疑似餌
ノイアステル家が開いた晩餐会に臨時メイドとして参加して行方がつかめなくなったアリアの姉を探すため、テレーゼのスキルで女体化したアレスはテレーゼの自宅で準備を進めていた。
「はい。とりまこれ着て。サイズとかはまあ多分あってるっしょ」
「適当だな。まあ、ありが……なんでスカート?」
「だってあんた脚長すぎて私の服合いそうにないんだもん。これ以外にないから我慢しなって」
「……おう」
「大丈夫かアレス?私が着替えを手伝ってやってもいいんだぞ?」
「アホか。これくらい自分で着れるっての」
「ふふっ、そうだな。慣れない女の体になったんだ。1人でじっくりと確かめたいこともあるだろうからな」
「おいティナ。今の俺にその手の冗談はマジでシャレになってないぞ?」
「そ、そうですね。割とセンシティブな状況ですし、アレスさんも男性ですのでそういったことに興味を持つのは当然かと……///」
「アリア、その発言が1番やばい」
今回も臨時メイドとしてターゲットを探しているノイアステル家の企みを逆に利用し、アリアの姉がどこに連れていかれたのかを探そうと試みるアレス。
ひとまずは臨時メイドのスカウトを受けなければいけないため、外出するための服に着替えようとテレーゼとティナにアリアと集まっていた。
女体化したアレスを揶揄うティナに、その様子をケラケラと笑いながら眺めるテレーゼ。
そしてそんなアレスを気遣おうとし、変な妄想を口にしてしまい両手で口を覆いながら顔を真っ赤にし目を逸らすアリアに、アレスは逆に気まずくなっていると冷静に指摘した。
「アレス君と一緒に街へ……アレス君と一緒に街へ……あああ!!」
「落ち着いてくださいソシアさん!」
そんなアレスたちとは別の部屋で、ジョージはアレスと一緒に街を歩くことになり動揺していたソシアを落ち着かせていた。
「無理だって!!私じゃ絶対に釣り合ってないもん!なんであんな不細工があの美女と一緒に歩いてるのって言われちゃう!!」
「ソシアさんは不細工なんかじゃないですよ!……まあ今のアレスさんと比べたらどんな女性でも見劣りするのは否定できませんが」
「ジョージ君代わって!」
「そっちの方が無理ありますって!!大丈夫ですからソシアさん頑張ってください!」
「そんなぁ……」
「お待たせソシア」
「ッ!!」
「すまんな。あいつらがうるさくて時間かかっちまったわ」
そんなソシアの元にようやく支度を済ませたアレスが姿を現したのだ。
ノイアステル家の標的になるのは貧しい平民であり、そのためアレスが着たのはテレーゼが持っていた服の中で古くなり色が少し褪せてしまったもの。
地味なデザインの服であったがそれが逆にスタイルの良い今のアレスの魅力を最大限引き出していた。
「……!」
「ほんとうに、アレスさんなんですよね?」
「はぁ?当たり前だろうが。他に誰がいるってんだ」
「いや驚きもするさ。私たちだって一瞬誰だこの美女は!?って思ったくらいだからね」
「もう頼むからからかわないでくれ」
「からかってるわけじゃないですよ。本当に今のアレスさんは凄く綺麗ですから」
「ですがアレスさん、その……スカートを選んだんですね。なんというか少し意外でした」
「俺が選ぶわけあるか。これ以外にないって言われて……でもちゃんとしたにスパッツ穿いてるから。ほら」
「ジョージ君見ちゃだめぇ!!」
「理不ジンッ!!」
スカートの下にスパッツを穿いていることを伝えるために、アレスは自身でスカートを捲りソシアとジョージにスパッツを披露する。
それを見た途端、ソシアの悲鳴にも似た叫びが鋭く響き渡った。
アレスの衝撃的な行動を見たソシアは反射的に隣に立っていたジョージの頬を思い切りビンタしてしまう。
そんな驚きの光景にスカートをたくし上げたまま固まっていたアレスにソシアが素早く歩み寄りその手をはたき落す。
「な、なななな、なにやってんのアレス君っ!!」
「えっ、いや、これ別に下着でもないだろ?スカートの下に穿くズボンみたいなもんだし……」
「そういう話じゃないの!!スカートをたくし上げてそんな……人前で堂々とするようなことじゃないよ!?」
「そんなに怒るなよ。そもそも俺は男なんだし……」
「今は女の子の姿でしょ!?そんなはしたないこと2度としないで!!わかった!?」
「は、はい……」
(で、僕は何で叩かれたんでしょう……)
(ソシアも意外と武闘派なところあるわよね……)
「……ま、まあ。気を取り直して行こうかソシア」
「他の人の目があるんだから余計に気を付けてよね?」
「分かったからそんなに睨まないでくれよ……」
