落ちこぼれクラスの荒くれ教師
前回のあらすじ:サイクロプスを倒し無事に地上へ戻ったアレス。バンドとも和解を成立させようやく平穏な学園生活を迎えられるのであった
ホワル大洞窟での決闘があった翌日。
ようやく訪れた平穏な学園生活の始まりを体現するかのような穏やかな朝の陽ざしを浴びながら、アレスは学生寮を出てハズヴァルド学園本校舎へと向かっていた。
「おはようアレス君!」
「ん、ソシアか。おはよう。なんだか調子がよさそうだな」
「そうかな?入学当日からトラブルに巻き込まれちゃってたから今まで余裕がなかったのかも」
途中でクラスメイトで先の決闘を共に乗り越えたソシアと出会い、二人は他愛もない雑談をしながら教室へと歩いていった。
「うぃーっす、皆おはよう……」
「あー!おはよーアレス君~♡」
「んなっ!?はああ!?」
「え、えぇ~///!!」
教室に辿り着いたアレスが教室の前の扉から中へ入ると、なんと入口の近くにいた女子生徒がいきなりアレスの腕に抱き着いてきたのだ。
平穏な学園生活が始まると思っていたアレスは予想だにしていなかった出来事に驚きを隠せず、またそれをアレスのすぐ後ろで見ていたソシアは彼女のいきなりの大胆な行動に頬を赤らめていた。
「え、なっ、メアリー!?いきなり何すんだよ!」
「えー!だってアレス君がここにいるってことは、昨日のあの貴族との決闘に勝ったってことなんでしょ?あの有名なウィーベル家の貴族に勝っちゃうなんてカッコいいんだもん!!」
「そうだぜ!俺なんて実は流石に貴族相手決闘だなんて勝てるわけないよなって思ってたのに。それはそうと入学早々女子からモテてずりぃぞアレス!」
「おいマグナ、やめてくれよ」
「でも本当に凄いことだよ!私も本当はもうアレスさんたちは学園に居られなくなっちゃうんだって思っちゃってて。ごめんなさい!」
「謝るなよアリア。入学早々でお互いのことも知らないのに貴族との喧嘩に勝てるだなんて考えるほうが無理あるって」
いきなりアレスに抱き着いてきたメアリーに続き近くにいたマグナとアリア、そして他のクラスメイト達も続々とアレスの周りに集まってきた。
ソシアが殴られそうになっていた所を助けたアレスをクラスの皆は英雄のように持ち上げていたが、本心では本当に貴族相手に逆らえば無事で済むはずが無いと思っており、アレスたちが決闘に負けて退学になってしまうと考えていたのだ。
だからこそ今日無事に教室に姿を現したアレスに皆が改めて賞賛の気持ちを抱いたのだった。
「待ってくれよ皆。別に俺たちはあの貴族に勝ったわけじゃないんだ」
「えっ、そうなの?でもだったらなんで退学になってないの?」
「実はな……」
そんなクラスメイト達にアレスはバンドとの取り決めの通りに昨日会った出来事を説明したのだ。
自分がサイクロプスを倒したことは完全に伏せ、バンドがサイクロプスを討伐する手助けをしたことで今回のトラブルをなかったことにして貰えたと。
「わかったか。だから別に俺は凄くも何ともないから騒ぎ立てるのはやめろ」
「なーんだ、そうだったのか。まあ流石に貴族相手に喧嘩して勝てるわけないもんな」
「ちょっとマグナさん。そんな言い方はあんまりですよ」
「うぅ~……」
(ソシア、別に俺は気にしてないから黙ってろよ?)
