の授業を終えてたくさんの生徒たちで賑わうハズヴァルド学園の大食堂。
食べ盛りな若者たちが満足するよう量と種類の食事が、なんとここでは無料で振舞われているのだ。
「うわぁ~!このグリーンカレーすごく美味しい!」
「まじか。これ美味すぎだろ。俺もこんなうまいカレーは初めてかもしれん」
「王宮に居たことがあるアレスさんがそう言うなんて相当ですね」
「よほどいい料理人がいるな。というかこんな食事を毎日無料って、改めてこの学園大丈夫か?」
「そうだね。入学金も私達でもなんとかなるくらいの額しか払ってないし、どこからこんな金が出てるんだろう……」
無料の食事とは思えないほど高レベルな食事にアレスとソシアは疑問を覚える。
ハズヴァルド学園は4年前から平民でも入学できるようにと今まで貴族しか払えなかったような莫大な入学金が大幅に緩和されていた。
だから食事などお金を払うのが普通だと2人が考えたのだが、なんとこの学園では昼食だけでなく朝も夜も食事が提供されることになっているのだ。
「えっと、まずはやはり王族からの支援が大きいですね。ここ数年で国がハズヴァルド学園により多くの財源を割り当てるようになりましたから」
「ふーん。ちょっと意外。それって平民のための政策だろ?王族がそんなことするとは考えにくいな」
「それは、憶測が入りますが戦争のための人材を幅広く育成したいんじゃないでしょうか。ここ数年で他国との戦争の火種が大きくなってきていますし」
「ちょっと怖いね……でも、それでご飯まで無料にしてくれたの?」
「食事の方に関しては、やはりネレマイヤ家の影響が全てでしょう」
「ネレマイヤって、あの御三家の?」
「はい。ネレマイヤ家の現当主のスキル【豊穣神】のおかげでこの国の食糧問題がほとんど解決してしまったくらいですから」
ネレマイヤ家。
それはフォルワイル家と肩を並べる御三家の一角。
武力でその地位を確立するフォルワイル家と違いネレマイヤ家は自然、農業に関するスキルを有する人間が多く存在している。
そしてそのネレマイヤ家現当主ジゼル・ネレマイヤの持つ【豊穣神】のスキルこそ今のネレマイヤ家、ひいてはエメルキア王国を根幹から支える要となっていた。
「あの方の加護がある土地では農作物が超豊作となり、しかも品質も最高クラスだと。だから王国軍や騎士団の戦士を育てるハズヴァルド学園に惜しみなく食料の支援がされているということなんです」
(まあ、ネレマイヤ家のおかげでこの国の食糧事情が改善されたって言っても下民だった俺たちの所にはその恩恵は行き届いていなかったんだがな。そうじゃなきゃシスターがあんな苦労することなんてなかった……)
「この国のスキルランクの分類基準の関係で【豊穣神】はAランクスキルとなってますが、国の根幹をほぼ1人で支えている現状からSランクでも不思議じゃないです」
「Sランクスキルって昔の偉人が持っていたスキルって決められちゃってるからね。そういえば、アレス君が持ってたのはあのラーミア様と同じ剣聖のスキルだったんだよね?」
「まあな。つうか過去に【豊穣神】を持ってた人はいないんかね。常識的に考えて存在したら偉人になっててもおかしくないだろうが」
「そうですね。少なくとも僕たちの後の時代ではジゼル・ネレマイヤ様は偉人と崇められ、【豊穣神】はSランクスキルとなっているでしょうね」
ネレマイヤ家についての話をしながら、アレスたちは素晴らしい食事を平らげたのだった。
最後にコップに残っていた水を飲み干したアレスは席を立ち伸びをした。
「うーん。それじゃあ俺はお先に失礼するかな」
「アレス君はこの後用事あるの?」
「昨日どこかの誰かさんのせいで訓練場に行ってる時間が無くなっちゃったからな。今日は悪いが行かせてもらうよ」
「それでは、マグナさんの方は僕に任せてください」
「誰か1人がマグナ係みたいになるのやべえよ」
「まあまあ。同じクラスの仲間なんだから助け合いは必要だよ。もちろん私も協力するし」
「あいつが将来出世したら絶対この恩を返してもらおうぜ。んじゃまた明日な」
アレスはそう言うとまだたくさんの学生で賑わう食堂を後にしたのだった。
腹ごなしのための軽いストレッチをしながらアレスは昨日と同様に訓練場へと向かう。