アレスの品のない行動に機嫌を損ねてしまったソシア。
そんなソシアをなだめながら、アレスは違和感のない服装に着替えた目的を果たそうとソシアを外に連れ出す。
普段と調子の異なる2人の後ろ姿を眺めながらティナとジョージは不安に感じていたのだった。
「おい、あれ……」
「どこのお嬢様!?」
「いや、格好から見て貴族っぽくはなさそうだが……」
「なんかすげえ注目を集めてるな」
ノイアステル家のスカウトに引っかかるためにビルレイアの街を歩くアレスとソシア。
美術と工芸の街ということで普段から華やかな賑わいを見せるこの街であったが、今日は普段とは違う理由で行き交う人々がざわめいていた。
「当然だと思うよ。だって今のアレス君はモデルさんも顔負けの美人さんなんだもん」
「注目を浴びることは慣れてるつもりだったがこういう視線はなんだかむず痒いな。まっ、気にしすぎても仕方ないし無視して自然に振舞おう。な、ソシア。……ソシア?」
「えっ?あ、うん!もちろんだよ!」
「大丈夫か?なんだかぎこちないというか……緊張してるのか?」
「本当に大丈夫だから!あはは……」
真夏の強い日差しを反射する水面のように美しく輝くアレスの髪に、地味な彼の服は逆に素材そのままの味を生かすようにアレスの細く引き締まった体を強く主張していた。
今のアレスの容姿は露店に並ぶ様々な芸術品よりも眩い美しさを纏っている。
腰ほどまで伸びた美しい青い髪とそれを引き立たせる腰に巻かれた赤いリボン。
そして歩くたびにひらりとゆれる彼女のスカートが無意識のうちにすれ違う人々の視線をさらっていく。
(さっきはあんなことがあって完全に忘れちゃってたけど……やっぱり無理だって!!私こんな綺麗なアレス君の隣を歩かないといけないの!?どう考えても私釣り合ってないよね!?)
あくまで自然な様子を装うように周囲の店に視線を散らすアレスであったが、そんな中でも彼の歩く動作は完璧で芸術品のように美しい。
一方でソシアは美しすぎるアレスの隣を歩くことに気後れしてしまい動揺を隠しきれずにいた。
「あんまり緊張してると不自然にみられるかもだぞ。あくまで自然に、休日を満喫するように」
「わ、わかってるけど……」
「それじゃあ……ソシア!せっかくのお休みなんだしぱぁーっと遊んじゃいましょ!」
「ッ!?」
「ほぉら!何変な顔をしてんのよ」
「いや、だって……」
「いいから、アタシお腹すいちゃって。まず何か食べましょ?」
「う、うん……」
(嘘でしょアレス君!?さっきまで女の子っぽく振舞うのあんなに嫌そうにしてたのに……)
自信の無さから不自然な挙動になっていたソシアだったが、アレスの突然の女性らしい喋り方と動きによって驚きのあまり正気に戻ったのだ。
演技を始めたアレスはその見た目も相まってもはやソシアの目にも別人にしか映らない。
「ねえちょっとそこのお姉さん達」
(ッ!?早速来た!!)
(いや、この感じは恐らく……)
「君たちすっごく可愛いね。僕らと一緒に遊ばない?」
そんなアレスたちの背後から何者かが声をかけてきた。
早速ノイアステル家のスカウトが来たのかと期待したソシアであったが、振り返った先に居たのはスカウトには見えない男性が2人。
その言動からもそれがただのナンパ目的なものであることがすぐに察せられた。
(なんだ違ったのか。やっぱりそう上手くはいないよね)
「ごめんなさいお兄さんたち。私たち忙しいからまた今度にしてちょうだい?」
「いいからいいから。絶対後悔させないから。俺こう見えても貴族の息子だから」
「なぁ?女2人だけじゃ退屈だろ?俺たちと一緒に来れば忘れられない思い出にしてやるぜ?」
「すみません。私たち用事があるので……ッ!?」
「あんたら見てわからない?アタシ達今デート中なの。邪魔しないでくれる?」
「うッ!?」
(な、なんだこいつ……まるで猛獣に睨まれてるような感覚だ!)
厄介なナンパを丁寧に断ろうとしたアレスだが、その男たちは諦めるそぶりなどみせず2人に迫ってきた。
そんな2人にソシアも誘いを断ろうと口を開いたのだが、その時アレスはソシアの肩を思い切り抱き寄せると男たちに向け鋭い眼光を浴びせたのだ。
その声は美しくも脳の奥まで響くような低く重い音で、猛獣が縄張りを荒らす敵を睨むかのような眼光に男たちは震えが止まらなくなる。
「ッ!!せっかくの誘いを断りやがって!」
「後悔しても遅いぞ!」
「ったく、お呼びじゃないっての。まあ粘り強く待つしかないな、ソシア……ソシア?」
(か、かっ……きゃっこいい♡!!)
