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ティナ・フォルワイル

前回のあらすじ:クラスメイトのアリアが貴族たちに絡まれているという報せを受けたアレス。すぐに助けに向かったのだが、先にアリアを助けたのは御三家と呼ばれる家の出身のティナ・フォルワイルという少女だった。

「はぁ……マグナに付き合ってたせいでもうこんな時間だよ」


日が傾きかけて、学園の敷地外で活動をしていた生徒たちが学園へ戻り始めてきた時間。

アレスは自身の教室を後にして近接武器の訓練場へと向かっていた。


『誰かぁ、宿題が多すぎてヤバいんだぁ。助けてぇ』

『マグナお前、選択授業取り過ぎなんだよ!もっと減らせ!』

『でも、取っといたほうがいいって言われたやつばっかで……』

『ですが、それで全部疎かになってしまったら意味がないですよ?』

『冒険者なんて苦手分野は他の仲間に任せりゃいいんだから本当に必要な授業だけにしとけ!』

『うん……じゃあその分の宿題は……』

『俺が見てやるから泣くんじゃねえ!』


選択の科目を取り過ぎてパンク寸前だったマグナをなだめ、アレスは彼の宿題を今まで手伝っていたのだ。


『ジョージ、こんなの俺1人で充分だよ』

『え、ですが……』

『夜更かしするほど読みたい本があるんだろ。俺は特に予定とかもないし任せてくれればいい』

『本当ですか!?それでは、お言葉に甘えさせていただきますね』


「今から訓練場に行ってももう誰もいないだろうな。明日はマグナには自力で宿題をやってもらおうか……と、まだだれか訓練場に居るのか?」


流石にもうみんな訓練を切りやめてしまっているだろうとは思いつつ、アレスは一応誰かいないか確認しておこうと訓練場に寄っていくことにしていた。

本校舎を抜けて剣や槍、斧など物理近接職の生徒たちが訓練を行う建物へと入る。

すると誰もいないだろうと予想していた訓練場の方から何人かの気配を感じたのだ。


「らっきー。この音はまだバリバリやってるな?ちょっとだけでいいから俺も混ぜてもらおうかな……」

「うっ……ぐぁ!!」

「っ!?」


今日はもう誰かと訓練は行えないと思っていたアレンが訓練場に人が残っていることに喜びを感じていたのだが、訓練場に近づくにつれて聞こえてきた普通ではない女子生徒のうめき声に表情を変えたのだった。