(よし、まだ来てないな。つーかまだ来ると決まったわけじゃないけど、一応待っておこう)
訓練場はまだほとんど人がおらず、アレスはそんな訓練場の端でゆっくりとストレッチを行っていた。
そして訓練場の入り口を確認しながら待つこと十数分。
ついにアレスのお目当ての人物が訓練場に姿を現したのだった。
「ティナさん!」
「っ!アレス君?君も訓練場に来ていたのか」
訓練場にやってきたのはティナ・フォルワイル。
真剣な表情で訓練場にやってきたティナはアレスの姿を見つけると少し表情が和らいだように見えた。
「はい。ちょうど今から始めようと思ってまして。それで、もしティナさんがよろしければ俺の相手をしてくれませんか?」
「……っ!……ああ、もちろん構わないよ」
「ありがとうございます。俺は準備が出来てるんで、ティナさんの準備が出来たらいつでも大丈夫ですよ」
「私はすでに準備万端だ。すぐにでも始めよう」
アレスは待っていたティナを見つけるとすぐに彼女に駆け寄り訓練相手になってもらえるようお願いしたのだった。
ティナが来た頃には訓練場には先ほどよりも多くの人がいた。
その中には昨日の4人組の貴族と同じように訓練と称してスキルの使えないティナを痛めつけてやろうと考える輩が居たのだが、アレスが真っ先にティナに駆け寄ったため誰も彼女に近づくことさえできなかったのだ。
「それでは、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
思惑通りに事を運べたアレスは晴れやかな表情で訓練用の木刀を構える。
しかしそれに対してティナは無表情に見えて少しこの状況に不満を感じていたのだった。
(きっと彼は……昨日集団相手にボロボロにされた私のことを思って訓練相手に名乗りを上げたのだろう。だが……)
ティナの目標はあくまで強くなること。
そのためなら格上の相手にボコられようが集団に攻撃されようが強くなる試練と考えむしろそれを望んでいたのだ。
アレスの名前はこの学園で有名であり、彼がスキルのない人間だということはティナでも昨日名前を知らされた時に気付いていた。
だからアレス1人相手では訓練相手としては力不足だと考えていたのだ。
(まあ、ここは私1人が学ぶ場ではないからな。彼からすれば私はスキルがなく相手としてはちょうどいいと考えるだろうから、昨日の恩を返すつもりで今日は胸を貸して……)
「ティナさん、何か勘違いしてませんか?」
「えっ……っ!?」
そんな風に頭の中で考えていたティナだったが、直後驚くべき速度で踏み込んできたアレスに意表をつかれてしまったのだ。
一瞬でティナの懐を侵略したアレスはティナの木刀を巻き上げるように払いのけると、そのままティナの首筋に木刀を触れさせた。
「ティナさん、俺にスキルがないからって油断しました?」
「くっ……」
「ティナさんが怪我をしないように訓練相手に名乗り出たってだけじゃないんですよ?」
アレスはティナが自分を低く見ていることを見抜き、その甘い考えを否定するように鋭い眼光を向けた。
その目を見たティナはようやく自身の考えが間違っていたことを悔い改め、手放してしまった木刀を改めて構えたのだった。
「謝罪させてくれ。君を甘く見ていた」
「スキルを使わないのはお互い、つまり対等なんです。油断したら命はないと思ってください」
そんなティナに対してアレスは再び木刀を構えた。
先程はティナの油断を誘うために本気ではなかったが、今度のアレスは真剣な表情でティナを見据えている。
そんなアレスの視線にティナは冷汗を流しながら、アレスに胸を貸してもらう心づもりで踏み込んでいったのだ。
「そろそろ今日の訓練は終わりにしましょうか。ありがとうございました」
「はぁ……はぁ……ありがとう、ございました……」
アレスとティナが訓練を開始してから5時間が経過したころ。
周囲に誰も人がいなくなってようやく2人は今日の訓練を終わりにしたのだった。
5時間ほとんど休憩なしで戦い続けたにもかかわらずアレスは一切息も乱れておらず、逆に終始アレスに負け続けていたティナは体力の限界で息切れを起こしていた。
「アレス君!本当に、申し訳なかった!」
「ティナさん!?」
訓練を終えて余裕の表情で歩み寄りアレスに、ティナはいきなり深々と頭を下げたのだった。