(……アレス君、私に喋るなって目をしてる。でもアレス君は本当に凄いのに、皆に伝えられないのがもどかしいよ……)
あからさまにテンションが下がるクラスメイト達を見てソシアがアレスの本当の活躍を話したそうにしていたが、アレスはそれを無言の圧で静止したのだ。
「はぁ……はぁ……セーフですね。危うく遅刻になるところでした」
「おう、おはようジョージ。寝坊でもしたのか?」
「おはようございます。はい、昨晩少し図書室で借りた本を読んでいたら寝るのが遅くなってしまって」
「でも大丈夫だろ。ウチの担任はいないんだから多少遅れてもそれを咎める奴なんて誰も……」
「おーいお前ら。そろそろホームルームの時間だろうが。早く席に着け」
「っ!?」
アレスが少し寝坊をして慌てて教室にやってきたジョージと教室の前の方で会話をしていると、急に背後に謎の男性がぬるりと現れたのだ。
教室に入ってきた男性は明らかに何の手入れもしていないようなぼさぼさな暗い紺色で、髪を切るのが億劫なのか伸びた髪を後ろで小さくゴムで結んでいる。
その服装も他の学園の教師とは比べ物にならないほど貧相なもので、顎下の無精髭が彼から受ける第一印象をより悪いものにしていた。
「え、誰だこの男……」
「もしかして、この人が私たちの担任の先生……?」
「ねえジョージ君、この学園の教師って確か王国軍とかで有名だった人が務めてるって……」
「はい、そう聞いてましたが。これはいったい……」
(こいつ……背後まで来てたのに全く気配を感じなかった……)
クラスの全員が急に現れてきた男のだらしない雰囲気に対して動揺を隠せない中、アレスだけはその男が放つ底知れない実力に息を呑んでいた。
「おいどうした。早く席に着け」
「えっと、私たちの担任の先生……ですよね?」
「ん?ああ……そうか。俺が昨日まで王国軍の奴らに世話になってたから自己紹介もまだしてないんだった。まあ一旦全員席に座ってくれや」
アレスたちを含めクラスの全員は戸惑いながらも彼の指示に従い席へと着く。
するとその男は教壇に立ち気だるそうな雰囲気を纏いながら自己紹介を始めたのだった。
「えー、入学早々厄介なことに巻き込まれちまって学園に来れなかったが。俺が7組を担当するレハートだ」
「あの、レハート先生。質問いいですか?」
「いきなりか。でもまあいいぞ」
「先生は王国軍に捕まっていたと聞いていたのですが、一体何があったのですか?」
「うーん。確かに生徒からすれば前科持ちかもしれない教師からいろいろ教わるのはあれか。でも安心しろ。ちょっとやんちゃしちまっただけだ」
「やんちゃ……?」
「ああ。チンピラがカツアゲしてるとこ見ちまってな。止めに入ったら喧嘩売られたんでボコボコにしたら街に被害出しちまって身柄を拘束されたんだ」
(街に被害を?それはやんちゃでは済まされないのでは……?)
「まあということで別にやべぇ悪事を働いて捕まってたわけじゃないからそこは安心していいぞ」
そんな話をヘラヘラと話す教師にクラスの全員は分かりやすく引いてしまっていた。
しかしそんな皆の様子など気にも留めず、レハートは妙なにやけ顔をやめ急に真剣な面持ちで話を始めたのだった。
「それでお前ら。本当は入学当日にするはずだった話を今からさせてもらうぞ」
「お前ら。今すぐ学園辞めろ」
「えっ?」
「は?」
「それは、一体どういう……」
レハートが次に放った言葉。
それはあまりにも信じられないものだったのだ。
教師とは生徒を育て卒業に導くのが役目なはず。
しかしレハートはその役目を全否定するように全員に退学することを勧めてきたのだ。
「何理解できねえって面してんだ。当然だろ、ここはお前らみたいな奴らが来る場所じゃねえ」
「……それはどういう意味だ」
「分かってんだろ。それはお前らが大したスキルも持ってないからだ」
「っ!」
レハートが急に退学を勧めた理由、それはまたしても有用なスキルの有無によりものだったのだ。
その発言を聞いたアレスがレハートに向けて鋭い視線を送る。
「お前らも知ってると思うが、このクラスは使えないスキル持ちだと断定された落ちこぼれの集まり。そんなクラスは毎年いくつかあるんだが、そのクラスの奴らが1年でどれくらい退学するか知ってるか?8割だ。8割は貴族たちの差別に耐えかねて退学していってしまう」
「それが俺たちに退学しろっていうのと何の関係があんだ」
「察しが悪すぎるぞ。弱いスキルしか持たない者は強いスキルを持つ者に敵わない。そう知ってなお粘ったせいで数ヶ月、いや年単位で時間を無駄にする。それくらいなら今すぐこの学園を去って違う道に進めば貴重な時間を失わずに済むって言ってるんだ」
そう話を進めるレハートに、アレスはたちあがってさらにプレッシャーを与える。
次第にレハートが纏う雰囲気も怒気を纏っていき、教室中にピりついた空気が流れ始めた。
「お前、アレスってんだな。スキルはまさかのなし……お前は論外だ。スキルを使わなくてもいい仕事なんていくらでもあるんだ、それをすればいい」
「アレス君……」
「お前はソシアか。スキルは強化嗅覚……だがレベルが低すぎてあまり有用とは言えないな。索敵に使いたいなら探知系の魔法を使ったほうがずっと精度がいい」