それを聞いたアレスは急いで訓練場の中を覗いてみる。


「はぁ……はぁ……」

「どうしたんですかティナ様!?これが戦場だったら敵は攻撃をやめてくれませんよぉ!!」

「がはっ!!……うぐ……」

「あれは昼間にアリアを助けてくれたあの……」


そこに居たのは訓練用の木刀を持った4人の貴族の男と、ボロボロになって頭を垂れる様な形で地面に蹲るティナの姿だった。

その状況はどう考えても男子生徒たちが4人がかりでティナをボコボコにしている状況。


「あいつら、こんなの訓練の域を超えてんだろ……」


それを見たアレスがすぐにティナを助けるために訓練場の中に入っていこうとしたのだが……


「はぁ……はぁ……あり、がとう!!」

「っ!?」

「あぁ?いきなり何を仰ってるんです?ティナ様」


アレスが訓練場の中に突撃し声をあげるよりも早く、ティナが大きな声で男子生徒たちにお礼を言ったのだ。

それを聞いたアレスは足を止め彼らに見つからないように身を隠した。


「いや、なに……こんな私のために、4人も貴重な時間を割いてくれているんだ。感謝しなくては君たちに悪いだろう?」

「ちっ……この状況でお礼が言えるなんて、随分余裕があるんですねティナ様」

「俺たちは別に構いませんし、ティナ様はまだ訓練したりない様子なのでもう少しお付き合いしますよ」

「それと、戦場じゃ敵がわざわざ一対一で戦ってくれるわけありませんよね?そういう状況のための訓練も必要だと思いませんか?」

「はぁ……はぁ……」

「沈黙は肯定と受け取りますよ?お前らぁ!やっちまうぞ!!」

「あぐっ……ぐぁああ!!」


余裕な態度をとってみせるティナの態度が気に入らなかったのか。

男子生徒たちは普段立場が上で逆らえないティナに、訓練と称して嬉々とした表情で苛烈な暴力を加えたのだった。

その様子はあまりに苛烈で見るに耐えず、もはやティナは防御も出来ずただひたすら4人から木刀で滅多打ちにされることしかできなかったのだ。


「さっきのは俺を止めるために言ったんでしょうが……流石に我慢の限界ですよ」


そんな状況を目の当たりにし、一度は身を隠したアレスは怒りの表情で彼らの前に姿を現したのだった。


「おい貴様ら、どれだけ腐ってればそんなクソみたいなことが出来んだ?」

「あぁ?誰だてめえは」


アレスは武器を置き、あえて素手の状態で彼らの前に立った。

ティナは苛烈な暴力を加えられ意識が朦朧としていた。


「失せろてめえら。じゃねえと人の形を保てなくすんぞ」

「何舐めた口利いてんだお前」

「てかお前、落ちこぼれの7組の奴じゃねえか!」

「いい度胸だな。お前も”訓練”してやるかr……っ!?」


アレスが7組の生徒だと知るや否や、彼らは標的をティナからアレスに変えて訓練と称して襲い掛かろうとする。

しかしアレスはそれよりも早く動き、1人から木刀を奪うとリーダー格と思われる男子生徒の喉元に木刀を突き出したのだった。


「戦場じゃこのまま喉を潰されてたぞ?」

「……っ!!もういい!!帰るぞお前ら!」

「くそ、覚えてろよお前」


木刀を向け突き刺すような殺気を放つアレスに怯んだ男子生徒たちは捨て台詞を吐きながら訓練場を後にしたのだった。

それを最後まで見送ることなくアレスは倒れているティナの元に駆け寄る。


「ティナ様!大丈夫ですかティナ様!!」

「うっ……あぅ……君は、出てきてしまったのか……彼らは、どこに……」

「やっぱりさっきのは……あいつらならもう帰りましたよ。それよりもティナ様、早く医務室へ向かいましょう!」

「あ、ああ……すまない……ぐっ……」


アレスはボロボロのティナを抱えると急いで医務室へと向かったのだ。

ハズヴァルド学園は戦闘の訓練で生徒が怪我をすることも当然考慮しており、医務室にはとても優秀な回復時魔術師が待機している。

そこへティナを運んだアレスは彼女の回復をお願いし、ティナが全快するまでそれを医務室の外で待ったのだった。


「はい。毎日申し訳ありません。それでは失礼します」

「ティナ様、大丈夫でしたか?」

「君は、私の治療が終わるまで待っていてくれたのか?」

「あんな大怪我でしたので心配になってしまいまして」

「そうか。いつものこととはいえ心配をかけてすまなかったな」

「いつも?いつもあんな目に遭ってるんですか?」

「ああ……くっ、怪我は回復してもらえたが体力は限界だな。少し、近くのベンチで話していかないか?君にはきちんとお礼を言いたいし」


日はすでに沈んでしまい、魔道ランプの明かりのみが学園内を照らしている。

そんな中でアレスはティナと共に近くにあったベンチに座り少し話をしていくことにしたのだった。


「それじゃあ、改めてお礼を言わせてくれ。先ほどはここまで運んでくれてありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです。あの、ティナ様。いくつか聞きたいことがあるのですがよろしいですか?」

「ああ、もちろん。だがその前に一つ、様で呼ぶのはやめてくれないか?君に悪意がないのは分かっているが私はそう呼ばれるのが苦手でね。過剰に畏まるのも止めて欲しい。仮にも私たちは同学年の生徒だからな」

「……わかりました。それじゃあティナさん、先程は……彼らに大声でお礼を言っていましたが、あれは私に向けて言ったんですよね?」

「ああ、その通りだ。君の姿が一瞬視界に入って助けに来てしまうと感じたからね」

「いったいどうして……」

「あれは、私が望んでしていた訓練だからな。それに君を巻き込むのは悪いと思ったからだ」

「望んで?あんなもの訓練なんかじゃありませんよ。それにさっきはいつものことだとも言ってましたし」

「私は……強くならなければいけないから。痛みや苦しみから逃げていては私はいつまでも変われないんだ」

「……」


魔道ランプの淡い光に照らし出されたティナの横顔は美しくもどこか儚い表情をしており、アレスはその雰囲気に言葉を発することが出来なかった。


「君には心配をかけてしまったから話しておくべきだろう。時間は大丈夫か?」

「はい。私は問題ありません」

「そうか。それじゃあ、どこから話そうか……私がフォルワイル家の人間だということは君も知っているか?」

「はい。恥ずかしながらあまり詳しくはないですが……」

「それじゃあ私がスキルを使えないと周囲の人間から蔑まれているのは初耳かもしれないな」

「スキルが使えない……スキルがない、ではなくてですか?」

「そうだ。私のスキルは精霊使い。精霊使いのスキルを持つ者は精霊降臨の儀式で呼び出した精霊を使役することが出来るスキルで、基本的にはあまり強力な精霊を使役出来ずに外れスキルだろ言われることが多い。だが私はその逆で、あまりに強力すぎる精霊を降臨させてしまったせいでスキルを一切使うことが出来ないんだ」