御三家の人間であるティナが自分のような下民に頭を下げる異常事態にアレスは困惑に包まれた。
「私は、君を侮り心の中で君に失礼なことを考えた。どうか許してくれ!」
「いや、そんな謝らないでくださいよ!」
「私はそこまで自惚れていた訳じゃないが、それでもスキルを持った人間相手でもそこそこには渡り合えると自負していた。だからスキルのない君が相手では鍛錬にならないと、君のことを甘く考えた」
「俺はそんなこときにしてませんよ。それよりも、俺が相手で不足はなかったようで安心しました」
「不足はないどころか、むしろ私の方が君の修行相手には適していなかったよ。正直スキルがない状態で戦えば誰にも負けないと思っていたんだが、君は本当に強いな」
アレスはこの訓練で一度もスキルを使用しなかった。
それでも素の実力でティナを大きく上回り、一度として彼女から攻撃をまともに食らうこともなかったのだ。
その実力差にティナはアレスへの認識を改めたのだった。
「訓練が始まる前は、昨日君に助けてもらったお礼として君の訓練に付き合うつもりだったんだ。でも今はもう違う。もし君さえよければ、今後も私と訓練をしてくれないだろうか。君との戦いはとても多く得られるものがあったから」
「もちろんです。俺だってティナさんと戦えて得られるものがありましたよ途中何度かひやりとする場面もありましたし」
「ふふっ、そう言ってもらえると少し自信になるな。また都合がいいときはお願いするよ」
こうしてアレスはティナとの有意義な訓練時間を過ごし、心地よい疲労感を感じながらティナと共に寮へと戻っていったのだ。
そしてその翌日。
アレスはジョージとソシアと3人で選択授業の薬学応用の授業を受けていた。
薬学応用の授業は主にダンジョンやその周辺で素材を現地調達し回復薬などを作る知識を学ぶ授業。
広い教室に集められた各クラスの生徒たちは、数人のグループで実際に回復薬を作成していた。
「ということで、次回は回復ポーションの様々な代用素材での作り方と特徴を実際に作りながら学んでいきます。回復薬の基本となる薬草は次の授業までにそれぞれが採集して持ってきてくださいね。以上で今回の授業を終わります」
授業が終わり、それを受けていた生徒たちは教室を後にしながら今日の午後にでも次回の授業で使用する薬草集めをしようと相談をしていた。
無論それはアレスたちも同様である。
「んじゃ、今日の午後にでも薬草集めに行くか」
「そうだね。薬草ならどこにでも生えてると思うけどどこに行くのがいいかな」
「ハズヴァルド学園の近くは流石に採取には向かないと思いますので、少し離れたところにある六級ダンジョン『へーベ森林』が1番だと思います」
「六級ダンジョンか。それなら申請も要らないな。飯食ったら行くか」
アレスたちは薬草集めにハズヴァルド学園から徒歩1時間ほどで行けるヘーベ森林を選んだ。
ヘーベ森林は先日アレスたちが潜ったホワル大洞窟よりも危険度の低い六級ダンジョンであり、危険な魔物は存在せず自由に立ち入ることが出来る。
森の資源が豊かなヘーベ森林は薬草採集の場所としてとても適しており、アレスたち以外の生徒たちもほとんどが薬草採集の場所にヘーベ森林を選択していた。
そして昼食を終え、アレスたちは良く晴れた青空の下ヘーベ森林へとやって来ていた。
六級ダンジョンということで危険はほぼないが、3人は万全を期してしっかりと装備を固めていく。
「やっぱりみんなここに来てるみたいですね」
「これだけ人がいれば臆病なヘーベ森林の魔物は出て来れないな」
「そうだね。さっさっと薬草を集めて学園に戻っちゃお」
魔物の気配も一切なく3人で順調に薬草を集めていく。
そんなアレスたちからは少し離れたところで、同じく薬学応用の授業を受けていたティナも単独で薬草採集に来ていた。
「もうこれくらいで十分だろうか。早く学園に戻って鍛錬を積まなければ……っ!?誰だ!!」
十分な量の薬草を集め終え学園に戻ろうとしたその時、ティナは背後に何者かの気配を感じ警戒態勢に入ったのだ。
そこに立っていたのはフードを被った怪しげな人物であり、その顔はティナからは一切確認できなかった。
(こいつ、学園の生徒には見えない……何者だ?)