「っ!」
「その後ろはジョージ。スキルは強靭体。でもあまりにレベルが低すぎて防御力もたかが知れてるし傷が治りやすいといっても戦闘中に再生するもんじゃない」
「それは……」
レハートはこのクラスの名簿を見ながら順番に生徒たちのスキルを酷評していく。
「マグナは指吸盤、滑りやすいものを持つときに便利だがその程度。メアリーは強化聴覚でソシアと似たようなもんで、アリアは光魔法強化か。種類はいいがレベルが低すぎるな。どれも冒険者になるには弱すぎて悲しいなぁ」
「おいあんたいい加減にしろよ。スキルだけで人を判断しやがって」
「当然だろうが。スキルが弱いやつは生き残れない世界なんだ。お前は剣士志望らしいが、強いスキルを持った悪人に襲われた時にどうこうできるのか?」
レハートはそう言いながらゆっくりと剣を抜いた。
整っていない身なりからは想像も出ないような手入れの行き届いた剣の切っ先をアレスの首に向ける。
「話は聞いてるぞ。アレスお前、バンド・ウィーベルと喧嘩したらしいな。あいつの黄金剣士ならこんな状況でも切り抜けられるだろうな。だがお前はどうだ?俺がお前の命を奪う輩だったとして、お前は泣きながら許しを請う以外に何かできるのか?」
「っ!?先生なにを!?」
「アレス君!」
「学園の外に出れば退学じゃすまねぇんだ!てめぇに何ができるか見せてみろぉ!!」
レハートはアレスに向けて構えていた剣を振りかぶると、全力でアレスの首をめがけて切り付けたのだ。
それを見たクラスの面々は動揺し声をあげる。
「……。お前、なぜ動かなかった?」
「動く必要がなくなった、からですかね」
しかしレハートはアレスの首に触れるギリギリで剣を止め、アレスはそれを初めからわかっていたかのように剣を躱そうとせず微動だにしなかったのだ。
「先生の言うことは正しいのかもしれない。でも、それでも俺はスキルが全てじゃないって信じてます」
「……」
「確かにソシアのスキルは代わりが利くかもしれないけど、あいつは後方支援とは思えない体力で素早く長時間動ける。それは間違いなく強みだ」
「アレス君……」
「ジョージのスキルは確かに戦闘であまり役に立たないかもしれない。でもあいつはすげえ頭がよくて、たくさん知識を持っていてとても頼りになるんだ」
「アレスさん……」
「他の皆だって俺がまだ知らないだけで誰にも負けないような強みがあるかもしれない。今はなくてもそれを見つけられるかもしれない。だからスキルがないからってはなから冒険者の道を諦めたりなんてしなくていいと思ってる」
「……。そうだぜ、よく言ったアレス!」
「私も、スキルが大したことないってだけで諦めたくない!」
「そうだそうだ!」
「俺も絶対立派な冒険者になってやるぜ!」
アレスの言葉に何も言い返すことのできなかった生徒たちは勇気づけられ、次々と立ち上がり声をあげたのだった。
そんなクラスの雰囲気に圧倒されていたレハートだったが、アレスはそこに更なる追い打ちをかける。
「それと先生。さっきは俺に何ができるかって言ってましたよね?」
「……あ、ああ」
「俺は誰にも負けねえ。もちろん、あんたにだってな」
「……悪かったよ。俺も少しむきになり過ぎてた」
アレスのその堂々とした態度を見て、レハートは根負けしたように剣を下ろしそう謝罪をしたのだった。
「あとからこんなこと言うのは恥ずかしいが、実はお前らを試してたんだ。俺にああ言われて何も言い返せないようなら本当に学園から去った方がいい。スキルに頼らない強みを主張してくれることを期待してたんだ」
「そ、そうだったんですか……」
「だからアレス、お前には負けたよ。俺は今年から教師になった身だが、良いクラスを担当できてよかった」
「うぉおお!やっぱアレス、おめえ最高だよ!」
「アレス~♡やっぱりカッコいい!」
「だー!!メアリーやめろって!マグナもバンバン背中叩くな!」
アレスに負けを認めたレハートの言葉を聞き、クラスメイト達は盛り上がりアレスに駆け寄った。
そんなアレスをレハートは静かに見つめていたのだった。
『動く必要がなくなった、からですかね』
(あいつ……俺が剣を止めるから、じゃなくて動く必要がなくなったって言いやがった。やっぱり、俺の気のせいじゃねえよな)
実は先ほどのレハートの一撃。
本当は直前で止めるつもりはなかったのである。
もちろん殺すつもりがあった訳ではなくアレスが後ろに倒れて躱せるように加減して、無様に尻もちをつくアレスに「こんな剣も捌けないようじゃ……」などというつもりだったのだ。
(俺が剣を振るった瞬間、あいつがカウンターを放って俺の首が宙を舞っているイメージが湧いた。もちろん本当に殺すつもりがあった訳じゃないと思うが、それだけのイメージを俺に植え付けるだけの迫力があの瞬間のアレスにはあった。一体、お前は何者なんだ……)
アレスにカウンターされるイメージを植え付けられ剣を止めざるを得なかったレハート。
剣が振り抜かれなかったおかげで動く必要がなくなったというアレスの発言で、レハートはアレスの隠された実力に冷や汗を流したのだった。
本当はアレスに「お前に勝てる」って言わせたかったけど流石の私もあの名言を知らないはずもなく、流石にちょっと変えました




