氷VS炎
「消し飛べぇ!!」
「ッ!!」
炎を纏わせた大剣を軽々と振り回すダミアン。
ブオンとすさまじい音を立てながら振り回されるその動作からは、肺を焼き焦がしてしまうほどの熱波が繰り出される。
「はぁ……はぁ……ごほごほっ」
「苦しそうだな?お得意の冷気で対抗してみろよ」
「くッ……」
単純な剣の腕であればティナもそこまで見劣りするものではない。
しかしスキルの相性、練度においてはダミアンが圧倒的に上回る。
ダミアンが発生させる熱により、ティナが生み出す氷は弱弱しくすぐに融けてくなってしまっていた。
(くそっ……もっと強い冷気を。こいつの炎に負けないくらい強烈な冷気を出せれば。でもそれは……)
「気に入らねえな」
「……え?」
「こんなに追い詰められてんのに本気を出してねえだろてめぇ。舐められてるみたいでムカつくぜ」
「何を。私はいつだって全力で……」
「そうかよ。なら一度も全力を出すことなく死んでいけ」
「ぐッ!!」
ティナは圧倒的劣勢に苦しめられる。
しかしその時ダミアンはティナに本気を出していないんじゃないかと指摘されたのだった。
その言葉の意味をすぐには理解できなかったティナだったが、ダミアンの攻撃に吹き飛ばされながらではあるもののすぐにその答えに辿り着いた。
(そうか……確かに私は全力を出していない。私の力……ではなく、白銀妖狐の力ではあるが)
それはティナの精霊使いのスキルにより従えている白銀妖狐の力。
ティナがスキルを授かり始めて白銀妖狐をその身に宿したあの日、彼女はそれ以来自分の意志で白銀妖狐の力を全力で開放することは決してなかった。
「ぐッ……がはっ!!はぁ……はぁ……」
(だけどあの力を解放すれば、私はまた……大切な人を傷つけてしまうかも知れない……)
ティナが白銀妖狐の力を全開に……暴走させたのは過去2回だけ。
精霊使いのスキルを初めて使い白銀妖狐をその身に宿らせたあの日と、アレスに助けられたあの日。
どちらもティナは周囲の人間を危険にさらし、そして1度目の際には自らの母親を失っている。
「私は……怖い……怖いんだ」
「今更何を言ってやがるんだ。怖いなら逃げだせばいい」
(自分にこの力を扱いきれるだけの資格があるのかと……またこの力を暴走させてしまうんじゃないかと不安で仕方がないんだ……)
先日のアレスとシャロエッテの戦闘以降、ティナは自身と同じ三大妖霊の実力について考えていた。
シャロエッテが青藍妖虎の力をあそこまで引き出せるなら、自分だって今以上に白銀妖狐の力を引き出せるだろうと。
しかし無意識下で制限をかけてしまい真の力を解放することができなかったのだ。
「つまらん。力など気の向くままに振りかざせばいいだけなのだ。これだから温室育ちの貴族様は」
(こいつに勝つには白銀妖狐の力を解放することが必要……でも、こんなちっぽけな私の力ではそんなこと……)
『ティナは1人なんかじゃないだろう?』
「ッ!!」
自身のうちに眠る強大な力に恐怖していたティナだったが、その時彼女の頭の中に在りし日の友の言葉が不意に思い浮かんできたのだ。
それは以前に白銀妖狐の力に飲み込まれそうになっていた自分にアレスがかけてくれた言葉。
孤独となったティナが今まで強くなるために前を向くことが出来ていたのは亡き母が最後に自分に遺してくれた言葉のおかげ。
そしてティナが白銀妖狐の力を制御することができるようになったきっかけは命がけで自分に寄り添ってくれたアレスの存在のおかげだった。
(ああ……そうだったな。私はもう昔とは違う。私がこの力に飲み込まれそうになった時には助けてくれる友達がいる……)
「ぬッ!?」
「君の力になりたいと……君を助けたいと思うあまりに忘れかけていたな。私は君に、頼ってもいいと」
アレスの言葉を思い出し己を奮い立たせたティナは、不安などすべて消え去ってしまったような不敵な笑みでダミアンを睨みつけた。
その瞳の奥には燃えるような闘志が煮えたぎりながら、彼女の体はマグマすら凍り付くほどの冷気に包まれていった。
「なんだ……この異様な魔力は……」
「はぁああああああ!!!」
(後のことなんて知ったものか!!今はこいつを倒すため……私の持てるだけの力を発揮する!!)
「この……すべて燃やし尽くしてくれるわぁあああ!!!」
握りしめた刀からすべてを凍てつかせるような冷気が放出される。
その冷気の濃度はあまりに濃く、ティナの周囲の十数m以内は全ての活動が停止してしまうようだった。
「はぁあああああ!!」
(……ッ!?なんだこの感覚!私は……この感覚をどこかで……)
「ゴォオオオ……」
「ガァアア……」
2人の戦いの様子を取り囲むように見ていたマンティゴアたちも例外なく凍り付いてしまう。
それは一瞬にして獅子の氷像を生み出してしまう幻想的な光景。
だがそんな中、ティナは白銀妖狐の魔力に飲み込まれそうになるこの感覚に既視感を覚えていた。
「くそ……くそ、くそがぁああああ……」
周囲を囲むマンティゴアの群れが全て凍り付いてしまった頃、ダミアンは大剣を捨てティナの冷気に対抗しようと両腕を掻き毟り熱を放出する血液を纏う。
だがそんな努力も虚しく彼の体は氷に覆われてしまった。
「か……は……」
休息に冷やされたダミアンの全身は霜に覆われ真っ白となり、胸から下を氷で包まれた彼はかろうじて息はあるものの完全に意識を失ってしまった。
空気まで凍てつき、時折氷がパキパキと鳴らす音だけが響く白銀の世界。
「はぁ……はぁ……寒い、な……」
そんな白の世界の中心で力を出し切ってしまったティナは刀を手放し、その後ゆらりと力なく前方へと倒れてしまった。
「お疲れティナ。よく頑張ったな」
「……っ!アレス……」
しかしそうして傾いたティナの体を、素早く駆け寄ってきたアレスが優しく受け止めたのだ。
スキルの使い過ぎで意識が飛びかけていたティナは覚えのある温もりを肌で感じとっていた。
(ああ、温かい……この温もりさえあれば私の心が凍り付くことはないだろうな……)
ここしばらくの間ティナが悩んでいた自らの力不足の問題が少しは解決に近づいたんじゃないかとティナはアレスの腕の中で安堵していた。
それと同時に自分はアレスから多くの物を貰いすぎていると、少し複雑な気持ちでほほ笑むのだった。