「何者だ貴様……っ、止まれ!!止まらなければ斬るぞ!!」
刀を構え、いつでも斬りかかれるように臨戦態勢を整えるティナに対し、そのフードの人物はゆっくりとティナとの間合いを詰めていった。
(返答はなしか……それなら先制攻撃もやむなし……)
「っ?な、なんだそれは……」
するとフードの人物はティナの間合いの少し前で立ち止まり、懐から謎の機械を取り出したのだ。
ティナが警戒心を強める中、その機械は突如光を放ち始めたのだ。
(目くらまし!?……いや、それにしては光が弱すぎる、これは一体……)
「うっ!?」
その直後、光を浴びたティナは自身の体に起きた異変に顔を歪めた。
体の内側から何か……自分でも制御できないような恐ろしい力が沸き上がってくる感覚。
「なっ……ま、まさか……やめろ!!出てくるな……私の中で大人しくしていろ!!」
「……」
そんな感覚を覚えたティナは心臓を抑えるように胸に強く手を当て、沸き上がってくる力を必死に抑えようとした。
そんなティナの様子を見たフードの人物は黙ってその場を立ち去ってしまった。
「ダメだ!!やめろ……やめてくれ!!私は……私は……うぅ!!!」
『フォォオオオン!!!』
「あああああ!!」
「っ!?なんだこの気配は!?」
「え、なに!?どうしたの!?」
その異変に気が付いたアレスは一も二もなく異変を感じた方向へ走り出した。
まだ何も把握できていないソシアとジョージもそれに続く。
そんな3人が平和なはずのヘーベ森林を駆け抜け見た光景とは……
「フォォォオオン!!!」
「何あの氷のバケモノは!?」
「ティナさん!!??」
そこに居たのは凍てつく冷気をまき散らす二足歩行の体勢を取る氷の狐のような化け物。
化け物の本体の大きさもさることながら、全身から氷のパーツをはやしたその高さは10mは越えていそうであった。
そしてそんな氷の狐の化け物の体内に取り込まれそうになっているティナの姿があったのだ。
すぐに明かすタイミングが来るかなって思ってたけど別になかったのでスキルの詳細についておまけ。たぶん作中でも触れるかもしれないけどいつになるか分からないので情報の先出し(読まなくてもいいってやつ)
S級スキル:強さではなく歴史上の偉人が持っていたスキルと同じ時にランク分けされる。でも歴史に名を遺すスキルはもれなく超強いので超強いスキルという認識で間違っていない
A級スキル:大国でも数えられるほどの人間しか持っていないレアスキル。所持者の数によって国力が左右されるといっても過言ではない
B級スキル:才能がある人間しか得られないスキル。これ以上のランクでないと大きな組織の上に立つことは難しい
C級スキル:とても強力で優秀なスキル。とても重宝される
Ⅾ級スキル:汎用性が低かったり効果があまり強くないスキル。またメリットとデメリットのバランスが明らかに釣り合っていないとよくこのランクに分類される
E級スキル:使いどころが限られていたり効果が弱いスキル。ないよりはましだよねってレベル。
F級スキル:ほぼスキルなしと変わらない
G級スキル:メリットがなくほぼデメリットスキルと言い切れるもの
スキルは人間が生まれてきたときにはすでに持っているとされるが、幼過ぎるとその判別が出来ないため5歳前後になるまで鑑定は行われない(5歳前後まではスキルを使えないことがほとんど)。スキルの有無は判別できるが(スキルの元と呼ばれる状況)基本的にスキルを持つ者が大半なのでこれを調べる人は多くない。なぜ5歳前後なのかというとその時期に第一次魔力成長期が訪れスキルが使える状態となるからである。なお魔力とは人間が生まれながらに持つ魔法を使うためのエネルギーである(ぶっちゃけちゃうと気とかオーラみたいなもん)。魔力が多ければ魔法使いの観点から有利だが、結局優秀なスキルの差で覆されるためスキルの方が重要視される。近年ではスキルと魔力の関係に関する研究が進み一部上流階級の間ではその現状が変わりつつある。
ちなみにスキルの詳細を確認するためにはスキル【鑑定】が必要であり、このスキルを持つ者は鑑定士という職業に就くことが多い。国家資格が必要なこの職業はそのものが持つスキルのランクがいくつになるのかも決めることになっている(同じスキルでも身分とかの事情で忖度が入ることもあるとか無いとか……)