ナンパ男たちを追い払ったアレスは気を取り直してノイアステル家のスカウトを待とうとソシアに声をかけたのだが、その時ソシアはナンパを追い払った時のアレスの言動に心を奪われ言葉を失っていた。
「あちゃぁ~。あの顔であんなこと言っちゃだめよ~」
「お淑やかに振舞っていた方が良いと思っていたが男勝りな言動はギャップがすさまじくてとんでもないな」
「男勝りっていうか、アレスさんはもともと男ですし……」
(もうとっくに堕ちてるのに女になってまでソシアさんを堕としてどうするんですかアレスさん……)
そんな2人の様子を少し離れた場所からこっそりと見守っていたジョージたちは、ティナを除き任務どころでなくなってしまったソシアを見て呆れたような表情をしていた。
実際ソシアはアレスの言動に動揺を隠せず自分の世界に入りかけてしまっている。
(デート!?今アレス君デート中だって言ったよね!?じゃあ私は彼女!?アレス君の彼女!!??)
「おーいソシア!聞いてる?」
「はい!!」
「……?どうしたんだボーっとして。体調でも悪いのか?」
「ううん!なんでもない!それよりも……で、でで、デート、の続きをしよ?」
「ええそうね!邪魔が入っちゃったけど気を取り直して楽しみましょ!」
(手を繋いでッ///!?もうこれ付き合ってるよね!?私たち付き合ってると言っても過言じゃないんじゃない!?)
赤面しながらも恐る恐るデートと言う単語を口にするソシアに、アレスは再び女性の演技をしながらソシアの手を引きその場を移動する。
そんなアレスの行動にソシアは完全に有頂天となり、任務も忘れてアレスと共に過ごす時間を楽しみ始めたのだった。
「うーん!これ美味しいわね!ソシアのやつも味見させてよ」
「えッ///!?も、もも、もちろんいいけど……」
「じゃあこのまま頂くわ」
(ひゃあああぁ///!!)
スカウトを待っているという風に覚られないようアレスとソシアは純粋に街で休日を過ごすかのように振舞う。
賑わいを見せるビルレイアの街の出店を見て回り、途中で購入したアイスクリームを2人で並んで座りながら頂く。
仲の良い同性の友達を演じるためにアレスはソシアの持っていたアイスクリームを一口舐めた。
ソシアが手に持つアイスクリームに顔を近づけ左手で髪をかき分けながら味見をする。
一気に距離が近づいたことに加え目の前でアレスのどこか色気を感じるような仕草にアイスクリームを持つ手が震える。
「ちょっとソシア。ちゃんと持たなきゃ落とすわよ」
「そ、そそ、そうだよね!」
「じゃあはいこれ。アタシのも味見していいよ」
「えっ!!??」
(ちょっと待って!!今更だけどこれアレス君と間接キスすることにならない!?なるよね!?)
「いらない?」
「い、いります!!」
「じゃあどうぞ」
「じゃ、じゃあ失礼して///……べ、べろ……レロ、レロ///」
(絶対間接キスを意識してるんだろうな……ソシアさん、ちょっと気持ち悪いです)
(あそこまで行くと逆にからかえないわ)
(普通こういうのってアレスさんの方が戸惑うものじゃないんですか?)
「ソシア……アイスを舐めるのが下手だな」
「ねえこれ!ソシアに似合うんじゃない?」
「えっ?そうかな?」
「ええ、もちろん!アタシが買ってあげる……のは残念ながらできないけど。折角だから買ったらいいんじゃない?」
「……っ!」
アレスたちが次に訪れたのは大通りにあったアクセサリーショップ。
そこで芸術を感じさせるような太陽の光を浴び光り輝く髪飾りの中から、アレスは派手過ぎずそれでいて繊細な装飾が施された深紅の髪飾りをソシアに勧めたのだった。
(アレス君が……私のために選んでくれた……)
「気に入らなかったなら別のにしようか?アタシでよければ選ぶの手伝ってあげるわよ?」
「ううん!これがいい!!これを……大切にする!」
「そっか。気に入ったならよかったわ!」
「それじゃあ私もアレ……ねえ、なんて呼べばいい?」
「今更か?まあ別に何でもいいけど。アレス……アレ……アス、アスカとかでいいんじゃないか?」
「それじゃあ私もアスカさんのために選ぶよ!短い間かもしれないけどせっかくだから何か1つ……」
「ごめんソシア。アタシは何が欲しいか決めてるの」
「え?」
髪飾りを選んでもらったお礼として、ソシアは今だけではあるがこの姿のアレスに似合う髪飾りを選んであげようとする。
だがそれを聞いたアレスはそれを断り、先程目を付けた1つの髪飾りを手に取る。
「それは……」
「暗器として十分使えそうだ」
アレスが手に取ったのは鮮やかな赤い花が付いた鉄製の簪。
アレスはそれを軽く握ると、屋敷に潜り込む際の武器としては十分だと僅かに口角を上げた。
「じゃあ行こうか。折角これを買ったのにスカウトされないんじゃ何の意味もない」
街へ出る前にティナから渡されていたお小遣いで髪飾りを購入したアレスたちは、再びスカウトの目に留まるよう街へと繰り出す。
「ちょっとそこのお嬢さんたち、少しお時間よろしいですか?」
(またナンパ?もう今日何度目なの?)