アレスはティナの話を真剣な表情のまま静かに聞いていた。

ティナが持つ精霊使いのスキルは、目には見えないが周囲に無数に存在するとされる精霊を呼び出しその力を使うことが出来るというもの。

しかしその精霊使いのスキルで呼び出せる精霊は生涯にたった1つだけであり、大半の精霊使いはほとんと力を持たない下位精霊を呼び出してしまい不遇な扱いを受けていたのだ。


「私が呼び出してしまったのは上位精霊と呼ばれる『白銀妖狐』。氷雪系の精霊の中で最上位の力を持つ白銀妖狐を呼び出してしまった私はその力を制御することが出来ず……母上を殺めてしまったのだ」

「っ!!」


通常下位精霊を呼び出すことが基本なため特に条件もなく精霊を使役できるとされている精霊使いだったが、実は自身の肉体と精神の力を超越する精霊はその力を制御できなかったのだ。

それを知らずに白銀妖狐を呼び出してしまった当時5歳だったティナは、白銀妖狐の恐ろしい力に一切抗うことが出来ず広大なフォルワイル家の屋敷の半分を一瞬で凍結させてしまった。


「私は精霊の力を制御できずに辺りを凍てつかせてしまった。あのまま放置されていたら被害はフォルワイル家の敷地の外まで一瞬で広がっていただろう。それを察した母上は……自身の命と引き換えに、封印のスキルを使用して私を白銀妖狐の暴走から救ってくれたのだ」

「それは……ティナさんのせいじゃ……」

「いいや。私のせいだ。私があまりにも脆弱な存在だったから母上は命を落とされてしまったのだ。そして今の私もあのころと比べて強くなったとはいえまだ白銀妖狐の膨大な力を抑えることは出来ないだろう」

「だからティナさんはスキルを使わないんじゃなくて使えないんですね」

「ああ、そうだ。当然そんな私を父上……当主様が許しておくわけがない。母上の遺言と私の比較的強大な魔力量がなければとっくに家を追い出されていたはずだ。まあ、追い出されなくても当主様からは酷く嫌われて散々な扱いを受けているのだがな」


その言葉にアレスはかつての自分を重ねていた。

状況は少し違えどスキルのせいで家を追い出されそうになって親から愛情を注がれなかったティナの境遇に心を痛めて辛そうな表情を浮かべていた。


「そんな私だから、他の皆は私のことをよく思っていないんだろう。実質スキルを持たない者がフォルワイル家の長女というだけでデカい顔をするのだから恨まれることもある。さっきの訓練もそういうことだ」

「ティナさん……」

「だが私は負けない。母上が最後に私に残してくれた言葉……」


『母上!死んじゃ嫌……お願い!!』

『ティナ……』

『ごめんなさい母上!私のせいで……こんな、こんなことになるなら、私なんて……私なんて……』

『そんな悲しい顔をしないで、ティナ……』


「母上は、最後に私にこう言い残した。私はいつの日か強くて立派な人になれるから、その力で多くの人を助けられるようになるから。どうかその力を、自分を恨まないで。私が強くなれるように自分は天国から見守っているから、頑張って強くなるんだよ。私の愛する……ティナ……と」

「……」


そう話したティナは静かに涙を流していた。

ティナのそれからの人生はあまりにも多くの困難が立ちはだかったのだろう。

フォルワイル家は御三家の中で武力を重要視している。

その中でスキルを使用できないとなれば当然フォルワイル家の中でも厳しい立場に置かれることとなる。

当主から嫌われるということは家全体から嫌われることと同義。

家の人間から嫌われ、外の人間からも蔑まれる。

それでもティナは大好きだった母親の言葉を心の支えに今まで頑張ってきたのだろう。

アレスは魔道ランプに照らされたティナの手が、長い年月剣を振り続け固くなっていたことを見抜いていた。


「だから、私は少しでも早く強くなって白銀妖狐の力を制御し、母上が望んだようにこの力で多くの人を救わなければいけないんだ。そのためには相手がどんなスキルを持っていようが、何人だろうが屈するわけにはいかない」

「ティナさん……とても、立派です」

「……少し長く話しすぎてしまったな」

「いいえ。むしろすべて話してくれてありがとうございました」

「ふふっ、君は優しいな。あの話を聞いてまるで自分のことのように悲しんでくれるなんて。それじゃああまり遅くならないうちに戻ろうか」


ティナはそう言うと少し晴れやかな表情でベンチから立ち上がった。


「そうだ、まだ君の名前を聞いていなかったな。私はティナ・フォルワイルだ」

「俺はアレスです。今日はティナさんとお話できてとてもよかったです」

「ああ、私もだ。それじゃあ行こうか」


こうしてティナとの会話を終えたアレスは彼女と共に寮へと戻っていったのだ。

ティナが自分を助けてくれたアレスにだけ打ち明けた心中……


だがそれを、少し離れた物陰から聞いていた者がいたのだった。


「……白銀妖狐、か」

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