鋼の肉体
「こんの……野郎が!」
「ッ!!」
突然現れた男が投げた倒木をアレスはステラの頭をしっかりと覆うように抱えながら間一髪で回避する。
投げられた倒木はそのあまりの勢いに地面にあたり粉々に砕けてしまった。
「あっぶねえ……おいこら!!あいつらを殺したのは俺じゃねえって言ってんだろうが!!」
「黙れぇ!!卑劣な手段を使っただけでなく俺を欺こうとするとは!大人しくそのガキを渡せば命だけは助けてやろうと思っていたが、もはや貴様には生きる資格などない!!」
「よく言うぜ……何の罪もないこの子を狙っておいてよ……」
無傷で今の攻撃を凌いだアレスに男は胸の前で激しく拳をぶつけ闘志をむき出しにする。
そんな男に対し、アレスもふつふつと怒りを沸き上がらせながら静かに剣を抜いたのだ。
(こいつだけじゃないな……この子を1人にするのは危険か)
「ごめんよステラちゃん。お兄ちゃんにしっかり掴まっててな」
「うんっ!」
アレスは周囲に敵が潜んでいることを感じ取り、ステラを抱えたまま戦闘を開始する。
めいっぱいの力でアレスにしがみ付き大きな羽を懸命に折りたたむステラを、アレスは左手で抱きかかえると右手で素早く剣を振る。
「何ッ!?」
「自信満々に出てきたところ悪いが、一瞬で退場してもらうぜ」
一瞬で男との間合いを詰めたアレスは男が反応できぬ間に鋭い銀閃を走らせた。
その一撃は確実に男を袈裟斬りに捉えた……はずだった。
「軽い……軽すぎるわ!」
「なんだとッ!?」
「卑怯な手を使う外道の攻撃がこの俺に通じるかぁ!!」
「くッ!!」
アレスの一撃は確実に男の胸を捉えたのだが、なんと男の皮膚はアレスの斬撃を喰らったにも関わらず一切傷ついていなかったのだ。
皮一枚斬ることが出来ずダメージが一切なければ当然反撃がやってくる。
男が全力で振るった拳をアレスは紙一重で後ろに飛んで回避する。
(なんちゅう風圧だ……まともに食らったら無事じゃすまんな)
「ちょこまかと逃げおって。男なら堂々と構えんか!!」
「はッ!てめぇの勝手な理想を押し付けないで貰えるか?躱せる攻撃を避けないなんてどうかしてるぜ」
「いや……貴様は間違っている」
(っ!もの凄い闘気が……)
「すべての攻撃を受けきり、もてる全ての力を相手にぶつけ勝利する!それが美徳……この俺ベンサム様の目指す生き様よ!」
凄まじい風圧の攻撃にアレスはたまらず男から距離を置く。
そんな攻撃を器用にかわしたアレスに対し、男は自信満々に構えると己が目指す理想をアレスに向けて言い放ったのだ。
ドゴォオオオン……
「あそこだ!!また大きな土煙が!!」
村で買い出しをしていたティナたちだったが、アレスたちを待たせている方角から巨大な土煙が舞い上がったことで急いでアレスたちの元に駆け付けていた。
「まさかあの殺し屋がアレス君を!?」
「いや、昨日奴の戦い方は間近で見たがあんなパワフルな戦闘をするような奴ではなかったはずだ」
「じゃあまた別の敵が……とにかく急がないと!」
「誰だ貴様ら!!止まりやがれぇ!」
全速力でアレスの元に向かうティナたち。
しかしその道中でアレスたちがいるはずの方角の様子を窺う男たちがティナたちの前に姿を現したのだ。
「ここから先は行かせねえ!お頭のタイマンを邪魔させるか!」
「やっぱりアレス君が襲われてるんだ!」
「ソシア、ジョージ、少し下がっていてくれ!」
「ああん!?てめえ、俺たちとやろうってのか!?」
「すぐ終わらせる」
男たちはティナたちをこれ以上先に進ませまいと、武器を手に取り立ちふさがろうとする。
そんな男たちを前にティナはよどみなく刀を抜き去ると、ソシアとジョージを下がらせ戦いに臨むのであった。
「神速……韋駄天!!」
一方ベンサムとの激戦を繰り広げていたアレスは、目にもとまらぬ速さでベンサムの周囲を回ると一瞬にして数えきれないほどの斬撃をベンサムに浴びせた。
「何度も言わせるな!貴様の覚悟の乗っていない攻撃などこの俺様に通じるかぁ!!」
「ふっ!」
しかしアレスが繰り出す斬撃は全てベンサムの強靭な肉体に阻まれて傷を負わせられない。
アレスの攻撃を耐え大振りな攻撃をするベンサムに、アレスは再び距離を取る。
「大丈夫かステラちゃん?」
「うん……」
(あいつは正々堂々だのなんだの言ってるが、それを馬鹿正直に信じてステラちゃんを離すわけにはいかない……)
「どうした!?これは俺と貴様の一対一の勝負だろう!?そんなガキなど置いておけ!!」
「馬鹿が。この子を抱えたままでもてめえなんざ余裕なんだよ」
「ふんっ!イキがるのもいい加減にしろよ」
(……なんだ?妙だな……)
攻撃の一切通らない相手に、アレスは距離を置きながら冷静に思考を巡らせていた。
(俺の攻撃が本当に何も効かないならもっと積極的に攻めて来てもいいはずだ。だがあいつはさっきからほとんど動こうとしない……)
「どうした!?怖気づいたか!?」
「いいだろう。そんなに死にてえなら今すぐそのプライドごとその自慢の肉体を斬り刻んでやるよ」
距離を取ったまま様子を窺うアレスにベンサムは人差し指で早くかかって来いとジェスチャーをする。
そんなベンサムの挑発に乗るようにアレスは再び剣を構えると、ベンサムに向け三度スタートを切ったのだ。
「さっきのが俺の全力だと思ったのか?」
「むっ!?」
ベンサムの動体視力をはるかに凌駕したアレスは、容易くベンサムの懐を侵略すると渾身の一撃を叩き込むべく踏み込んだ右足に力を入れる……しかし……
(剣聖・飛龍……)
「うッ……!?」
強く踏み込んだその時、アレスの右足から不意に力が抜けてしまったのだ。
昨日から一睡もせずに活動をし続けていたアレスの体は、アレスが想像していたよりも消耗していた。
アレスはガクンと体の力が抜ける感覚を味わう。
「どうした?隙だらけだぞ」
「しまっ……がはァ!!」
アレスが足を止めてしまったのはベンサムの間合いの内側。
ベンサムはアレスが動きを止めたのを見ると、ギリギリと音が鳴るほどにこぶしを握り締めアレスの顔面を痛烈に撃ち抜いたのだ。