(いや、これは今度こそ……)
「はい、どちら様でしょうか?」
「我々、ノイアステル家の仕えるものです。お二人にお話がありまして」
(ついに来たッ!!)
すでに時間としては3時間ほど、ナンパで声をかけてきた人数は10組をゆうに超えており目的を達成できるか不安に感じ始めていた2人であったが、その時背後から何者かが声をかけてきたのだ。
その声を聞いて振り返った2人はすぐにその男性たちが今までのナンパ男たちとは違う存在であるということに気が付く。
半分ほどビルレイアの街での観光を楽しむだけになりつつあった2人の元に、ついにノイアステル家のスカウトを行う人間が姿を現したのだ。
「ノイアステル家の方ですか?私たち、何かご迷惑をおかけしましたか?」
「いいえとんでもありません。我々がこの度お声がけさせていただいたのはお二人にお願いがあったからです」
「お、お願いですか?」
「はい。お二人の美しさを見込んで、明日ノイアステル家で開催される晩餐会をお手伝いをお願いできればと考えております」
警戒心を隠し切れないソシアに対して、アレスは上流貴族を前にして不安を募らせる表情をしてみせるアレス。
アレスの正体に気付けるはずのないスカウトの2人は早速ノイアステル家の晩餐会に給仕役として参加してほしい旨を2人に伝えたのだった。
「ノイアステル家の晩餐会ですか?でも、私たちにそんな大役が務まるとはとても……」
「ご安心ください。お手伝いと言っても一時的な給仕の補佐。難しいことなどは何もありません」
「ですが……」
「そして衣装に関してもこちらで用意いたします。もちろんお礼は弾ませていただきます」
「本当に普通の家の出身の私たちなんかで大丈夫なんですか?」
「ええ。お二人の美貌であれば問題ありません。お手伝いというもの半分建前で、パーティーを彩る美しい方々をお招きしたいというのが本心なのですよ」
アレスは怪しまれないよう即座に了承するのではなく不安を覗かせながら対応する。
すぐに断らないアレスたちを見た男たちはこのまま押し切れると難しい役割ではないと都合の良い条件を並べていく。
「そうなんですね……それなら、お受けしてもいいかもしれないわね」
「……ッ!あ、ごめんなさい。明日は私はもう予定があって……」
「そうでしたか。それは残念ですが、あなたにはお一人でもぜひ参加していただきたいです」
「わかりました。昔飲食店で配膳係をしていた程度の経験しかありませんが、それでもよければぜひお願いします」
そろそろ頃合いだと踏んだアレスは男たちのスカウトに乗っかる。
それと同時に男たちに気付かれないようソシアに目配せをし、それを確認したソシアは自分は用事があるからとそのスカウトを断った。
(1人はダメだったが本命が来るならいいだろう)
(ああ。下手に粘ってこっちの気が変わるほうがまずい)
「こちらこそよろしくお願いします。これは招待状です。ノイアステル家の屋敷に入る際に門番にお見せください。明日は軽い説明などもありますので15時には屋敷にいらしていただけると幸いです」
「わかりましたわ。それでは明日はよろしくお願いします」
本命をアレスだと定めていた男たちはソシアに断らたもののアレス1人で足りると交渉をこれにて打ち切ることにした。
男は懐からノイアステル家の屋敷に入るための招待状を取り出しアレスに手渡す。
そうしてスカウトを終えた男たちは満足そうな表情でアレスたちの前から立ち去って行った。
「……やったねアレス君。これで第一関門突破かな」
「ああ……」
(目当ての獲物が釣れたって顔しやがって。馬鹿が、釣られたのはてめぇらの方……しかも喰いついたのは疑似餌だよ。女の見た目をした腹の中からてめぇらの家を亡ぼす死神のな)
アレスがスカウトを受けた際に男たちが一瞬見せた目の奥の濁りをアレスは見逃さなかった。
もはや奴らがアリアの姉をさらった犯人であることは疑いようもない。
アレスはノイアステル家の悪行に怒りをふつふつと湧き上がらせながら、必ずアリアの姉を助けると決意を固めたのだった。
短くするには区切りがないし、かといって7000字超えは自分の力量では書くのが大変……もっと長文をすらすらかけるようになりたいです




